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義父と暮らすようになり、俺と母の生活は大きく変わった。誰かに見張られる事はなくなったし、自由を手に入れる事が出来た。そして――

「千里(センリ)君は、学校に行った方がいいと思うよ」

ニコニコと笑みを浮かべた義父――弥生(ヤヨイ)さんは、ある日突然この話を切り出した。唐突な提案に、俺はみっともなくポカンとしてしまった。

「……僕がですか?」
「うん」
「義務教育までの勉強は証書を頂きましたが……」

学校に行った事がないというのは本当で。小学校も中学校も特別待遇で家庭教師に教わり過ごしていた。俺のため、俺のため、そう言いながらも狙いは外に味方を作らせないように、逃げられないように、そして、家の秘密が外にバレないように、だ。今更勉強しても意味などないと、そう思っていたのだが。

「うん、だからこそだよ。学校には行った方がいい。同年代の子達と一緒に何かする、っていうのもいいよ。これからは、千里君も自分の将来を自分で考えないといけない」
「…………」
「今までが縛られていた分、自由っていうのは結構難しいんだ。だから、遠回りでもゆっくりでもいい、学校に通って卒業して、ゆっくり決めた方がいいよ」
「……僕に、今更普通の生活なんか出来るんでしょうか」
「心配することはない。あの生活が普通じゃない、って分かってるなら尚更、すぐ慣れるよ」

そんな話し合いを交わして、結局、俺は学校へ通う事になった。次の春――2ヶ月後、俺は高校1年生になる。17歳になって少し経った頃だった。


 * * *


ソワソワして落ち着かない母さんを背に、俺は初めての学校へ向かっていた。黒いハイヤーの中、弥生さんを隣に話をする。主に学校に対する説明だった。

俺が行く学校は、弥生さんの兄にあたる人が運営する学校のようで、全寮制の男子校だという。学校の仕組みはよく分からないが、男だけしかいないと聞き少し安心していたりする。普通は全員寮へ入らなければならないらしいが、俺は許しをもらい慣れるまで通わせてもらうこととなった。部屋はいつでも移れるようになっているらしかった。

と、ここまで話した弥生さんはほんの少し言葉を切った。何だろう、何か言い難い事でもあるのだろうかと、そう思いながら彼を見上げれば、困ったように笑う彼の目とかち合う。

「実はね、学校に兄さんの息子と、兄さんの奥さんの方の甥子さんが通うことになってるんだって。千里君にとっては従兄弟だね。その彼らが少し――や、大分クセのある人達で。でもやっぱり、挨拶はしなきゃいけないんだ」
「挨拶は慣れてます」
「……うんまぁ、そうだね……でも、挨拶はしても、学校ではあまり関わらない方がいいかもしれないね。特に千里君は」
「なぜですか?」
「うん、それがね、多分千里君が一番苦手なタイプだと思うんだ」
「?」
「ええと……少し粗暴というか、落ち着きがないというか……ああ、でもこんな事は私が口に出す事でもないかな。でも、あまり無理はしないでほしいな。自分らしさを、見つけてほしい」
「はい」

言いにくい事だったらしく、途切れ途切れに言葉を紡ぐ弥生さんは少し、疲れているような顔をしている。前も思ったが、弥生さんはあまり家を――家族を好いていないように見えた。


そんな話をしていた所で、ハイヤーは学校へと到着した。門をくぐり、校舎前に降り立つ。そのまま、俺と弥生さんは入学式の会場となっている会館へとむかった。


義父と別れ、入場更新を経て着席し、式を迎える。結構広いなぁ、そんな感想を持ったが、これが普通なのか豪華なのかは分からない。まぁ、ウチでやっていた式典に比べると大分ちんまいが学校の入学式にしては……と、そこまで考えてやめた。比較対象物がないから考えても仕方ない、俺がそう割り切った所で式典が始まった。時折ウォーだとかキャーだとか聞こえて、これが学生と呼ぶ連中なのか、と少し呆れもした。が、どう転んだって俺はこいつらと共に一生を送るらしい(?)から、割り切る事にした。俺のいた環境とのギャップの激しさに疲れるのと同時に、ワクワクとした楽しみも覚えた。


案外アッサリと式典が終了し、クラスごとに教室へ向かう事になった。そうして席を立ち、一番始めに会館を出た。式典中は、あまり気付かれないように列の最後尾に並び、ほとんど気配を消していたのだが。式も終盤に向かい、気疲れのせいか少しだけ警戒を緩めてしまった。すると、途端に――と言っても気付いている人は気付いていたが――周囲が騒がしくなった。コソコソとした話し声が聞こえる。

アレって誰だろう?

今年の外部生?

耳を済ませば――というより背後につきっきりの狐面がクスクス笑いながらワザワザ教えてくれるのだが――、そんな話し声ばかり。どれも似たり寄ったりで面白味にかける。まぁ子供ならこの程度か、俺はそんなことを適当にツラツラ考えていた。

そうして気が付けば教室につき、各自が席につきはじめる。そのまま何も判らずボンヤリそれを眺めていたら、いつの間にか俺以外は皆席についてしまった。どうすればいいのだろう……。こそこそ噂はしていても、今の俺に話しかける人間はいない。内心オロオロしながら、教室の後方らしき扉の前に突っ立っていると。

「オイどうした、席につかないのか?」

俺のすぐ後方から声がした。大人の男性の声。振り向くと、教師だろう男が立っていた。大分派手ではあるが、きっとこれが学校の教師というものなんだろうなと思う。家庭教師の先生はこの人より大分大人しい感じだったが……きっと、この人が普通なんだろう。

俺は瞬時にそう判断して茶色の髪と着崩したラフな恰好のスーツを眺めた。あ、ロ○ーニブランドだ。下らない事を考えつつ男の顔を見やる。彼はどこか怪訝な表情をしていたが、子供ばかりの環境に少し気を張っていたらしい俺は、この時ようやく肩の力を抜く事ができた気がした。

「オイ、聞いてるか?」

再び問われ、俺は慌てて首を縦に振る。危ない考え過ぎていた。ちょっぴり反省しつつ、この男に問う事にした。

「どこに座ったらいいのかと思いまして……」
「……ん?ああ、お前外部から来た新入生か」

聞かれた質問に首を振って答える。そうすると、男は俺を前の壇に上らせ自己紹介をするようにと行ってきた。どうやらここはほとんどが持ち上がりらしく互いはよく知っているらしかった。自己紹介なんか初めての経験で、まず何を言っていいのか分からない。そんな俺は、男に聞き、四苦八苦しながら紹介を終え、20分もの間質疑応答に答えた後、ようやく席に着く事となった。壇上から見ていて、いくつか席が空いている事を不思議に思ったが、まぁいいか、と寄ってくる学生達の相手を適当にあしらいながらこの先を思いやった。疲れた。






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