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28.たわむれ



「──んで、結局どうなの?」

 その日の活動もひと段落し、夜も深まってきた時だった。突然ジョシュアの部屋をセナが訪れた。ジョシュアは昼間の事もあり警戒もしていたのだが、セナは引かなかった。扉の前でしばし押し問答となり、結局ジョシュアが根負けして部屋に通してしまったのだ。
 入って客間に通して早々、ソファに座りながらセナは、昼間の続きとばかりに再び問うてきたのだ。ジョシュアは呆れたような声をだした。

「しつこいぞ。俺のなんて知ってどうする」
「気になったら眠れないタチなんで」

 明らかに迷惑そうにしてみせるジョシュアだったが、どうやらセナは引くつもりなど毛頭ないらしい。若いが故の無鉄砲なのか、それとも単に娯楽に飢えているだけなのか。
 壮年の男の恋愛事情なんて聞いても、楽しくもなんともないだろうに。ジョシュアはげっそりとしながら、セナに告げた。

「どっちをとるも何もない。いつ、本当の意味で死ぬかも分からないのに、そういう事を考えている余裕はない。アンタだって、そうじゃないのか」

 昔からクソ真面目、とよく言われたジョシュアの回答がそれだった。実際に本人も真剣にそう思っている事ではあるし、今は人々の安全を守る事が先決だ。ミライアの従者である、という事もある。
 ジョシュアには、恋愛ごとにうつつを抜かす気などないのだ。例え奇妙な関係を築かれようが、なるようにしかならない。当人にその気がなければ、惚れた腫れたなぞどうにもならない。それが、今までの経験からジョシュアが得ている応えだった。
 そして、そんなジョシュアの返しに対してセナは言う。相変わらず、冗談めいたような言い方だ。

「俺? 俺の話聞きたいの?」
「聞きたくない」
「いやさ、俺ねぇ、別に楽しければ何でもいいっていうか……それにさ、気になるじゃん? 吸血鬼連中の人間関係とかさ、何か面白そう。普通聞けないんだし余計に」
「…………」
「それでさ、その赤毛とはぶっちゃけどうなの? 吸血鬼ってオトコ同士とかアリなの? 吸われたってのは、血液をってこと?」

 セナによる立て続けの質問に、ジョシュアは引いていた。
 セナは、ジョシュアを唯の吸血鬼として見ている。魔族達の中の種の一つとして、ジョシュアにそう聞いているのだ。
 それが分かって少し安心した反面、多少複雑な思いでいた。
 仕方なく答えると、セナはしつこく答えていない部分を何度も問いただす。

「俺も吸血鬼は二人しか会った事がない。一般的な話は知らない。赤毛の奴が特殊なんだろう、きっと。ミ、ッシャのような豪快な者が多いとは聞いた。赤毛は──、まぁ、戦いより色事を好むと聞いたし、実際そういう奴なんだろう」
「ふぅん? それで、吸われたってのは血を? それともそれ以外?」

 セナの探究心には、ジョシュアも頭が下がる思いだった。下世話な話も含まれている気がしてならなかったがしかし、感心すべきなのは確かだった。
 恐る恐る、ジョシュアはその理由を尋ねながら言う。

「そんな話聞いてどうする」
「今後の参考に。吸血鬼が相手になるかもしれないんでしょ? 知っとかないと。あとはぶっちゃけ興味本意」
「……ぶっちゃけの理由の方が強い気もするんだが……まぁ、吸血は、された。血の相性が良いとか何とか」
「それ以外は? 吸血されるとキモチ良くなっちゃうって聞いたけど」
「吸血だけだ……」

 ジョシュアは咄嗟に嘘を吐いた。赤毛とはイロイロとあったのは確かだが、そんな事を目の前にいる男に告げてもきっと引かれるだけ。そんな話を聞いて面白いはずがない。そう、思っていたのだが。

「え、もしかしてマジでなの? 吸血鬼ってオトコ同士でもアリなんだ……処女の乙女のーって奴は迷信?」
「待て、何故、今のでそういう結論になるんだ」
「だって嘘でしょ、今の。アンタ嘘がド下手。あんま顔晒して喋んない方がいいよ」

 ジョシュアは凹んだ。
 ひと月もの間、寝食も戦闘行為すら共にした赤毛ならまだしも。出会ってたった数日のセナにまで同じ事を言われるとは。ジョシュアは心底、隠し事が向いていないらしかった。

「それで? 乙女の血がってのは迷信? 今後マークする人物を洗い出す時の参考にもなるし、そこは知っときたい」
「ああ……、なるほど。アレは、あながち間違いではないと聞いた。ミッシャを最初に見かけた時も、獲物はそれらしき少女だった」
「へぇ……、それでも、血の相性の方が強いのかな? だから、そういう女じゃなくてもアンタの血液やらに興味持たれちゃうと?」
「それは、まぁ、多分そうなんだろう。俺も出会った事はないから、良くは知らない」
「ふうん」

 意外と考えているらしいセナに多少驚きながら、ジョシュアはその後も質問に答えていった。引かれるだけかと思っていたジョシュアだったが、意外にもきちんと仕事はこなすという彼の気概が見えて、自然と受け答えも真剣なものになる。
 生死が関わっているのであるから当然といえば当然ではあろうが。それに気付けずに命を落とす者達の何と多い事か。
 ジョシュアはその日、冗談混じりになりながらもセナの話に付き合い、いつもとは少し違う夜を過ごす。
 セナに対する認識を改めなければならないようだ、とジョシュアは未だ歳若い優秀なハンターに少し、畏怖の念を抱く。

 そうやって、存分にセナが質問を出し切った後で。突然、彼は言った。

「──ところでアンタ、ゲオルグだっけ? 血は飲まなくていいの? 色々あったせいでまだ、飲んでないっしょ」
「……ああ、そう言えば。ここ数日は飲んでいなかったな。通りで……」

 意外にも覚えていたらしい彼にまたしても驚きながら、ジョシュアはこの数日間を思い出していた。余りにも様々な事が起き、考えている余裕もなかった。
 結局、口にしていた血液は、ここへ来た初日にミライアから直接与えられたもののみ。
 普段からあまり口にしないせいで、ジョシュアもすっかり忘れていたのだ。通りで身体が重いはず、と改めて身体の事を思い出す。
 自分自身の事に対する彼の無頓着さは、もはや悪癖にも近い。身体が資本であるはずのハンターとしても、吸血鬼としても、ジョシュアのそういった考え方は厄介な曲者なのである。

「あー……んじゃ、俺のあげよっか?」

 いよいよそう来たか、なんてジョシュアは怯んでしまった。気絶している知らない人間ならばまだしも、知人の、しかもハッキリと意識がある状態で吸血しようだなんて。
 考えただけでも恥ずかしい、とジョシュアが何も言えずにせめてもと首を横に振っていると。
 セナはジョシュアを見ながらニヤリと笑って言った。己の懐から小型のナイフを取り出す様子が、ジョシュアの目にも入った。

「遠慮せずにね? 俺がエサを与えてやるから」

 まるで、飼育動物か何かに対するような言い方だ。前言撤回、とセナに対する感心を全てゼロにする事を決めながら、ジョシュアは慌ててその手を阻もうと動き出した。
 しかし、それはセナの方が早かった。ジョシュアがナイフを持った彼の右手を掴むよりも早く、セナは左手の掌にそのナイフを滑らせていた。
 途端、血の臭いが部屋中に充満する。敏感なジョシュアには、それ程に強い刺激のように感じられた。顔を顰めながら、顔を右腕に埋める。
 それでも尚、微かに届く血の匂いに、ジョシュアは頭がクラクラとした。その香りは、飢餓状態にある吸血鬼には余計に鋭く、そして敏感に届いているのだ。
 急激に思い出したかのように襲ってくる空腹感に、ジョシュアは背中に嫌な汗が伝うのを感じた。

 左手を傷付けた右手を掴んで持ち上げると、ナイフからも僅かながら赤い血が滴った。それを極力見ないようにしながら、ジョシュアは目の前のセナを睨み付ける。
 彼は相変わらず、愉快そうに笑っていた。初対面で感じた時のような悪寒が、背を駆け抜けた気がした。

「ほら、もう血ぃ出ちゃったんだから、舐めても同じだよ。勿体ないし、傷口治して貰わないと床も汚れちゃうだろ」

 早く飲め、とその眼差しにも言われたような気がして。ジョシュアはしばし葛藤した。そして、すぐ、その後で。
 しぶしぶ、或いは喜んで、床に膝を着くと。セナの手元へと顔を近付けた。
 服の布地を隔てずに、より近くに血の香りを感じる。それだけで、ジョシュアは言いようのない興奮を覚えた。
 この空腹感が満たせる。その事だけしか、今は考えられなかった。

 溢れそうに掌に集まっている血に見惚れながら。ゆっくりと一度、舌先を這わす。
 ほんの僅かな血液をひと舐め口に含んだだけ。たったのそれだけなのに。
 たちまちジョシュアは遠慮も何もどうでもよくなってしまう。
 一瞬、ビクリと震えたその手を掴み、いっそ引き寄せながら、ジョシュアは夢中でそれを啜り舐め取っていった。
 溢れそうだった血が無くなる頃には、既に満足感を覚えていたジョシュアは。今度は、舌全体を使いながら、その掌全体に広がっていた血液を余す所なく舐めていく。
 途中、ビクビクと震えているその掌だとか、時折上から降ってくる息を呑むような音だとか、そんなものすら些細な事のように思えた。
 時折、血ではない人の味も感じられたりもしてしまったが、夢中になっているジョシュアにはどうでも良い事のように思えた。
 ジョシュアは掌に、そしてその傷口に舌を這わせ、かの男の傷口を治していくのだった。

 全て舐めきり、傷口も治し、満足気に吐息を漏らして顔を少し上げた所で。ジョシュアは突然、我に返った。
 強制的にさせられたからとはいえ、自分はもしや、今し方とてもヤバそうな事をしてしまったのではなかろうか。
 そんな事を思いながら、ジョシュアは多少後悔しながら、顰めっ面のまま恐る恐る顔を持ち上げた。
 するとそこには、なんとも言えない表情で、顔を赤くしたセナが、口許に腕を押し付けながらジョシュアを見下ろしていた。

「……アンタ、舐め方無駄にエロいんだけど……どうしてれんのこれ」

 ジョシュアはその場で非常に困ってしまった。これは自分のせいではない、とよっぽど言ってはやりたかったが。
 確かに理性が多少ぶっ飛んでしまった感じは否めない。吸血鬼の能力の作用に、催淫のケがあるのも知っている。
 そんな思いが邪魔をして、ジョシュアは文句のひとつも言ってやる事が出来なかった。
 ただ言われるがまま、この男の言葉、或いは命令に従っただけ。それなのに、そんな事を言われるような筋合いなど無いのだと。
 どんなに力をつけたとしても、ジョシュアはやっぱりジョシュアだった。

「いや、何というか……すまん。吸血鬼には催淫やら催眠やらの作用があるから……しばらく、休めば治るだろう。そのままここで大人しく──」

 そんなジョシュアの言葉は、途中で途切れてしまった。
 セナがその時突然、動き出したからだ。驚きで固まるジョシュアの肩を掴んだかと思うと、その場で押し倒してきたのだ。
 まさか、彼がそんな行動に出るとは露にも思っていなかったジョシュアは、体重をかけられその場で簡単に背中をついてしまった。
 何事かと目を白黒させている間にセナは。手慣れた様子でジョシュアの両腕を術で拘束すると、馬乗りになって身動きを封じた。犯罪者を拘束する役割を負う事もある、ハンターならではの早業だった。
 ジョシュアは舌を巻いた。そして同時に、言葉を失った。一体、この男が何を考えているのか、理解に苦しんだ。
 そして、そんな彼に向かって。セナは、愉しそうに言ってみせた。

「アンタのせいでこんなになっちゃったんだからさ、手伝ってよ」

 何をか。それを聞く間もなかった。
 セナは、ジョシュアの上で前を寛げたかと思うと、先程の行為のせいで起立していたモノを見せつけるように取り出したのだ。
 ジョシュアはギョッとして、それにくっ付きそうになっていた両手を、そこから退かそうとしたのだが。セナが押さえる方が早かった。

「大丈夫、俺ソッチの気はないから手ぇ貸してくれるだけでいいよ」

 セナはにっこりと、人懐こい素敵な笑顔でそう言ってのけたのだが、言い放たれた言葉は全くもって素敵ではなかった。
 お前は良くても俺が大丈夫ではない、とジョシュアはよっぽど言ってやりたかったのだが。
 余りに予想外の展開に頭が付いていけない。口も動いてくれない。これは夢か何かなのでは、と微かに白みそうになる働かない頭で、ジョシュアは必死に助かる方法を考えた。
 しかし、そんなジョシュアの思考も虚しく。己の両手はセナの手に握られるようにして、すっかり育ちきってしまったらしい彼の起立を握らされた。
 他人のものを握るなんて経験、ジョシュアはしたくもなかった。赤毛のアレは結局、触らされる事なんて無かったから。

 熱く激ったそれは、ジョシュアの手の中でぐじゅぐじゅと擦られている。顔を思い切り背けて見ないように出来る事が救いだったが、手の中の感触は生々しかった。
 時折上から降ってくる張り詰めたような声も、手の中で更に大きくなるいやらしい音も、ジョシュアにとっては混乱させる要素にしかならなかった。
 こんな事になるならば、やはり吸血なんてするものではない。
 そんな、一層の苦手意識を持ちながらこの状況に耐えているジョシュアは知らない。
 こんな事態になっているのはジョシュアの吸血の仕方が原因なのであって、歯を突き立てて吸われる分にはこのような事には普通はならないのだ。
 こういう作用をもたらすのは、多くの場合、多量の唾液を内側に入れてしまう事が原因なのである。
 そんな大切な事を、ジョシュアは知らない。知らされていないのだ。それを知りつつも、わざと教えなかったミライアや赤毛のせいでもあるのだが。
 ジョシュアがそんな彼等を恨むようになるのは、もう少し先の話。

「う、っく────!」

 手の中でビクビクと震え、精液がジョシュアの上に吐き出される。白いシャツの上だとは言え、点々と汚された服はきっと、そのまま捨てられる事になるのだろう。
 目を瞑ったままやり過ごしたジョシュアは、ようやく終わりを見出して、ホッと詰めていた息を吐き出した。
 ようやく彼から解放されるのだと安堵した。

 しかしその時だった。何故だか突然、セナはジョシュアの上に、上体を倒して来たのだ。それにもまたびっくりとしたジョシュアは、慌ててその男の様子を見ようと顔を向ける。
 セナは未だに荒い息を吐き出しながら、何故だかジョシュアの肩口へと顔を埋めていた。そして、眠そうな声で一言、言ってのけた。

「アンタってほんと、訳分かんないな。俺の事全然怒んないし、化け物の癖に腰低すぎだし、他人の事心配しすぎだし──少し、ホッとする」

 こんな事をしでかしておいてなんて事を言うのか。そう思わないでもなかったが、今の彼には何故だか、セナが小さな少年のように見えてしまって。ジョシュアはどうしても、怒鳴りつける気がすっかり失せてしまっていた。
 その場で思い切り脱力すると、ジョシュアは可能な限りそっと、彼に声をかけたのだった。

「もう、気は済んだか。退け、重いし痛い、拘束を外せ」

 セナはそれっきり、何かを話すことなく。黙ったままジョシュアの上から退き、拘束を外し、飛び散った汚れを布切れで綺麗に拭き取った。
 そうして何かを言う事もなく、彼はまるで嵐のように部屋から出て行ったのだった。

 一体、この出来事は何だったのか。何か、夢でも見ていたんだろうか。
 すっかり整えられて部屋に残されたジョシュアは、ひとり、眠れない夜を過ごしながら悶々と考えるのだった。





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