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第四話

 謂わばピロートークと言われるものの最中だった。
 疲れ果てて動く気も起きず、ディートリヒは枕を抱きながらベッドに突っ伏していた。そのままの状態でくぐもった声を上げ、隣で鼻歌でも歌いそうな程に機嫌の良いイェルンに彼は声をかけたのである。
 もはやそれは恒例化しつつある、ふたりのお決まりのやり取りとなりつつあった。イェルンがどんなに言い聞かせても、ディートリヒは頑として譲らない。

「おいイェルン、何回言えば、分かるんだ」
「ん?」
「毎回こんな、なるまでヤるなって言ってる!」
「ええー、またそれ? そんなの今更だよ。もう二桁はいくほどにヤり尽くしてるし。それに、今日はディートリヒも気絶してないでしょ?」
「ッ俺は――」
「はいはい、それも何度も聞いたし。あとね、この前説明したみたいに、僕はすごーい人なの。向かうところは敵なしなの。君一人抱えるのは大した事ではないんだ」
「でも……」
「クドいなぁもう。君も大概しつこいよね、あんたの元同僚? みたいだ。連中、未だ諦めきれないのかウロウロしてる。早いとこ、ディートリヒも話してくれないかなぁー?」
「…………」

 ようやくこんなに色んな表情を見せてくれるようになったのに、と、ディートリヒのすぐ隣でイェルンは思うのだ。
 最初はあれだけ自分を拒絶していた。恐れていた。だがそれが、日を追う毎に綻び出して、時折微かに笑みさえ浮かべてくれるようになったのだ。大分人間らしくなった。
 ただそれだけのことで、イェルンは嬉しくなる。イェルン本人でさえ、その感情には違和感を覚える程なのだが。それでも確かに、イェルンは愉悦を感じている。

「思ったんだけどさ、アンタが一番恐れてるのって多分、関わっちゃった人が死ぬ事なんでしょ。だったら、僕ほど好条件の人間は居ないと思うよ。僕は殺しても死なないんだからさ。安心しなよ、ずっとここに居れば良いよ」
「それは……比喩か何かなのか」

 きっと、ディートリヒはただ気になったから聞いただけなのだろうが、イェルンはその問いに対してはただ、笑みを深めるだけに留めて置いた。ディートリヒがそうであるように、イェルンにもまた、聞かれたく無い事は当たり前のように存在するのだ。でなければ、こんな森の奥深くで隠居などしてはいない。見たままが全てだとは限らない。

 とは言え、ディートリヒの口から知るための質問が飛び出すようになったのは、イェルンにとっては素直に喜ぶべき事だった。ポツリポツリ、時折聞こえる溢れ出てしまったかのように呟かれる小さな声に、イェルンはどうしようもない歓喜を覚えるのだ。
 人を拒絶し続けてきたのであろうこの男が、イェルンを知るためにと恐る恐る自分の殻を破って問うてくるその姿が、どうしようもなくいじらしく思えるのだ。ディートリヒにそうさせているのは、紛れもなく自分。それがどうしてか心地好い。その場で押し倒したくなる。
 イェルンは今迄知らなかった。自分がここまで人に執着して離さなくなるような人間だったとは。来るもの拒まず去るもの追わず、そういうドライな人間だと、本人はそう信じていた。
 だが蓋を開けてみればどうだろうか。ただ本人がそう思いこんでいただけで、実際には捕まえたら離さない、随分と粘着質な人間だったのだ。驚くのと同時に不思議にも思う。何故ディートリヒだったのか。本人でさえ、本当の所理解は出来ていないが、ただひとつ、彼が勝手にイェルンのもとへと落ちて来た事は間違いなかった。

「まぁその話はまた、ね?」
「…………」
「って、そんな事話してたらまたこんなになっちゃった」

 言いながら、イェルンはうつ伏せに寝転がっているディートリヒの尻に、勃ちかけている己を押し付けニヤリと笑う。
 その時のディートリヒの、嫌そうな顔と言ったら、なかった。イェルンの興奮は、あっという間に最高潮へと駆け登っていく。

「お、おま、あれだけヤッておいて……!」
「だって、ディートリヒが可愛いことするから」
「……ッお前は頭がオカシイ!」
「それは僕も知ってるぅー」

 そういう、油断したような顔を見る為ならば、イェルンはいくらでも頭のおかしい人間を演じられる。実際の所、演じている部分はごく僅かで、ほとんどがイェルンという人物の性質そのままであったりもするのだが。本人もそれに気付いているのかどうか。

「あ、ん、ううッーー!」
「ん、大丈夫大丈夫、ちゃんと君も勃ってるからまだできるね、ヨシヨシ」

 ディートリヒは快楽にはよっぽど弱いのか、イェルンが手際良く濡れそぼったそこに突っ込んで少し揺すれば、たちまち気持ち良さそうに顔が蕩けてしまう。イヤイヤと顔を横に振りつつも、その内自分からも腰を押し付けてくるようになるものだから。イェルンは益々止められなくなるのだ。セックスがこんなに気持ちイイなんて知らなかった! とでも言われているようで。イェルンは堪らなくなる。
 だから時に、イェルンはどんどん、新たなことをディートリヒに試してみたくなるのだ。

「ああーー、イイ……気持ちイイ。……あ、ねぇそうだ。この奥さ、ココ」

 イェルンは腰を更に強く押しつけて言う。それを聞かれたディートリヒはといえば。少々苦しそうに、しかし気持ちの良さに蕩けきったような顔で振り返り、彼を見上げる事しかできなかった。
 バックの体勢で尻を高く上げ、動きを止めた状態がしばらく続く。快感を突然取り上げられ、ディートリヒの胎内は不服そうにイェルンのものを舐めしゃぶっていた。

「更に奥、ここにイイとこあるの、知ってる?」

 見た人をゾクリとさせるような美しい笑みを浮かべながら、イェルンは手を回し、ディートリヒの臍の下あたりをぐいと押す。今、イェルンが挿入っているところの更に奥だ。ディートリヒは曖昧な意識の中で、その言葉の意味を理解し兼ねているようだった。
 ディートリヒのセックスに対する知識は人並みにしかない。男同士、それも気持ちの良い所の更に奥なんて、彼にはそんな知識は無かった。不要だったのだ。
 だからディートリヒは、その場でただ眉間に皺を寄せるだけ。元々顰めっ面で善がっていたのだから、その変化は微々たるものだったが。それでもイェルンにとっては十分過ぎる変化だった。

「ふっ、ふーん、その顔は知らないね? ……そしたらそれは、僕が、そのハジメテになると言う訳だ」

 そう言うイェルンの顔には満面の笑み。それを見て、ディートリヒは怪訝な表情になった。一体、何をするつもりか。そんな本音がダダ漏れだった。
 まさか今、ここでとんでもない事をやらかしてくれるつもりではあるまいか、そんな考えが微かにディートリヒの頭の片隅に湧いて出る。これは本気で逃げた方が良いのだろうかと、そう思ってディートリヒが身構えた直後だ。

「んぐッ!?」

 突然イェルンによって、ディートリヒは腰を強く叩き付けられたのだ。何度も何度も、先程までは無かった激しさを伴って。

「ちょーっと最初は苦しいかもしれないけど、大丈夫、そのうちなーんにも分かんなくなる程キモチくなれるからねぇ」
「ぐぅ、う、うあ、まッ、待てッ、んあぁッ!」
「うん、その前にちょっと、ぐちゃぐちゃになるまでイッた方がいいかな? 中イキ、今日はまだだったよね? その方が、入りやすくなるし!」
「な、にが、どこに入っ――ヒィッ!」

 そのまま前立腺を重点的に揉みくちゃに擦られて、ディートリヒは何度目かも分からぬ絶頂を迎える。そうして何度かイかされその後とうとう、ディートリヒは盛大に震えながら中イキをかましてしまったのだった。
 散々にイかされ、腹やら胸やらの方にも精液だかが飛び散り、逞しくも白いその肉体にいやらしい跡を残していたりしたのだが。
 その時ばかりは、緩く勃ち上がっていたディートリヒのそこから精液が噴き出す事は無かった。ナカの方で得られる快楽が強過ぎたのだろう、最早声も出せぬ程にディートリヒは感じ入ってしまっていた。何度も何度も震え、絶頂時の余韻が長く続く。
 そんなディートリヒに向かって、イェルンは優しく声をかける。

「ッぁ、んんッ……ふ、」
「うふふー、良く出来ました。中もとろっとろだねぇ」
「んんんッ」

 唐突にずるりとイェルンのものが抜かれ、ディートリヒからは更に声が漏れた。軽くイッてしまったのかもしれない。ビクビクと震える続け、まともに動けやしないディートリヒを、イェルンはぐるりと仰向けに寝転がした。
 イェルンは随分と上機嫌らしい。そのまま一度、ディートリヒの唇をちゅ、と吸い上げると、今度は正面を向いたまま、ディートリヒの尻の中へと押し入ってきたのだった。何度も擦られ、イェルンの出したもので溢れかえっているそこは、奥の方にまで簡単に侵入を許してしまう。

「気持ちいねぇ、ディートリヒ? ……これなら、奥にもちゃんと入れそうだ。もっと、ヨくしてあげるから」
「は……んッ、もうイけな、ムリ……」

 絶え絶えで、表情も虚ろなディートリヒとは違い、イェルンは相変わらずだった。中イキの前に二回ほど達したきり、彼のものはこの先を期待して張り詰めているまま。
 先程の中イキにも耐えきった勇者は、その先への期待に一層膨らむばかり。イェルンの顔が、色気を伴いながら嬉しそうに笑う。それはそれは、見たら孕むと形容されそうな程に、とてもイヤらしい表情だった。きっと、過去に誰も見た事が無いだろう、それ程のものだった。

 それから程なくして、イェルンは早速侵攻を始めた。その体をほとんど真っ二つに折り曲げる程に尻を高く上げさせ、真上からゆっくりと突き刺していく。ふわふわと蕩けきったその胎内を、微かに揺すりながら、じわじわとゆっくり割り裂くように、奥へと腰を進めた。苦しそうな声がディートリヒから漏れ出た。
 奥の窄まりだけは少し、抵抗された。それでも何度か揺らしながらじわじわとゆっくり捩じ込むと。ぐぷんッと音がしたと錯覚する。そんな感覚で、イェルンは奥の窄まりに呑み込まれていった。

「んンンーーッ! あ、ああああッ!!」
「っふぅーー、少し、入った」

 ディートリヒはガクガクと身体を震わせ、目の前にあるイェルンの腕に必死に縋り付いている。目の前の快楽の事しか考えられないのか、奥の窄まりで出し入れすると、それだけでディートリヒは甘イキするようだった。いつまでたっても快楽の波が去らず、ディートリヒがイく度にナカが蠢きイェルンのものを搾り上げる。そしてイェルンもまた、その強い快楽に声をもらすのだった。

「は、ああッ、や、だ、ずっとイッーーんん!」
「あーー、んッ、……ああ、気持ちイイねぇ」
「ふぅーーッ、ん、ん」

 最早ディートリヒには、何を聞いても返事は返ってきそうになかった。理性も意識も何もかも残っておらず、感じられるのは快感だけ。イェルンに散々覚え込まされてしまった身体は、本人にさえ自由にできないようだった。

「あ"あー、ダメ、……もう僕もヨ過ぎて、我慢出来そうにない。だい、じょうぶ……ナカでしか、奥でしかイけなくなっちゃったら、今迄通り僕が、面倒見るからね」

 ディートリヒだけではない。色々とブッ飛んでしまったイェルンもまた、段々と快楽を追う事しか出来なくなってくる。互いに互いだけしか目に映らず、相手の小刻みに奥を揺さぶり、はしたないぐじゅぐじゅとした音が響く。

「ッ――ひ、い」
「ああー、イ、く、イク、中に全部、出ちゃう、僕のーーんッ!!」
「――――ッ!!」

 奥に奥にと擦りつけるように何度も吐き出して、イェルンは心地好い余韻に浸っていた。彼が女ならば、とっとと孕ませて逃げられないように縛る事も出来たものを。
 それが出来ない事を少しだけ口惜しく思う反面、いかにすれば籠絡できるかを考え、それはそれで楽しみに思えてくる。イェルンはそんな物騒な事を考えながら、繋がったままグイと身体を寄せて口付けた。
 未だ快楽の余韻の消えぬディートリヒは震えるばかりで、抵抗する事もなく大人しく口付けを受け入れるだけだ。焦点の定まらないような眼差しで何処か意識も覚束なく、自分が今何をしているかも理解していない様子だった。それでも舌は差し出してくるし、気持ち良い所に進んで擦り付けてくる。
 この数ヶ月で余程イェルンに慣らされているらしい。それがイェルンの掌の上だとしても、ディートリヒはそれに気付かない。気付かないふりをしている。

 基本的に学のない、そして考えることを禁じられていたディートリヒは、イェルンの本心など思い当たりもしない。聞くこともできない。
 ただひとつ言えるのは、イェルンの下に留まる事は心地好くて暖かいという事だけ。ディートリヒの今までの人生をすべて投げ捨て、破壊し、そしてここに腰を据える事もやぶさかではない。そう、思ってさえいる。

 けれども本当に、それで大丈夫なのか。ふたりとも無事でいられるのか。生き残れるのか。――イェルンはこの先もずっと、本当にディートリヒを匿い続けてくれるのか。拒絶されやしないか。
 ディートリヒは不安で堪らなかった。
 本当は一刻も早く、彼に影響が出る前に早く、ここから離れるべきなのだろう。そう思いはすれども。そうし難い何かがここにはあった。
 ディートリヒは最早、自分の直感に蓋をし、イェルンの好意に甘えるフリをし、その願望を覆い隠しながら騙し騙しここまできてしまっているのだ。もうきっと、後戻りはできない。

 そんな本心をすべて分厚い顔の面の中に覆い隠し、ディートリヒはこの日もまた、言われるがままにイェルンを迎え入れる。
 上から降ってくる口付けをいつものように受け入れながら、ディートリヒは心地良いそれに、身を委ねるのだった。





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