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22.オハナシアイ



 未だ戦闘の傷痕の残る森の中で。正座をして項垂れるジョシュアに向かって、仁王立ちしながらミライアは説教をかましていた。

「ーーおまえが全て話さんから悪いのだ。北の街を避ければ大丈夫だとお前言ったろうが。【S】ランクの知り合いが居るなどなぜ真っ先に言わない。王都へ向かうと決まった時点で言わんかばかたれ」

 もちろん、主にジョシュアに対してである。ミライアが何処かに飛ばされた段階でその場を去るか、それが出来なければ皆殺しにする位やってのけろと。そして、殺してしまう事に抵抗があるなら、それこそ何者をも寄せ付けない程に圧倒的に強くなれと。それはいつも言われている事と大きく変わらないものだった。
 だが、その場でいつもと違う事がひとつ、あるのだ。正座し、俯きながらミライアの説教を受け入れているジョシュアの頬は僅かに赤い。
 彼の憧れていた恩人にも違いないその女性を前に、ジョシュアはまるで子供のように説教をされているのだ。恥ずかしくないはずがない。好い大人がみっともない。いつも以上に、ミライアの言葉は堪えた。
 そのまま怒鳴り付ける事も暴力に走る事も無く、淡々とジョシュアを叱り、一通りの文句を言い終えた後で。ミライアはようやく、ジョシュアの側に座ったエレナの方を見遣ったのだった。
 エレナもまた、ジョシュアのように正座こそしてはいなかったが、両足を揃えて両手で抱え、まるで子供のように大人しく座っている。そしてミライアは、腕を組みながら仁王立ちをしているのだから、そらは何とも奇妙な光景であった。

「ーーとまあ、愚か者への仕置きはこれくらいにしておいてやる……。本題だ。
女、お前は我ら吸血鬼の事、どれだけ知っている?」
「はいっ」

 その場で突然話を振られたエレナは、恐る恐る、といった様子で彼女の知る知識をその場で述べていった。

「ええと……気配もなく殺気すら殺して世闇を動き回って人間を狩る、と。太陽を嫌い、人間の血を吸い生きていて、数十年前に滅びたらしい、とだけ。私はそういう一般的な知識しか持ち合わせておりません。何せ、遭遇した人間自体、そうはおりませんので……」
「まぁ、そうだろう。人やその他の魔族と大して変わらん、我らの擬態を見抜ける者など早々居るまい。それに、見られても記憶を消してやれば良い話。だが、我らは人をやたらめったらと殺しはしないのだよ。それだけは肝に銘じておけ」
「そう、なんですか?」
「この馬鹿者にも最初伝えたのだが、食事の度人間を殺しでもしたら、あっという間に人間も我らも本当に滅びてしまう。我ら吸血鬼は滅びてなどはいない。表立った暴虐者が、我らにより始末されただけの事よ。甘く見るなよ」
「はい、それは……理解しました」
「よろしい。ーーーーだが、お前も言った通り我らにも苦手なものはある。太陽の元に出れば肌は爛れる。五感が優れているからこそ、過剰な音や匂いーー特に人間の街中は騒音に溢れ生きにくい。知っての通り、血液を定期的に摂取せねばいずれ力は衰えよう。そして、この馬鹿者はそれを分かっていながら私が命じないと食事も碌にとらん。そこは、特に気を付けろよ。いくら吸血鬼が不死種といえど限度はある。干からびたり、心の臓腑を抉られれば私の眷族とは言え消滅する」
「はい」

 真剣にミライアの話を聞き肯くエレナに、ジョシュアは何とも奇妙な心地がしていた。昔、憧れで終わった人がこうして隣に座り、自分を連れ回すための講義を受けている。
 とっくの昔に道を違い、それっきりはずだった関係が今、まさに新たな形で結ばれようとしているのだ。何とも、饒舌に尽くし難い。

「ゲオルグと、外ではそう呼べ」
「ゲオルグ……私が名前を呼ぶのも、ダメなのですか?」
「念のためだ。お前以上の強者が居るとも居ないとも言い切れん。現に私がそうだ。お前を殺せば其奴の所有権はお前を殺した者のものとなる。人間も魔族も、お前を殺すだけで下級ながら吸血鬼を従わせる事ができるのだ。これ以上に美味しい話はあるまい。ーーーーだから何としても、油断だけはするな。そして吸血鬼を連れていると決して悟られるな。余計な諍いの原因にならんとも限らん。徹底的に、不安の芽は摘め。お前が生きている限りな」

 ゴクリと生唾を呑み、神妙な顔付きでエレナは首を縦に降った。そしてミライアは、なにやら満足げにその様子を眺めている。
 それらの約束は全て、ジョシュアの為のもの。ミライアから真剣に教えを受けるエレナの姿を、ジョシュアはなんとも言えない気分で見つめたのだった。

「ーーそれと、下僕」
「?」
「お前、この機会だ。血を、人から、自分で飲めよ?そもそもお前が素直に力をつけていればこうはならなかったんだ、少しは努力しろ。人間臭いにも程がある」

 言われてジョシュアはうっと言葉に詰まる。ミライアの言うことは最もで。
 今日も今日とて、ジョシュアがハンター達をいなしてさえいれば、逃げられてさえいれば、このような事態などになる事も無かった。誰にも迷惑をかける事なく、事が終わっていたかもしれないのだ。
 それはジョシュア自身が薄々感じていた事でもあって、反論の余地無く、うんと小さくなって小声で答えた。

「…………………善処、する」
「たっぷりと間を置いた上でのお前のその言葉は信用できん。おい女、エレナといったか?」
「っはい、エレナです」
「この馬鹿者へ血を与えるのを、忘れるなよ。嫌がっても無理やり従わせてでも飲ませろ。私には此奴が必要だが、幾分自覚がない。お前に預けるのは私がそれでも問題ないと判断したからだ。使う時は連れて行くし様子は見に行くが……くれぐれも、死なせたり弱らせたりするな。此奴の能力の替えはきかん。いいな?」
「はいッ!」
「下僕、お前は兎に角サボらず血を飲め、いいな? 此れは主人からの命だぞ。肝に銘じておけよ」
「っわかっ、た」

 真っ直ぐに指を差されながらそう言われ、ジョシュアは素直に頷いた。だがきっと、ジョシュアが自分から守るように動く事は出来ないのだろう。頭では分かってはいても、嫌悪感と臆病な部分が邪魔をする。何かキッカケさえあれば、それも変わるかもしれないが。
 そんな、ジョシュアの中途半端な内心もミライアにとってはお見通しなのだろう。彼女は怪訝な表情は崩さずもしかし、よろしい、と言い放ったのだった。

「ならば、片付けだ」

 そう言って、ミライアは周囲ーー先程ジョシュアが戦ったハンター達が居るであろう方角を見ながら言った。

「エレナ、あの5人のハンター達の中で、お前が使いたい奴は居るか?」
「えっ、ーーあ、そう言えば彼らはどうなっているんです? 襲ってきませんけど……」
「この私が抜かるわけなかろう。全員おねんねしてる」
「なるほど……ーーでは、セナ……金髪で剣を扱っていた彼を。あの中では、彼と一番連携がとれます。口は堅いですし、ギルドや国の上層部とは一歩引いた付き合いをしているので、今回の件が外に漏れるような事はないかと」

 エレナはその場で、彼がいるであろう方角を指差しながら、ミライアに向かって言う。

「ふむ、ならば其奴だけで良いか? 後は記憶を消して回るぞ」
「構いません。私はそもそも、この襲撃には反対だったのですが……あの4人が出しゃばってきて。結局私とセナが出る羽目になりました」
「成る程。この後で、襲撃に至るまでの事情を説明してもらおう……ああ、私を引っ掛けたあのトラップは中々だったぞ。お前の策か?」
「ええ。私の渾身の魔力で押さえつけさせて頂きました。結局、破られちゃいましたけど」
「まぁ、この私を遠隔から数分でも足止めできたことを褒めてやる」
「それは光栄です。ーーところで、ちょっと聞きたい事が……」
「何だ? 言ってみろ」
「あの、大変不躾で申し訳ないのですが……ミッシャさんは、ジョーーゲオルグとはどういったご関係で……?」
「関係? ただの主人と従僕だが」
「えっ……? でも、じゃあ、お二人は男女の関係とかはーー」
「ブッフォッ!」

 そこまで大人しく聞いていたジョシュアは、思わぬ話の流れに盛大むせ込む。きっと顰めっ面で酷い顔をしているだろうジョシュアに対して、ミライアはただ、その発想に驚いた、と言いたげな顔をしている。そんな質問をぶつけてしまったエレナは、少しばかり気まずそうに眉尻を下げた。

「汚い」
「すっ、すまん……突然横殴りにされた気分だったものだからついーー」
「この童貞野郎」

 途端、想像だにしていなかったミライアの罵倒に、ジョシュアは思わず悲鳴を上げる。

「それはないッ、やめろエレナが誤解する! エレナも! そこで妙な勘違いをするな!」
「え? あ、いや、だって……目の前であんなの見せられて勘繰らない方がおかしいでしょ」
「ぐぅっ」
「ふふッ、面白い。この男がどんな風に喘ぐのかは興味はあるな」
「!? ッ!?」
「フフッ」
「今度此奴好みの女でもけしかけてみるか」
「っ、おいやめろミッシャ! 冗談じゃないぞ本当にやめてくれそれは」
「ん? 何だお前、男の方がいいのか?」
「アハッ!」

 最早、制御不能となったミライアの悪態にジョシュアは正しく絶句する。驚き過ぎて二の句も告げなかった。
 それにはミライアどころかエレナですら笑い出す始末で、ジョシュアの機嫌は最早、最低を突き抜けてしまった。
 もう何も言うまい、とすっかり拗ねてしまったジョシュアは、への字に口を曲げたまま、ただ地面を怨みがましく見詰める事にしたのだった。

「フフフッ……、まぁ冗談はさて置き、此奴は唯の下僕に過ぎん。ソッチ方面でで使いたいなら好きに使え」
「えっ、いや別にそう言う意味ではなかったんですが……いえ、分かりました!肝に銘じます」
「…………」
「まぁ、そう細かい所はどうでも良い。私もしばらくは王都を中心に動く事にはなる。王都内で、誰にも邪魔をされん場所はあるか?」
「それならば、私の自宅でどうぞ。使用人が数名居ますが、夜は衛兵を除いて帰らせています」
「ふむ……ならば案内しろ。内部の者の手引きがあれば入り込むのも容易かろう」
「分かりました」
「少し、待ていろ。ハンター共の記憶を消して回る。奴ら、ここに放置しても構わんのだろう?」
「はい。彼等が一晩眠ろうが特に何も無いかと。この辺りも罠だらけですし」
「まぁ、違いない」

 そう言ったかと思うと、ミライアはいつものようにその場からフッと姿を消してしまったのだった。
 すると途端、周囲はシン、と静まり返る。先程までの騒がしさが嘘のようで、その場で聞こえるのは虫が微かに鳴く音のみとなった。ミライアが再び戻るまでの僅かな間、彼等は二人きりとなった。しばし沈黙が走る。それを先に破ったのはやはり、エレナの方であった。


「ジョシュア」
「ん?」

 こうしてちゃんと、彼女に名前をきちんと呼ばれるのは、随分と久しぶりだな。そんな事を思いながら振り返ると同時、ジョシュアはその場でエレナの両腕に引き寄せられたのだった。座ったままバランスを崩しながらも、凭れるように彼女の肩口に顎を乗せる。
 変わらぬエレナがここに居る。ジョシュアはどうしてだか、胸が詰まって何も言う事が出来なかった。こんな時ばかり、口下手な自分がもどかしく思う。

「良かったーーッ」

 心から安心したような、涙まじりの声がジョシュアの耳にもハッキリと届く。彼女なりに、きっとここまで我慢していたのだろう。ギュッと強く抱き締められるのをそのままに、ジョシュアは彼女と最後に会ったその日を思い出していた。

 あの時もエレナは、何故だか泣きそうな悲しそうな顔で笑っていて、ジョシュアは随分と不思議に思ったものだった。なぜ、自分のような出来の悪い男にそこまでできるのかと。ただの憐れみの類いではないかと、ジョシュアは当時思っていた。
 けれども今日、エレナに会って初めて理解した。彼女は確かに、ジョシュアが思っているよりもずっと、ちゃんと仲間だと思ってくれていたのだと。
 あの時の自分は随分と周りが見えていなかったようだ。反省すると同時、卑屈になっていた過去の自分を呪う。
 けれども確かに、ジョシュアが彼女達から離れた事に後悔はなかった。何せジョシュアと彼女達の間には、到底埋める事の出来ない実力差が確かに存在したのだから。離れてホッとしたという気持ちは、間違いなくあったのである。
 エレナは、黙りこくったままのジョシュアに構わず言葉を続けた。

「私の所に、重要任務があるなんていうから、聞いてみればアンタの名前があるし……この1年どこ探しても痕跡がないしっ、何に巻き込まれたのかも分かんないなんて……も、ダメかと思ってた」
「すまん…………正直、アンタも俺の事なんて忘れてるかと思ってた」
「馬鹿、一緒にパーティ組んで頑張ってた仲間の名前、忘れる訳ないでしょーが」
「……泣くな」
「泣いてない!」

 そのまま、ぐずぐずと鼻を啜るエレナの満足のいくまで、ジョシュアは好きにさせる。けれども、そうは問屋が卸さない。そんなしみじみとした雰囲気をぶち壊すような声が、彼等の真横からかけられたのだ。

「何、エレナってそういう男がタイプ?」

 素っ頓狂な声でそして、何の配慮もない金髪の男ーーセナの問いかけに、2人はビクッと肩を震わせた。その途端、ジョシュアとエレナが素早く身体を離した所で。エレナは随分と不機嫌そうな声で、叱りつけるように言い放った。

「セナ……アンタってホント、無神経ーーッ! 空気読めよバカ!」

 ジョシュアだってここまで酷くは無い。
 彼女の苛立たしげな声は、夜の闇の中へと消えていったのだった。





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