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13.死にも勝る



「知ってる?この世には絶対逆らってはいけないバケモノがいるんだよぉ」

 まるで鼻歌でも唄うかのように、高らかに言ったのは赤毛の吸血鬼だった。大層機嫌が良いのか、“ソレ”に腰掛け、不安定ながら胡座を組みつつ可笑しそうに笑っている。顔だけ見れば、とても惚れ惚れしそうな爽やかな笑顔なのだが。態度はとんでもなくふてぶてしいものである。

「おい……」
「君がくっ付いてってる姐さんもその一人なのは勿論なんだけどぉ、」
「おいっ、“赤毛の”!」
「どっかに潜伏してるらしい全身真っ黒でロン毛の変態もね、中々でーー」
「ッ退いてくれ! せめて上に乗るな!」

 そんな、悲鳴のような声を上げるジョシュアはと言えば、赤毛に背中に乗られながら芋虫のように蠢いていた。
 見た通り、彼の背中全体は体格の良い赤毛の全体重がのしかかっていて、おまけに首根っこまで押さえ付けられているものだから起き上がろうにも起き上がれない。
 そんなジョシュアの叫びに、赤毛は取り付く島もない。

「うるっさぁーい、俺らにとっちゃ負け犬に人権なぁし! すぐにヘバりやがったヘタレは、黙って俺のありがたーいお話を聞く!」
「ぐふッ……」

 言われるのと同時、背中に軽い一撃を貰ったジョシュアは呻いた。言い方やら扱いやらは兎も角として、確かに赤毛の言う事は最もである。誰の為にこんな事をしているのかと言われれば十中八九ジョシュアの為なのだから。
 吸血鬼の世界では、弱い者は強い者に従わされる世の中なのだ。吸血鬼に人間の常識は通じない。自分にとって嫌な事をされたくなければ、強くなるしかないのである。
 赤毛による特別講義は、更に続けられた。

「んでねぇ、俺もさぁ昔あの黒尽くめのヤツにブッ殺されかけて大変だったんだよ!」
「…………アンタがか?」
「そうだよ。俺、言ったでしょ、戦うの苦手だって。まぁそりゃ、そこそこ長く生きたからそれなりにはなったけど……」
「…………」
「ああいう奴らってマジで気配ぜんっぜん追えないし、あんなバケモノ相手にどうしろっての。死神だよ死神! 戦闘狂ってのはそういう連中を言うんだよ、姐さん含めてね。殺しても殺してもちーっとも死なないんだから」
「ミーー、彼女もか?」

 途中、思い掛けず飛び出したミライアの話題に、ジョシュアは思わず口をはさんだ。彼の知る吸血鬼ミライアは、まだまだ底知れない。興味を抱くのも当然の流れだった。
 赤毛は特に構える様子もなく語り出す。

「そりゃあね。そもそも姐さんは元が違う」
「元?」
「そ、大元の血筋が違うって事さ」
「血筋って……」
「ほら、吸血鬼の始祖ってヤツ?相当昔に直接貰っちゃったらしいよ」

 とんでもない話に、ジョシュアは言葉を失う。強い吸血鬼だとは思っていたが、まさか始祖の直系だったとは。
 ジョシュアも耳にした事くらいはあった。千年以上も前、始まりの吸血鬼の話を。今や嘘か誠かも分からない、たった一人で大国に挑んだ男の話を。
 そんな所から血を貰ってしまっていただなんて、らしいと言えばらしい話である。

「俺なんかよりよーっぽど純粋に吸血鬼だって話ね。その上、戦うの大好きだってんだからもう、手に負えないよね」
「始祖……」
「俺なんてさぁ、貴族ヅラしてた頭おかしい訳わかんないヤツだし……勝手に吸血鬼にしといて飾るだの何だのってふざけた事抜かすから、ムカついて速攻殺しちゃってさぁ。それで親殺しとか言われてんだからマジ笑うわ! そもそも俺に殺されるとか弱すぎ!」

 さもおかしそうに、自分の始まりまで告げ出した赤毛に、ジョシュアは思わず絶句した。そんな彼の様子が予想外だったのか、赤毛はほんの少し、拗ねたように言う。

「ねぇちょっと、反応薄いんだけど。笑い飛ばしてよ、コレ俺の一番の鉄板ネタなんだから!」
「いやいや……色々と、何重にも笑えない」
「えー?俺にしたらそんなに大した話じゃないんだけど」
「…………」
「つっまんないのー……んじゃ、続けるよぉ。そんでねぇ、つまり俺が言いたいのは、姐さんと共に行動すんなら最低でも俺とサシで殺り合える位には強く無いと、殺られるか好き勝手されるよーって事。姐さん意外と人気者だからさぁ、吸血鬼ん中でも吹っ掛ける奴多い訳よ。クソ強いから無敗だけども」
「……俺が居るようになってからはまだ、そういうのは見た事が無いな」
「あーそれはねぇ、何十年前だったかな。何をしたんだか、バカな挑戦者が姐さんの怒りに触れちゃってねぇ。それ以来、挑戦者は全員皆殺しな訳」
「…………」
「んで、挑戦者は減ったけど逆に恨みも多少買いましたよと。んで、そういうのもあって、ついでだからと姐さんが狂った同胞殺しをやってくれてる訳ね。いつかは誰かがやらないといけない役目だから」
「それで、彼女は『探し物』と言ってるのか」
「うーん……多分、半分は違うんじゃないかな。俺ら連む事はしないけど、集まらない訳じゃあないのよ。姐さんは始末屋みたいなのやりつつ、他にも探してるモノがあるらしいから」
「……そういえば前に、言っていたな。家宝のようなものだと」
「あ、多分それそれ。世界中探してるけども今のところ収穫無しってね。それもホントかどうかは知らないけどーー」

 そんな事を言った後で突然、赤毛が急に黙りこくった。何事だろうかとジョシュアが首を捻って見上げれば、赤毛は何とも言えない表情でジョシュアを見下ろしていた。

「な、何だ、言いたい事があるなら言ってくれ」
「……ねぇ、“影の”さぁ……前っから言おうと思ってたけど。人の話とか色々、何でもかんでも真に受け過ぎじゃない?あとベラベラ話し過ぎ」
「え」
「よくそんなんでハンターなんてやってられたねぇ。そんなんじゃ、騙されてぶん取られて終わりじゃない?」

 そのような事を問われ、ジョシュアは黙り込む。人間だった頃の苦い経験を言い当てられ、思わず顔を顰める。そんなジョシュアの反応に、赤毛はニヤリと意地の悪そうな笑いを浮かべて言うのだ。

「そんな経験、実はめっちゃあるでしょ。うわぁ、ほんっと良くやってたね」
「…………」
「まぁ、そんなボケボケしてると大丈夫かなコイツーって毒気抜かれるってのはあるかもね。五分五分でカモられそうだけど」
「大きなお世話だっ!」

 まるでジョシュアの人生を見てきたかのように言い当てられ、ジョシュアは少しだけ赤面しながら大声で言い放った。
 ミライアどころか、赤毛にまで図星を突かれるとは。ジョシュアは自分が恥ずかしいやら腹立たしいやら、何とも言えない気分でもって顔を地面に伏せてしまったのだった。
 それを赤毛はどう思ったか。彼は特に気にした様子もなく話を続ける。
 ジョシュアは自分を落ち着けるように沈黙しながら、ただ黙って彼の話に耳を傾けた。

「冗談は兎も角、姐さん狙いの連中に付け狙われたりするかも知れないから、アンタ極力喋っちゃダメね。表情イカつめに作っといて無口を装っとけばたぶん、寄って来ないよ。顔は元々厳つい方だし。ああ、あと話せないフリしときなね、絶対ボロ出るから」
「…………」
「そしてその分、実力も伴わなくちゃねぇ……噂はすぐに広がるから。ーーさてさてぇ、今日は何回、死ぬかなぁ……?」

 赤毛の言葉に更なるダメージを受けつつも。突然声音の変わった赤毛に、彼が本気でそう言った事がジョシュアにも理解できた。彼の放つ殺気やら何やらでゾワゾワと首筋が泡立ち、心臓が嫌な音を立てる。ミライアの時とはまた違った緊張感に押し潰されそうになりながら、ジョシュアは手にしたナイフの柄を握り締めたのだったーーーー




 ミライアの戦い方はどちらかと言えば「剛勇な」、と形容されるようなものだった。こちらが攻撃していようがいまいが、反撃が当たるのも恐れず突っ込んでくる。吸血鬼であるが故、深手も恐れぬそのような戦い方なのであろう。そしてそれは、ジョシュアにとって最も相性の悪いタイプなのである。
 そもそもジョシュアは斥候を得意とし、小賢しい撹乱やら小技やらで相手を翻弄しがちな戦い方をする。そして、それらの全く通じない程に実力差のあるミライアとの戦闘においては、ジョシュアはまるでお話にならないのである。
 ジョシュアがミライアの反撃に合えば、ただただ蹂躙されるだけ。あの日、ジョシュアが初めて彼女と出会った日。彼がミライアへと一瞬でも反撃出来たのは、ただ単に彼女にその気がなかったからというだけの話なのだ。以前ミライアにしごかれた際にも、ボロボロになりはしたが、“殺される”事なんてほとんどなかったのだ。

 では、“赤毛”の場合はどうなのかと言えば。

「はーい、さんかいめー」

 さも嬉しそうな顔を隠しもせず、赤毛は平気でジョシュアの手脚をぎ腹に風穴をあける。人間ならば、とっくの昔にジョシュアは死んでいるだろうに。
 床にへばって傷口を押さえるジョシュアを前に、赤毛は笑いながら真っ赤に染まった手に舌を這わせていた。

「そろそろ殺す気で来ないと! ほんとそんなんじゃいつまで経ってもお許し出ないよ」

 そうしてジョシュアの傍に座ったかと思えば、赤毛は自分の腕に爪をギチギチと立て、傷口から滴った多量の血液を無理矢理ジョシュアの口へ押し付けるのだ。
 ジョシュアの体内に取り込まれたそれは瞬く間に力を与え、風穴も欠損も全てたちまちの内に治ってしまう。この日ほど、ジョシュアは自分が人間でない事をまざまざ自覚させられた日はかつてなかった。ただ痛いやら驚きやらで、不思議と感傷のようなものはない。
 ミライアなど比較にならぬ程の鬼畜の所業に茫然として、しかしそれでもボーッとなどしてはいられない。何せ、少しでも動きを止めれば瞬く間に手脚をがれてしまうのだから。

「ッ!」
「お? 避けられた……」

 赤毛は強かった。戦闘が苦手なぞとどの口が語るか、と思う程だ。当たる、とと思う事もあるのだが、それすらも尽くナイフの軌道からするりと逃げ出してしまって、ジョシュアはかすり傷ひとつ付ける事も叶わない。
 ミライアが「剛勇」ならば、赤毛は「柔靭な刃」だった。抜き身の危険な刃はのらりくらりと攻撃を躱し、隙を見つけてはジョシュアに避け難い一撃を食らわせる。長いリーチから繰り出される一撃は、強靭で柔軟性に富んだ。
 それでも何とか致命を避け、彼は傷付きながらもここぞという瞬間を狙う。我慢して我慢して我慢して、ようやくジョシュアは狙った位置へ攻撃を誘い込む事に成功する。その後はもう、ヤケクソだった。
 赤毛のそれを真似て、やった事もない動きをぶつけ本番でしてみるのだ。どうせ腹に一撃を食らう事になるならば、どう足掻こうが変わらぬと。地を這うかのように低く沈み込み、その脚部を狙う。避けようと体勢を僅かに崩したところで、その胴体に一撃ーーを、入れようとした。

「へあ!?」
「ックソ」

 だが、赤毛はそれを食らう程甘くはなかった。足下の攻撃どころか、胴体への一撃ですら完璧に避け切ってみせたのだ。赤毛はそのまま一瞬でひらりとジョシュアから距離をとって見せると、ニヤリと凶悪そのものの笑みを見せて言い放つ。

「今の、良かった。もしや慣れてきた? ふふふ、んじゃま俺もちょーっと本気でいっくよぉ」
「ーーッ!」

 赤毛はこれっぽっちも本気などでは無かったのだ。殺し過ぎてしまわぬよう、限りなく抑えて抑えてジョシュアの相手をしていたのだ。
 そんなだから。突然本気の殺気を向けられて、ジョシュアはほんの少し怯んで動きを止めてしまう。ほんの一秒程だ。それでもその一瞬は、赤毛にとって十分過ぎる時間だった。

「あ、がーーッ!」

 あっという間に攻撃を貰い、反対側の壁へと叩きつけられてしまった。幸いにも、ナイフで受ける事が間に合い風穴こそ空く事は無かったが。狙われた部分はクソを付けたくなる程の痛みを伴うようなものだった。
 壁からずり落ち床に足を着け、痛いのを堪えて床を踏ん張る。この数日で、ジョシュアは身に染みたのだ。普通の人間ならば攻撃の手を緩めるところ、しかしこの男にそんな常識は通じない。何せ彼は、人間では無いのだから。

「おっ、やるねぇ」

 ニタリと笑みを絶やさない赤毛が、利き手を振り上げながら悪魔のように言い放つ。まるで地獄からの使者の如き男の殺意に、ジョシュアはひとつ確信を得た。

 今後いくら生きようとも鍛えようとも、この男を超える事は出来ないだろう。体格もセンスも思考も何もかも、この男は格が違い過ぎる。
 一生分にも等しい恐怖を植え付けられ、人生で何度目かも分からぬ敗北を思い知りながら、ジョシュアは辛うじて赤毛に食らいつくのだった。





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