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第五話


「今日、外へは出ないでね」

 普段通りのいつもの朝だった。
 唐突に、イェルンはどうしてだかそんな事をディートリヒに向かって言ったのだ。いつものように、朝の食事の片付けを終わらせた後のダイニングで。
 普段通りのゆるい表情でニッコリと笑いながら、イェルンはいつもの調子でそう言った。だが、ディートリヒには分かってしまった。彼の瞳が、微かに警戒の色を帯びていたのだ。
 恐れていた日が来てしまったのだと、ディートリヒはすぐに確信した。ここ数ヶ月ですっかり緩んできていたその表情が、途端に強張る。

「だから、言ったんだ……」

 少しばかり俯きながら、ディートリヒはイェルンに向けて言った。らしくもなく、両手をそれぞれ握り締めながら震わせている。
 しかし、そんなディートリヒの真剣な問いにもイェルンは首を傾げながら軽い調子のままだ。ディートリヒだけがひとり、暗い表情で言う。

「ん?」
「とっとと放り出せと……こんな事になる位なら、俺一人がまた逃げ続ける方が――」

 それ。ディートリヒが言い終わる前に。イェルンの手は、突然その口を塞いだ。ディートリヒは顔を上げようとはしない。まるで、その怯えを悟らせないようにしているかのように。
 そんなディートリヒに、イェルンはまるで子供に言い聞かせるように言う。声音だけ聞けば、それはとても優しいものだった。

「待った。……ディーートリヒ? 何を勘違いしているか知らないけれど、僕はただ自分のモノに手を出されるのが嫌いでね。君には勘違いして欲しくないんだけれど……心配する相手が違うよ。君を追っている相手を消し炭にされたくなければ、君も僕の言う事に従った方が身のためだよ?」

 穏やかなその声音に似合わず、随分と物騒な内容が告げられディートリヒも思わず顔を上げる。けれどそこには、いつものイェルンの笑みがあるばかりで。彼はその意味を推しばかりかねた。
 何せディートリヒにとっては、どうしてもイェルンが傷付けられ殺されてしまう姿しか想像できないのだ。何せ相手は、国家にも等しいそれ。いくらイェルンが凄い魔法使いだったとしても、そんなものが相手ではどうにもならないのではと。そう、思ってしまう。
 だからこそ、自分がここを離れさえすれば、イェルンはそこまで傷付けられずに済むし、命からがら逃げ出すことだってできるかもしれない。自分さえ、庇う者さえいなければ。
 そんな事を想像してしまってディートリヒは言うのだけれども。

「そんな、嘘で、俺が誤魔化されるとでも――」

 だが、ディートリヒは、その先の言葉は話せなかった。手で塞がれたのではないのだ。体そのものが動かなくなったのだ。

「『口を閉じてその場を動くな』」
「!?」

 そのディートリヒの言葉を遮り、イェルンがそう言った途端にだった。ディートリヒの体が硬直し、ピクリとも動けなくなった。それどころか、声すらも出ない。たったひとこと、そう命じただけで。イェルンの言葉は、ディートリヒを拘束してみせたのだ。
 ディートリヒにも、過去に覚えがあった。魔法の力によって自由を封じられている感覚。それは、抗いようのない圧倒的な力だった。
 そんなディートリヒに対して、イェルンは殊更優しく言い聞かせるように言う。上を向かされジッとイェルンと見つめ合う。その瞳が青々と光り、ディートリヒのその目を吸い込んでしまんばかりに輝いていた。例え動き。封じられていなかったとしても、ディートリヒは目を逸らせなかったに違いなかった。それほど、不思議な眼差しだった。

「ディートリヒ、分からないかなぁ? 僕ほどの魔法使いが、こーんなド田舎の険しい山中に住んでる理由」

 ピクリとも動けないディートリヒの顔にゆっくりと顔を近付けて、イェルンは微笑みながら言った。笑っているのに冷めきったその眼光は、まるで彼がイェルンに初めて会った時のようだった。
 不思議な程に冷たく、そして澄んだような声でイェルンは語り出す。そこにはどこか、躊躇いのようなものが見られた気がした。

「何でも叶えてしまう程の力を持った魔法使いというのは、この世界には数人しか居ない。誰も彼も、人の世を壊してしまう事を恐れて僻地に居を構える。一人は魔界へ行った。一人は天界へ招かれた。そして、それ以外の者達は……常人の踏み入れない秘境の奥地に、各々の領域を持って暮らしている」

 イェルンの口から語られる話は、ディートリヒも微かに耳にした事のあるものだった。けれどもそれは町民なんかがするような噂話のようなもので、真実の程は誰も知らないものだった。
 けれども、イェルンの口から語られるとそれがどうしてだか、ひどく真実味を帯びて聞こえる。ディートリヒは、その息すらも止めてしまいそうになりながら、その声に耳を傾けていた。

「僕はね、それらの中でも一番若い、新入りさ。だからまだ、人間らしい感覚は持ってる。国の宮廷魔術師だった期間も中々に長いからね。だから、迷い人を保護してあげる位の感覚はある。――僕以外の連中は、どうだか知らないけれど。気に入った人間の目玉を観賞用に集めてるような奴も居るしね……君が入ってしまったのが僕の領域で良かったね。僕は人間にもまだ優しい方だから」

 言いながら、イェルンはディートリヒの瞼に触れる。自分を真っ直ぐに見つめるイェルンのその目からは、相変わらず視線を逸らす事が出来なかった。

「今、その魔法使いの気持ちがちょっと解ってしまうのが怖くもある。君の目の色、何でだかすごく、惹かれるんだよね……自分もソッチ側に近付いているんだなぁと思うと少し、怖くもある。僕も、人間ではなくなりつつあるのかなと、思うんだ。自分が時々恐ろしくなる」
「ッ」

 そんな事をうわ言のように呟きながら、イェルンは何と突然、ディートリヒの目玉に舌を這わせて来たのだ。未だ魔法の影響下にあるディートリヒは、その場から少したりとも逃げる事が出来ない。
 震えながら反射的に目を閉じるも、イェルンはディートリヒの頭を手で支えながら、その隙間から舌を捻じ込んでこようとする。その度に、ディートリヒは身体を反射的に震わせ、ただ耐える事しか出来なかった。本当に食べられてしまいそうだ。ディートリヒは震えた。
 それからイェルンが満足するまではしばらく、ディートリヒは息を詰めて早く終われ、と願う事しか出来なかった。
 そうしてどれ程経ったろうか。ディートリヒにすれば長い長い時間だったかもしれないが、実際にはそれ程経っていないかもしれない。
 突然、イェルンが覚醒したようにハッと声を上げる。慌てるようにその口を外す。だがその頃には、ディートリヒの瞼は、イェルンの唾液でべたべたになっていた。いっそ目尻から垂れ落ちる程だ。白味を帯びたまつ毛が、その唾液に濡れて濡れそぼっている。
 それを認識した途端、イェルンは悲鳴のような声を上げた。

「ああっ、ごめんよ、つい……!『もう動いてもいいし、声も出していいよ』」
「っぷは、何ッ、ホントお前……何してッ……!」

 ようやく魔法を解いてもらったディートリヒは、舐められた目をゴシゴシと拭きながら慌ててイェルンから距離をとる。ディートリヒの本業に似合いの、大層素早い動きだった。

「あっははは……ホントごめん。君が可愛い事言うから、つい」

 ディートリヒの様子がそんなに可笑しかったのか、イェルンはクスクスと笑いながら言う。先程の脅すようなイェルン雰囲気は、あっという間に消え失せていた。
 そんな、まるで先程の様子とは別人のようなイェルンを見て、ディートリヒは顔を顰める。ほんの少しばかり、怯えを含むような眼差しだった。

「本気で、ここで目玉を喰われるかと思ったぞ……」
「……実はほんのちょーっとだけそう思っちゃったけど」
「………………」
「ウソウソ、安心して、それだけは絶対にないよホント。……ッごめんって、ホントにないから信じてよ! 僕にそんな趣味は無いって、大丈夫だから!」

 珍しくも本気で焦ったような様子のイェルンは、それからしばらくの間、ディートリヒに必死で頭を下げ続けたという。ほんの少しだけ、いつもの和やかな雰囲気が戻ってくる。しかし、それは長くは続かなかった。
 突然、声音を変えたイェルンが言った。

「ま、そんな冗談は兎も角、今日は外には出さないから。先日からしつこく外の結界を解析している連中がいる」
「それは……」
「外の方だけだから破られても一応は大丈夫。そもそも、僕を出し抜けやしないよ」
「…………」
「僕が、信じられないかな? それとも、心配しているのは別な事? ――ま、今はそれで別にいいよ。君がどうしようと僕は僕のルールで動くだけだから」

 そう、イェルンが言い終わるが早いか。彼はすっかり油断しきったディートリヒの背後に回ると、何と、背後からディートリヒを羽交締めにしたのだった。
 そしてそのまま流れるように、イェルンはディートリヒの服の中に手を突っ込む。そんなイェルンの突然の凶行に、ディートリヒはまさに、粟を食ったような表情をした。その状況に、頭がさっぱりついて行かなかったのだ。だが、ディートリヒがそう驚いている内に、イェルンの手はどんどん衣服を乱していく。

「は……? おい、待て待て、ちょっ、おい、何をするつもりだ」
「え、何って――ナニ?」
「今……!? ってお前、ほんっと馬鹿じゃないのか!? こんな時に!」
「見られるかもしれない状況って何だか興奮しない?」
「ッお前は変た――あんんッ!」

 背後から首筋を舐め上げられ早急にディートリヒのものを直接刺激されれば、すっかり慣らされてしまったディートリヒはあっという間に昂って身体も碌に動かなくなる。イェルンはそれにフフッと笑いながら、さも楽しそうに愉悦の表情を浮かべるのだった。

「そうそう、君はもう僕のモノなんだから、僕の掌の上で踊り回されていればいいんだよ」
「はっ、あ、ああッ――」
「そもそも僕のモノになった君に手を出そうなんて輩、根刮ぎ殲滅してしまえば良いだけの話。組織や国がひとつやふたつ潰れても世界には何の影響もないよ」
「あぁぁッーー」

 大して慣らしもせず、ディートリヒの中へとイェルンのものがずっぽりと嵌められていく。もはやすっかりイェルンの昂りを受け入れる事に慣れてしまったディートリヒは、こんな状況下だというのにすっかり快楽を拾ってしまう。
 イェルンの結界の中ではそんな事などありはしないのだが、見られているかもしれない、というディートリヒの思い込みが、その感度をより一層上げてしまっているのかもしれなかった。そして同時に、いつでもどこでも相変わらずなイェルンに、ディートリヒは安心感を覚えてしまっている。
 自分を守るものも、自分を必要とするものも、もうこの世には存在しないと思っていた。
 全て無くしてしまったと、ディートリヒはそう思っていたのだ。

 けれどもここに一人、自分を背負い込んで離そうとしない人間が一人いる。逃げたいと思ったのも、離れておきたいと思ったのも本心だ。けれどもこうして、梃子でも意志を曲げようとしないイェルンに引き摺られてしまう。もうこれで、ずっとイェルンに囚われたままで良いのでは無いかと、そう思ってしまいそうになる。依存してしまいそうになる。
 立ったまま、ダイニングテーブルに押し付けられるように後ろから突かれ、その度に喘ぎながらディートリヒは浸る。

「ああ……ホント、君が孕めちゃえば良いのにねぇ。何処へも逃げられないように」
「んんん――ッ!あ、あぁッ」
「流石に監禁まではしたくないし、手折っちゃうのも何だか勿体無いし。ーー魔界のに聞いてみようかな……あの人なら、その方法くらい編み出しちゃえそうなんだよねぇ」

 背後でかなり物騒な言葉を吐かれ、けれどもそれを理解する事が出来ない程に奥の奥まで責め立てられ、ディートリヒは喘ぐ。
 最早ナカでイく事も、奥に侵入されて責め立てられる事にも慣れ切ってしまった。恐らく、彼はイェルンから離れる事などもう出来ないのだろう。イェルンの傍は、居心地が良過ぎたのだ。
 自分の異常な行動を恐れる事もなく、過去に繋がる刺客からの毒牙に倒れる心配も恐らく必要はないだろう。自分よりも強大な力を持ち、いとも簡単に自分を抑え込んでしまう。けれど決して嫌がる事はせず、時折優しく微笑みかけてはこうやって気持ちの良い事を教え込んでくる。これ程に自分に都合の良い人間が、この先現れるかどうか。
 そんな都合の良い人間からの手の内からは決して、ディートリヒは逃げられない。そう思うと、何故だか同時に、どこか仄暗いない愉悦を感じてしまうのだった。
 深く深くを侵されながら、ディートリヒは心底悦んでいた。


「とある国の裏部隊に、人間離れした身体能力を持つ一族の末裔が充てがわれたという噂が、一時裏の世界を賑わせた。彼等はほとんど滅亡したとされる一族で、お目にかかれる事も滅多に無い。捕まえて引き入れれば幸運、上手く育て上げれば数多の戦闘を一人でやってしまえる程、強力な武器となる。
 けれど、そんな彼等にも苦手なものがあった。永らく夜の世界にばかり姿を表していた所為なのか、それとも元々そうだったのか。彼等は日の光で目をやられてしまう。それがいつしか知れ渡ってしまったからなのか、人前には滅多に姿を現さなくなった。彼等は人目を避けて夜にだけ活動するようになった。
 そして、そんな内の一人が、100年ぶりに人前に引き摺り出された。当時はまだ子供だったと聞いているけれど、たった一人で、昼間に、何人もの兵士が倒されたのだとか……結局、国に仕える裏の魔法使い達が総動員で生捕りにして、躾けて、裏の世界をも長らく支配した――」

 ディートリヒがすっかり快楽に溺れ、震えながらイェルンの精液をナカで受け止めていた時だった。最早ディートリヒは碌に言葉も理解出来て居ないだろうに、それでもイェルンは独り言のように語った。

「そんなドグサレな国で内乱が起こって、裏部隊の一つが潰されようとしている。最も強力な戦力を持つ件の部隊が、その存在そのものを無かった事にされようとしている。それが存在したといつ証拠そのものを消そうと、実行部隊が根こそぎ始末されている。
 その中で一人、どうしても始末できない証拠が、国の何処かに潜伏しているーー、全く、人間の国はどこも似たようなものだね」

 グッタリとしながらも時折震えるその身体を、差し貫いたまま背後から抱きとめながら、イェルンは熱い吐息と共に溜息を吐き出した。
 ディートリヒの過去を暴いてみせるのは、イェルンからすればそう難しく無い事ではあった。実際、ディートリヒを保護して怪我が完治する頃には、細部は兎も角、イェルンは大方その事実を把握していたのだ。けれども、イェルンは下手に刺激してディートリヒに此処を去って欲しくは無かった。純粋に、珍しい人間に興味が湧いたのだ。
 結果的にはそれが大正解で、犯したり好き勝手に揶揄ったりしてみたものの、どんどん普通らしく変化を見せて、しかも時折ディートリヒが何か話したそうにイェルンの顔をチラチラ見て、何処か悩むような素振りまで見せ出したのだ。その度に、イェルンがどれほど興奮した事か。きっと、ディートリヒはそんなイェルンに気付いても居ない。

 つまり、イェルンはその能力を駆使し情報を集め、ディートリヒの追われるその理由を暴ききった、という訳なのだが。イェルンはそんな敵の事が気に食わないのだ。先程告げていたように、自分が見つけたものを横取りされるのが嫌いなのだ。
 そんな理由で、イェルンは真面目にその国を、その組織とやらを潰そうとしている。
 例えそれが原因で一国が滅びようとも、イェルンには知ったことでは無いのだ。多少、同じレベルの魔法使い達に怒られてしまうのだろうが。ただ、それだけだ。それ程までに、イェルンはディートリヒに肩入れしている。

 散々注いだ精液ごと、ディートリヒのナカを再び掻き回しながらイェルンは浸った。もし全部が終わったら、きっとこの薄幸な頑固者は、自分だけに笑顔を見せて一生懸命イェルンの為だけに生きてくれる。それを想像しながら、性懲りも無くイェルンは昂らせるのだ。

「あ、あ……ッまだ、や、る――ッ」
「うん。今日はまだまだ、僕が満足するまで付き合ってよね」
「も、でなっ、――ぃんんっ」
「出なくてもイけるよね? ……ほら、僕のを無くなるまでぜーんぶあげるから、飲み込んでね」
「っ、ふか――ッ!」

 奴らとディートリヒを接触すらさせず、事を終わらせてしまおうというイェルンの思惑に気付く事なく。彼は執拗な責め苦にただただ声を漏らすだけ。その日の行為は結局、ディートリヒが本当に気を失ってしまうまで続けられたのだった。





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