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二度あることは三度ある



 僕なりにとても頑張ったんだ。そう、本当に頑張った。それなのにこの仕打ち、神様は多分僕のことが嫌いなんだと本気で思う──。

「ああっ──!」
「見ろ、2年の学年主席が泣いてんぞ」
「へへへ、ナナ先輩のおかげだよ! ありがとー、先輩ダイスキー!」

 目の前に差し出されたテストの点数を見て、僕は思わず顔を覆った。四割にも届こうかという点数──つまりそれは、チャラ男こと那珂ケイタが、今回の試験で赤点を免れたという事でもあった。
 始めの頃、僕に差し出された一桁代の点数から比べたら多大な進歩だった。僕はやったのだ。例えその点数が半分にすら届いていないとしても。

「うん、よくがんばった、ほんと頑張った!」
「ねぇすごい?先輩、俺すごい?」
「うん、よしよし」
「うへへへ」

 涙で濡れる目を擦りながら、僕はその馬鹿の頭をクシャッと撫でた。本当に、大変だったのだ。頼まれたら断れなかったが故の勉強会。
 ケイタとレイジとプラスアルファとで毎日毎日、高校一年生どころか中学生の範囲からやり直し、とうとう最難関であった数学の小テストでも赤点を免れるようになったのだ。
 ケイタの担任からはものすごく感謝された。まだまだ平均点を取るまでは時間がかかるだろうが、補習の必要がないと教師は喜んでいた。馬鹿に負けるな先生。
 嫌々ながら始めたものではあったが、僕だって頼まれたら最後までちゃんとやり抜く位の責任感はある。それに、こうして成果が出てみれば、やって良かっただなんて気分にもなる。僕って単純。
 案外、目的さえあれば外野の騒ぎも気にならない程度のものだった。流石に目の前でいちゃつかれた時にはブン殴ってやりたい気分にもなったが。ケイタの質問攻めのお陰で、少しばかり気が紛れたのも事実。ほんの、針の先程の感謝を感じながら、僕はケイタを褒めちぎっていたのだった。

「ケイタいいなぁ」
「……シュウには俺がいるだろ」
「えー? シノも実は羨ましかったりするんじゃないの?」
「何言ってんだお前」

 チッ、このバカップルが! その一瞬で、機嫌が地の底まで落ちたのは言うまでもなかった。折角の上機嫌に水を差されたような気分だ。
 それと少し、気にかかる事があった。どうして生徒会長が図書館に来てしまっているのか。僕は甚だ疑問であった。さくらがわもさくらがわで、彼はもうすぐ生徒会の仲間入りを果たすのではなかっただろうか。僕が断ったからだけど。仕事は、良いのだろうか。

「2人とも、生徒会の方はいいの? これから引き継ぎもあるしで忙しくなるんじゃないかなって、思うんだけど……」
「ナナ、堅いこと言うな、副会長が有志を集め──」
「あれ!? そういえばそうじゃん、シノはここにいる場合じゃないよ! ハルキが死ぬよ?」

 指摘すればシノはしどろもどろ、これはまた仕事を放棄してきたなと、僕は直感する。こんな時、以前ならばそれを諌めるのは僕の役目だったのだけれど、今、シノには彼がいる。
 僕はそれを眺めながら、ぼんやりと思った。生徒会に入って、仕事に忙殺されるのも一つの手だったのだろうか。余計な事を考えないで済んだのかもしれない。けれど、すぐにその考えは打ち消す。
 そんな事をしたら、年中シノがさくらがわにデレる顔を見ることになる。そんなのは流石に、僕は耐えられない。本当、どこへ行ってもどん詰まりだ。
 僕はそんな気分を変えようと、再びケイタへと向き直る。この勉強嫌いに教える次の教科は何にしようかな、なんて僕は努めて頭を捻るのだった。

 そんな時の事だった。突然、僕の電話が震えだしたのだ。しかも中々切れない。ただの通知ではないようだ。
 電話だなんて珍しい、一体何なんだろうかと手に取りディスプレイ表示を見て。その瞬間に僕はハッとした。
 ヤバい約束忘れてた。絶対すねられる。

「っごめん、ちょっと電話」

 そのまま席を立ち、僕は慌てて図書館の外へと出た。その周囲に誰も居ない事を確認して、適当な教室へと滑り込む。
 先程から光ってうるさいディスプレイの表示は、その名も“ぽち”から。イヌっぽいからという軽い気持ちで登録したけれども、案外それが似合っていたり。

「はい、もしもし?」
『マァー! お前、いつになったらこっち来んだよ!? 中々返信も返ってねぇしっ』
「あはは、ごめんごめん、色々あって忘れてた。今度の土日、って事で手を打ってよ」
『ホントだな? 絶対だな!? ヤツに言うぞ!?』
「ん? 何、僕ってそんなに待ち望まれてる?」
『俺らじゃ手ぇつけらんないし、お前からも一言言って欲しいんだよ』
「え、なに? 手ぇつけらんないって……意味わかんないんだけど」
『それも含めて詳しく話したいんだよ。長くなりそうだし、電話じゃちょっとな』
「えぇ……、仕方ないなぁ。分かった、次はちゃんと行くよ。後でメッセ送るから。じゃあね」
『絶対だぞ!? ぜっ──』

 中学時代からの悪友は相変わらずのハイテンション。終話を連打して通話を終わらせて、僕はこめかみをぐるぐるともみほぐした。あの絶叫が耳にキーンと来たのと、何かが起こっているらしい事にかなり面倒くさいとか思っていたりして。
 どいつもこいつも、ここ最近一体何だって言うんだ。僕は少し、疲れているのかもしれない。ケイタへの指導プランに馬鹿と転入生へのストレス、おまけにオトモダチからの“お願い”ときた。
 僕は少しだけその場で唸った後で、覚悟を決めて再度、愉快な仲間達の待つ図書館の中へと入って行った。
 ごめんね、と断りながら戻ると、途端にケイタの顔がパァッと明るくなる。そこそこ懐かれたようだ。勉強の時以外にも、話さえちゃんと聞いてくれれば悪い奴ではないのかもしれない。

「ごめんね、ちょっと、次の土日なんだけど……予定入っちゃってさ、外に出なきゃならなくなっちゃって」
「えぇー! ナナ先輩に会えないのぉ?」

 予想通りの反応に苦笑する。至極残念そうな表情に、僕は何とも言えない気持ちになる。何と無くなのだが、このケイタは少し僕に頼りすぎている気がしてならない。馬鹿なりに理解しようとしているし、もう少し勉強のやり方を手ほどきすれば、一人でも十分やっていけると思うのだけれども。
 時々思う事がある。分かっている事もなんでも、僕に説明を求めてはいないだろうか。こんな異常な環境下なのだ。まさかとは思うけれども、僕は少しだけ変に勘繰ってしまう。

「中学の時のヤツらか?」
「うん。何か事情があるみたいで……皆で話したいって、言うんだよね」

 その時問われたシノからの質問に、僕は何時ものように応えた。シノは、僕の仲間──或いは友達の事を聞きたがる。中学以降、この学校に引きこもっている訳だから、外の公立がどんなものかを知りたがる気持ちは良く分かる。僕もここに入ってからというもの、他の皆に高校はどんな様子かを聞いて回ったから。
 シノは僕の事を気にかけてるのかな、だなんて余計な気は起こさない。そうでないとやってられないから。

「あれ、マサキって中学違うの?」
「そ。僕は高校からだよ」
「聞けよ、コイツさ、俺の誘い断って公立行ったんだぜ? ……中学も一緒に行こう、つったのに」

 僕は問われて少しだけドキリとした。シノは何て昔の話を引っ張り出すんだろうかと。確かに、僕達は同じ学校へ行こうと約束をしたのだ。それは僕のせいで叶わなかったけれど。本当に、10歳にも満たない頃の些細な約束なのだ。そんなもの、僕はとっくに他の記憶と一緒に雑多になってしまったものなんだ。
 だって、僕はとっくに負けているんだから。誰の上にも立てやしない。

「いやね、僕だって頑張ってはいたんだよ? でも、ここの中等課程って厳しいって有名だったし。僕はもっとゆっくり勉強したかったんだよ、その時は」
「まぁ、確かにそれは、自由なんだけど……」

 シノはたびたびその事を引き合いに出す。一体、シノはどういうつもりなんだろうか。何を思ってその事を話題に上げるのか。僕にはシノの心がわからない。
 こんな事、今更考えても何の得にもなりはしない。
 とっとと忘れるに限る。僕は、目の前で何やら議論を始めてしまった面々をぼんやりと眺めながら、土日の外泊の予定を立て始めた。彼等と会うなら、ちゃんとじっくりと話をしたい。ここでどんな事があったのか。僕はどうしたいのか。多分、聞いてもらいたいのだ。
 もう何にも聞こえない。何にも考えたくない。僕はスマホをチラチラと見ながら、予定を埋めていった。

「──ねぇ、マサキ聞いてないみたいなんだけど」
「その内戻ってくるだろ」
「ナナ先輩って、こういう時の集中力凄いよねぇ……」
「こっちの話聞いてるようで聞いてないから厄介だけどな」
「なんか……会長ってホント良く見てるんスね」
「は? そりゃまぁ、ずっと一緒だから、分かるようにはなんだろ」
「そういやあの噂……七海、先輩が一年の時、親追っかけて海外行くって言った時、会長が親衛隊に土下座までさせて引き止めたって話は本当ッスか?」
「待て、何で知ってる……その噂、どこまで広まってるんだ?」
「まぁ、俺ら持ち上がり組にはほぼ全部?」
「俺もそれ聞いた! めっちゃ有名!」
「今すぐ忘れろ記憶から消し去れ」
「あれってマジなんスね」
「へぇー……まぁ、気持ちは分かるかも。マサキって、意外とどっかヌけてる?ハラハラするっていうかマイペースっていうか……見てるとちょっと心配になる感じ。親気分?」
「…………」
「何だお前その顔、俺が何かおかしいってのか?」
「いや、別に?……なんで付き合ってなかったのかなと」
「ブッフォ! ッゲホ、ゲホッ──!」

 突然聞こえてきた音に、僕は吃驚して現実に引き戻される。一体、何があったのかさっぱりだった。咳き込んでいる涙目のシノが、みんなに笑われている。何の話をしていたのやら。

「びっ、くりした……ごめん聞いてなかった」
「いや、何でもない何でもない何でもない! てめぇらこの野郎っ、笑いすぎだ!」
「いや、まさか、会長がそんなに動揺するとはっ」
「へぇー、へぇー、そうなんだぁ! 会長そうなんだぁ!」
「おい那賀お前っ、何が分かったっていうん──いや待て! 何も言うな、お前は何も言うな! 黙ってろ! もし言ったら今まで大目に見てやったところ全部リターンするからな!?」

 何だか僕は、とても面白い事を聞き逃してしまったらしいのだが、ケイタに聞いてもレイジに聞いても何も教えて貰えなかった。シノは当然、何故だかさくらがわくんにも。
 聞いていなかった僕が悪いのだとしても、地味に仲間はずれにされた気分だ。さくらがわくんには、おまけに何やら意味ありげに微笑まれたりして。僕はそのお綺麗なカオをぶん殴ってやりたくなった。

「何でもないからな! 何もないぞ! おい、お前不良こっちこい!」
「まさか会長まで名前覚えてないとか言わないッスよね?」
「ひと──やのレイジ!」
「はずれ」

 レイジはシノに連れられて、隅っこの方に行ってヒソヒソやりだしてしまった。僕はケイタと苦手な転入生とに挟まれてどうしたら良いのやら。寮に帰ってもいいですか。内心でこっそりと呟いた。

「ねぇねぇナナせんぱーい」
「ん?」

 そんな時だ。僕を呼ぶケイタの声が耳に入った。振り向けば、彼は僕の制服をちょいちょいと引っ張りながら首を傾げている。一体どうしたというのか。
 先程はシノに脅されていたけれど、僕にさっきの事を教えてくれる気になったのだろうか。ほんの一瞬、僕は期待した。けれどそれは、早々に打ち砕かれた。

「なぁに?」
「ナナ先輩、好きな人いる? 付き合ってる人は?」

 いっそのこと横っ面をぶん殴られた気分だ。期待していた分、その衝撃は計り知れない。
こんな、転入生の目の前でこの馬鹿は何を聞いてくれるんだ。僕は努めて気分を落ち着けながら、冷静に答えようと知恵を絞り出す。
 いや、別に、本当の事を言う必要なんてどこにもないのだ、適当に誤魔化して別の話題に誘導する。そうすればいい。話題を反らせる。そうすれば、いいだけの話なのに。僕はこの時何故だか、良い嘘を全く思いつけなかったのだった。

「好きな人、はいたけど、付き合ってはないよ。片想い──や、新しい恋を探してる、っていうのが正解かな」
「ん? つまり、ナナ先輩は今好きな人いないってこと?」
「うーんと、そうだねぇ。僕も、良く分からないんだよね」

 別に、そんな事まで白状しなくても良かったのに。自分でも何を言ってるのか良くわからなくなってくる。こういう時ばっかり上手くかわせない自分が、本当に惨めだ。ましてや、好きだった人の恋人の前で。僕は適当に誤魔化すように笑った。

「じゃあナナ先輩はフリーだね!」
「え? ああ、うん、まぁ、そういう事にはなるかな。付き合った事なんてないし」

 そう、言ってしまってから僕はハッとした。またそんな事を言ってしまって。口が滑るとはこういう時の事を言うのか。僕は内心で焦りながら、努めて平静を装った。そんなだからだろう。僕は全く、場の状況を掴めていなかったのだ。

「じゃあ俺が先輩貰う!」
「は!?」
「え?」

 そう言って手を挙げて宣言したケイタに、僕は理解も出来ずに固まってしまう。何を言われたのか、分からなかったのだ。頭が理解を拒んだ、とも言えるかもしれないけれど。
 そんな中で、ケイタは思いがけず行動した。ここで油断しなければ、とか、馬鹿には気をつけなきゃいけなかった、とか、思う事は色々あったのだけれど。それでもきっと、誰もそれは予想し得なかったとは思うんだ。

「ちょっ!」

 頬杖をついていた僕の顔を、突然両手で掴んだかと思えばその勢いのまま、馬鹿は僕に口付けてきたのだ。この馬鹿野郎め、ガッツリ舌まで入れて食みやがった。
 僕はまさか馬鹿がここまで馬鹿だとは思っていなくて唖然としながら為す術もなく舌で掻き回されましたとさ。





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