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運次第気分次第



 まさかこんなにも事態が悪化しているだなんて思ってもいなくて。僕は自分の部屋で正座しながら、思わず閉口した。

「お前突然出てったから心配しただろうが! 荷物持ってきてやったからちゃんと説明しろ!」
「マァ、まずどさくさに紛れて俺を殴って逃げたのを謝れよ? そしてリュウに同じ!」
「マサキ、俺さ、あの時は本当に信じられなくて頭に血が登っちゃって、色々言い過ぎたって思って、その──」
「せんぱいとレイジ、2人でどこ行ってたの……レイジも、俺がナナせんぱい好きな事知ってるくせにぃぃぃぃぃ!」
「ナナ……お前は俺よりその不良をとるんだな? ……そうなんだな……?」

 あの部屋で、レイジに色々と弄ばれた僕がようやく復活したのは、次の日の昼過ぎの事だった。ほんの少しだけ軽くなった気持ちを胸に、レイジに付き添われて部屋へと戻った所だった。
 僕は何故だか、想像していたよりも倍程に膨れ上がった責め苦を受けていたのだ。さくらがわやシノがいるのはまだ理解出来るのだが。
 押し付けがましく荷物を持ってきてくださりかつ、この僕に説教をかますリュウキとジロウに僕は結構な苛立ちを覚えている。そもそも、今回のアレの原因を作ったキッカケはリュウキだし、あんなタイミングで僕を呼び出してくれたのはジロウだ。本当、何という悪運を引き寄せてくれたのか。この恨みはちょっと忘れられそうにない。
 その上二人は、僕がシノの前で猫をかぶっていることを知っている。それを分かった上で調子に乗っているんだろう。2人は後で覚えていろ。
 僕はそんな思いを渋々呑み込みつつ、申し訳なさそうな顔をして言う。

「ちょっと待って、ごめん一人ずつお願い」

 色々と思うことはあるのだけれども、僕を心配してわざわざ来てくれたって事には違いないのだから。今はまだ、説教は勘弁してやる。と、そんな思いもあって僕はやさーしく彼等に言ったのだが。

「理由を説明しろ」
「同じく!」
「俺は──マサキと2人で話したい」
「ナナせんぱい、レイジとどこで何してたの!?」
「お前は不良を選ぶのか?」

 彼等の言葉を聞いた途端、僕の顔は盛大に引き攣ってしまった。ハッキリ言って、全部応えたくなかったのだ。下手をすれば色んな事がバレてしまうし、今少し、整理する時間が欲しい。
 それに、結局まだ、レイジにもハッキリと返事を伝えた訳でもないのだから。多分、心は決まってしまっているんだろうけれども。
 はてどうしようか。僕はその場で思案した。

 だが、そんな中での事だった。僕の後ろの方で様子を伺っていたレイジが突然、僕の肩に手を置いたのだ。ギョッとして顔を上げた僕に、彼はニヤリと嫌な笑みを浮かべてみせる。その笑顔がまるで、いたずらを思い付いた悪餓鬼のように見えて、僕はほんの少しだけ嫌な予感を覚えた。

「ちょっといいっスか? つまりは、こういう事で」
「ねぇ、待って、何するつも──」

 僕が止める隙もなく。レイジは皆前で、上を向いていた僕に熱烈なキスをかましてきたのだった。その上でわざとらしく音をたててから口を離したレイジは、それはそれはイイ笑顔を浮かべている。僕は放心しながら、呆然とレイジを見た。
 僕の目の前にはレイジしか映っていなくてもしかし、そこにはシノもさくらがわも居て、おまけにケイタやジロウ、リュウキまでいるのだ。僕は羞恥の余り死んでしまいそうだった。

「って訳で、こいつは俺が貰ったから」
「し、信じらんない……」

 ハッキリとそう宣言したレイジに、僕は呆れを通り越してある種尊敬の念すら覚えた。言おうと思っていた事は全部どこかに行ってしまって、もうそれ以上は何も言えなくなってしまった。
 俯いて両手で顔を覆う。頬が熱いのは、恥ずかしさで死んでしまいそうだからだ、絶対にそうに違いない。この僕がまさか、レイジにしてやられるなんてと。
 だが、そんな時の事。

「そっ、そんなの俺が許さねぇ!」

 突然聞こえてきた言葉に驚いて、僕はギョッと顔を上げた。そこには、焦ったようなシノの顔があって。違うとは分かっていても少しドキリとしてしまった。

「アンタはコイツの保護者かよ」
「!」

 呆れたようなレイジにそう指摘されると、シノはそこで黙りこんでしまった。時々何かを言いたそうに口を開くが、その口から次の言葉が出てくる事はない。
 シノのそんな反応に、僕はちょっとだけ期待をしてしまう。少しでも、僕の事を思ってくれているのなら、今はそれだけで嬉しい。
 だがそれで、終わりではなかった。更に被せるように、新たな第三者から文句が入る。

「おっ、俺も許さない! だって、マサキはっ──」

 何で、ここでさくらがわが出しゃばってくるのか。僕にはさっぱり理解が出来なかった。あんな、みっともなくてどうしようもない姿を見られたというのに。シノにバラすつもりではないか。僕は少しだけ警戒した。

「は? シュウ? お前、何言って──」

 驚くような、戸惑うようなレイジの声が聞こえる。
 だが、思いがけない横槍は、それで終わりではなかったのだ。更なる叫び声に、レイジの言葉は阻まれる。

「俺を倒してからでないとウチのマァはやれん!」
「マァは俺の嫁!」
「何それっ、ダメぇ! 俺が先にせんぱいに告白したんだよ!? 横取りしないでよ!」

 前々から僕にそう訴え続けていたケイタは兎も角として。何故だかリュウキやジロウまでがそれに参戦している。その場のノリか、はたまた本気で言っているのか。二人の悪友の考える事は、僕には良く分からなかったが。その理由は、すぐに知れた。
 ジロウが、言ったのだ。

「それに、冗談じゃねぇよ、マァ」

 そんな事を言いながら、目の前にジロウの顔がやってきた。ギョッとして身体を引くが、ジロウは尚も詰め寄ってくる。僕の肩を両手で掴みかかり、珍しく真剣な眼差しで僕を見つめている。そんなジロウの様子は今まで見たこともなくて、僕は目を白黒させてしまう。

「ジ、ジロー……?」
「お前、ホントにコイツでいいのか?」

 珍しくもまともな事を言うジロウに、僕は軽く眩暈を覚えた。
 ジロウは、そしてリュウキ達は、僕の片想いの事を知っている。真剣な話が苦手な僕は、本当に冗談めかしたように彼等に愚痴ったりしたのだ。どっちつかず、本気ともそうでないとも取れるような、そんな軽い口調で。
 それが一体、どこで本気の想いなんだと気付かれたのだろうか。友達の勘というヤツを、僕は甘く見てしまったのだろう。一瞬、その場で言葉を失う。
 けれど、次に続いたジロウの言葉に僕は思わず叫ぶ事になった。

「だってお前、ずっと好きな幼馴染がいるって──」
「ッジローの馬鹿ァァァァ!」
「ブヘッ!」

 咄嗟の事に思わず癖で、僕はジロウに思い切り平手打ちを食らわせたのだった。こんな、しーんと皆が注目する中で、この大馬鹿野郎はとんでもない事を言ってくれやがった。
 僕の幼馴染なんて一人しかいない。この学校に通う生徒なら、誰もが知っている事だ。
 頭の中が真っ白になった。知られた。シノに知られてしまった。ずっとずっと、隠し通すつもりだったのに。背中にサァッと冷たいものが走るのと同時、僕はその場から逃げ出そうと素早く立ち上がった。
 けれど、こんなに人の居る中、僕が逃げ果せる事なんてできるはずもなくって。僕はいとも簡単に捕まった。
 誰かに腕を掴まれて強く引かれる。よろめいて背中から倒れると、腕を引いた誰かの身体に肩がぶつかった。慌てて離れようとするも敵わなくて、僕は何も出来ずにその場でくるりと正面を向かされた。
 見上げると、そこにはシノの顔があって。僕はハッと息を呑んだ。

「今の、本当?」

 真剣にそう問いかけられて、僕は何が何だかもう、訳が分からなくなってしまった。混乱の余りに涙ぐむなどして、もう、その後は涙が止まらなくなってしまった。

「う、……」
「っちょ、おいっ、泣くなよ」
「だって……こんな所で知られるなんて、っ今まで隠してきた僕が、馬鹿みたいじゃん!」
「じゃあそれ、本当なんだな?」
「っそうだよ! 僕はずっとずっと、シノが好きだったの! もう、遅いの、っこのニブチン!」

 最早自分でも何を言っているか分からなくなって、グズグズに混乱しながら僕はシノに向かって言い放つ。遅過ぎたのだとは分かっていても、知られてしまったのなら仕方ない。
 ならばせめて、ここで潔く玉砕して、スッキリした所できちんとレイジの気持ちを受け入れようではないか。僕はヤケクソ染みた思考でそんな事を考えていた。
 ああこれで、今度こそ、僕の初恋は終わりを迎える。初恋は実らないとはよく言うけれども、確かにそれは本当だったんだなぁ。僕は涙を拭いながら、そんな事をしみじみと思った。
 それにレイジもたぶん、その辺りをハッキリさせる事を望んでいるに違いなくて、結果的にはこれで良かったのかもしれない。
 僕とシノの関係は友人のそれとして再構築されて、一番しっくりくる所に収まるんだ。大丈夫、大丈夫、ここには全部知ってるレイジもいる。僕はこの後の未来に恐れ慄きながらもしかし、狡い考えでもって分かり切った応えを待っていた。

「……そう、なのか」

 シノは、静かにそう言うと。何も表情に出さないまま、未だに乾かない僕の涙をそっと拭った。慰めてくれているのだろうか。僕はシノから目を逸らしつつ、分かり切ったその返事を待っていたのだ。
 だがあろう事か。その場の雰囲気に呑まれたのか、はたまた無意識だったのか。ふと顔を上げると、シノはまるで僕に口付けをするかのようにゆっくりと、顔を近付けてきたのだ。
 あんまりにも近い距離に、息が止まりそうになる。静かな目をしたシノが、どんどん近付いてきて、その唇が、僕のそれに触れるか触れないか。そんなギリギリの所で。
 誰かの手が、僕の口元を素早く覆ったのだ。しかもそれは一人ではない。何本かの手が、重なるように僕の口元を覆っているのだ。僕はその息苦しさにぐっと呻いた。

「コイツは、俺のだってさっき言ったよな?」
「ニブチンにマァは汚させねぇぞ?」
「マァは俺の嫁!」
「シノっ、抜け駆け禁止!」
「ナナせんぱいのファーストは俺だから!」

 何が何やら、僕は再び状況を理解出来ないまま、彼らの話が終わるのをひたすら待った。僕を好きだと言ったレイジやケイタは兎も角として、何故シノが僕にキス、しようとしたのかとか、さくらがわやリュウキ、ジロウの言葉だとか。僕はもう、本当に唖然としてしまって。一体自分のあの葛藤は何だったのだろうかとか、悩んでいた事が途端にバカバカしくなってくる。
 みんなみんな、ホントに勝手だ。

「──俺達の関係ってほら、友達の延長みたいなもので、今までの鬱陶しいものとか全部躱すのに便利だったから──」
「ナナ、悪い、今まで気付かなくて……俺、お前はずっとストレートだと思ってて──」
「なぁ、お前、本当にそいつでいいんだな?」
「──なんで、俺の方が、先なのに……」

 そんな彼等の騒ぎを耳にしながら、僕は何も言えずにただ、呆然とその様子を眺める事しかできなかった。そして極め付けは。

「っおい、アンタ! 俺を選ぶだろ?」

 珍しく焦ったような形相で、ぼうっとしていた僕に縋りつき、そう問いかけてきたのはレイジだった。あんなに余裕ぶっていたのに、こんなに食い下がられて柄にもなく焦っているらしい。
 なんだコイツ、可愛いじゃないか。なんて、僕は素直にそんな事を思ってしまった。
 確かにシノは、僕にとっては大好きな人だったんだけれども。その心がもう、とっくに終わりを迎えている事は自分でも分かってる。この数ヶ月程で気持ちの整理はついたんだ。
 多分、こんなにも早く諦めがついたのは、レイジが僕の愚痴を黙って聞いてくれたおかげも大きくて。彼に感謝しているのは本当で。そんな事、気恥ずかしくて口に出して言ったことはないけれど、僕の心は確かにレイジにも向かっている。
 そうでなければ、僕がこんなイタズラを思いつくはずがない。抵抗なく、レイジのキスを受け入れられるはずがないのだから。

 先程のキスの仕返しという訳でもないんだけれども。僕はそこで、しおらしく悩んでいるフリをする。

「うん、どうしようかな……シノが、さ──」
「っ──!!」

 レイジはそんな僕の姿に、愕然とした様子で目を見開いてみせたのだ。そんな酷い顔、僕は初めて見る。それに少しだけ嬉しくなって、ただその反面で意地悪が過ぎただろうかと反省する。
 僕がどれだけシノに想いを寄せていたか、一番分かっているのは多分、レイジだから。僕はその時初めて、意を決して、ようやくレイジに示してみせるのだ。
 縋り付くように僕を掴んだままのレイジに、今度は僕から口付けを贈る。レイジみたいに上手く出来ないし、ひどく子供っぽいものだけれども。僕はこの時、多分初めて自分から意思を示して見せたのだった。

「レイジ、冗談だよ。ちゃんと、僕も君が好きだからね。ごめん、そんな顔しないで」

 言葉を失う一同に、僕は気を良くして、いつも通りに笑って見せた。してやったり。
 色々と思う所はあったけれども、自分の選択が間違っているとは思いたくない。最初の想いを貫き通すのも大切なのかもしれないけれども、僕を大切に想ってくれた人への感謝もまた、僕は大切にすべきなんだとそう思ったのだ。

「……驚かすなよ」
「その方が僕らしくない? まぁだいぶ、これでスッキリしたかも」

 ホッと、詰めていた息を吐き出したレイジの頭を、僕は笑いながらヨシヨシと撫でるのだった。いつだったか、あのケイタにもしてやったように。
 拗ねたように口を尖らせるレイジに、可愛いだなんてそんな事を思う時点で、僕はもうとっくにおちてしまっていたのだろう。

 その後の惑乱ぶりは、あまり話したいものではない。ただ兎に角、その場を収めるのは非常に大変だった、とだけ言っておこう。
 どうやら恋愛というのは、タイミングや運なんてものに強く影響されてしまうようで。僕は移ろいつつあった自分の気持ちにただ気付いていなかっただけ。何て滑稽な勘違いだろうか。
 こうして僕は、初恋を終わらせたのと同時に、初めての恋人というものを得るに至った。
 他所での僕も、学校での僕も、全部受け止めてくれたレイジは多分、どんな僕でも嫌いになったりしないだろう。それが何よりも今の僕の救いであった事に違いないし、それがキッカケである事も間違いない。
 本当、恋ってとても難しい。目の前で繰り広げられる騒動に、時折口を挟みながらレイジを愛でて、僕はのほほんと思うのだった。






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