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どいつもこいつも



 僕がようやく衝撃から立ち直った頃には、周りはちょっとした騒ぎになっていた。ケイタの突飛な行動に驚いたのは何も僕ばかりではなかったようで、少しだけホッとしている。

「な、なななな……」
「この馬鹿ッ! いつも言ってんだろ、手ェ出す前に考えろって!」
「今のはアウトだって……」
「えー、だって! あの流れはそういうことでしょ? 俺ちゃんと言ったもん!」
「ちゃんと言ったって言っても、相手の気持ちを聞かないと」
「だって先輩今フリーだって言った!」
「だから、そうじゃないんだって!」

 そうだその通り、だなんて、僕は当惑しながらも説教をかましている転入生さくらがわを応援する。彼の言うように、フリーとかフリーじゃないとか、そういうもんではないのだ。
 いやそもそもだ、僕には会って二ヶ月そこいらの人間をそうホイホイ好きになるっていうのも僕はイマイチ理解できていない。そもそもが金魚の糞はどうしたんだとか、たとえ人のものになっても食らいつかなくてどうするんだとか、自分の事を棚に上げながらそんな事を思う。
 うつろう心を否定はしないけれども、初恋を未だに引きずっている僕にはまだ、次の恋だなんてよく分からないのだ。それに加えてだ。

「ちょっと、待って、まさかファーストキスとかじゃない、よね──?」
「…………」
「え!? 待っ、え、マジで!?」

 他人の恋愛事情に首を突っ込む事はあれど、シノの事ばかり考えていた僕自身にはそんな経験値があるはずもなくって。さくらがわが突然そんな事を騒ぎ出しては僕の機嫌を損ねていく。その上、皆がみるみる瞑目していく様子が僕を酷く苛立たせた。そうだよ僕は恋愛初心者だぞ悪いか野郎共。僕は何とも言えない羞恥心を覚えつつただじっと黙ったまま、奇妙な沈黙に耐えた。

「イェッフー! 俺先輩の初ちゅーゲットー! わっはー!」

 その場で踊り出す馬鹿を尻目に、僕は無意識に口を触りながらそれをただ何と無く眺めた。もう本当に、どうすれば良いか分からなかった。

「は!? ナナお前、だって中学で付き合ってる子がいたんじゃ──!」

 そんなに驚愕する事なのか、その場で勢いよく立ち上がったシノが、その勢いのまま僕に問いかけた。一体どうしてそんな勘違いが生まれたのか。
 僕は何とか声を絞り出して、シノの思い込みを否定する。

「シノ……ねぇ、それってどこ情報? 仲良い子はいるけど、僕、彼女とか居たことないんだけどさ……」
「おい! こらケイタ! お前本当に本当に──ッ!」
「うるさっ、会長もシュウも落ち着けよ」

 彼等を咎める大人なレイジと、相変わらず傍迷惑に騒ぎ立てる彼等を横目に、僕はふと疑問に思う。
 でも僕は、このままずっとシノの傍に居るつもりだったのなら、何のために誰とも付き合わずに居たのだろうか、と。
 いつかシノと、なんて思ってもいなかったのに。何度も何度も夢見たけれども、叶うなんて思ってすらいなかった。高校に入って、それこそ親友であるという優越感を感じる事はあったけれども、本当にそれだけだ。僕の気持ちを伝えて会いにくくなるならばいっそ、このままでよかったのだ。
 多分だけど、シノはそんな僕を見放したりはしないだろうという確信はあった。ただ、フられるにせよ成功するにせよ、この関係が壊れるのが怖かった。あのままで、僕は満足していたのだ。
 そのはずなんだ──でも、それなら、何故なんだろうか。どうして、ずっとずっと僕は誰とも付き合う事なく、シノの隣に居座って居たんだろうか。それが、今のこの現状を生み出しているんではないのだろうか。
 そうやって、僕はそこそこ動揺しつつ、僕の恋心の在り方についてうんうん唸っていたのだ。そうしていた僕の顔は、よっぽど真剣だったらしい。その日は結局、勉強なんてできやしなかった。
 そしてまた、それだけではない。こんな事があったせいで、僕はまた、友達との約束をすっぽかしてしまったのだった。

『おい! マァ、てめぇまた忘れやがったな!? 絶対来いっつったろうがよぉおおぉ!』
「ゴメン、ほんっとゴメン! 僕も色々あって、それどころじゃなくってさぁ」
『はぁ? 後で、じっくり聞かせてもらうからな!? 覚悟しとけよ!?』
「うんゴメン、それでいいから、だから次は今度こそ! ほんと来週ね、来週! だから許して!」
『ホントだな!? 絶対だな!? 今度やったらテメェの学校乗り込むぞ!?』

 別に忘れようと思って忘れた訳ではなくて、あんまりびっくりしてしまったものだから、約束事がビリヤードの球のように頭の中のポケット(ゴミ箱)へと押し出されてしまっただけなのだ。完全に不可抗力だ。僕のせいじゃない。
 あの馬鹿が突飛な行動をやらかしたせいなんだ。そのお陰で、僕はこの悪友に根掘り葉掘りと聞かれてしまうらしい。ああもう、ホント腹が立つ。全部何もかも、あのケイタのせい。
 兎にも角にもストレス発散をしたい。何でもいい。ただ、この状況から逃げ出したかった。
 僕は通話OFFの画面を連打しながら、そんな事を思うのだった。そして、同時に思い出すのは。

『いや、何かホント、それに関しては悪い……アイツ、調子乗りやがって。俺も出来るだけ止めるから、アンタは──』

 そう言って、柄にも無く眉根を下げて僕を励まそうとしてくるレイジの姿が、何故だか思い出された。本気で揶揄いにいくような悪い僕を知りながら、尚も接触を持ってくれる今のこの学校の唯一。彼の存在が、僕の中で少しだけ大きくなっているのは疑いようのない事実のようだ。

『アンタの心臓には絶対毛が生えてる』

 勉強会での合間に、面と向かって僕にそんな事を言って笑った彼は、本当に度胸がある。彼にイラッとする事もあるけれども、僕は彼のフォローに何度も助けられつつ、何とか約束の日を迎えるに至った。多分、彼がいなければきっと、色々と投げ出して逃げ出して、|こ《・》|れ《・》|ま《・》|で《・》の二の舞になるに違いなかった。
 生意気な後輩に何とも言えないこそばゆい感覚を覚えつつ、僕は確かに、彼には感謝しきりなのだった。




* * *




 ぐぇっとカエルを潰したような声を出しながら、ポーンと人間が宙を飛んで。そこらにあったソファの上に背中から突っ込んでいった。
 管理者の分からない廃ビルは、僕らのような悪ーい中高生の遊び場になっている。何処かから持って来たソファやら椅子やら、結構綺麗に整えて配置して、中々居心地の良い空間だ。人数もそんなに居る訳ではないし、僕らのような悪い子が大人に隠れて居座るにはちょうど良いのだ。
 他の皆は何の横槍も入れず、僕らのやり取りをまたやってる、だなんて笑いながら見守っている。それすらもいつもの事。ここのそういう雰囲気も、僕は結構気に入っている。

「バーカ、お前不躾すぎ」
「だって、マァが先に約束破ったからだろ!?」
「だから不可抗力だ、って言ったじゃん」

 カーキのタンクトップに、顔を隠せる程に大きいダークグレーのフルジップパーカーを羽織って、ネイビーのジーンズとブラウンのレースアップブーツを履いている。片手にした煙草を囓りながら、僕は悪友に煙をふぅと吹きかけた。コイツは同じ喫煙者で、こういったやり取りはしょっ中だ。他の人間にはほとんどしない。だって、同じ喫煙者ではないのだし。
 それにげふんっと咽せた悪友は、上目遣いにギロリと僕を睨みあげた。彼の両耳にチラチラと光る、サファイヤブルーのピアスが妙に目に入る。

「お前、だって、電話した時はゴメンって……」
「だって、お前の電話長くてめんどいんだもん」
「っお前!」
「ん? ジローお前さ、去年合コンセッティングしてやったの誰だと思ってんのよ」
「うっ」
「お前好みの可愛い子、いたでしょ? 誘ってたの知ってるんだから」
「…………付き合う事になりました!」
「成約料請求するね」
「こっ、のぉおぉおおお!」
「あっはは、持つべきものは友達だよね!」
「お前の場合、下僕の間違いだろっ」
「は?」
「ギャアーー!」

 友達甲斐のないぽち改め、ジローにヘッドロックをかましながら、僕はここのところのストレスを発散する。ギブアップを要求してきたところで解放し、僕はケラケラと笑った。

「ねぇ思ったんだけどさぁ、マサの場合アレじゃね? 好きな子程虐めたいってヤツ。よかったねジロー、君愛されてるよ」
「うっそマジでか」

 だなんて、突然妙な茶々が僕らのすぐそばから聞こえてくる。ギョッと振り返ってそちらを見れば、スマートフォンを片手に気もそぞろな様子で、ソファにひとりくつろぐ長めの茶髪頭が目に入った。コイツ、絶対適当に言ってるに違いない。僕はジト目でそのクソノッポを見やる。

「何それキモい、アキラ変な事言わないでよ。ってかそれ、まんま子供みたいじゃん」
「うん、そうだね」
「…………お前、後で覚えてろよ」

 そんな僕の言葉にも反応せず、ノッポ──もといアキラはずっとスマホを操作している。気もそぞろに的確な事を言われて腹が立つ。いや別に、ジローは好きだけどもアキラの言ったものとは絶対違う気がしてる。そもそも、そんな好きだの何だのというタイムリーな話は、今の僕にとっては鬼門だ。いつもよりも余計に腹が立つ。
 僕は苛立ち紛れにアキラの脚を蹴飛ばすと、その隣にドカッと座り込んだ。

「何で今蹴られたの俺……」
「アキラが悪い。変な事言うから」
「好きだって話?」
「そ。友達相手に気持ち悪いでしょ、そんなの」

 ついこの前の事を思い出しながら、僕はアキラの隣でぼそりと呟くように言う。友達、と言っていいのかはわからないけれど、仲の良い後輩にそのような事を言われたのは少し、ショックだったのかもしれない。
 まだ返事もしていない。後でね、そう言ってその場は笑って誤魔化したのだけれども、いつかはきっとハッキリとさせなければならない。多分、僕が逆の立場だったとしても、同じようにそれを望む。
 変な所でチキンな僕は、あのケイタのようにハッキリと伝える事が出来なかった。けれど、ケイタがああ言ったその気持ちは痛いほど良くわかるから。
 少し、彼の性格が羨ましいのかもしれない。嫉妬、してるかもしれない。だからこんな事を言ってしまうんだ。
 僕は結構、引きずって混乱しているようだ。

「そう……? でもマサの通ってる学校では普通なんでしょ、そういうの」
「普通って──、でも今のって恋愛云々以前の話じゃん。友達相手に好きだとかってさ……」
「ああー、まぁ、ね。……友達だった奴と付き合うとか、マサ的にはナシ?」
「ナシ──、かどうかは分かんないけど、びっくりするでしょ、流石に」
「ふぅん……? もしかして、最近そういうのあった? 誰かに告られたとか?」

 妙に鋭いアキラに図星を突かれて、僕はぐっと言葉に詰まる。多分、眉間に皺も寄ってるかも知れない。手にしていた煙草を、足元にあった空き缶の中に突っ込んで、僕は冷静になろうと思考を落ち着ける。

「実は、あった。勉強教えてた後輩に」
「え! マジで!?」
「は? 何お前、今の冗談だったの!?」
「適当に言った、その話聞きたい!」
「はああああ!?」

 けっこう色々考えて絞り出した言葉だったんだけども。僕は見事に罠にハメられた。その後は結局、周囲に集まってきた奴らに根掘り葉掘り聞かれる事になって、僕は適当に返しつつもとうとう我慢できなくなった頃には、彼等を文字通り蹴散らす事になったのだ。

「うるっさい! もう終わり、聞かないで! ってかアイツは!? リュウキの事がどうとか言ってなかったっけ!?」
「あ、そうだった」

 苦し紛れに話題を逸らせば、ジローがぽつんとあっけらかんと言い出した。
 リュウキというのは、僕らの中学時代の悪友達の中でもちょっと大人びた奴で、僕らを束ねて色んな所に連れて行ってくれたりした奴だ。学年もひとつ上。大人な遊びもまぁ、それなりにこなしているような奴だ。
 そんな人に何があったのか。僕は気になっているのだ。僕もどちらかと言えば頼りにしている人が、一体どうしたというのか。

「そうだそうだ、そのリュウがさ、何か、恋煩いっぽくて」

 ジローのそんな話を聞いた瞬間、僕は耳を疑った。色々と経験豊富なそんな人が。なにゆえにか。たっぷりと時間を置いて、僕はその後でようやく声を絞り出す。

「もっかい、言ってみて?」
「リュウキが、恋煩い。惚れた腫れたの話!」
「は?」

 僕はもう、その時点で目が点になってしまった。だって、あの先輩風吹かせた(実際先輩ではある)リュウキが、だ。僕の頭は理解を拒絶する。

「いやわかる! 俺も同じ! けどさぁ、お前ならリュウの話聞けばどういう事になってるのか解ると思って。俺らには何があったのか全然、話してくれなくてさぁ」
「ええ……」
「八つ当たりはされるしマサキに会いたいってぶつくされてるし、もう俺らどうしたらいいかわっかんなくて」

 成る程、とわかりそうでわからなくて、僕は大変奇妙な気分だった。どいつもこいつも、ここ最近は恋愛だ何だのと聞きすぎて僕はかなり食傷気味だ。

「おい、マァ、お前聞いてる?」

 そんな僕の気も知らずに、ジローには目の前で手を振られて、僕は苛立ち紛れにその手をバチンッと両手で思いっきり挟んだのだった。





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