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11.強く優しい吸血鬼



 はて、自分は一体何をしていたのだったか。ジョシュアはぼんやりとした頭で、天井を見上げながら考えた。少し前、ミライアに言われてくだんの変態赤毛と合流した所まではすぐに思い出せたのだけれども。その先が、どうしてだかあやふやだった。赤毛の魔力の所為なのか自分が緊張し過ぎて記憶が飛んだのか、原因はさっぱり分からなかったが兎にも角にも記憶が曖昧だった。
 けれどもいつまでもこうして何処かの家屋に寝転がっている訳にもいくまい。そう思ってまず、ジョシュアは起き上がろうとした。だが、出来なかった。何せ手足が動かない。
 何やら嫌な予感がして頭を持ち上げようともしたが、顔すらも自由に動かない。どうやら顎下を押さえ込まれているらしい。いよいよ背筋に寒いものが走り出すと、何かがすぐそこ、自分の左側の首筋から上半身かけての辺りに居ることに気がつく。しかもそれは、鼻息も荒く自分の首筋に顔を近づけているらしく、あまつさえ、甘噛みされているような感覚もじわりじわり伝わってくる。それに気付いてしまった瞬間、ジョシュアはゾワリと鳥肌を立たせた。こんな事をやらかしそうな奴なんて、ジョシュアは今のところ一人しか知らないーー

「な、んだコレーー!おい、“赤毛の”!おい!」

 ジョシュアが必死で呼びかけるも、赤毛は聞こえて居ないのか、反応が無い。いよいよ危機感を覚えたジョシュアは、本気で暴れ出すが、相手の馬乗りから抜け出すのは容易ではない。ましてや赤毛との体格差、そして実力差の上ではもう、それはどうしようもない。

「おい! おい! っ、このーーっ!」

 ジタバタと蠢いてはみたが、ただ体力を消耗するだけ。ほんの少しだけ時間は稼げたのだろうが、ジョシュアが一体どうなってしまうかは赤毛の気分次第なのである。
 そんな時だ。呆けたような声がジョシュアの耳に入った。

「んあ?」

 ようやく正常な思考が戻ってきたのか、赤毛が顔を上げ、ショボショボとした目を瞬かせた。何やら寝惚けたような表情をしている。

「っおい、しっかりしろ、あんた何やってんだよッ! 退け!」
「へ?」

 しめたとばかりにジョシュアが大声で更に叫べば、赤毛の視線がジョシュアに向く。

「あれ……、ああ、そっか、俺が血ィ飲ませてたんだっけか」

 ハッとしたような顔でジョシュアを見下ろした赤毛は、そう言うと悪びれもせず、目の前でさも可笑しそうに笑ってみせた。何とも苛立ちを覚える表情だったが、普段通りらしい赤毛の反応にジョシュアがホッとしたのは確かなので、眉間に皺を寄せながら大きな溜息を吐いた。

「あははは、ごめんごめん、俺、つい興奮しちゃってぇ……俺に殺されなくて良かったね」
「……勘弁してくれ。ーーそれより早く、退いてくれ、“彼女”も待ってる筈だ」

 顔を引き攣らせながらジョシュアが言えば、赤毛は素直に退くーー事は無かった。

「…………おい、“赤毛の”、早く退いてーーおい?」

 正気に戻ったのだから当然、この家を去る為にとっととジョシュアを起こしてくれるものだと思っていたのだが、いくら言っても体勢を変える様子のない赤毛。いよいよ嫌な予感がしたジョシュアは、ジッと赤毛を見上げた。
 彼は相変わらず読めない表情で笑っていて、何か含むような視線をジョシュアに向けてくる。そのままゆっくりと顔を近付けてきて、瞬間、頭の片隅に先程血を与えてきた時の諸々の事が思い起こされてジョシュアは無意識に身構えた。
 ニヤリと笑う口の隙間から赤い舌を覗かせながら、いやらしく赤毛は言った。

「君を殺さなかったお礼としてさ、血、飲ませてくんない?」

 言われてジョシュアはポカンとしてしまう。同族の自分の血など、先程ジョシュアが呆けて居た時にでも飲んでしまえば良かったのに、と思わないでもない。いやさ聞くだけ彼は紳士なのか、否、そもそも紳士だったら先程のような無体は働かないはず、とえらく混乱してしまう。

「血……? 何故、そんな事本人に聞くんだ。そもそもお礼も何も……」

 ジョシュアが思った事を素直に口にすれば、赤毛は更に笑みを深めて言う。

「んー? 特に意味はないよ、何となく。君押したらイけそうだし」
「は?」
「ね、イイよね? さっき俺の分わけてあげたしー、物々交換てことで」
「ちょ、待て待てっ俺はまだ何も返事してなぁーー!?」

 素直に話を聞いた自分が馬鹿だった、とジョシュアが後悔する暇もなく。赤毛は一切の躊躇もなく、その首筋に噛み付いて見せたのだった。

「ぐぅーー」

 鋭い痛みこそ感じられなかったが、ジョシュアは身体から血液が吸い取られていく感覚に思わず歯を食い縛ってしまう。あの時、ミライアに殺された時の事が思い出されてしまって、頭がクラクラと揺れた。いくら死なないと頭で解ってはいても、その時の恐怖はそうそう忘れられる筈も無い。口を塞がれている訳でも無いのに呼吸が苦しい。ジョシュアは身動きもとれず、目をギュッと瞑って息苦しさに喘いでいた。
 そんな時だ。

「ああ、噛み締めちゃあダメだよ、ほら、全身楽にしてぇー」

 それに気付いた赤毛が、ジョシュアの口の中に指を突っ込んだかと思うと。その歯をこじ開けて、奥の方まで指を突っ込んだのだった。思わずえづくジョシュアを宥めるかのように、赤毛は先程まで歯を突き立てていた首筋から耳にかけてをベロリと舐め上げる。果ては、何か別の行為の時のようにそこに口付けたり、甘噛みしたりと、赤毛は随分好き放題している。息苦しさやら慣れぬ刺激やらに背筋を震わすジョシュアに、赤毛はただ笑うだけだった。

「そうそう、あんま力入ってると痛いから、リラックスねぇ……普通はコレだけで気持ち良くなっちゃうんだけどなぁ……ま、俺は今回匂いだけでイイんだけど」

 ほろ酔い気分らしく、その匂いに浸りながら赤毛が呟く。少なからず口をつけた事で、先程のように正気を失う事こそなかったが、相変わらずの相性の良さに赤毛は気を抜くと気分がハイになっているらしかった。

「やっべぇ本気で勃ってきた……、いつもならこの後ヤッちゃうんだけど……あー、どうしよう」

 そしてある意味物騒な台詞が耳元で囁かれていたが、ミライア以外の吸血鬼に襲われるだなんて初めてな上、危機的状況にいっぱいいっぱいになっているジョシュアがそれに気付く事はなかった。
 時折赤毛の腰が、ジョシュアの身体に擦り付けるように怪しく動いていたり、相変わらず愛撫でもするように首筋を舐めたり噛んだりしている赤毛は考えていた。この耐え難い欲をどのようにして発散すべきか、と。

「今ヤッたら抱き潰しちゃいそうだわ……でもそんなのヤッたら姐さんにガチで殺されるしーー」

 ブツブツとその欲望を押し付けながら独り言のように呟く。そうして、何とか捻り出した結論を、ジョシュアに確認する事もなく赤毛は実行に移すのである。

「今の俺、頭に血ィ登り過ぎてるから、俺の血もあげとくねぇ?君弱っちいし、俺のも飲んどけば、少しは足しになるよね、きっと」

 そう言うや否や、赤毛は自身の舌に牙を突き立てて傷を付けると、目を瞑って顔を背けているジョシュアの口許へと顔を近付けた。己の舌を突き出して、わざとらしく血を滴らせる。
 すると、拒絶するように顔を背けていたジョシュアが少し、反応した。かぐわしい血の匂いにつられ、赤毛の指に歯を立てていたその力が少し緩む。そして同時に、赤毛の舌先からジョシュアの口の中へ、ポタリと血の雫が滴る。その瞬間、ジョシュアの喉がゴクリと鳴った。
 いくら拒絶しようとも、ジョシュアはやはり吸血鬼なのだ。差し出されたなら兎も角、口の中にまで入ってきてしまった血の誘惑には敵わない。
 ジョシュアは誘われるように、舌で血の気配を探した。指で押さえ込まれていた舌を蠢かせて、その拘束から逃れるように動く。薄ら開いたその目には、差し出された赤い赤い血液しか映らなかった。まんまと引っかかった事にニヤリと笑う赤毛の、薄ら上気したいやらしい顔だとか、今自分がどんな状況だとか、そういった事は全てどうでも良くなってしまったのだ。
 本人も気付かぬ内に、常に飢餓状態になってしまっているジョシュアは、与えられるエサには我慢が効かなくなってしまっている。ミライアがジョシュアから目を離さないのは、そういった所に原因もあったりするのだが。余りにもジョシュアが頑固に血を拒絶するものだから、荒療治とばかりに赤毛に預けたミライアの判断は、間違いではなかったのかもしれない。

 ジョシュアの口から指が抜き取られるのと同時、解放された舌は血液を欲してその首をもたげた。顎下の拘束から解放されたジョシュアは、自由になったその顔を持ち上げ、何と自分から赤毛の舌に齧り付いたのだった。最早自分が何をしているのかすら解ってもいない。誘われるがまま、ただ血を欲した。
 きっと内の吸血鬼としてのジョシュアが満足するまで、その欲は止まらないだろう。それを利用して自分の好いように彼を誘導する赤毛。それを全て強制している訳ではない分、タチが悪い。きっと後で、赤毛は無罪を主張するのである。誘ったのはジョシュアの方であるのだと。
 戦いを好まない軟派な赤毛が、今の今まで生きてこられているのは、そうしたこの男の能力故なのである。ヘラヘラと相手を油断させ、その上で観察して好いように操る。人間どころか、そこいらの吸血鬼ですら、彼の手にかかればあっという間に彼の掌の上。ジョシュアが敵う筈もなかった。

 傷付いたその舌に牙を立て、じわじわと溢れくる血を舐め取る。ジョシュアはそうして少しずつ、赤毛の血を摂取していった。けれども、肌に直接突き立てる程血が出る訳でもなく、きっとジョシュアが満足するまでには結構な時間がかかる筈。それを利用して、実は赤毛がその間に自慰などしくさっているだなんて、ジョシュアは想像もしないのである。
 じゅるじゅると音を立てて吸い上げてしまうと、赤毛の身体が震えた。血と共に唾液まで飲み込んでしまっているなんて、ジョシュアは気付きもしない。最早身体の拘束は解けており、自由になったその腕を赤毛の首に回して、いっそ自分から引き寄せているだなんて。赤毛の思う壺である。

「ふ、ーーーーッ」

 その後に一度、大きく身体を震わせた後で。赤毛が突然、再びジョシュアの上へと乗り上げた。身体を再び床に押し倒しながら、そうして今度は己の舌に突き立てている牙もそのままに、赤毛は良く動くその舌でジョシュアの口のナカを刺激しだしたのだ。そんな突然の反撃にジョシュアが驚く間に、赤毛はその牙を素早く抜き去る。後はもう、赤毛の思うがままだ。慣れた様子で再度深く、口付けた。

「ん、んんッーー」

 時折鼻から漏れる声には、明らかに快楽の色が見られる。先程一度口付けているせいで、ジョシュアの好いトコロは赤毛にバレバレなのである。触るところ触るところ全てが、快楽に塗り替えられる。

「は、あーーッ」

 今度は逆に舌を吸われ、タイミング良く開放された口からは声が漏れた。そうして何度も噛まれ吸われている内に、ジョシュアの下服に赤毛の手がかかった。
 慣れた手つきで前を寛げてしまうと、赤毛は口付けを中断して上半身を持ち上げる。既に剥き出しになっていた自分のモノを、緩く反応していたジョシュアのそれに重ねた。二人分まとめて手の中に収めて刺激すると、流石に快かったらしい。ジョシュアのものも段々と、赤毛のそれと同じ程に育っていった。

「んぅ、……はッーー」
「ああーー、ほんっと姐さんも酷い事言うよねぇ。この俺に我慢しろだなんて……っん、俺が、なーんでこんなセックスばっかしてるか、知ってるくせにッーー」

 すっかり興奮し切った様子で口も手も動かす赤毛は、最早すっかり正気ではないようだった。吸血鬼の本能にも近い、闘争心すらチラつかせながら、少々乱暴に自分を高めていく。

「あんまり俺を舐めてると、この子本当に襲っちゃうぞぉーっと、」

 舌舐めずりをしながら牙も剥き出しで、赤毛はすぐ下で喘ぐ男を見下ろしていた。赤毛からすれば随分と弱っちい吸血鬼ジョシュアは、すっかり弱味も剥き出しで、まさしく赤毛の掌の上で踊っている。けれども何やら妙な頑固さがあるらしく、殺されても好き勝手されても穏やかな性質に変化が無い。裏表の少ない、この世でも随分と珍しい人種だ。
 そんなジョシュアに引き合わされて、しかも面倒見まで押し付けられてしまって、赤毛が何を思っているのか。それは彼本人にしか分からない。
 けれども、相性が無駄に良い所為か、はたまた吸血鬼に似つかわしくないその穏やかな性格に思う所でもあったのか。赤毛は知らず知らず、ジョシュアに肩入れしまっているのである。

「ッ、んんんーー!」
「ああーー、ッで、ちゃう……ッ!」

 昂ったモノから存分に精を吐き出して、赤毛もジョシュアも余韻にしばし浸りながら、どちらともなく唇を合わせた。

 そのような事があって、ジョシュアが再び正気に返る頃には。

「またやろうねぇー、俺がまた手取り腰取り教えてあ・げ・る!」
「…………」
「俺がちゃんと我慢できるようになったら、最後までヤらせてもらうからねぇ」
「…………」

 と、ギラギラした目付きでそんな事をのたまう赤毛がそこには居た。それを諌める気力も最早無く。ジョシュアは死んだ魚のような目で、非難の色を滲ませながら赤毛を見上げる事しか出来ないのだった。
 早く強くなろう、なんて、殺される云々よりも貞操の危機をまざまざ感じながら、ジョシュアは決心していた。





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