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優等生の憂鬱



 その恋を自覚したのは、小さな子供の頃だった。同い年の幼馴染で、それはそれは可愛いらしい子供。いつも朗らかに笑っていて、その子に夢中になるまでそう時間はかからなかった。

『シノ、ぼくのおよめさんになって!』
『え、およめさんはナナでしょ?おれがだんなさんになるんだ!』

 そう言って喧嘩した頃が本当に、懐かしい。




 ビッグカップルの誕生に、校内はやけに浮き足立っていた。

 僕の通う全寮制の私立高校は、巷にはない特殊な環境の中、日々を暮らす男子高校生達が詰め込まれていた。ひどく閉鎖的で、金持ちや権力者達のために作られたような学校ではしかし、同性愛が当然のように罷り通っていたのだ。
 そんな中でも、流されるように誰かと──同性と付き合う事なんてなく、一般的な高校生同士の付き合いをしている生徒も少なからず存在していた。僕や幼馴染のように。
 僕の幼馴染はこの学校において、ひどくモテた。成績優秀で外見もよく、人当たりもまぁ、悪くはない。そして何より。

「──生徒会よりの注意事項だ。何か不備や質問等あれば、私書箱に投稿して頂きたい。以上、生徒会会長五十畑シノ」

 生徒会会長として任期を全うする彼は、誰から見ても完璧すぎる存在だった。全校生徒の憧れの的だった。
 彼──シノに言い寄る生徒はそれはもう、後を絶たなかった。学内一の美少年、サッカー部のエース、演劇部のプリマドンナ(間違いではない、その人は確かにそう呼ばれていた)、等々、有名どころは制覇していたように思う。それでも彼が、ノーマルを貫き通していたのは有名な話だった。そう、きっと心に決めた女性(ひと)がいるのだと、誰もが信じて疑わなかった。

「シノ!お疲れ、流石じゃん!貫禄あったよ」
「そうか?シュウに言われると照れるな」

 その彼がまさか。
 時期外れの転入生とくっつく事になろうとは、誰も予想し得なかった。もちろん、彼とずっと一緒だったこの僕──七海マサキも驚愕したのだ。そしてひどく嫉妬した。

 転入生はこれまた完璧な人間だった。人を引きつけて止まないキラキラと輝いた瞳、守りたくなるような儚げな外見、自らの意思を貫き通す強い精神。そして、僕の学内一位の順位を脅かす程の頭脳。勉強しか取り柄の無い僕が、到底敵うはずもかった。

 そしてあの日、僕はとうとう失恋を目の前に突きつけられる事になったのだ。ずっと諦めながらしかし、ずっと逃避していた現実。2人が想いを伝え合ったその瞬間に、僕はようやく現実を見届けた。




* * *



 立ち入り禁止の学校の屋上で、煙草をふかす僕は呆然としていた。急激に距離を縮めた二人の姿を思い浮かべるたび、僕の思考はぐるぐると堂々巡り。何が悪かったのか、どうすれば正解だったのか、今更ながら諦めきれずに色々と考えてしまう。
 優等生として振る舞いながら影で色々やっていたバチが当たったのかと、ここの所思うようになった。

 僕とシノの幼馴染という関係が、この閉鎖的な学園で広く認められるようになるまであれだけ大変な思いをしたのに。転入生とシノのカップルが誕生したという事実は、瞬く間に周囲に受け入れられたのだ。
 まさに、話題席巻、美男美女のビッグカップル(少し語弊があるかもしれない)、という扱いだった。悔しい。僕は到底敵いっこない、それでもずっと、シノが好きだった。それこそ小さな子供の頃から。
 決して結ばれる事はないけれど、ずっと側に居られる位置で、例えシノに愛する女性ができても笑って見送ってあげられるような位置で僕は傍に寄り添う。シノの隣にはずっと僕という一番の親友がいて、互いに一番心を許せる存在になる。それが、僕の願望だった。

 ぐしゃり、何本目になるか分からない煙草を吸い切る前に潰して、また新しいものに火をつける。どうしても、やりきれなかった。シノの愛する人が女性ならば諦めもついたのに。よりにもよって、男。
 僕はイライラとしていた。

「チッ」

 屋上に来る人間なんていない。ここの生徒はみな真面目だ。ましてや、学内一の優等生なんかが禁止された場所に居るなんて、誰も考えやしないのだ。今までだって、誰とも鉢合わせた事はない。僕はすっかり油断していた。

 空になった煙草のケースをくしゃくしゃに丸めてフェンスに思いっきりぶち当てる。唯の八つ当たりだ。優等生であるこの僕が、学校や寮でこんな姿を見せられるはずがない。
 いつだって、シノの隣に居ても恥ずかしくないような人間であるように努力してきた。誰にも明け渡す事なく、学年一位の座を2年も守り続けてきたのだ。平凡と称されるようなこの僕が、コツコツと積み上げてきたこの地位を捨てられるはずがない。

 だから一人きりの時にしか、僕は僕で居られないのだ。
 後悔はしていない。ようやく、シノの親友であることが浸透してきたのだ。せっかく作り上げたものをみすみす捨ててたまるか。
 それにどうせ、こんな所誰も見ていやしない。だから。ここで僕はいつだって、優等生の皮をはいでいた。
 どうしても悔しくて気持ちが収まらなくて、僕は悪態をつき、しゃがみ込んで顔を抱えた。たったの一教科、あと一点、たかが一点、されど一点。しかし僕は、それでもあいつに負けた。

『さすがシノの友達だね……敵わないや』

 笑って僕に近付いてきた彼に、僕はあと少しで罵倒を浴びせてしまいそうだった。ずっとずっと努力してきたのに。ポッと出の天才に、全部持って行かれる平凡の気持ちが解るか。お前なんかどっかいけ。消えろ。
 僕は必死で堪えた。





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