Main | ナノ

二度目の真実



 あの不良とまたいつ会えるかな、明日も来るのかな。そう思っていたのはつい昨日の事だというのに。僕らは案外思いがけず再会する事になった。それも、あの放課後から、たったの十数時間後の事だった。

「あれ?」
「…………」
「前からいたっけ?」
「そりゃそうだろ」

 朝起きて学校に登校して、シノに挨拶をしてホームルームを済ませてその後すぐ。シノに会いに来た転入生の背後に彼は居た。

「やっぱ認識されてなかったか」

 呆れたようにそう言った昨日の不良に、僕は外行きの笑顔でゆったりと応えた。

「ごめんね、ひとと──? 何だっけ」
「神鳥谷レイジ。結局無理だったか」
「あはは、ごめんね、レイジくん」
「くん──?」
「そういう時は黙ってる方がいいんだよ、ね?」

 そんな妙なやりとりに少しだけ注目を集めながら、僕らは少しだけ表向きの会話でコミュニケーションをとる。まさかあの不良が、レイジが、転入生の金魚の糞の一人だったなんて。
 失敗したかな、なんて僕は一瞬だけ思ってしまった。だって、レイジと知り合いであるというだけで、今まで以上に転入生との繋がりを持ってしまう訳だ。話しかけられる機会だって当然増える。そんなのは本気で御免だ。僕はこっそり嘆息した。

「ナナ、こいつと知り合い?」
「え?うん。昨日少し、話しただけだよ。先輩としてちょっとアドバイスを頼まれて」

 何か言いたげなレイジを放って、僕はつらつらとシノの言葉に応える。もちろん、そんなのはでまかせだ。だけどシノは、僕を大層信用している。だから、僕の言葉を疑う事はしない。

「ふぅん……ナナ、今日も生徒会で外すな」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
「ナナって──」
「レイジくんちょっといいかな?」

 シバいたる。僕は咄嗟にそう決心して、何やら口の中に虫でも突っ込まれたような顔をしているレイジを、教室の端へと追い詰めた。グサグサと妙な視線を背後から感じながらも、僕は小声で言う。

「余計な事は言わない」
「あんたこそ変な事言うんしゃねぇぞ?」
「それは君次第──ていうかまぁ、僕はもう君にはあんまり関わりたくないから不用意に話しかけたりとかは──」
「何あの2人、仲良いの? いつの間に」

 そんな、やたらと明るい声があっちの方から降ってきて、僕はちょっとだけ焦る。またしても僕はしくじった。こんな所でレイジとコソコソしていたらそりゃまぁ勘違いもされるだろう。
 けれども、こんな所でレイジに下手な事を言われては僕の今までの苦労が水の泡。忠告は仕方のない事だった。
 昨日ほんのちょっと会話をした程度で仲が良い、だなんて、こんな状況では喜べもしない。早くどうにかしなければ。
 焦る僕の内心とは裏腹に、レイジは何故だか遠い目をしている。

「待って、何、その顔。なんでそんなに遠い目をしてるの」
「ケイタはしつこいぞ」
「は?」
「友達認定されるぞ。たぶん」
「え? え?」
「ねぇねぇ、さっきから何の話してーんの?」
「ほら来た」

 突然こちらへやって来た生徒に、僕とレイジは肩を組まれた。肩を組みながら間に入ってきたのは、転入生の金魚の糞の一人。レイジとは違った意味でチャラチャラしてる奴だった。

「ねぇせーんぱい? レイジと友達だったの?」

 そう言って、彼はヘラヘラ笑って僕にそう問いかけてきた。見た目はレイジ程派手ではなく、制服もしっかり着ている方なのに。全体的に色素の薄いせいか、その言動のせいか、やたらと軟派な印象を受ける。チャラい、レイジ以上にチャラい。僕は引き攣りそうになる顔を押し隠しながら、微笑んで言った。

「昨日少し、話をしただけだから、別に、友達っていう訳では……」
「お前余計な事考えんなよ? 軽く話しただけだからな?」
「え?そうなの?」

 分かっているんだか分かっていないんだか、チャラ男はポカンとした顔をしている。多分後者だ。碌に話も聞いていないに違いない。そして、あろうことか、チャラ男はとんでもなく良い笑顔で、とんでもない事を言い出した。

「じゃあ先輩、一緒に仲良くなろぉ!」
「だからお前、勝手に決めんじゃねぇっていつも言ってんだろ!」
「えー? だって会長の友達なんだし、レイジも一緒に仲良くなってくれれば俺、勉強教えてもらえるんじゃん」

 僕は呆然とした。この馬鹿に巻き込まれるように、これで僕も金魚の糞の仲間入りとかって、そんなのない。焦ってレイジに目を向ければ、その目は僕に諦めろ、と語ってくる。いや待て、お前がこのチャラを説得してくれるんじゃないのか。何故、そんなに早くも諦めた顔をしているんだ。
 僕は、親切丁寧な学年主席で通ってる。だから、頼まれた事を笑って了承するようなそういう人間でなければならない。ましてや、仲の良い親友の後輩ともあれば尚更。周囲に期待するしかないのだ。
 けれども。こういう時に限って、悪いことは立て続けに起こってしまうんだ。

「それ、俺も一緒していい?」
「あ?」
「あれ、シュウも? 教えてもらう必要はなくなーい?」
「でも、俺も七海と仲良くなりたかったんだよね、シノの友達だろ? 同じ学年だし」

 にっこりと僕に笑いかけてきた転入生。今までそんな事、言った事なんてなかったじゃない。何でこんな、今なんだ。
 僕は逃げ出したい気持ちを何とか堪えて状況を見守る。いつもの僕のイメージを壊さないように。普段通りに見えるように。
 誰からであろうと、僕は笑顔で頼みを聞かなければならない。それでも何とか、今まで僕は転入生を避けられていたのだ。恋人同士の逢瀬を邪魔しちゃいけないでしょ、生徒会の仕事を邪魔しちゃ悪いでしょ、それが一番便利でかつ説得力のある理由だったから。
 けれど、後輩に勉強を教えるという名目に断る理由なんてあるはずもなくて。僕は内心では嫌々ながら、笑顔で『諾』と答えなければならないのだ。
 精一杯の困ったような笑みを浮かべながら、僕は彼等に快く応えるのだ。

「そう、なの……? 僕でいいなら、大丈夫だけど。まぁ、時間が取れる時になら別にいいよ。勉強会みたいな感じかな」
「やった! ねぇ先輩、俺の名前知ってる? 俺ね、那賀ケイタっていうの。ケイタでいいよ! 先輩は何て呼んだらいい?」

 その場では勝手に自己紹介が始まって、僕が一言も話せない内にどんどん話が進んでいく。僕もまだ、この状況に頭がついていかないのだろう。ただ聞いている事しか出来なかった。

「俺も、何かあだ名で呼んでいい? 七海マサキだろ?」
「七海……何か、ななみっていうと女の子の名前みたいだよね。じゃあ、ナナミ先輩!」
「え、それじゃあ、俺もシノみたいにナナって呼ぶ。なぁ、いいだろ?」

 ああぁぁぁ、もう、逃げられない。嘆息するしか出来ない。
 チャラ男こと那賀ケイタと、転入生の両方から詰め寄られたんじゃあ、逃げ場を見つける事なんて出来るはずもなく。転入生からは出来るだけ離れるという、僕の今までの苦労が水の泡。一気に距離が縮まってしまった感がある。もうここまでくれば、僕はただ諦めるしかなかった。

「え、あー、僕、あんまり苗字は好きじゃないんだけどな……名前では、呼んでくれないのかな?」
「何でぇ? 七海っての可愛いじゃん」
「え、マサキって呼んでもいいの?」

 ナナ。嫌いな苗字をそう呼んでくれるのは、シノだけで良かったのに。僕は、思いがけず広がってしまった交友関係に、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。




* * *




 そんなやりとりがあったのは、つい先日の事。
 この日もまた、僕はいつものように屋上へと侵入していた。先に来ていたレイジの姿を見つけて、僕は文句を足音も荒く、彼に詰め寄った。

「ねぇちょっと! 君の友達、アレどうなってんの!? マジありえないんだけどっ」

 僕は、この声が他の誰にも聞こえないのを好い事に、半ば叫ぶように言った。だってほんと、ありえない。僕を、嫌いなヤツらの中へと引き込んだだけでなく、ヤツは僕が手を施しようのない程、本気で勉強が駄目だったのだ。

「ケイタに関して云えば、まぁ、残念ながら対策は出来ない。あいつは筋金入りの馬鹿だ」
「不良に言われたら世話ないねほんと」
「おい、七海マサキ、お前俺の名前ちゃんと覚えてんのか?」
「ひと──んんん、レイジくん」

 僕が自信満々に言ったところで。レイジはまたしても、奇妙な顔で僕を見た。バカにされているようで、少し腹が立つ。

「…………もういい。名前が出ただけ進歩だ。あんたも実は相当の馬鹿なんじゃないのか」
「学年主席に何てこと……僕は名前が覚えられないだけであって、努力の天才だよ!」
「あいつの勉強見てくれるのは実際、俺も助かるわ」

 せっかく胸を張って宣言してやったのに、レイジは何事もなかったかのように次の話を振ってきやがった。レイジのスルースキルがとんでもなく上がっている。僕は内心残念に思いながらも、レイジの話に乗る事にする。今日の勉強会で、レイジの協力なしにはヤツを攻略する事は不可能だと思い知った。

「で、僕はどうすればいい? なるべく、転入生……名前、ええと、シ……ショ……」
「シュウだ。桜川シュウ」
「さくらがわくん、にはあんま近付きたくない」
「って言うと……、あんたの失恋相手は会長か?」
「……君の失恋相手は、そのさくらがわくん、だよね?」
「否定しねぇな?」
「そっちこそ」

 お互い、相手を探るような目つきで僕らは見つめあった。レイジの推測はピタリと当てはまっていて、そして多分、僕の推測も正しい。あゝ、僕らは何て寂しい人間なんだろうか。しばらくの沈黙の後、僕らはどちらからともなく、大きな溜息を吐いた。

「……不憫」
「お互い様だ」
「まぁ、そうだね……はい、じゃあこの話は終わり。気持ちを切り替えて、今後なんだけど、僕は──」

 悲しいかな。僕らは失恋の傷を癒す暇も無く、好きな相手が恋人といちゃつくのを眺めながら馬鹿に勉強を教えるという大儀を授かったのであった。





list
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -