Main | ナノ

愛の二次災害(リコリス)



 クリストフとデイヴィッドはその日もまた二人きり、旅に明け暮れていた。移動を全て空間転移に頼っている所為か、幸いにも未だリオンに発見される事はない。二人きり、時折冒険者ギルドで他の人間には手の打ちようのない依頼を受けながら、各地を点々としていた。
 今二人が訪れている都市は、幾つもの景勝地を持つ観光地だ。海沿いにある都市にはビーチや港が点在し、美味い酒も美味い飯も豊富に存在する。

「おいクリス、まず酒場、酒場行こうぜ」
「おい待てッ、デイヴ、お前はそうやっていつもーー!それよりもまず、ギルドに行くんだ!」
「ああ?何だってこんな所来てまで行かなきゃなんねぇんだよ」
「今僕達の財産、いくら持ってるのか分かってるかい?」
「…………あ」
「そ、今は特に残り少ないんだ!この都市は観光客向けの店ばかりだから、特に物価が高いんだ。下手に飲み食いしたら足りなくなる」
「チッ、面倒だなぁ」
「何言ってるんだ。僕らの手にかかったら依頼なんて一瞬で終わるんだから。とっとと最高ランクでも受けて稼いでしまおう」
「おう……そりゃ仕方ねぇな」

 そう言ってクリストファーは、渋るデイヴィッドを引き連れ、冒険者ギルドへと足を運んだのだった。
 丁度掲示板に貼り出されていた稼ぎの大きい討伐依頼を受注し、早速現場へと向かう。


「何だかでっけぇ屋敷だな」

 現場は、その街でも有数の貴族の邸宅で、そこに出現するという悪魔を討伐してくれという依頼だった。夜な夜な出現し、住人達の精気を吸い取っていくという、その悪魔を。

「おい、サキュバスって……マジか。こんな下級がなんでこんなに金額吊り上げられてんだよ」
「沢山の人の精気を吸い、力もそれなりに膨れ上がっているらしい。討伐依頼を受けた冒険者も、何人か喰われているとか」
「下級だからってんで阿保が無策で突っ込んでったのか?……全く、おっさんは若い奴らのこれからが心配だわ」
「ジジ臭い」
「うるせぇ、この若造りがッ」

 そのような軽口を叩きながら、デイヴィッドとクリストファーは、家主から詳細を聞く事になった。

「いやはや、あなた方のような優秀なお方にお受け頂けるとは、感無量です。それと、ひとつ申し上げますと……実は近々、軍の方々が我が屋敷へ様子を見に来て下さる事になっておりまして。出来れば彼等と共闘頂ければと思うのですが……」
「何と……承知致しました。協力があるのであればそれはありがたいお話です」
「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます……最早屋敷に残れる者も僅か、日に日に体力を奪われる毎日なのでございます。どうか、我々に救いの手を」
「ええ、勿論です」
「直ぐ新年を祝う祭りがあるというのに、我々がこのザマでは……どうか、どうかお願いいたします」
「新年祭か……」
「ええ……一晩中祈りを捧げる儀式もありますので。倒せずとも私共が儀式を行う時間だけでも、稼いで頂きたく。どうか、どうか……」

 げっそりとした様子の家令より説明を受けて、二人はその軍部の人間達の到着を待つ事となった。その間、二人は屋敷に滞在する事になった。かの貴族の好意に感謝しながら、二人は部屋への道すがら、屋敷内を観察する。

「デイヴ」
「おうよ。ベットリだな。コイツ、縄張りでも主張してんのかねぇ」
「かもしれないね。確かに、多少は強い力を感じる。半端な連中は相手にならないだろうね」
「全く……何でまたこんなんなるまで放置してたかな」
「まぁ、相手がよっぽど狡猾なのかもね。悪魔にも色々いるから」
「それで冒険者らもやられたってか?……だらしがねぇ」

 そんな事を言いながら、そのまま二人は屋敷内を巡回して回った。時間を決め、夜を中心に見て回る。しかし、二人が見て回った2日間、件のサキュバスが姿を表す事はなかった。デイヴィッドやクリストファーの力を恐れているのか、それとも好機をうかがっているのか、その理由は分からない。このままでは埒があかないので、二人は大人しく件の軍人達の到着を待った。
 悪魔が出てこないのであれば、餌で釣るまで。屋敷に件の軍人達が到着したのは、更に1日程が経過してからのことだった。

 彼等の出迎えをするという家令について、デイヴィッドもクリストファーも同様に出迎えに参加する。だがその場で、二人は思いがけない再会をする事になったのだ。

「いやはや、何とお礼を申し上げたら良いやら」
「いえ、これも我が軍の使命の一つですから。当然の義務です。何なりと私共にーーーーあ?」
「へ?」

 その軍人とデイヴィッドは、ほとんど同時に呆けたような声を上げた。

「……トバイアス?」

 ポカンと呆けて使い物にならない二人に代わり、クリストファーは驚いたようにそう言ったのだった。




* * *




 それからしばしの後、彼等三人は家主の好意により、部屋の一室へと通された。積もる話もあるだろう、という事もあり、彼等だけでの会談が組まれたのである。
 それを有り難く受け、デイヴィッド、クリストファー、トバイアスの三人は、互いの近況を伝え合うのだった。トバイアスやトウゴ達その他の面々の近況を聞き、デイヴィッドもクリストファーも、懐かしい雰囲気を思い出していた。
 あの時、二人があそこを離れた日からは既に、半年程が経過しようとしていた。

「ったく、何だよアンタら。突然消えたと思ったらこんなとこプラプラしてやがるとは……あの聖獣、発狂しやがって宥めんの大変だったんだぜ」
「ああー、そりゃ、ご苦労様な。リオンはもうちょい、人間に慣れさしとかねぇと。トウゴがいりゃ、俺が居なくてもアイツも落ち着くだろ」
「君はいつもそうやって、他人に押し付けてとっとと自分だけ先へ行くんだ。ほんと、トバイアス達の苦労が偲ばれるよ」
「うるっせぇわ。俺は出来る奴にしかそういうのは任せねぇんだよ」
「ただ自分がそういうのが苦手だからその手のものを回してるってなだけでしょ」

 時折クリストファーが茶々を入れながら、三人はかなり打ち解けた様子で話を進めた。かつて同じ戦場で戦った仲間と会えるというのは、デイヴィッドやクリストファーにとっては、それだけで特別な事なのだ。

「ああ、成る程な」
「おいトバイアス、リオンには言うなよ、俺らがここに居たって」
「あ?何で。必死こいてアンタの事探してんぞ」
「……リオンは俺と居ると、周りが見えなくなんだよ。もっと、色々な所に目を向けて欲しい」
「本人がそれを望まなくてもか?」
「そうだ」
「ふふッ、確かに、君はリオンに甘いからね。会ったら何でもかんでも許してしまうに決まってる。添い寝とか、抱っことか、それ以上も」
「うっせぇクリス!テメェそれ以上ベラベラ喋って、タダで済むと思うなよ!?」
「おやおや、君はそんな事言ってもいいのかなぁ?ここまでリオンに遭遇しないで済んでいるのは一体誰のおかげなのかな?」
「ーーッ!このッ、卑怯者!若造り!」
「あっはははははっ、気持ちいいね、普段皆の前では一丁前に偉ぶってる君を後輩くんの前で揶揄うの」
「ッ!」

 そのような二人のやりとりを目にしたトバイアスは、心底驚いたように言った。

「おっどろいた……アンタでもこんな風にはしゃぐのな」
「そうだよ、この馬鹿は昔っから格好つけたがりだ。ジジイになって余計、前の仲間達に憧れて真似して格好つけちゃって……」
「……おい、もうやめろ、クリスッ……」
「僕等と居る時は、いつもこんなもんだからね?お酒が入ると騒ぎ出すから」
「…………」
「お、おおう」

 クリストファーに散々揶揄われ、デイヴィッドは最早真っ赤になって大人しく俯いている。彼の自尊心は、風前の灯だった。
 
「クリス、お前後で覚えとけよ……」

 捨て台詞のように吐いたデイヴィッドの声は、それはそれは小さなもので。それを聞いたクリストファーの笑い声が部屋中に響き渡ったのは、言うまでもなかった。
 そのような二人の様子を見たトバイアスの浮かべた表情は、戸惑いか羨望か。その場の誰もが理由など知る由もなかった。

 そのようなふざけ半分の彼等のやりとりも、その部屋の中だけのものだった。一歩部屋を出れば、二人もトバイアスも、たちまち歴戦の戦士の顔つきになる。それを屋敷の人間たちも目敏く感じ取っているのか、ピリピリとした様子の三人に近付く者は無かった。

「この任務、軍からの参加はトバイアスだけかい?」
「ああ。余り人数が多くてもな、警戒して出てきてくれねぇだろう。本当は俺と他の三人とでやるつもりだったが……アンタらが居るなら、俺だけ出れば十分だろ。アンタらの戦い方も知ってる」
「分かったよ。なら、巡回は手筈通り。僕の読みが正しければ、僕とデイヴの前には現れないよ。ここまで生き延びてるんだ、当然高位悪魔と神官の聖魔法の気配が分からない筈がない。トバイアスの所へ、もしくは屋敷の人間たちの元へ現れるだろう。そこを、叩く」

 クリストファーがテキパキと慣れたように指示を出す。デイヴィッドにとってはそれはいつもの事だ。クリストファーの読みはよく当たるし、デイヴィッドもまた彼の指示に従う事が当然だと考えている節がある為、文句の一つも出ない。

「おう」
「トバイアス一人でいけそうならやってしまっていいから。ただ、下級とは言え人を操る事には長けた悪魔だ。一人は危険だから、必ず僕等を呼んでから挑んでね」
「了解した」
「デイヴ」
「んあ?」
「君は待機。その魔力やら気配やらを隠す事に尽力して」
「……おう」
「不服かい?でも君、そういうの苦手だろう」
「まぁな」
「相手が下級の悪魔でさえなければ、そういう気遣いは不要なんだけれど……」
「その下級が、俺達の相手になる程になっちまってるっていう今回が特殊なんだろ。随分と頭のキレる奴なんだろうよ」
「デイヴの手には余るかもねぇ」
「ケッ、言ってろ」

 そんな二人のやり取りを、トバイアスは興味深そうに眺めていた。トウゴ達との旅の間、デイヴィッドは彼等と群れる事は無く一人で過ごす事が多かった。
 リオンが合流してからもそれは変わらず、リオンとデイヴィッドは二人でセットで行動する事がほとんどだった。それ故に、トバイアスは本当のところはデイヴィッドがどういう人間であるかを良く知らなかったのだ。
 だが、それが今、クリストファーと共に居る事で面に出てきているのだ。抱いていたイメージからは随分と外れてしまっている。けれど、戦士としてではない、人間らしい一面を目撃し、トバイアスはその認識を改めていたのだ。

「なんだ、どうしたんだい?トバイアス」

 クリストファーの呼びかけに、トバイアスは一歩遅れて反応した。クリストファーもデイヴィッドも、そんな彼を見ていた。相手によっては無作法を平気で行うトバイアスの姿が、やけに大人しい。

「ボーッとして」
「あ、ああ……いや、本当にアンタらと俺で、任務をする事になるとはな。少し、緊張してんのかもしれねぇ」
「ふふふ、君らしくもない。いつも通り、やってくれたまえ」

 トバイアスにしては随分と素直な答えが返ってきて、クリストファーもデイヴィッドも少しばかり面食らう。いつもの彼の、自信に満ち溢れた横柄な態度はすっかりなりを潜めている。成る程、少し見ぬ内に成長したらしい軍人は、確かに立派な軍人の一人へと少しずつ近付いているのだと、二人にはそれがとても感慨深い事だと思えた。

 それから少しばかり話をした所でその場は解散となり、彼等は各自で作戦開始となったのだった。

 そして、件の悪魔が出たのは、それから数刻後の真夜中の事だ。

「ようやく合図かよ」

 合図の魔法による信号を受けてすぐ、デイヴィッドは静かに走り出した。自分の魔力やら気配を断つ事も忘れずに、真っ直ぐに現場へと向かった。
 一旦扉の前で中を探り、トバイアスと悪魔の気配がある事を確認する。クリストファーの動きがない事を少しばかり不審に思いながらも、室内から戦闘の音が聞こえる事に舌打ちを打つ。デイヴィッドがここへ来るまでの間にトバイアスが仕留められていない事を考えれば、中々に厄介な相手である事が窺える。
 一瞬迷ってから、デイヴィッドは扉を足で蹴り飛ばしながら中へと侵入した。

「ッおっさんーー!」

 デイヴィッドの目に映ったのは、腹を悪魔の尾に貫かれ、首を両手で絞められているトバイアスの姿だった。彼の手に握られていた筈の剣は、すぐ傍の壁に突き刺さっていた。
 何があったのかはデイヴィッドにも判断がつかなかったが、この悪魔が人間を惑わす何らかの特殊能力を発動している可能性を考える。
 そしてデイヴィッドは、瞬時に判断し、声を掛けるのと同時に動き出したのだった。

「おうよ、お前が梃子摺るって事ぁ、毒でも盛られたか?……動くんじゃねぇぞ、首飛ばす」
「なっ……貴様っ、何者だーー!?」

 戦闘はほんの一瞬だった。
 デイヴィッドが踏み込んだ次の瞬間には、彼は悪魔の目の前に居た。短剣を右に逆手に握り、トバイアスの顔を自分の左手で保護しながら、彼等の間に滑り込むように割って入る。そのまま反撃の隙さえ与えず一挙動で、デイヴィッドは悪魔の首を目掛けて振り上げた。
 剣先を避ける暇さえ与えず、斬り飛ばされた首はゴトリと音を立てて床を転がっていった。
 それでもまだ意識のある悪魔は、トバイアスへの攻撃の手は緩める事なく口を開く。

「な、ぜーーーー?」

 呆然としたような口振りで言った悪魔を、デイヴィッドは嫌そうに見る。振り抜いた短剣を握り直し、その場で再び振り上げながら、デイヴィッドは言った。

「俺にはよ、悪魔の能力は一切効かねぇのさ。あの魔王を超える者が現れない限り、絶対にな」

 ギラリと暗い光を湛えた右目は、悪魔からしか見えない。闇の中でも光る不思議な紅色は、憎しみすら滲ませながら悪魔へと降り注ぐ。その時点で、既に恐怖に支配されている悪魔は、反撃も忘れて震える事しかできなかった。
 デイヴィッドは、そのままズブリと悪魔の心臓へと短剣を突き刺すと、何事かの聖なる祝詞を紡いぐ。
 すると途端に、悪魔の身体はボロボロと崩れていった。デイヴィッドは、顔から表情を消し、崩れ行く悪魔の様子をジッと眺めたのだった。
 それが完全に崩れ去るまで、デイヴィッドはずっとその場で突っ立っていた。
 何かを監視するように、惜しむように、何かを思い出すように、デイヴィッドは身動きすらせず、沈黙に支配されたその場でずっと突っ立っていた。


「う、ぐ……」

 悪魔が消えてすぐ、デイヴィッドの背後から呻き声が上がった。ハッとして振り返れば、そこではトバイアスが刺された腹を押さえ、膝をついていた。

「おい、大丈夫か?刺したのは奴の尻尾だな……見せてみろ。特殊能力持ってる奴の攻撃は案外侮れねぇぞ」
「く、っそ……俺とした事がっ」
「相性の問題だろ。アレはお前よか、ジョシュアやトウゴ向きの案件だ……おお、さっすが、この位置なら内臓まではイってねぇな。俺でも何とかなるか」

 トバイアスの脇腹の傷を、服を裂いて確認しながらデイヴィッドは冷静に言う。仲間の傷を視るのは随分と久しぶりで、デイヴィッドは少しばかり懐かしい気持ちになる。
 とうの昔に死んでしまった仲間達とは、同じようなやりとりを何度もした。彼等との沢山の楽しい思い出と共に、デイヴィッドの中に大切に仕舞われている。
 時々こんなこともあったなぁと年寄り臭く思い出してしまって、悲しくなる事もある。けれどもそれは過去の事。
 今もまた、デイヴィッドには大切な仲間が居るのだ。自分よりも未熟で、けれどこれからが楽しみになるような、そんな仲間が。

「うっし、ひとまず傷は塞いだ。後でちゃんとクリストフにでも見てもらえ」

 少しばかり上機嫌に、傷口を治療し終えてトバイアスの顔を見た時。デイヴィッドはその異変に気付いた。トバイアスの様子がおかしいのだ。
 傷は塞がれたというのに、何かに耐えるように、顔が歪み、額には汗が滲んでいる。

「おい、どうした?痛むのか?」

 思わず声をかけるも、彼は無言で首を横に振るだけだ。それっきり、俯いてしまって、デイヴィッドを見る事もしない。
 一体何が、と困ったデイヴィッドは、クリストファーの姿がないかを探すも、こちらに近付いてくる気配がない。途方に暮れたような気分だ。

「かまうな……、放って置いてくれ。クリストファー殿が来てから、で良い」

 どう見ても痩せ我慢をしているようにしか見えなくて、デイヴィッドは判断に迷う。このまま放り出していく選択肢なんて当然無いし、クリストファーに頼むにしても肝心の彼が来る気配が全く無いのだ。どうするか、と悩みに悩んだ末。デイヴィッドはひとまず、彼を室内のベッドへ移動させる事にする。

「放って置く訳にもいくめぇよ。ほれ、捕まれ。攻撃食らった奴に床に座らせとく訳にゃいかねぇんだわ」
「ッ、テメ、触んなッ」
「うっせぇわ。そこのベッドに寝かせるだけだ、大人しくしとけ」

 そうやってトバイアスに肩を貸し、部屋の反対側に設置されたベッドへと移動させる。相変わらず、何かに耐える様子のトバイアスをベッドへ腰掛けさせ、デイヴィッドは彼の着込まれた黒い軍服に手をかけた。
 寝かせるにしろ治療するにしろ、彼の着ているものは邪魔になるだけだ。ボタンを一つ一つ外し、穴の開いた上衣を脱がせる。
 その下には、刃を通さないはずの革鎧が着込まれていたが、それもまた腹部に穴をぽっかりと開けていた。なぜこれが貫かれたのかと気になり、血の滲むそこに顔を近付けてみる。すると、穴の縁には何かで溶かされたような跡が見えた。
 成る程とデイヴィッドは思う。予想通り、毒か何かをトバイアスに打ち込み、その動きが鈍った所で獲物を喰らおうとしたのだ、と。先程の治療魔法である程度は消し去ったが、体内に入り込んでしまった分が今、トバイアスを苦しめているのだと。デイヴィッドはほとんど確信して、無理矢理にでもトバイアスの鎧にも手を掛けた。

「中に入っちまった毒は俺にも手が出せねぇ、クリスが来るまでここで大人しく寝てろ。身体動かすんじゃねぇぞ。回りが早くなる」
「うぐッ」

 されるがままになっている彼から、どうにかこうにか鎧まで脱がせると、シャツ一枚になった。これで寝やすくなったろう、と身体をそっと横たえ、デイヴィッドはクリストファーを探そうとその場を離れようとした。だが、次の瞬間。デイヴィッドの腕が、後ろに引かれた。

「うおっ!?」

 予想もしていなかった事態に、デイヴィッドは身体のバランスを崩し、ベッドへと倒れ込む。そうして次の瞬間には、トバイアスに肩を捕まれ、馬乗りに乗り上げられてしまった。
 全く状況が掴めないデイヴィッドが目を白黒させている内に、両太腿にトバイアスの脚が乗っている。いくらデイヴィッドが手練れだとはいえ、体格差も大いにあるトバイアスにそこまで身体を押さえ込まれてしまえば、身動きは取れない。
 味方からの突然の不意打ちに、デイヴィッドは言葉も出なかった。

「アンタ、馬鹿だろ……」
「あ”あ”ん!?」

 苦しみながらもいつものような笑みを浮かべたトバイアスに、デイヴィッドは至近距離からメンチを切る。しかし、こんな状態で目的も分からない相手を下手に煽って、痛い目に遭うのは御免なデイヴィッドは、それ以上に何かを言うことはしなかった。
 ただそのかわりに、優しく諭すように言葉を選んで声をかけた。

「一体、どうした?何してんだよ……クリスを見つけてこねぇとお前、そのままだぞ。呼びに行ってやるから、そこを退ーー」
「何で俺がこんなに苦しそうにしてるか、アンタ本当に分かんねぇのか?」
「……は?」

 デイヴィッドの言葉に重ねるように言ったトバイアスに、意図が分からずデイヴィッドは怪訝な表情をする。
 そしてそれを聞いたトバイアスは、何ともいやらしい笑みを浮かべると、デイヴィッドの耳元へ顔を寄せた。
 それを見て固まってしまったデイヴィッドに構わず、トバイアスは耳元でボソボソと言葉を紡ぐ。そこに吐息も混じり、妙に色っぽい声音が混じる。
 デイヴィッドですら、背筋がゾワゾワとするような話し方だった。

「悪魔の情報、ちゃんと、思い出してみろよ」
「悪魔の……サキュバス、『夢魔』だろ?夜な夜な男を襲い精気を吸うーーって…………あ?」

 耳元で話してくるトバイアスに妙な緊張感を覚えながら、デイヴィッドは口を開いた。そして、件の悪魔について考えながら話して、ここでようやくデイヴィッドは気付く。夢魔の能力の一つに『催淫』がある。男が多くを占める冒険者に、この手の悪魔退治が中々に難しいという話は良く知られた話だった。
 だが、デイヴィッドは勇者であり、クリストファーは神官である。この二人にとって、サキュバス程度が問題にならないのは、彼等に下級悪魔の能力に対する耐性が異常に高い為だったりするのだが。
 しかし、トバイアスは別であるのだ。彼にかかれば下級悪魔などは確かに相手にならない。しかしそれは、トバイアスが悪魔達の能力を受ける前に倒し切ってしまうから、という理由に他ならないのだ。耐性があるかどうか、それは悪魔達の攻撃を受けてみないと分からないのである。
 故に今回、隠れる事に秀でたサキュバスは、そのような耐性の無さそうなトバイアスを狙った訳で。そしてそれは概ね正解であったのだ。一発でも当てれば相手が自由を失うのであれば、隠れてでも騙してでも、その一撃に掛ける。それが失敗したら再び隠れれば良いのだから、人間の屋敷を狙い撃ちしたサキュバスの作戦は中々のものだという訳である。

 兎にも角にも。
 その原因に気付いたデイヴィッドは、今度こそ大いに動揺した。いくら心も身体も鍛え抜かれた軍人とはいえ、無理矢理に高められた欲求には逆らい難いものがある。そして今、トバイアスはそれに多分、負けたようだ。

「おい待て、お前っ、誰でも良いのかよ!」
「あ?何だ今更、アンタ、なに聞いてんだよ」
「いやいやいやいや、落ち着け、現実を見ろ!」
「そんなもん、とっくに見えてるぜ。……だから離れろって、言ったのによ。……アンタ、服脱がしてくるから」
「ーーッ!」

 そりゃそうだ、とデイヴィッドは情けなくも同意してしまう。強制的に発情させられている人間を前に、アレコレ世話を焼き服を脱がせるなど、それは自殺行為だ。例え男だとしても。同じ男だからこそ判るその辛さ。

 デイヴィッドは己の鈍感さを悔いた。元はといえ、旅の仲間に再び出会えて、彼は浮かれていたのかもしれない。随分と格好悪い姿も見せてしまったが、トバイアスとは、酒でも飲みながらもう少し話もしてみたい、などと思っていたのもある。
 内に入れてしまった人間に対する世話焼きの気質は、養子である子供達に出会って更に悪化した。それが今回、大いにマイナスの方向へと働いてしまった形だ。デイヴィッドは、依頼を甘く見るのはもう二度としない、と心に誓う。
 そして、現状をどうにかすべく、再びトバイアスへの説得を始めるのだ。藁にもすがる思いだった。

「待て、待てッ、お前、トウゴに惚れてたんじゃねえのか!?あいつならそういう所キチンとしてないとダメなんじゃねぇか!?」

 自分の事は棚に上げ、デイヴィッドは絶叫する。

「あ?何で、トウゴの話が出てくんだよ。トウゴはここに居ねえだろうが。それに、俺は見境なく襲うほど屑でもねぇぜ?」
「は」
「ちゃんと、選んでんじゃねぇか」
「…………待て、そりゃ俺がどうなっても良いってのか!?」
「あ?……何でそうなんだよ。アンタとなら、そうなっても好いって思った、っつってんだよ。分かれや」
「んな…………」
「クリストファー神官長とアンタ、仲良いっつっても、まだそこまでいってねぇんじゃねぇのか?」
「!!」
「まだなら……俺じゃ駄目か?」
「は……?」
「あの人には、到底敵わないかもしれねぇけど……アンタと同じ位強くなって、並びてぇんだ……でも、それだけじゃ、足んねぇ……」
「うぅッーー!」

 段々と口調が怪しくなってきたトバイアスに、首筋から耳に掛けてを舐め上げられる。思わず漏れ出た声に羞恥を煽られるも、それに続けて首筋に笑ったような息がかかり、背筋がぞくぞく震えた。

 デイヴィッドは、未だかつて無い程の焦りを感じていた。体格差でこの馬乗りから抜け出すのは難しいし、両手足を封じられては、魔法も何も、トバイアスに当てる事すら出来ない。完全なる油断だった。まさか味方にそっちの意味で襲われるとは、予想だにしていなかった。
 今更になって、この旅の出発間際に言われたクリストファーの言葉を思い出す。
『リオンだけならずトバイアスもトウゴも引っ掛けた上ーー』
 あれは誠だったのか、とデイヴィッドは何とも苦い思いを抱く。

 と、デイヴィッドが現実逃避気味にそんな事を考えていると。トバイアスが、本格的に動き出してしまったのだった。

「おい、おい!待て待て、トバイアス、正気に戻れ!」

 この場に残るサキュバスの微かな魔力にでも当てられたのか、それとも今更になって刺された時の効力が効き始めたのか。
 デイヴィッドの首元から顔をあげたトバイアスの目は虚ろだった。凶悪な程に雄々しいその表情で、舌舐めずりをする。

「おい!くっそ……ほんと、勘弁ッ!」

 理性が吹っ飛んでしまったようなトバイアスの様子に、流石に洒落にならん、とデイヴィッドは暴れるも、案の定びくともしない。頭突きの隙も与えてくれず、それどころか両手を頭上で一括りに纏められて絶望感を覚える。
 これじゃぁ暴漢に襲われる生娘のようだ、とそんな想像をしてしまって背筋に悪寒が走った。

 そしてそうこうしている内に、片手の空いたトバイアスが、デイヴィッドの服の隙間から、直に手を突っ込んでくる。
 触られた所から肌が粟立っていく中、その手は肌の質感を楽しむかのように、優しくゆっくりと上へ上がっていった。
 その手が目指したのは、デイヴィッドの胸の飾りだった。優しげに飾りに触れられると、こんな状況の恥ずかしさと情けなさとが相まって、デイヴィッドは泣きたくなってくる。いっそ微かに泣いている。

「ッ!……ちくしょー、クソやろ、クリス、何チンタラしてんだッ!」

 歳下の、しかも知っている男に襲われて触られているこの状況が、とんでもなく情け無い事のように思えてくる。
 女性を見境無く襲うような事態にはならなかった事は良かったとは思うのだが、トバイアスの不調の原因に気付かず、この状況を作り出してしまった自分が恥ずかしくて仕方なかった。

 そんなデイヴィッドの心境を知ってか知らずか、トバイアスはまたしてもデイヴィッドの度肝を抜くような行動に出た。
 もう嫌だ、とばかりに目を瞑り、顔を背けていたデイヴィッドに、トバイアスの手が伸びる。
 先程まで胸を捏ねくり回していたその手は、デイヴィッドの顎を捉えて正面を向かせた。
 一体何事ぞ、と薄ら目を開いたデイヴィッドは。次の瞬間、トバイアスに口を塞がれたのだ。
 覚悟も何もしていなかったデイヴィッドは、容易くトバイアスの侵入を許してしまう。
 唇から舌から全部、食べられてしまうと錯覚する程、激しい口付けだった。
 理性がぶっ飛んでいる所為なのか、性急に求められているかのようなそれ。舌を吸われ、上顎や喉の奥まで、容赦無く刺激された。息苦しさと、時折弱い所を突いてくるその加減に、デイヴィッドは耐え切れず震える。
 それに加えて、トバイアスの空いた手が服の中から背中に回り、時折首の後ろを意図を持って撫でられるものだから。背筋から腰にかけてをゾクゾクとしたものが走る。
 鼻から抜けた自分の声が、明らかに快感に酔ったようなそれで、デイヴィッドは何とも言えない背徳感を味わう。
 これは不味い、本気でヤバい、クソが、だなんてトバイアスの巧さに舌を巻く。
 リオンのそれとは違った強引さに、デイヴィッドはすっかり翻弄されてしまっていた。思考が霞む。

 しばらく続けられた口付けが止む頃には、デイヴィッドは息も絶え絶えの状態だった。
 散々舐られ刺激されたその唇からは、呑み切れなかったどちらのものとも分からぬ唾液が垂れる。酸素を求め開けられたままの口からは、唾液に濡れた舌がだらし無く投げ出されていた。弄られ過ぎて半ば感覚を失った舌は、持ち主の言う事を聞きそうに無い。
 そして、左右で微妙に色の違う目は、どちらも涙に濡れ、口付けの余韻でとろんと熟れている。最早、抵抗出来るだけの余力は残っているのかどうか。

 デイヴィッドに勿論、女性経験が無い訳では無い。しかし、これ程まで強引に性的快楽を引き出そうとしてくる者が、女性に居る筈もなかった。
 リオンも勿論同様で、デイヴィッドが止めろと叱れば即座に止めるような良い子なのだ。
 と、そんな訳で。クリストファー曰くたらしのデイヴィッドは、まさに美味しく頂かれる寸前の所まで来てしまっていた。

 そんなデイヴィッドの姿を前にしたトバイアスの目は、獲物を捕らえ、正にそれを口にしようとしているかのようにギラギラとしていた。
 はだけたシャツからは彼の鍛え抜かれた肉体が覗き、女性が見たら孕む、などと噂されていた流し目が実に色っぽい。

 そしてとうとう、トバイアスはデイヴィッドの下服に手を掛けーー

 その瞬間、何かを固いもので殴りつけるような音がしたかと思うと。突然、トバイアスがデイヴィッドのすぐ横に崩れ落ちた。
 昏倒しているのか、デイヴィッドを拘束していた手からはすっかり力が抜けきっていた。
 そこで我に返ったデイヴィッドは、突然の事にびっくり仰天して、目を見開き慌ててトバイアスの下から這い出た。すると、ベッドのすぐ傍でクリストファーの姿がある事に気がついた何故だかその場で椅子を持ったまま、突っ立っている事に気がつく。
 明らかにその椅子でトバイアスを殴り付けただろうクリストファーの様子に、デイヴィッドは思わず呆けた。急いでここへ駆けつけてくれたのか、息も荒く、服が汚れ乱れているのが目に入って、何とも言えない気分がじわりと胸の中に浮かんだ。

「クリス……?」
「ほんっと……ほんっと、何やってんのさ!何、サキュバスに当てられた人間に組み敷かれてるんだ!?」
「ぐ……いやだってコイツ、俺よかデカイし軍人で……」
「もう本気で殺してやろうかと……、いや、アンタの事だからコイツは大丈夫だろって油断したんだろ!?」

 目の前で椅子を置きながら捲し立ててくるクリストファーに、デイヴィッドは平謝りの状態だ。今回の件は、明らかにデイヴィッドの油断のせいで、トバイアスにもクリストファーにも迷惑をかけてしまった。言い訳のしようもない。

「…………面目無い」
「サキュバスと、まさかインキュバスも一体居たなんて僕でさえ予想外だった……何はともあれ、なにも無かったんなら好いさ。さあこれからだ、ヤろう!って時だったしね!無事で良かったな!尻!」
「すまねぇ……俺も、気をつけるわ」
「是非ともそうしてくれ!僕の心臓が飛び出る前に!」
「な、なぁ、クリス……」
「何さ!?」
「腰、抜けた……負ぶってくれねぇ?」
「…………は?僕が?」
「おう」
「僕が運べると思う?」
「…………」
「……いいよ、魔法で引っ張ってくからさ。じっとしててよね」

 そうやって、微妙な空気の中、二人は自分たちの部屋へと戻って行ったのだった。
 きちんとトバイアスにも魔法で悪魔の能力を消し去ってきたので心配はない。明日、もしかしたら頭に瘤を作っているかもしれないが、それは彼にも少なからず油断があった所為であって、勉強代にしては安いものだ、というのはクリストファーの言葉である。

 そうして、デイヴィッドの部屋へと彼を運んだクリストファーは、ざっくり彼の怪我やら何やらを診断した。

「アンタはどこも食らってないようだね。奴らの能力の方も。ま、そういうとこ、あのトバイアスもまだまだ未熟だって事か」
「俺らと比べりゃぁな、そりゃどんな戦士も霞んじまうわ」
「よし、それが分かってるならデイヴも油断はしない事。分かったかい?」
「おう……それはもう、身に染みたわ」
「よし、ならいい。僕がいつでも助けに入れる訳じゃ無いんだから。明日報告して報酬受け取って、色々やる事あるからもう寝よう、早いけど……じゃ、僕も部屋戻るからーー」

 そんな、どこか早口で捲し立てて、とっとと踵を返そうとしたクリストファーに、デイヴィッドは慌てて声をかけた。

「っなぁ!待てよ、クリス」
「ん?どうした?」

 一歩踏み出した所でデイヴィッドの呼びかけに気付き、振り返ったクリストファーを真っ直ぐに見て。一呼吸、ゆっくりと息を吐き出して、デイヴィッドは覚悟を決めたように聞いた。

「さっき、トバイアスと話した時、言われたんだが……俺とお前が、『そこまではいってないんじゃないか』って」
「!」
「それってつまりさ、……俺とお前が、その、付き合ってるとか、そんな風に周りは思ってるってぇ事だろ?俺は別にそれでも構わねぇんだ……お前のおかげでこうして生きて、それを楽しんでいられてるし。お前が、死んだ時には俺も後を追う。多分」
「…………」
「俺はそうなんだけどよ……お前、クリスは、どうだ?ただの義務感で付き合ってくれてんのか?それとも、俺だから一緒に来てくれてんのか?」

 そう言って真っ直ぐにクリストファーを見れば、彼は何か思い詰めたかのような真剣な表情でデイヴィッドを見つめていた。

 トバイアスにそれを聞かれた時、デイヴィッドは少しばかりショックを受けていたのだ。クリストファーとデイヴィッドの関係が軽んじられているようで。
 言われて初めて気付ける事もある。
 一緒に死地を戦いぬいた、たった一人残った仲間。彼が居たからこそ、デイヴィッドは生きて居ても好いと思えたのだ。自分たちの絆はどんなものよりも深いし、誰にも自分達を割く事なんて出来ない。そんな風に、デイヴィッドは思っていたのだ。
 だから、この関係が誰からどのように思われても好いと、そう、思っていたはずなのに。
 トバイアスの言葉で、そんな風に思っていたのは自分だけなのではないだろうかと、そんな事を考えてしまった。
 クリストファーにとって、自分は邪魔な存在なのでは無いのだろうか。そんな疑問が、デイヴィッドの中に残ってしまった。
 だから、デイヴィッドは確かめたかった。そう思っていたのが自分だけなのか、それともクリストファーも同じように思っているのか、それを確かめたかった。
 クリストファーが望むならば、それを何でも叶えてやりたい。それはデイヴィッドが望むものにきっとなるはずだから。

「僕は……」

 言い澱むクリストファーを、デイヴィッドは待つ。彼の思う本心を、きちんと暴露して欲しかった。何でも話す事のできるかけがえのない人間として、自分も、そして彼にも、そう思っていて欲しかった。

「僕も、デイヴと共になら何処へでも行こうと思っている。僕らが望む事は何でも、出来るからね」
「そ、か……」
「あと、別に付き合ってる云々も、他所にどう思われてたって好いとは思ってる」
「…………おう」

 互いに、恥ずかしそうに目を逸らす。そしてまた、クリストファーは更に言葉を付け加えた。

「けどーーーー、今日みたいなのは御免だ。ほんとお前、何、襲われてんのさッ」
「!……あ、え、いやッ」
「この御人好し!一度一緒に旅したぐらいでアイツの戦闘力過信しすぎ!」
「ぐ……」
「今度同じ事やったらーーッ」
「な、何なんだよ一体。そりゃ助かったけど、別に命狙われた訳でもなし……」
「ッ、だっ、だってーー」
「だって、何なんだよーー?」

 そこからしばらく、クリストファーは口を噤んだ。何かを言いかけてやめる、それを何度か繰り返した。
 そしてとうとう、クリストファーは観念する。

「デイヴは……、僕のだろう?他の奴等に、何、触らせてるんだよ」
「クリス……」
「そうだよ、僕はデイヴ以外何もいらない。全部欲しい。死なれて後悔する位なら手元へ置いておく」
「…………」
「マリアの時と同じだ。だからーー、僕から離れないでよ……誰のものにも、ならないでよ」

 そんな事を、弱々しい声音で言われて、デイヴィッドは心の中にゾワゾワとしたものを感じた。それと同時に、バルベリトを倒した時の事を思い出していた。今の口振りは、あの時と同じ口調、同じような言い方だ。
 けれどやはり、デイヴィッドに不快感など無かった。彼が自分と同じ様な事を思っていた事に、いっそ喜んですらいる。

「クリス」
「……何」
「今日、さっき、トバイアスが俺とヤりたいと言った」
「ん!?」
「俺だから、選んであんな事になったんだと。俺となら、シてぇって……それで、お前は、どう思ってんのかと思ってよ」
「え……」
「さっき『触らせるな』と言ったろ、お前。アレってそういう事だろ?ーーどうなんだ?」
「ッ」
「お前も、俺とヤりてぇのかーー?」

 そう、真っ直ぐに見つめるデイヴィッドの視線の先で、クリストファーが固まる。だが、それはほんの一瞬の事だった。

「……言っただろ、全部欲しいって。シたいに決まってる」
「……おう」
「おう、って…………悪い?」
「いや、…………んなら、するか?」
「!」
「お前となら良かったのにって、……思っちまったんだよ」

 その一瞬、クリストファーは目を見開いて息を呑んだ。しかし、次の瞬間には真顔になって、デイヴィッドを見る。二人の間に言葉は無かった。けれども、二人にはそれだけで分かってしまった。

 それからクリストファーは、ベッドに入り上半身を起こしているデイヴィッドの元へとやって真っ直ぐにやって来たかと思うと。極々自然な動作でベッドに乗り上げ、そのままそっと口付けた。
 今日はやたらと口付けられるなぁなんて、現実味のない感覚になりながら、デイヴィッドは何の抵抗感もなく、侵入してくる彼の舌を受け入れる。撫でるようにその頬に添えられたクリストファーの手は、微かに震えていた。

 トバイアスのそれとは違って、優しくじわじわと蕩けるような舌使いだった。早急でなく、溶かすようなそれ。
 息苦しく、頭が痺れていくような感覚に、デイヴィッドは溺れる。
 舌を吸われて逆にやり返したり、舌の裏を擦り合わせたりと、デイヴィッドは自分から進んで夢中になった。
 そうして、互いの唇が離れる頃には、両者共に息が上がっていた。至近距離から見つめる互いの顔は、上気して快楽に濡れていた。

「きもちい……」

 熱い吐息と共に思わず零れ落ちたクリストファーの言葉に、デイヴィッドは言いようの無い興奮を覚える。それを知ってか知らずか、クリストファーは再び唇を寄せた。それと同時に、デイヴィッドの後頭部に手を添えて首筋を擽る。口付けだけでもこれだけ気持ち良くなっているのに、弱いところに触れられて堪らず、デイヴィッドの背筋が震えた。

「んっ……はぁ、」

 呼吸の合間、堪え切れない熱い吐息と共にデイヴィッドの満足気な声が漏れる。二人が次に顔を離した時にはもう、それ以外の事は考えられなくなっていた。
 互いに、相手の下服に触れて前を寛げる。すっかり大きく育っている性器を下着の上から擦ってみたり、直接手を触れてみたり、思い思いに愛撫した。初めて触る他人のもの。不思議と気持ち悪い等と感じる事は無かった。

「デイヴ、出して……一緒に、握って」
「……んっ、は」

 そうやってクリストファーに言われた通り、デイヴィッドは手にした彼の性器を下着から取り出して。同じように、デイヴィットの性器を外に出して自分の上に乗り上げてくるクリストファーに、腰を擦り寄せて手で握った。
 先走りでヌルヌルした互いの性器同士が触れ、今迄感じた事の無いような興奮が背筋に走る。
 デイヴィッドのものとクリストファーのものを纏めて握って、一緒に上下に擦ればもう、堪らなくヨかった。

「あ、コレッ、すっげぇイイ……」
「ん、きもちいい」

 互いに言葉と嬌声を漏らしながら、腰を擦り付け口付けを交わす。
 最早デイヴィッドは、完全に背中をベッドに付けてクリストファーに乗り上げられていたが、そんな事はもう、どうでも良かった。
 ぐちゅぐちゅと口内を交わらせ、性器を擦り付けどちらともなく腰を振る。
 こんないやらしい事をしている相手が、寝食を共にし、そして死地を共に潜り抜けてきた往年の仲間だと思うと、興奮はひとしおだった。
 相手がクリストファーだと言うだけで、デイヴィッドは堪らない気分になる。

 そうやって、どちらがどちらなのかもわからなくなるほどぐちゃぐちゃになって、とうとう、二人は絶頂を迎える。

「あ、うあッ、も、でるッ」
「ん、イく、ほら、一緒にッ、んーーああッ!」

 ほとんど同時にビクビクと震え、嬌声のような悲鳴のような声を溢しながら、二人は果てた。互いの性器に吐き出した白いものが何度も何度も降りかかり、びちゃびちゃになる。
 クリストファーに乗られ横になっていたデイヴィッドの腹はもう、二人分の精液で溢れる程に濡れていた。

 絶頂の余韻に浸りながら、二人は上気した互いの目を見つめ合い、何度も何度も角度を変えながら口付けを交わす。
 戯れに腰を擦り、濡れそぼった腹のぬるぬるをクリストファーが指先で塗り広げた。
 その感覚に時折震えながらも、デイヴィッドはクリストファーを抱き締めるように背中に腕を回した。
 ピッタリとくっつく相手の肌の感覚と体温が心地良い。人肌というものがこれ程安心感を与えるとは、とデイヴィッドはこの状況に幸福感に酔いしれる。

 それに浸りながら、彼はほとんど無意識に、クリストファーの次の行動を待ち望んでいた。

「ん、デイヴ、後ろ触るよ。早く、いれたい」

 耳元で吐息混じりにそう言われて、デイヴィッドはぞわぞわと肌が粟立つのを感じた。応えるようにコクコクと首を振れば、吐息のみでクリストファーが笑ったのが、デイヴィッドには分かった。
 デイヴィッドの下服と下着が、クリストファーによって取り払われる。

「……やっぱ俺がそっち、か……初なんだからっ、ゆっくり、ヤれよな」

 すっかり快楽に溺れたような声でうわ言のようにデイヴィッドは言った。それを聞いて、微笑み混じりにもちろん、と言ったクリストファーは。
 デイヴィッドの尻を片手で揉みしだきながら、腹の上に吐き出された二人分の精液を、もう片方の手にたっぷりとかき集める。それをそのまま尻の合間に擦りつけて、ヌルヌルと塗りたくる。そうしてそこで。そこでクリストファーは何を思ったのか。デイヴィッドの性器をぱくりと口で咥え込んだのだった。

「んああッ!?」
 
 予想していなかった行動に、デイヴィッドはビクリと大きく震え声を上げた。熱くてぬるりとした口腔内にどんどん呑み込まれ、そのままゆらゆらと擦られる。
 初めての感覚が、そしてクリストファーの端正な顔が自分のそれを咥え込んでいるという視覚的な背徳感が、デイヴィッドを攻め立て追い込んでいく。

「まっ、ッあ、あ、まって、それーーッぅぁ!」

 そんな、性器へのゆるゆるとした愛撫に気を取られていると、ゆっくりとしたじわじわとした動作で指がナカに、侵入する。
 押し広げるように指が奥を目指し、同時に性器を唾液と一緒にじゅるじゅると吸われる。咥えきれなかった部分は、もう片方の手でぬるぬると擦られる。堪らず背筋を退け反らせながら、デイヴィッドは喘いだ。
 後ろを解されているという違和感は、前を啜られている快感に溶けてしまった。

「んんんッーー、それ、やめッ、す、ぐ、出ちまう……ッはぁ……ッ!」

 デイヴィッドは、すっかり快感に溺れたうわ言のように抗議の声を上げたが、クリストファーはただ、ニヤリといやらしく笑っただけだった。
 彼もまた興奮しているのか、頬を上気させながらデイヴィッドの性器を奥まで咥え込み、ゆるゆると上下に動かしつつ後ろの指の数も増やしていく。時々ぐちゅぐちゅとわざとらしく音を立てながら解されていく。

 性器を咥えた口から、時折ちらちらと覗く真っ赤な舌が官能を誘う。クリストファーの熱い吐息がデイヴィッドの性器にかかり、思わずイきそうになるのを何とか耐えた。
 視覚的な暴力だ、なんてバカになった頭で考えながら震える内、デイヴィッドはクリストファーの指を次々と三本も、呑み込んでいった。

 そしてそのような中で突然、デイヴィッドはナカに、感じた事のない鋭い快楽を感じた。

「ッ!」

 途端、首がのけ反る。一体何が起こったのか分からず、しかしナカが勝手にクリストファーの指を締め付ける。自分でもそれが分かってしまって、デイヴィッドは思わず赤面した。

「ッく、ああっ、そ、こ、そこッ、まずいーーッ!」

 切羽詰まったように静止の声を上げるが、もちろんクリストファーが止まる筈もない。顔を上げ、嬉しそうに何度も何度もその箇所を弄り倒す。
 ビクビクと、本人の意思に反して震えるデイヴィッドを、いやらしい顔で見ながらクリストファーは舌舐めずりをした。

「はぁッ、……ここ?ーーここってさ、慣らしたら、射精しなくてもイけるようになるんだって」
「んんッ!あ、く、なんッーー!」

 最早、快感に溺れ自由に動かない両手を何とか動かし、クリストファーに掴みかかる。けれど力なんてほとんど入らない手は、ただクリストファーに縋り付いているだけ。それすらも、今のクリストファーにとっては興奮を高める材料にしかならない。

「ふふっ……ねぇこれ、後ろだけでイけない?」
「ん、んッ、な、なに言ってーーッ?」
「んー……もしそうなったら、視覚的にエロいなぁって。僕も、見てるだけでイけそうな気がする……」

 そんなクリストファーの思い付きらしい一言で開始された攻め苦は、デイヴィッドの理性を吹っ飛ばすには十分すぎた。何度も何度も、そこばかりをいじり倒す。
 トントン、とそこを指で軽く触れたり、時に押し潰すようにぐにぐにといじったり。デイヴィッドの反応は次第に顕著に現れるようになっていった。
 

「あ、はあっ、ん……」
「まだ、無理そ?」

 かれこれ半刻程。デイヴィッドは最早息も絶え絶えだった。イけそうでイけない状態のままずっと弄られていたものだから。性器はこれでもかと腫れ上がり、先端からは多量の先走りが迸ってそこに少しばかり白が混じる。
 何度か自分で擦って出そうともしたが、目敏く気付くクリストファーに尽く阻止されていた。
 もういっそ、クリストファーのものを一思いに突き刺してくれないか。そんな事を考えてしまう程、デイヴィッドは追い詰められていた。早くイキたくて仕方がない。

「クリス……クリストフ、」
「……ん?」
「は、やく……早く、くれ……もっ、むりッ、イキたぃーーッ、クリスの、くれ」

 追い詰められたデイヴィッドが、うわ言のようにそんな事を言った途端。クリストファーは息をするのも、手を動かすのも忘れた。そんな彼の様子に気付く事なく。デイヴィッドは切羽詰まった情けない声で懇願するーー

「はやく、挿れろーーッ」

 もう、クリストファーもデイヴィッドも、目の前の事以外何も考えられなかった。
 ずるりと指を引っこ抜くと、クリストファーはデイヴィッドの両脚を手早く腕に抱えた。散々弄られぽっかりと穴が開いてしまったかのようなそこに、熱い熱い昂りが押し付けられる。どくどくと感じる躍動は、デイヴィッド自身の心臓の音か、それともクリストファーのものが脈打つ音か。ふたりの全部が一体になってしまうような錯覚を、デイヴィッドは感じていた。

「あ、はっ、オネダリ聞けたから、も、いいやッ……、我慢できないーー、僕ので、イッて?」

 ゾクゾクと背筋を駆け昇る快感に溺れながら、クリストファーはその時。昂りを一気に突き入れた。

「ひッーーん、ぅんあぁッ!!」
「ふぅ、ッ!」

 ぐぷりと、クリストファーが微かな痛みと共に挿入ってきたその瞬間。デイヴィッドは抑えきれない声を上げて、盛大に絶頂を迎えてしまった。
 それと同時、繋がったまま締め付けられたクリストファーは、それを何とか耐えきったらしい。息を乱しながらも目を細め、イッてしまったその余韻に震えるデイヴィッドの姿を眺めた。
 慣れない衝撃にか、はたまたクリストファーが押し入ってきたというその事実が堪らなかったのか。デイヴィッドにすら分からない。それでも確かに、我を忘れる程興奮したのは確かだった。性器から噴き出した精液は胸にまで飛び、中途半端に脱がされた服を汚した。

「んふふ、僕のでイッたね」

 嬉しそうにそう言ったクリストファーは、ビクビクと震えるデイヴィッドに顔を近付けると、そのまま深い口付けを交わした。
 繋がっているせいで、デイヴィッドの反応が直にクリストファーへと伝わる。クリストファーの舌がデイヴィッドの弱いところを擦ると、分かりやすくデイヴィッドのナカが震えた。
 そうしてしばらく、口付けを楽しんだ後で。見つめ合いながらクリストファーはゆっくりと腰を動かし始める。最初はゆるゆると小刻みに、徐々に大きくグラインドしていけば、分かりやすくデイヴィッドの腰が揺れ始めた。慣れて来た身体が、快感を素直に追う。
 とろりと溶けたデイヴィッドの快感に溺れたような表情が、クリストファーの興奮を煽る。勇ましく勇敢なこの男が、自分の前でだけかくも女のように乱れる。それだけで、クリストファーは堪らなかった。

「ん、ーーンンッ、はぁ……、あ、キモチイイ……ク、リス」
「ふ、僕も、凄くイイ……気ぃ抜くと直ぐイッちゃう……ッ」

 激しく腰を動かしている訳ではない。けれども、ぐちゅぐちゅとはしたない音を立てて掻き回されるそこからは、信じられないくらいの気持ちよさが駆け上がってくる。もう、他のことは何も考えられなかった。何度も何度も、狙ってイイところに擦り付ける。するとその度にナカは震え蠢き、クリストファーのモノを優しくしゃぶるのだ。
 目の前の愛おしい人が、幸せそうな顔だけを見ていたい。デイヴィッドはそんな事を思う。全部全部何もかも、欲しい。彼が貪欲にこんな事を思ったのは、初めての事だった。もう何も、目の前の愛しい人の事以外は考えられない。
 そんなだからだろうか。デイヴィッドがそのように口走ったのはほとんど無意識の事だった。

「ん、あッ、ーーな、だよ……お前も、早くイけ、よ。……ナカ、くれ、クリス」
「ッ!」
「んんッ、お前のぜんぶ、おれ、にもくれーー」

 そこからはもう、クリストファーも我を忘れた。彼の切羽詰まった声が、デイヴィッドの耳を犯す。

「折角、我慢してたのに……ッもぉ、無理ッ!」
「ヒッ、ーーんああああッ!うあッ、あ!ーーっソレ、ヤ、バ、んんんッ」
「ふ、うっ、……ああーーッ!」

 どろどろに溶け切った中を何度も何度も、狙って擦り付けられる。早い動きでぐちゅぐちゅと掻き回されながら擦られながら、デイヴィッドは目の前のクリストファーの身体に縋った。全身が快感に溺れ、右も左も訳がわからなくなっていく。
 そしてとうとう、クリストファーの動きが鈍くなったかと思うと。

「あ、あ、イク、イッーーッ!」

 切羽詰まったような声を上げながら、奥にぐいと打ち付けて、クリストファーが絶頂を迎えた。何度も何度も奥に擦り付けながら、中のモノがビクビクと震える。中に精を吐き出されたのだと思うと、それだけでデイヴィッドは震えた。
 腹の奥も背筋もゾクゾクと震えて、想像するだけでヨかった。それだけでイきそうになるのを何とか耐えて、デイヴィッドは満足感に浸る。まさか、大切な相手と身体を繋げる事でこれ程の快感を得られるとは。
 目の前で快感の余韻に震え、息を整えているクリストファーに、デイヴィッドは舌を差し出し口付けを強請る。すぐに押し付けられた彼の唇に笑って、デイヴィッドは酔いしれた。
 きっと、こんな事をしなくてもふたりはいつまでも一緒に居られるだろう。だけれども、こうしてふたり気持ちを確かめ合うのは、他のどんな事にも変えられない、大切な時間だと思えた。

 その日はふたり共、互いの精が満足するまで身体を繋げた。これ以上にないくらい、心も身体も溶け合い混じり合い、他の誰にも邪魔できないふたりの時間を堪能したのだった。
 普段は気恥ずかしくて口に出来ない事も、この時ばかりは何でも伝えられる気がして、ただただ、互いに溺れたーー。




* * *




「いやぁ、皆様のお力により無事、屋敷も解放されて新年祭の儀式も終える事ができました!何と、御礼を申し上げて良いのやら……!」
「いえいえ、困った人々を助ける、それこそ我らに課せられた義務なのでございます」
「ありがとうございます、ありがとうございます……」

 屋敷の主に機嫌良く報告するクリストファーを眺めながら、デイヴィッドは痛む腰に鞭打って平常を装った。何せ、隣にはその原因(?)を作り出してくれたトバイアスだって居るのだ。いつまでも休んでいては、絶対に勘繰られるに決まっている。もう既に昨晩の事がバレている可能性だってあるがそれでも、人間隠したいものの一つや二つあるものだ。
 と、そんな事を考えていたデイヴィッドだったが。

「なぁ、昨日が新年祭だったって、アンタら気が付いてるか?」
「は?」

 唐突にトバイアスに聞かれて、デイヴィッドからはどこか呆けた声が出た。

「新年祭」
「あ、ああー……そういや、そんな事言ってたな」

 藪から棒に何の話をするつもりなのだろうか、とそんな事を思いながらデイヴィッドがトバイアスを見上げていると。不意に彼が、ニヤリと笑いながらデイヴィッドを見る。それに何故だか嫌な予感を感じて、デイヴィッドは顔を引き攣らせる。

「知ってるか?姫始め。新年の最初に、男女がヤるってやつ」
「!」
「アンタら初っ端で姫始めとか……どんだけ初をやらかしゃ気が済むんだよ」
「!?」

 揶揄うように告げられた言葉に、デイヴィッドは目を見開いたまま固まった。極々小さな声だったから、会話の内容は他所には聞こえないだろう。けれどもしっかりとバレていた事に、デイヴィッドはどこか収まりの悪い気分を覚えた。

「まぁ、今回は俺の所為かもしれねぇけど。……悪かったな、俺の入る隙がねぇのは最初からわかってたんだ。安心しろオッサン、アンタらの仲引き裂こうとかも、思ってねぇから。アレは忘れろ」
「…………」
「まぁそれはそうと。リオン、必死こいてあちこち探し回ってるからよ、せいぜい気を付けろよ。アンタ本当にあれには甘そうだし……気付いたら3Pとか、ありそうだよなぁ」
「おい、ヤメロ!冗談でも言うんじゃねぇよ寒気がする」
「……ま、俺が引いてやってんだから、精々気をつけろよ。俺はまた彼処へ戻る。何かあれば、アンタらもまた戻って来いよ。トウゴも喜ぶし」
「お、おおう……」
「じゃあな」

 そう言って踵を返したトバイアスを見送りながら、デイヴィッドは大きく溜息を吐いた。あんな若いのにあれだけ好かれていた事も驚いたが、抱いていた印象と違って物分かりの良いらしい彼の意外性にも、かなり驚いていたのだ。
 本気で相手を想っているからこそ、大人しく身を引く。何処かで見たような話で、デイヴィッドは何とも切ないような、懐かしい気分を味わう事になる。
 段々と見えなくなっていく若者の背中に、どこか哀愁めいたものを感じてしまって。デイヴィッドは微かに、彼の行く先に幸多からん事を、そんな事を柄にもなく思ってしまうのだった。

「あれ、トバイアスはもう行っちゃったのかい?」
「おお」
「相変わらずせっかちだなぁ。ーーま、気を使ってくれたのかもしれないけど」
「あ?」
「いいや。それより、行こう。ギルドで報告して報奨金を受け取らないと。これでやーっと、観光できる」
「おう、そうだな。港町の夜が案外綺麗だって話だ」
「ふふ、楽しみだ。ーーーーそれよりデイヴ」
「ん?」
「姫始め、って知ってるーーーー?」

 そんな事を言ってみせたクリストファーに、デイヴィッドは大笑いしてしまって。ポカンとする彼の前でデイヴィッドが気が済むまで笑ってから。ふたりはどちらともなく歩き始めたのだった。

「それよ、さっきトバイアスにも聞かれた」
「え"っ」
「どんだけ初をやらかせば気が済むんだ、だと」
「……彼、知ってたんだ。まぁ、確かに昨日は初ばっかだよね。突っ込むのもそうだけど、中イキにオネダリに中だーー」
「おいクリスッ!ここ、外!ヤメロ!そう言う話は部屋ん中でしろッ」
「んふふふふふ」

 そうやって仲を深めながら、リオンに見つかるその日まで、ふたりはふたりだけの時間を、楽しむのだった。





list
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -