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12.報告と思い付き



 ミライアと合流して早々、ジョシュアは大層居心地の悪い気分を味わっていた。

『ーー何だ貴様ら。仕事を放り出して早々に乳繰り合うとは、余程殺されたいらしいな?』

 頭ごなしにそう詰め寄られ、瞬く間に地面と“こんにちは”をする羽目になったジョシュアと赤毛は、ミライアに必死で許しを請うた。赤毛ならではのよく回る舌と、ジョシュアのヘッタクソなフォローでもって何とか納得してもらえたのだ。勿論ミライアの事だからきっと、二人のウソなんて全てお見通しなのだろうが、キッチリ仕事はこなしていた事が分かって見逃してくれた、というのが正しいのだろうが。
 何はともあれ、ジョシュアは最早何度目かも分からない“死”を回避出来たことに、ホッと胸を撫で下ろすのだった。
 しかし勿論、赤毛によって齎される試練はそこで終わりでは無かった。裏路地の地面にべったりと座り込んでいる二人の前で、腕を組み仁王立ちしながらミライアは言った。

「ーー余程気が合うらしいな、貴様ら。私の下僕はストレートだと思っていたが……男もイケたのか」
「ま、待ってくれッ、誤解だ!」
「そうですともそうですとも!俺、こんな相性好いの初めてでさぁ!どっちかっていうと女の子の方が柔らかくて好きなんだけど、まぁ、エロさでいったらイイ線いっててーー」
「“赤毛の”、それ以上喋るなよ?お前のその手の話は不快すぎる。その舌を抜かれたくなければ今すぐに黙れ」
「…………」
「俺と“赤毛の”は別に何もーー」
「下僕、お前が“赤毛の”とどうにかなろうが興味はない。お前が組み敷かれようが掘られようが与えられた仕事に支障さえ出なければそれで構わん」
「…………」
「報告だーー早くしろ」
「は、はい」

 大きな誤解をされながらもそのような形でミライアにせっつかれるように、ジョシュアは自然と正座しながら集めた情報を端的に伝える。


「不審な者の気配は、少なくともこの都市の周囲には感じられないそうだ。実際、俺も魔術の痕跡を見つけようとはしたが無駄だった。この街中で起こったのは間違い無いが……現状では手口も見えない。この城塞から抜け出すのに、人一人抱えて見つからずに出られるものなのかどうか……」

 人が消えたらしいという現場に立ち寄ってはみたが、ジョシュアが行った時には既に、一切の痕跡は消されていたのだった。自然と消えたにしては不自然な程、跡形も無く痕跡もなく。逆に怪しく思えてしまう程だった。だからジョシュアはそれ以上、手掛かりを追う事は出来なかった。
 けれどもこの城塞都市では確かに、異変が起こっていたのだ。人が忽然と消え、二度と戻らない。お陰で街中の警備は厳しくなっているし、(人間は)気軽に都市の中へ入れないような措置が取られている。
 ジョシュアやミライア達吸血鬼にとっては、警備をすり抜けるのは大した手間ではないのだが、警邏が多数うろつく事でやり難くなっているのは確かだった。
 そんな報告に、ミライアは少し考えるように黙り込んでから、再び口を開く。

「それは、本当なんだろうな……?おい“変態”、貴様適当に言ってないだろうな?後々真実が出てきたりしたら只ではおかないからなーー?」

 伝えられた情報に、ミライアは赤毛を真っ先に疑った。ギロリと睨み付けるように赤毛の顔を見下ろし威圧する。たったのそれだけで、ジョシュアどころか赤毛ですらビクリと身体を震わす。赤毛も吸血鬼の中でも強い部類には入るのだから、ミライアが如何に普通の吸血鬼では無いかが良く判る。
 ジョシュアがミライアと赤毛のやり取りを見守る中、赤毛がいつもの調子で訴えた。

「姐さん、流石に俺だって姐さん相手にここで嘘付く度胸はないよぉ……そこはマジだって。ホントに、気配とかすら無いんだってばぁー。うっすらあるような気がするんだけど、気付いたら居なくなってる感じ?俺だって、多少は魔力とか感じられるけど、それに引っかからない程なんだって」
「…………どうだかな」
「ええー、ひっどぉー……、俺だってさぁ、魔族とかハンター連中の中でもレベチのヤツが出張ってきて本気で隠れられたりしたら、追える自信はないんだからぁ」
「レベチーー?……ちゃんと人語を喋れ」
「ちゃんと言葉だしぃ!レベルが違うって事なの!俺も最近人間たちの間で使われてんの、姐さんってばおっくれてるぅー」

 煽り煽られ、苛立つミライアの気配に戦々恐々としながら、それでもジョシュアは見守る事しか出来なかった。何せ、自分よりも数段上の吸血鬼達が応酬を繰り広げているのである。ジョシュアのような小物に、出る幕はない。赤毛は怖い者知らずだ、なんて感想を抱きながらジョシュアは縮こまっていた。
 そんな時だ。赤毛の言葉にすっかり気分を害したらしいミライアは、睨み付けるような視線のまま、ジョシュアに向かって言った。

「おい下僕、赤毛は思ったほど使えん。私の見込み違いだった。こんな奴放って他所を当たるぞ」
「うっわ、速攻切り捨てとか鬼畜ぅ。俺程の吸血鬼捨てるなんて姐さんおめめ節穴ぁ。ちゃんとやってるのに」
「…………」

 遠慮も無く更にミライアを煽りまくる赤毛に、ジョシュアは本気で気絶しそうだった。
 けれども何故だか、ミライアの苛立ちはそれ以上になる事はなかった。付き合いもそれなりに長いらしい二人の関係性は、ジョシュアには良く分からない。
 苛立ちはそのままに、しかし呆れるような声音でミライアは言った。

「貴様は、本当に食えん奴だな……本気の時とそうでない時ぐらい態度を分けろと言ってるだろう、馬鹿者」
「ふーんだ、俺はいつだって本気なんですぅ」
「自分の手に負えない相手だからと言って私に当たるな。……それに、お前のその人心掌握術は私には効かんぞ。そんな演技で誤魔化そうとも無駄だ」
「ーーッ何なんだよもう……、姐さんってばほんとそういうとこ勘弁」
「私がどれ程生きていると思ってる」
「はいはい、その話は聞き飽きたよーだ」

 何やら二人にしか分からない何かがあるらしい。少しばかり疎外感を感じながら、ジョシュアは彼らのやり取りを見守った。その後は二人共穏やかに、そして真面目に情報のやりとりをしていた。相手がミライアだからなのか、赤毛もえらく協力的で、今後についての話になるのもすぐだった。自分とのやり取りでもここまでスムーズにやって欲しい、とジョシュアが思えども、きっとそれはしばらく叶う事は無いのだろう。
 そんな話し合いも佳境に入った頃。唐突に、ジョシュアについての話題が飛び出した。

「ーーーーんで結局、王都には行くの?行かないの?」
「まぁ……、行かねばならんだろうが。情報も不足しているし、そこの阿呆の実力じゃあすぐに狩られるのがオチだろう」
「あー……」

 突然その話題が振られ、二人の視線が一斉にジョシュアに向かう。不意打ちに怯み、ジョシュアの顔が引き攣る。そして次のミライアの言葉に、ジョシュアの気分は、一気に崖下へと突き落とされる事になるのである。


「ああそうだ、お前、この“下僕”を鍛えてやれ。“赤毛の”。私は引き続きこの件を探る」
「え!マジ?俺ヤっちゃっていいの?」
「…………先に進めんのなら下僕が数日使い物にならなくともそう変わらん。がむしゃらに他所で探すよりは一処に留まってかき集めた方が良かろう。お前にそいつを任せられそうなのも大きい」
「!?ーーッ!!」
「よっしゃ!俺頑張っちゃう!!」

 良い判断だろう、とばかりに満足げな表情を見せるミライアと、お許しが出た、とばかりに別の意味で喜ぶ赤毛。対してジョシュアは、そんなの冗談ではない、と必死にミライアに詰め寄った。

「ま、待て!おいっ、本当に赤毛に頼むのかーーッ!?」
「私は忙しいんだ。お前がさっさと血を飲まんから悪い」
「ッ!」

 それを言われると言い返せないジョシュアは、それでも何か断る理由はないかと頭を巡らせる。けれども、元々考えるのは苦手な方であるジョシュアは、相変わらずいざという時に弱かった。
 まぁそもそもが、主人(マスター)であるミライアの決定をジョシュアが覆せる筈もなかったのだが。何も言い返せぬ内に、二人の話はどんどん進んでいく。

「其奴は私とも違った動きをする。私より器用な奴だ、色々仕込まれて来い」
「うっは、俺張り切って色々仕込んじゃうぞー!」

 仕込むの意味が違う気がする、なんて思ってみても、ジョシュアは焦るばかりで言葉なんて一つも出て来やしなかった。

「ヤり合う場所は考えろよ。人間やらに見つかってはコトだ」
「はいはーい。俺、この街の広ーい屋敷知ってんだよねぇ。ちょちょっと優しくしてやれば男だってコロッと落ちるから、美形慣れしてないと助かるよねぇ」
「その能力をもっと別の方面で活かせば良いものを……」
「ええー、やなこった。俺基本使われるのとか連むのとか嫌いだし。俺の能力は俺だけのモノなんですぅ」
「……まぁ、良い。それでーーおい、下僕、いつまで呆けてる」
「!」
「お前、ちゃんと赤毛を本気で殺す気でヤれよ。お前の生っちょろいナイフの腕では我らは誰も死なんぞ。赤毛から盗める技術は盗め。自分の技に組み込め。王都では何が起こるかは分からんのだからな。それと、死にそうになったら血は赤毛から貰え。しばらくはお前とは別行動にする」
「え……」
「はいはーい、この俺にお任せあれ!」
「ああ。しばらくは好きにやれ。頃合いを見て戻る」
「いってらー」

 ジョシュアの意志を置いて、ポンポンと決まってしまった決定に意を唱える事も出来ず。未だ呆然と立ち尽くすジョシュアと、上機嫌な赤毛を置いて、ミライアはその場から姿を消してしまった。相も変わらず見事な技術で、ミライアはあっという間に気配すらもたちまち消し去ってしまったのだ。
 置いて行かれてしまって何処か不安なような、捨てられたような気分で、ジョシュアはほんの少しだけ寂しさを覚える。
 出会ってからずっと、ミライアはジョシュアから離れる事は無かった。随分と当たりが強い事は多いが、彼女は確かに、ジョシュアの主人(マスター)として、彼の唯一には違いないのだから。

 けれどもそんなジョシュアの感傷は、ものの数秒しか続かなかった。

「うっふふふ、楽しみだねぇ。俺も実は、戦う事自体は嫌いではないんだよ。苦手なだけでねぇ」

 鼻歌でも歌いそうな程機嫌の好い赤毛の台詞に、ジョシュアは色々な意味で不安に駆られるのだった。





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