Main | ナノ

23.ギルドと下手人



 声のした方を見ながら、エレナに倣って立ち上がれば、金髪のヤバい男、セナとやらが首をゴキリと鳴らしながら歩いてくる所だった。あの時、ジョシュアをギリギリまで追い詰めたような男だ。赤毛に似たような雰囲気に、ほんの少しだけたじろぐ。
 だがそのセナの方はと言えば、幾分か辛そうな歩き方をしている。そこでようやく、ジョシュアは自分がその顎下へと跳び膝蹴りをかました事を思い出した。ちょっとだけ申し訳ない気分になりながら、ジョシュアはセナとエレナのやり取りを見守る事にしたのだった。

「いやさぁ、だってコレ……何が何だか分っかんないんだけど! 俺にも教えてくれるんでしょう? エレナも獲物だったヤツ抱き合ってて尚更意味分かんないしッ」

 言いながら、ジョシュアを無遠慮にビシッと指で差した彼は、見るからに不機嫌そうだった。それを見て、エレナはセナに向かって嗜めるように言う。

「勿論、あの人が戻ったら説明する。事情が変わったの。アンタにも少し、手伝ってもらうから」
「面倒なのでご遠慮したいんだけど。そこは、確定なんすか?」
「当たり前。だってアンタ、生かされたでしょーー?」

 腕を組み、挑むような言い方でエレナは突き付ける。もう、後戻りはできないのだと。もし、拒否すれば命はない(当然ミライアにその気はないが)のだと。

「マジですか」
「マジです。アンタにも、国とギルドにはシラを切ってもらう。不審人物など居なかったと。屁理屈並べて手玉に取るの、アンタ得意でしょう?」
「……いやまぁ、そうだけど」
「アンタが一番信用できるの」

 その瞬間、セナはポカンとした顔でエレナを見遣った。その口から次なる言葉は出ないまま。

「一応、アンタの腕は買ってるのよ、言わせないでよ」
「いや、まあ、……ありがとうございます?」
「ーーそこは素直に喜べ。んでね、あとはコイツなんだけど……」
「ああ、そこそこ、俺が聞きたかったのはそこだ。小一時間も逃げ回ってくれちゃったそのヒト、魔族っしょ? どこ種よ」

 そこでようやく話題に上がったジョシュアは、彼を怪訝に見詰めるセナの言葉に応えるように、エレナに目配せをした。

「彼、ゲオルグよ。私の古い仲間でーー、この人、今は吸血鬼なの」
「は?」
「吸血鬼。今も存在するんだって、本当に。ちなみにこれも他言無用だから」

 エレナからそんな言葉を聞かされて、セナはジョシュアを見ながら絶句したように押し黙ってしまった。
 そしてエレナは、そんな様子を気にもせず、淡々とその先を言って聞かせるのだった。

「だから、肝に銘じて欲しいんだけど……コイツの事、一切他言しないでもらえる? 下手すると私の命も危ないから」
「んん!?」

 次から次へと飛び出してくる衝撃に、セナは最早言葉も紡げない様子だ。

「ほら、モンスターの従属契約ってあるじゃない? 撃ち倒したモノを従えさせることができるっていうあれ。一般的にはあまり知られていないけれど、あれって魔力さえ保持していれば主人になれるーーつまりは、魔族が対象であっても有効らしいのよ。つまり、私は吸血鬼の主人として、魔族や人間から所有権を巡って命を狙われる危険性があると」
「何それ怖っ、そんなのとっとと放棄しなよ!」
「解き方が今すぐに分からないのよ。そんなもの結ぶつもりもなかったし……信用できる魔法使いにでも今度聞いてみるわ」

 悲鳴を上げたセナに対して、エレナは随分と落ち着いている。肝が据わっていると言い換えても良いのかもしれない。

「それに実際、かなり有用じゃない? 私やアンタとタイマンどころか、まとめて相手取れるのよ? 今まで出来なかった事が出来るかもしれない」
「まぁ……俺も一発食らったし。久々に殺られるかと思ってドキドキした」
「うん、そういう事よ。こんな従属関係なんて私の好みじゃないから、すぐに契約は破棄するつもりだけど……ミッシャさんが王都に居る間位なら大丈夫かなって思ってるの」
「ミッシャ?」
「それはーー」

 そこでエレナが、ジョシュアの本来の主人だと言おうとした所で。
 不意に、彼らのすぐ真横から声がした。

「私の事だ」
「ッ!」
「あっ」

 気付けばミライアは、エレナとセナの真横に、彼女は立っていたのだ。気配すら完全に消し切った中でのミライアの登場に、人間の二人はビクリと身体を震わせた。
 人が突然現れ突然消える、といった事に慣れ切ってしまったジョシュアだけは、最早驚きもしない。

「そう呼べ。ただし、この名は余り広めてはくれるな。名前の威力は、我等が一番身に染みて知っている」

 ミライアはさも、最初からその場に居たかのように彼らに向かって語りかける。

「エレナの言うように、我等魔族ーー特段吸血鬼にとって名前とは、己を縛る枷のようなもの。我らは真名こそあれど、特定の名は極力持たんのだ。理解したか? そこなチビ助」

 ミライアがそう呼んだ途端、セナの額がヒクリと震えるのをジョシュアは目撃してしまった。そしてそれと同時、エレナがセナからバッと勢い良く顔を背けたのを見逃さなかった。
 何かが起こりそうな気がして、別の意味でハラハラとしながら、ジョシュアはその場を見守る事しか出来なかった。

「チッ、チ、……チビ、すけ」
「ん? 気に食わんのか? 貴様は我が下僕よりも小柄だったものでな。言動も到底大人とは思えん。貴様も呼んで欲しい名があれば言え、名前くらいは呼んでやる」

 隣ではエレナがより一層プルプルと震えているのを、そして目の前のセナが怒りやら何やらを呑み込んでいる様子なのを、ジョシュアは何とも気まずそうに見守ったのだった。


 それから四半刻程経ったろうか。何とか無事にその場を収めたセナ、エレナ、ミライア、そしてジョシュアの四人は、エレナの部屋へと向かう事となった。
 高ランクのハンターが四人も倒れている現場など、見つかれば危険な事この上ない。早々に離れる事にしたのだ。
 あれ程に構えていた筈なのに、ハンター達の手引きさえあれば王都への侵入はこんなにも容易く叶ってしまう。何とも世知辛い世の中である。
 それを実感しながら、ジョシュア達は王都の裏口から、堂々と中へ入る事に成功したのだった。全員がフードで顔を隠し、可能な限り人に見つからぬように静かに移動した。
 エレナの家は、見るからに貴族向けの高級住宅地区にあった。国への貢献度から、そのエリアへ住む事を懇願されたのだと言う。ハンター達の中でも一、二を争う者。そう名高い彼女が住むというだけで、その地区の人気は益々高まる。その影響力の強さは計り知れない。
 そういった些細な事ですら、ジョシュアはエレナに対する複雑な気持ちを拗らせていくのだが。彼のそんな気持ちは他の誰にも知られる事なく、内内に燻る。
 彼等一行がエレナの屋敷に入る時だった。ジョシュアが静かに問いかけた。

「窓からで良いのか?」
「ええ。ここの部屋は家の裏手に位置しているから、人に見つかりにくいのよ。使用人は寝ているはずだから、静かにね。皆が部屋に入ったら、防音の為の結界を張るわ」

 家の屋根を楽々と飛び越え、部屋の二階より屋敷内に侵入する。途端、ジョシュアは部屋の小綺麗な雰囲気や、ほのかに香る良い香りに妙に落ち着かなくなった。
 知人の家だというのにこんな入り方、しかも女性の邸宅とあって、何だかいけない事をしている気分になってしまう。けれどもすぐに我に返ったジョシュアは慌ててそんな想像を捨て、そのままエレナに導かれるように客間の奥、寝室の方へと通される。
 そこでようやく外套を脱ぎ、その有り様を見てジョシュアは改めて思う。良く、自分は一度も死ぬ事なく、生きていられたものだと。
 フード付きの苔色のローブは、あちこち斬られ、裂かれ、穴だらけだった。中の衣服も、外套とそう大して変わりは無い。あちこちが切られ、肌が露出している部分さえある。傷はとうに治り切っているのだが、そんな衣服の状態に思わず眉間に皺が寄った。
 そして、そう思ったのは何もジョシュアだけでは無かったらしい。その姿をマジマジと見て、エレナが片手間に結界を張りながら言った。

「改めて見ると……アンタ本当にボロボロね」

 彼女は少しばかり気まずそうに、同じように眉間に皺を寄せている。それは今しがた当人も考えていた事もあって、ジョシュアもしみじみ頷きながら言った。

「そりゃあ……突然6人で袋叩きだ。生きた心地がしなかった。特に最後の二人」

 ジョシュアが揶揄い半分でそんな事を言ってのけると、ギクリとその最後の二人の肩が揺れた。
 紛う事はない、ジョシュアにつけられた傷の大半は、今この場に居る二人によるものなのだから。

「ま、まぁ? それで生きてんだから俺達からすればとんでもない話だって! 正直、俺達の方もエレナが居なかったら危なかったと思うしさ! ね!」
「え、ええっ、そうよ強かったから思わずッ! ね!」

 わざとらしい二人の慣れたような掛け合いをほんの少しだけ羨ましく思いながら、ジョシュアはそこで大きく溜息を吐いた。
 そして、エレナはミライアとジョシュアをベッドの上に、セナを部屋に備え付けの椅子に腰掛けるようにと言うと、彼らは早速、続きのオハナシアイに移るのだった。


「ーーまずはお前達に確認しておく。先程のあの襲撃は、待ち伏せされていたもの、と捉えて相違はないか」

 そんなミライアの静かな声に、一気に場の空気が凍る。ジョシュアにはそう感じられた。
 普段から威圧感があるというのに、今この時のミライアは、真剣そのものだった。いっそ怒りを感じてさえいる。ジョシュアにはそう思えてならなかった。
 ミライアの眷属だからこそ、そういった彼女の感情の振れ幅に敏感なだけなのかもしれないが。彼にはそう感じられてならなかった。
 ゴクリと生唾を呑み込んでから、エレナが静かに口を開く。

「ええ、その通りです。ハンターギルドへある筋から情報が寄せられたとの事です」
「何処だ? それは一体、何処からだ?」
「ッ、ギルド中央内、上層部より降りてきた情報、とだけ聞いております。魔族らしき者が二人程、城塞都市より王都へ向かったようだ、とーーッ」

 それを聞いた途端にだ。隣のミライアから、微かに殺気が漏れ出す。きっと極力抑えてはいるのだろうが、彼女ですら昂る感情を隠し切れない時があるらしい。それに多少驚きつつ、ジョシュアは事の重大さに再び眉根を寄せたのだった。
 未だ顔を強ばらせたままの二人にニヤリと笑いかけながら、ミライアは言った。

「成る程……我等より身を隠す為に他者を使うとは。我等の風上にも置けん、余程の腰抜けらしい」

 その殺気を向けられているのは自分ではない。そう分かってはいても、怯える心は制御が難しい。それは、本能によるものだから。
 固唾を呑みながら、その場にいる全員がミライアの言葉を待つ。そして彼女は、その期待に応えるように、右手に握り拳を作りながら挑戦的な目をして言った。ここには居ない、誰かに向かって。

「良いだろう! 売られた喧嘩だ。私が彼奴の首を獲る事で、この雪辱晴らしてやろうではないか」

 クツクツと愉しそうに笑うミライアを見ながら、ジョシュアは顔を引き攣らせる。そして同時、これが戦闘狂という訳かと何故だかしみじみ、赤毛から聞かされた話を思い出してしまうのだった。
 自ら進んで戦いに出向き、嬉々として戦闘に興じる。とんでもない主人を持ってしまったものだと、不安を感じて仕方ない。自分は果たしてこの戦闘狂についていけるのだろうかと。自分の主人ではあるのだから、付いて行くしかないのだが。

 そして同時にもう一つ、ジョシュアは気付いてしまった。思い出すのは、あの時の赤毛のイライアスの証言だ。
『うっすらあるような気がするんだけど、気付いたら居なくなってる』
 アレは確かに誠の話ではあったのだと。ジョシュアの考えが正しければ、ミライアとジョシュアは、そして恐らく赤毛のイライアスも確実に目を付けられている。監視されている。元々そうだったのかもしれないが、それを思うと少しだけ、憂鬱だった。
 ミライアは一呼吸置いてから普段の調子に戻ると、極々自然に指揮をとる。

「お前達、中央のギルドには我等の探している者の内通者がいる。吸血鬼ーー或いは魔族だ。それも、今の話によると上層部の人間の可能性が高い」
「ッーー、それっ、て」
「もしくはその上層部の者が、人間ではないのかもしれんな」
「ちょ、ちょ、待って待って! アンタらの探してる者って何!? ギルドが、魔族に加担してるって!?」

 セナはそう、悲鳴のような声を上げた。それはセナだけではない。エレナですら、ミライアから告げられた内容にはショックを隠せない様子だ。
 信じていた組織内に、狩るべき相手を抱き込んでいる者がいると疑われたのだ。その心情の程、推測するまでもない。

「お前達の周囲で人が消えているだろう。それの下手人だ。我等の血族であれば始末せねばならん。それが私の役目だ」
「はーー」
「全ての人間をこれだけの短期間で喰ったというのであれば、アレは相当喰らっているはず。ならばもう、駄目だ。生かしてはおけん。アレを生かしておいては、我等の世も危うい」
「それ、って、つまり……」
「我等吸血鬼は至る所に潜んでいるのだ。人間が鈍感なだけよの。我等は吸血したら後、その記憶を消して元に戻す、それだけの話だ。早々、バレる訳がなかろう」

 次々と明かされる話に二人は聞き入って、時折疑問をぶつけながら話は進んでいく。ジョシュアはもう、それらをただ聞くだけだった。

「じゃあ、あの、吸血鬼が滅んだという噂はーー」
「私が、表に出た暴虐者共を一人残らず殺し尽くした。だから表には出ん。こうして、普通の人間の暮らしに紛れている」
「そう、なんだ……」
「そうだ。だから、此奴は生かしておけん。早々にケリを付けねば、折角の噂が掻き消えてしまう」
「噂……」
「吸血鬼が滅んだ、というソレだ。都合が良いからそのままにしている。理解できたか?」
「……うん」
「はい……」
「ではギルドの方だ。まだ疑い、という段階だ。ギルド内部ではない可能性もある。動くならばなるべく内密に動け。怪しいと思ったら即刻中止して報告しろ」
「え……でも、それじゃぁ情報は」
「お前達が我等の内通者である事こそが今回の件の切り札よ。切り捨てられなんぞしたらそれこそ不利益だ。精々、バレんようにな」
「それなら、わかった」
「……分かりました」

 そこまで話した所で、ミライアは満足したのだろう。顔に先程とはまるで違う微笑みを浮かべると、ほんの少しだけ愚痴るような事を言った。

「ギルドに潜入なぞはもう、二度とやりたくは無い」

 場を和ませる為に言ったのだろうか。或いは、もっと別の目的もあったかもしれない。ジョシュアは珍しい事もあるものだ、とミライアをちらりと見上げたのだった。

「え、以前は潜入された事があるんですか?」
「ああ。あの時の下手人が、相当の曲者でな……おい下僕、ボーッとしてるな」

 ミライアの昔話をただぼうっと聞いてしまっていたジョシュアは、突然声をかけられた事に面食らう。今の話でどうして自分の名前が呼ばれるのか。不思議でならなかった。
 そんなジョシュアに向かって、ニヤリとミライアが笑う。途端、嫌な予感がした。

「お前に戦いを教えたあの阿呆の話だぞ」

 こんな所でまさかあの男の話になろうとは。想像すらしていなかったジョシュアは、その場で大きく目を見開いたのだった。





list
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -