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24.秘密の会談



 不意に飛び出した赤毛の話題に、ジョシュアは動揺していた。彼とは気になる別れ方をしてしまって心残りだったのもあるが、妙な関係性を築かれてしまった事が少し、堪えていたのだ。
 あの男は一体、何を思ってあんな事をしたのか。自分をどう、思っているのか。無駄に考えてしまう。
 だが今はそんな事を考える時では無い。目の前にエレナやセナもいるのだ。ジョシュアは少しばかり気合いを入れると、いつも通りの調子で言葉を返す。

「アイツ……面倒なのは昔からか」
「そうだ。あの阿呆のせいで私が一体何年費やした事か……お前、赤毛からどこまで聞いた? 私が始末しかけた話は?」

 ミライアの問いに、ジョシュアは口を開く。目の前でエレナが「始末……」と小声で呟いていたのが、ジョシュアにも聞こえた。

「聞いた。アイツの親と、大食漢の話も」

 そう、ジョシュアが分かる者にだけ分かるようにぼかして答えると、ミライアは何故だか少し目を見開いた。とても意外だ、とでも言いたげな表情だ。彼女がそんな表情をするなんて珍しい事もあったものだ、とジョシュアも少しだけ驚く。

「……お、どろいたな。彼奴そんな事まで話したのかーーーー、まぁ良い。下僕、その話、他所へはしてくれるなよ。私と奴しか知らん事だ」
「ああ、分かってる」
「……お前ーー」

 そこまで話した所で突然、ミライアが何かを言いたそうな、けれども聞くのを迷っているかのような、そんな表情で言葉を切った。

「まさかお前……奴の真名、聞いたとでも言うんではないだろうな?」

 途端、ジョシュアはギクリと大きく肩を揺らした。それだけできっと、皆にも分かってしまっただろう。ミライアの女の勘とやらが鋭すぎるというのもあるのだろうが。ジョシュアは分かり易すぎるのだ。
 エレナとセナはその場で一瞬顔を見合わせてから、ジョシュアへと視線を濯いだ。注目の的である。

「ああ、もう良い、貴様らがどんな関係になろうが私は知らん。だが真名の扱いはお前、本当に、気を付けろよ。奴はーーほれ、あの性格だ。怨んでる奴も多い」
「関係……?」
「う、怨んでる……」
「同族だろうが何だろうが、嬉々として首を突っ込む。主に惚れた腫れたが多い」
「惚れた腫れた……」
「奴の移り気も大概だが、あの見た目だから相手には事欠かん。吸血鬼同士で取り合って殺し合いになった話も聞いた」

 もうそこまで来ると、流石のジョシュアも絶句した。赤毛とは多少の話はしたが、そこまで酷い話は聞いた事がなかった。当事者だからこそ、その問題意識が薄いというのもあるのだろうが。
 あんまりな話である。そしてミライアの愚痴は更に続いた。

「彼奴、一応人間としては貴族の扱いだからな」

 途端、ジョシュアは思わず悲鳴を上げた。あの赤毛が、あんなめちゃくちゃな野郎なのに貴族扱いなのか、という驚きである。

「……貴族紛いの奴ってーーアレって本当に貴族だったのかッ」
「貴族とはいえ、当時はただの成り金だがな。アレの主人だった男が金で買った称号を、養子扱いだった奴がそのまま使っているだけだ。役所さえだまくらかせば、何代目当主だのと言って簡単に引き継げる」

 見た目は騎士のような、と最初の頃に思っていたジョシュアだったが。まさか本当に騎士になれそうな身分を手にしていたとは。
 貴族紛いの人物が実は吸血鬼で、赤毛を吸血鬼にした挙句、即座にその赤毛に殺されたという、自業自得の憐れな男。とんでもない化け物を生み出してしまったその男に、何故だか少し同情してしまう。
 何とも言葉にはし難い妙な気分で、ジョシュアは遠い目をしてしまった。ミライアもまた、彼とさして変わりのない呆れたような表情だ。赤毛被害者の会、赤毛を語るの巻、である。

「……とんでもない話だ」
「全くだ。付き合わされるこっちの身にもなれ。私は極力、奴は放って置きたいのだなーーまぁ、アレはアレで、使えさえすれば、便利なんだがな……」

 使えさえすれば、がやけに強調された台詞だ。ヤマアラシのジレンマである、とミライアとジョシュアは二人、ほとんど同時に大きく溜息を吐いたのだった。
 しばらく、奇妙な沈黙がその場に漂うものの、そんな二人に恐る恐る声がかけられた。エレナである。

「あの……、それで、以前ギルドに潜入された時はどうだったんです? その、赤毛の人を探して潜入したんですよね?」
「ああ、ギルドの話だったな。奴め、先程話した貴族のツテだと言って金やらナニやらを握らせ、中央の上層部を掌握してしまっていてな」
「掌握ってーーそんな簡単に……」
「ああそうさ、いくら吸血鬼だろうが、ギルドはそう簡単に騙されてはくれんだろうよ。魔術の類いに耐性がある連中ばかりだ。ーーだがな、奴は別だ。想像してみろ。口が上手く、人心掌握のスベを心得ていて、おまけに飛び切り上等の容姿と貴族姓。更には、我らと同じ魅了と催眠術。騙されんようにする方が難しいだろう」
「「「…………」」」
「それを、人海戦術の力押しで探り、奴を炙り出し、犯行直前の奴を取り押さえたのだ。ハンターの一人としてな。その時もまぁ、中々にすばしっこくてな……お陰で何度か殺し損ねたぞ」

 絶句したエレナとセナを横目に、成る程、とジョシュアは納得する。あれだけ人を手玉に取る事が得意ならば、ギルド上層部だろうが取り入ってしまうのだろう。
 後は、彼の起こした事件を無かったものとして揉み消し、一部では要らない人間を融通してもらう。大食漢だという赤毛が好きに、そして自由に生きる為に。

「ーーで、何者かが、同じような事件を引き起こしていると、ミライアさんはお考えなのですね……」
「ああ、恐らくな。お前達に下された命を考えれば、十分に考え得る。だからこそ、慎重に動け。そういう意味でも、お前達にはこの下僕と過ごして貰うのが良いのさ。盾にはなる。ーー狂った吸血鬼を甘く見るなよ? お前達が死んでは元も子もない」
「盾……」
「前の件、赤毛は私の事を知らなかったからな。ハンターとして潜入するしか手が無かった。だが今回、奴等は私達の事を知っている。狙っている。向こうからの接触を待つのが手っ取り早いだろう。下手に刺激するより、焦ってボロを出させた方が効率が良い。危険だがな」
「……ええ、分かりました」

 盾か、と繰り返し呟きつつも、しかしジョシュアは己の役目を自覚する。この件に関わってしまった二人のハンターから、下手人の目を逸らしつつ守る事。そして、ギルド内部から情報を得る事。
 その為に、ミライアは自分をエレナとセナの元に預けるのだと。
 王都へ来て早々にターゲットにされるとは、なんとついていない。逃げも隠れもできない。けれども、仲間を、大切な人を守るという意味では、ジョシュアも覚悟して臨むべきなのだろう。
 今までとは少し違った心持ちで、彼は心に刻む。赤毛とのあの期間で確かに、少しでも変われた気がするのだ。今日の事でしっかりと手応えは感じられた。戦いの技術も恐怖を抑え込む力も、更にはどうしようもない狡賢い者に対応する力も少し。
 それを思うとやはり、赤毛とのあの別れ方を少しだけ残念に思う。

「まぁ、今回、ここには赤毛の“エサ”もある」
「は」
「上手く行けばヤツも釣れる」
「エサ? 今の話にあった赤毛も、来るんですか?」
「上手く行けばな。ほれ、下僕、お前だお前」
「え? エサって、ゲオルグ?」

 突然“エサ”だと言われて、俄かに騒つく二人のハンターに、何とも居心地の悪い気分を味わう。その話は、今は遠慮したい気分なのである。何せ、エレナもこの場に居るのだから。遠慮したいに決まっている。
 片や、ジョシュアの恩人にして古い想い人。片や、ジョシュアの師匠にして妙な関係性になってしまった吸血鬼。彼の複雑な心中は、想像に難くない。

「あの阿呆が食事を我慢できる筈無かろう。その内来るさ。此奴の血は赤毛の好物だ」
「コイツが、エサ? え、何、吸血鬼同士でも食い合って、好みとかあんの?」
「それなりにな。ーー特に下僕と赤毛は、“相性”が好いようだぞ……?」

 ニヤリと含みを持たせる嫌な笑みを浮かべ、ジョシュアに視線を寄越したミライアに、彼は顔を引き攣らせた。流石にここで“あの話”をする事はないだろうけれども、彼は気が気でなかった。
 実は血液だけでなく、他の所の体液まで食べられていただなんて。そんな事、誰にも言える筈がない。
 何とも居心地が悪い。背中に嫌な汗をかいてしまって、ジョシュアは酷く、居た堪れない気分であった。

「そうなんだ……」
「そうだとも。ーーああ、それでだな、この馬鹿者、未だに人間の血を碌に摂らんから、仕方なく我等の血を与える事がある。ーーこの際だ、お前達の血をこの馬鹿者に飲ませてやって欲しい」
「へ!?」
「え!」

 ミライアの“お願い”にびっくりと目を丸める二人に、ジョシュアは更に居た堪れなくなる。吸血鬼の癖に、人間の血を与えられないと飲めないだなんて。端から聞けばとんだお笑い種である。
 吸血鬼である自分と、元人間の心の間で揺れ動く己を葛藤させながら、ジョシュアは不機嫌そうな顔を隠しもせず、ムスッとした顔で彼等の話を黙って聞いた。ミライアの話に口出しは無用、というのはもう散々身に染みていた。

「いえ、あの……私なら別に構わないですけど」
「えー……、うーん、まぁ……それで協力してくれるってんなら、僥倖……?」

 きっと二人は引いている。それが分かってしまって、大分凹みながらも、ジョシュアはその場で葛藤するのであった。

「ーーとまぁ、お前達に話しておくべきことはこれで終わりだ。他に、聞いておくべき事はあるか? 私もあちこち潜入して回る。連絡が取りにくい事もあるのだ、今の内に聞いておけ」

 この会合もまとめの段階に入り、二人はミライアに話を聞きながらこれからの動きを打ち合わせる。時折ジョシュアも口を挟みながら、敵を追い詰めるべく算段を整える。
 算段とは言っても、分かった事を繋ぎ合わせただけのお粗末なものだ。状況によって個々の動きは大きく変化する。それを、場面ごとに十二分に確認し合いつつも、彼等の策がゆっくりと取り纏められていく。
 真剣に打ち合わせを行っていた所為か、外は既に白んでいる。けれども、その場の誰もがどこか落ち着きなく、そして少しだけピリリとしていた。それを肌で感じながら、ジョシュアもまた一層気を引き締めるのだ。

「ならばこれにて。私は他に宿をとる。私が一緒では、警戒して襲ってこんかもしれん。別行動だ」
「はい。ーーそれと、連絡手段はどのように?」
「夜に、蝙蝠を探して家に招け。誰にも聞かれん状態で伝言を伝えると好い。私に伝わるはずだ」
「はい」
「誤って、敵の蝙蝠に伝えるなよ?私のは、『ツェペシュ』と呼べば来る。それ以外は、家に入れるな」
「は、はい」

 そうして、彼等だけの極秘の会合は幕を閉じる。

「ならば良し。それとお前、セナ、お前も此奴らと共に過ごせ。この屋敷ならば幾らでも部屋はあるのだろう?」
「ええ、勿論、それくらいなら」
「何で……俺、家あるけど」
「お前がヤられんという保証ができん。手合わせた感覚ではお前が最も危うい。下僕とは好い勝負だが……下僕は吸血鬼だからな、そう簡単には死なん。ならば真っ先に死ぬのはお前だ」
「…………ウィ」
「分かったな? なるべく、夜は共に行動しろ。そして下僕は必ず連れて行け、鼻が利く」
「……ウィ」

 そう言い残してから。ミライアは外套を身に纏い、来た時と同じ窓に足をかけると。

「この喧嘩は私が買ったものだ。精々、死闘には巻き込まれんようにな」

 そんな捨て台詞を残してから彼女は。太陽の頭の出かけた薄暗い世界へと、あっという間に姿を消してしまったのだった。ジョシュアですら追い切れない程、風のように気配を掻き消し、最初から存在がなかったもののように。彼女の気配はプッツリとその場で途切れてしまった。

 そうして静まり返ったその場に、しばしの沈黙が走る。それを真っ先に破ったのは、セナだった。

「ああーーーー、……ちょう、長かった……」

 緊張が途切れたように、彼は頭を抱えながらその場でうずくまった。一晩中付き合わされ、しかも始終ミライアの気配に晒されていたのだ。無理もない。
 彼のその一言でエレナも同様に緊張が解けたのか、しゃがみ込んで似たような有様だ。

「ああーー、本当、普段やらない仕事は受けるもんじゃ無いわね。まさか、こんな事になるなんて……」
「いや、うん。……今回ばかりは心から同意する。巻き込まれ方ハンッパない」

 客間の窓近くで、深く深く溜息を吐く二人を哀れに思いながら、ジョシュアは彼等の後ろで突っ立っていた。何と声をかければ良いかも分からない。
 同情するには彼等は突っ込み過ぎたし、慰めるのも違う気がする。だからジョシュアは黙って、彼等の様子を眺めたのだった。
 そんな時だ。ふと、思い出したかのようにエレナが聞いた。

「吸血鬼かぁ……。ねぇジーーゲオルグ、アンタは血、どれくらい飲む?」
「ん?俺か……血、は……ハッキリ言って数日に一度程度で、十分なんだが」
「アンタの食事の話でしょ? ダメに決まってんでしょ。普通は、人間みたいに毎日なんじゃないの?」
「多分、そうだとは思う。だが俺はーー」
「なら毎日よ。セナ、アンタと一日交代で」
「え!?」
「おい………」
「なーに驚いた顔してんのよセナ! コッチも命もかかってるんだからね。特にセナお前の」
「うぐぐぅーー」
「…………」
「あとゲオルグ」
「……ん?」
「アンタも、本当に盾になろうなんてしたら、後で殺すからね」
「…………」
「返事は?」
「わ、分かっ、た、しないから」
「よし」

 成る程、危険と隣り合わせの任務で長年力を発揮してきた女性は言う事が違う。そして迫力も違う。どこかミライアを彷彿とさせる堂々たる言葉に、ジョシュアは早くもたじたじである。
 昔は、ここまで強く言い切られる事は無かった筈。成長した彼女の立派な姿に、彼は何とも言えない寂しさを味わう事になるのだった。

「うん、アンタ姉さん女房に尻に敷かれるタイプだね」

 そうシレッと呟いたセナに、よっぽどお前が言うな、と口走りそうになったジョシュアだった。





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