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21.終焉のキッカケ



 二人のハンター達は、慣れたように左右に分かれ、それでも逃げようとするジョシュアを両方から攻め立てる。
 赤毛程ではなくとも、彼等の速度は中々のもの。ジョシュアも追いつつ対処するも、同時に詰め寄られると流し損ねる事があった。
 腕を切られ、脚を切られ、背を少し裂かれた。それでも何とか急所を外し外し、ジョシュアは隙を探った。例え彼等に隙など無かったとしても、ジョシュアは逃げねばならなかった。捕まった後の事は、考えたくも無い。
 二人が同時に攻撃を仕掛けた後の連撃の切れ目。ジョシュアはそこを狙った。
 連撃の合間にほんの少し違う事をしてやる。たったそれだけで、彼等の連携は乱れる。

「ツッーー!」

 ここぞというその瞬間。ジョシュアのとっておきからバチッと微かな光が迸る。それは剣伝いに腕に流れただろう、男が一瞬怯んだ。
 同時に背を斬られるも構わず、その隙を狙ってその場で急にしゃがみ込んだジョシュアは。男の顎下目掛けて、飛び上がるように蹴りを食らわせたのだった。
 吸血鬼としての渾身の蹴りだ。普通の人間ならば昏倒する程の威力だろう。
 そしてジョシュアは、男がどうなったかを確認する間も無く。蹴り上げた勢いのままくるりと宙を舞うと、今度は彼女へと標的を移す。
 男がやられたにも関わらず、彼女の表情に動揺は見られなかった。振り下ろした剣を即座に素早く構え直し、未だに空中にいるジョシュアを目掛けて横に一閃ーーしようとした。
 それをジョシュアはナイフの根元で受け止めると、先程と同様に電流を流す。ほんの僅か、剣技が乱れたのを見逃さず、ジョシュアは不安定な体勢ながらその剣を弾いた。
 そのまま地面に着地し、彼女が剣を構え直すよりも前に。ジョシュアはその胴体目掛けて足蹴りを食らわせようとした。

 だが、その一瞬。
 ジョシュアは躊躇してしまった。かつての仲間を、敵として、同じように足蹴にしようとしている。
 一時ながら、好意を持ったその女性を。
 その一瞬の躊躇が、ジョシュアにとっては命取りとなった。

 国一番のハンターとも目される【S】ランクハンター魔導剣士エレナは、その隙を見逃さない。

「私をナメているのかしら?」

 囁くよう呟いたその瞬間、ジョシュアはエレナに横っ面を蹴り飛ばされてしまったのだった。
 近くにあった大木にまで吹き飛ばされ、木を薙ぎ倒す程に強く叩き付けられた。威力は赤毛のそれとも謙遜ない。さしものジョシュアも、僅かに意識が飛んだ。
 クラクラとしながらも地に落ちる前に体勢を立て直す。だがもう、ジョシュアは足元も覚束なかった。折れた木の根元を支えに、ジョシュアは前を見据えた。

 エレナという最強のハンターの強みは、魔術師でもあり剣士でもあるという二面性からきている。魔術師は魔術を行使する事で、そして剣士は剣の道を極める事で己の能力を育てんとする。つまり、普通は両方を極めるなどという発想には至らないのだ。
 しかし、その前代未聞の理想を現実のものとしてしまった所が、エレナというハンターが最強と言われる所以。魔術を行使し身体能力を強化し、変幻自在に何処へでも現れる。そんなめちゃくちゃな、バケモノよりも余程バケモノらしい人間が、ジョシュアの前に立ち塞がっている。
 魔導剣士たるエレナは未だ魔術を行使してはいない。まだまだ本気ではないのだ。身体に彫られた魔法陣を基に、魔術と剣術を同時に叩き込む。
 魔道剣士エレナの戦い方をよくよく存じているジョシュアは、少しだけそれを悲しく思う。自分程度、未だエレナの足元にも及ばず。

 そんな事を考えながらも、辛うじて構えをとったジョシュアに、エレナは更に蹴りによる追撃を加えた。上段を狙ったそれから逃げようとした中腰のその体勢へ、更に下段からの蹴りが入る。
 それらは何とか回避出来るも、先程の足蹴のダメージはジョシュアの思った以上に深刻だったらしい。追って迫った剣撃は、受け止めると同時、抑えきれずにまたしても吹っ飛ばされてしまったのだ。方向感覚が狂う。
 そのまま地面へ激突し、数回ゴロゴロと地を転がった。そこから何とか、身体を起こして迎え撃とうと身体を起こすも。最早、ジョシュアに敵の攻撃を回避し受け止めるだけの体力は残されていなかった。
 ジョシュアの頭部がフード越しに彼女に鷲掴まれ、そのまま地面へと叩き付けられた。

「ぐーーッ!」

 食いしばった歯の隙間から、堪え切れなかった呻き声が漏れる。既に二度も頭部に攻撃を食らってしまったジョシュアは、三度目になるその衝撃に、武器を取り落としてしまった。
 反射でエレナの腕を振り払おうと掴みかかるが、それも最早抵抗にすらならなかった。ジョシュアの側頭部を地面に押し付けながら、魔道剣士エレナは馬乗りに、ジョシュアの首に剣を押し付ける。
 そこで終わりを悟ったジョシュアは、ピタリと動きを止めた。

 吸血鬼ジョシュアは、6人のハンター達により仕留められてしまったのだった。皮肉にも、かつて仲間だったその剣士の手によって。
 抵抗を諦めたジョシュアの目の前で、魔道剣士エレナが囁くように言う。

「アンタに聞きたい事がある」

 声を潜めた内緒話のように、彼女は低く、脅すような声音で言った。
 ジョシュアの心臓は、信じられない位うるさく鳴り響いている。息が荒い。この心臓の音が彼女に聞こえてはいまいか。そんなどうでも良い事を考えていないと、ジョシュアはその場を耐え切る事が出来そうになかった。

「人を探している。ここより北の街から消えた人間の事だ」

 冷たい表情のまま、頭から手を離すと。彼女はジョシュアのフードを、払うように乱暴に退けた。
 この場において、ひたすら隠し続けてきたジョシュアの顔が、最早血塗れになったその素顔が、月光の下に露わになるーー。

「奴の名はーーーー、」

 それを見てしまったエレナの眼が、ジョシュアの目の前で見る見る内に瞠目してゆく。

「ジョ、シューー」

 消え入ってしまうような声音で、しかしハッキリと、エレナはジョシュアの名前をーー真名を呼んだ。ジョシュアがあ、と思った時にはもう遅かった。
 彼女が名前を言い終えた途端にだ。首の付け根に、じわりとこびりつくような痛みが走る。

「ぅ、ぐぁっーー!」
「ッ何、どうしたの!?」

 火傷のような強い痛みに、ジョシュア全身が強張った。
 途端、エレナの剣は素早く引っ込められたが、ジョシュアの首筋からは微かに血が滲んだ。しかしジョシュアはそれに構う余裕もない。
 首の付け根に耐えきれず爪を立てる。肉を抉るように、痛みで火傷の痛みを誤魔化すように。

「バカ、自分で傷付けてどうするっ、見せて!」

 その場で丸まるジョシュアに、エレナが悲鳴のような声を上げた。今し方、殺そうとまでしていた相手に向かってだ。
 剣をその場で放り出したエレナは、皮膚を傷付けようとするその手を引き剥がそうとジョシュアの腕を掴み上げたのだった。
 だが、その次の瞬間の事。

「この未熟者めが」

 底冷えするような恐ろしげな声が、二人の耳に届いた。ハッと振り返ったエレナはしかし、次の瞬間には。
 その声の主ーーミライアによって、地面に叩き付けられてしまったのだった。

「あ、ぐぅ……」
「この私の従僕の真名を呼んだな?」

 先程エレナがそうしたように、ミライアはエレナの頭を押さえ付けて馬乗りになる。
 据わった目でエレナを見下ろしながら、淡々とした口調でミライアは言った。

「女、残念だったな。此奴の顔を知る者を私は生かしておけん。知らなかったとはいえ誰に喧嘩を売ったのか、後悔して死ぬが好い」

 ミライアは言うなり腕を振り上げると、途端に長く尖った爪が指から突き出る。そのままエレナに向けて、その手が突き出されようとした、その時だった。
 ミライアの腕は突如現れたその手に掴まれ阻まれた。縋り付くように絡み付き、その腕を止めたのは。先程まで地に倒されていた筈のジョシュアだった。

「何のつもりだ」
「ダメ、だ……」

 面倒そうに見下ろしたミライアに縋り付き、這いつくばったままジョシュアは続けた。この場に居る誰よりも恐ろしい、無敗の吸血鬼たる女に懇願する。

「頼む……やめてくれ」
『……お前はこの女に敗れ、名を呼ばれたーー隷属の印が刻まれたろう。その意味が分からんわけではなかろう?ここで殺しておかねばお前はこの者の言いなりだ。それがどう言う事か分かーー』
『いい、それでもいいから……お願いだ。頼む、殺さないでくれッ』

 ジョシュアとミライアにしか聞こえぬ声なき声で。エレナに馬乗りになったまま怪訝な表情で、ミライアは顔を上げる力すらないジョシュアの後頭部を無言で見つめる。
 後頭部の首の付根に刻まれた黒の刻印。古代文字で刻まれた呪いのようなソレを、ミライアは不快そうに見やった。

「ーー知り合いか。全く、お前の我儘にも御人好しにも心底呆れる……」
「……済まないーーありがとう」

 たちまち掻き消えてしまいそうな声音でそう言ってから、ジョシュアは見上げる事も出来ずに手から力を抜く。
 ドサリと、ジョシュアの手が地に落ちた。
 そして同時に、ミライアの手もエレナの頭部からゆっくりと離れていったのだった。
 それら遣り取りの一部始終を目撃したエレナは、未だ緊張した面持ちのまま、しかし動く事も憚られ。許されるまでジッと黙って二人を見つめるだけだった。

「まぁ、良い。私が監視すれば良い話だ。それより下僕よ、お前、その様子だと最早一歩も動けんのだろう?」

 そう言って、ミライアはジョシュアの首根っこを軽々と掴み上げたかと思うと、そのまま自らの膝の上に乗せた。そして同時に、己の首筋を露出させると、ジョシュアの顔をぐいとそこに押し付ける。

「飲め、我慢して飲んでおけ。これ以上放置すれば、お前の意思とは関係なく無差別に人を襲いかねん」

 突然の要求に面食らったジョシュアだったが、言われれば確かにその通りなので。ジョシュアは大人しく、下僕らしく彼女の指示に従った。
 大口を開けてガブリとそこに食らいつく。嫌だ嫌だとは思っていても、最早微塵も人ではないジョシュアは、貪欲に血液を欲した。口を付けたが最後、此処が何処かも忘れて何度も喉を鳴らした。

「よし、良い子だ」

 とんとん、子供にするかのように爪を引っ込めたその手で、ミライアはジョシュアの頭を撫でる。
 なぜミライアがここに来てこんな、普段は絶対にしないであろう事をしているのか。
 ジョシュアとは旧知らしき人間のハンターの目の前でそんな事をしているのだ。今でこそ、疲労困憊により無我夢中で血液を啜ってはいるが、それを終え、この事態に気付いた時。ジョシュアが一体どんな反応を示してくれるのか。
 きっとこれは、思い通りに事を進める事ができなかったミライアの、ささやかな仕返しに違いないのである。

「ーーもう、良いだろう。傷を遺すなよ」

 ミライアが声を掛けると、ジョシュアは大人しくそれに従う。牙を抜き、言われた通りに傷口を数回に渡り舐め上げる。傷を癒す行為だ。
 ミライア程の吸血鬼には必要のない処置だろうが、ホッとしたのと疲労困憊とで、未だ頭の回らないジョシュアは言われるがままだ。
 一通りそれをやり終えると、今度はミライアによって上を向かされた。疑問に思いつつも、ジョシュアはいつも以上に大人しく従う。

「お前、傷だらけだな。また殺さぬよう逃げて回ったのか?……全く、それが出来る相手とそうでない相手くらい見極めろ。ーーとは言いたいところだが……まあ今回はこの手勢に良くやったさ。殺せばもっと簡単だったろうがな」

 チクチクと、時折嫌味を挟みつつミライアはジョシュアの傷を確認した。それを大人しく受け入れているのは、ジョシュアの今の心情による所も大きいだろう。
 実のところジョシュアは、この事態を一人でどうにか出来なかった事を気にしている。
 ミライア程の吸血鬼であったなら、或いは赤毛のイライアス程の吸血鬼であったならば、アレをどうにか出来たのかもしれない。けれどもジョシュアはどうにもできず、あまつさえ人に飼われる身となった。
 例え飼い主は決してジョシュアを軽んじる事のない人間だと分かってはいても、ジョシュアはやはり己の力不足を感じて仕方がなかった。
 今この場でそんな事を考えてしまったからこそ、ジョシュアはミライアの企みに気付く事ができなかった。

 あの戦いでジョシュアは、大した怪我は負っていない。胴や背中の裂傷ですら、血を啜った今ではすぐに治ってしまうだろう。
 それ以外、ほとんどが舐めれば治るような細かな擦り傷くらいのもので、全くもって治療など今この場では必要も無かったのだが。
 首に残った切り傷を見つけたミライアは、ジョシュアをぐいと引き寄せる。するとどうしてだか、ミライアはその傷をベロリと舐め上げたのだった。
 途端、びくっとジョシュアの身体が一瞬強張るが、反抗する事もなくそのままにさせる。願いを聞き入れてくれたミライアへの忠誠の証とも言えるのかもしれないが。普段は絶対やらないであろうそのミライアの行動の意味を、ジョシュアは疑う事が出来なかった。

 それでどうやら満足したミライアは、悪戯に成功した子供のようにニヤッと笑うと。
 下敷きにしている女剣士に声をかけたのだった。

「うむ……よし。そこな女ハンター。この未熟者を飼うに当たって、お前に伝えておくことがいくつかある。心して聞けよ?」

 そこでようやく、今がどんな状況だったかを思い出しギョッとしたジョシュアは。その場で勢い良く振り返る。
 するとそこには、顔を真っ赤にしながら両手で口許を押さえ、ジョシュア達を凝視する彼女ーーエレナが居たのだった。
 堪らずジョシュアは赤面する。
 先程の遣り取りは全て、バッチリと、エレナに見られていたのだ。ジョシュアは思わず非難の目をミライアに向けるが、彼女はフンッと鼻で笑ってしてやったり。
 ミライアの先程の一連の行動が全て、見せつける為にわざとやった事は間違いようもなかった。
 気まずい沈黙は、しばらくその場に漂ったのだった。





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