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056.THE SHOW(後)



 その瞬間、誰もが息をする事すら躊躇われた。男から発せられる何かが、ギロリとこちらを睨み付けている気がする。巨大な怪物に一挙一動をジッと見詰められていて、一歩でも動けば食い殺されると、そんなような幻覚が見えた気がした。
 しかし、そのような想像に竦み上がる面々の一方で、当の男に変化は見られない。この場に現れた時と変わらぬ無表情で、顔をピクリとも動かさない。敢えてそうしているのか、それとも元々そうだったのか。その場の誰にも、本当の所は分からなかった。

 そのようなものを真正面から受けている国王マクシミリアンは、それこそ生きた心地などしなかった。何か一つでも間違った事をすれば、自分はあっという間に消されてしまう。そんなような想像をしてしまう程に、目の前の男から溢れ出る魔力というのは、尋常では無かった。
 それが魔力による圧だという事をきちんと理解している分、マクシミリアンはまだ冷静だった。ただそれでも、いつ暴れ出すかもわからない化け物を相手にしている気分であるのには、変わりなかったが。
 リュカがそれを判った上で、そう認識させていると知りもせずに。

「知らない筈があるまい。アレクセイ国国王の慣習として、機微情報は逐一記録されている。代々の国王が知らぬ筈もない。決して薄れぬ国の大事として、受け継がれるはず」
「…………」
「そうでなくば、あの時私を繋いだ者の説明もつかない」

 最早リュカの原型をすら留めない言い様に、マクシミリアンは震えながら立ち向かう。怖くて怖くて仕方ない。けれどここで引く訳にはいかないと、そんな思考でもってマクシミリアンは知力を振り絞る。それが更にリュカを苛立たせるとも知らずに。虎の尾を、マクシミリアンは自ら踏みに行ってしまう。

「ッそこまで理解しているならば!そなたには我々の苦悩も判るはず」
「全くもって理解しかねます。そんなにもベルジュの人間が邪魔ならば、とっとと追放でも何でもすれば好かったのです」
「そんな事をして、その力が他国の手に渡ってはこの国が危うい!」
「精霊族に身ごと売り渡せば良かったのでは?魔力さえ手に入れば彼方も納得する」
「……万が一、そのような事が明るみに出ては、我が名に傷が付く」
「今だって、然程変わらないでしょうに」
「しかし、今尚彼等は我らの国の者で、それを彼等も望んでいる!それが他国に対する抑止力にもなっている!」
「そうであるにも関わらず……古今までの度重なるベルジュの者に対する裏切りは、最早看過出来るものではないと何故分からぬのです。一体、あなた方は何人、彼処へと送ったのです?」
「…………」
「私が把握していない者も居るでしょう。どれ程、好き勝手をすれば気が済むので?」
「ベルジュ家の名すら許されなかったそなたがなぜ、そこまでする!」
「……ッ」

 その一瞬、リュカは言葉を切った。咄嗟の事で反応出来なかったのかもしれない。或いは、確かにそれが悔恨として残っていたのかもしれない。そのどちらなのかは、本人以外に知る由もない。
 そしてそのような彼の様子を見て、マクシミリアンは痛い所を突いたと思ったのであろう。すかさず言葉を続けた。

「最期までその名は許されなかったではないか!」

 国王は一つ、勘違いをしている。彼は知らないのだ。彼がリュカ=ベルジュでもある事を。

「……いえ、そうでもございませんよ」
「なに……?」

 リュカは呟くようにそう答えた後、すぐ様切り替えるように声音を元に戻して言う。先程の、目の前の国王を脅すような口調で、結論を急かす。

「……いえ、こちらの話です。……話を元に戻します。マクシミリアン陛下。いい加減、契約を破棄なさい」
「それは出来ん」
「国が滅びても?」
「そのような事態を、精霊王殿が許すのか?」
「…………」
「そなたのこの動きを、かの御方が許容されるのか?私にはそうは思えん」

 のらりくらり、唐突に出されたそのような言葉に、思わずリュカは顔をひくりと痙攣させてしまった。精霊王を呼び出せばとっとと解決する話を、どうにかこうにか明言を避け続け、自力で解決させようとしてきたのだ。それが最早叶わぬと知って、諦めだか悔恨だかの気持ちが顔に出てしまったらしい。流石にその話を出されて仕舞えば、リュカとて精霊王には頼らざるを得まい。
 ひとつ、覚悟を決めるかのように大きく長い溜息を吐き出すと、リュカは言った。

「成る程、あなたも中々にしぶといお方だ。……ならば仕方無し、頼りたくは無かったのですが、この際はっきりとさせましょう」
「?」
「ヴィクトル王!」

 その時突然、広間全体に響き渡るような鋭い声でリュカは思い切り叫んでみせた。これ程の彼の大声など、きっと誰も聞いた事が無かったに違いない。そう思わせる程に、その声は大きくハッキリと響き渡った。
 その声の反響が完全に消え失せるよりも前に、彼は言葉を続けた。

「このようにマクシミリアン陛下は仰っていますが、それはまことに御座いますか!」
「ッ!?」

 目の前に潜んでいるのだから勿論、大声を出す必要など本当は無いのだが。精霊王と彼の二人が、ほとんど結託しているなどと思われぬ為にも、二人は少なからず装う必要があった。

「二人は決してここから動いてはいけないよ」

 そこから丸々ふた呼吸ほど間を置いた後に。エレーヌとラウルにそう忠告しつつ、カズマはフードローブを投げ捨て彼等の前へと素早く躍り出たのだった。
 側からは、まるで何も無い所から突然姿を現したかのように人々の目には写ったに違いない。息を呑むような声が、国王達の方から聞こえた。

「ーー成る程、私が人族の国のひとつを、まるで気に掛けているかのような存意をお見受けする」

 さも、どちらにも肩入れしないような体を装いながら、精霊王ヴィクトルとしてカズマは言った。

「人族の栄枯盛衰は必然のもの。国の一つや二つ、いかに滅びようととるに足らぬ。人の中にそれを望まぬ者が在っただけに過ぎん」
「なんと、......精霊王はそのような、事を申すのか」
「契約は元より塔の使用者を制限した上で成されるモノだった筈。それが反故にされたならば、それ相応の報いは受ける事になる。塔を破壊したならば、貴国が報いを受けよう。だが、私としてはアレの魔力の替わりが手に入るのならばーー、契約破棄という形で穏便に済ませ、望み通りに破壊するのもやぶさかではない。我々にとっても必要であったが故の契約だ」

 ゆっくりと判らせるような口調で精霊王は言った。真っ直ぐに国王を見据えながら、最早のらりくらりと逃げる事はできないと突き付けるかのよう。
 そのような事を聞かされたマクシミリアンはとうとう、表情を崩しながら必死で取り繕う。国王としての表向きの仮面は、いよいよ外れかかっているようだった。

「替わり、だと?ベルジュ家の者全てと等価になる存在なぞこの世に存在するはずがーー」
「それが在るから提示したまでです」
「なにーー」
「お前が今思っているよりも事態は深刻だと言う事が分からないので?最早、我らのそれは人の域を超えている。何の手出しもしなければ、いくら強力だとは言え人として死んだ筈の者達を、お前達が生き永らえさせた!それが、この結果です!この、人族にも精霊族にも当て嵌まらない者を生み出した!」

 ここまで粘られては最早、リュカも取り繕ってばかりは居られないようだった。先程までの落ち着いた声音が嘘のように、感情的なまでに声を張り上げる。焦りと言うよりは、怒りを強く感じさせるような、そんな音だった。
 そしてそれは、決定的な言葉をその場に示す事になる。

「ッーー」
「それが、如何に危険な事かも判らぬ程お前は愚かなので?私はお前にチャンスを与えているのですよ。愚王の一族として国を滅ぼすか、私の要求を呑むかーーこの場で死ぬか」

 誰もが本気だと、そう錯覚した。
 彼の周囲には、抑えきれなくなった魔力が迸りビリビリと肌を刺激する。それは普段魔術を使わない者達にすら感じられる程のもので、人々は更に一層竦み上がる。マクシミリアンはそれこそ、言われた通り死を覚悟せねばならぬ程だった。

「は」
「ーーお前がどうしてもそれを呑まないと言うのであれば、この場で首をすげ替えれば良い。お前の息子は5人も居る。誰かが首を縦にするまで、変えれば良い」

 本当の所、リュカがここまでする必要などどこにも無いのかもしれない。先に精霊王が言ったように、数ある国のひとつが無くなるだけ。それだけで、人々の生活がただ少し変わるだけ。それだけなのだ。

「なに、をーー」
「この場に、この私を止められる者が居るとお思いで?」
「や、やめーーッ」
「ならば、要求を呑みなさい。アレを破壊する為ならば、私は何でもする」

 ただ、彼はーー国に見捨てられた彼等は、拠り所のないその侘しさを、その虚しさを知っている。だからこそ、一時とは言え過ごしたその地の者達に、同じ思いをして欲しくは無かったのかもしれない。

「言え」
「わ、判った、……言う通りに、しよう。精霊王ヴィクトル、との、契約は破棄する。だからーーだから、我が息子達には、手出しをしないと誓ってくれ」
「………。好いでしょう。ならば私もこれでーーーーヴィクトル王!聞きましたでしょう?」
「嗚呼」
「破棄は成されました。約束通りになさってくれるでしょう?」
「是非もなしーー」

 その様な中にあって、何かと細かい条件をつけながら、ルーカス=ライツとマクシミリアン国王との謁見は終了した。その後始終、ルーカス=ライツという存在に怯え切ったマクシミリアン王は大層素直に応じ、極々平和的なやり取りが行われた。

一つ、ルーカス=ライツとベランジェの両名は、アレクセイ王国への自由な出入り、その他の行動を許可する。

二つ、ルーカス=ライツとベランジェ両名は、アレクセイ王国の者全てへ危害を与える事を禁止するーー但し、危害を加えられた場合にはその限りでは無い。

三つ、ルーカス=ライツとベランジェの両名は、請われた場合に王国への助力を行うーー但し、人の生死に関わる事柄や、国家間の争い事に対する事柄に対しては、拒否出来るものとする。

四つ、ルーカス=ライツとベランジェの両名に対する干渉を、アレクセイ王国は以降決して行わない。

五つ、ルーカス=ライツとベランジェの両名はどの国にも属せず、国家間の問題には干渉しない。

 彼等の間にはそのような五つの盟約が結ばれ、互いに不干渉を約束する事となった。ただし、元々アレクセイ王国に関わるつもりもなければ、危害を加えるつもりも毛頭なかったリュカからすれば、自分達に都合の良いものばかりを押し付けてきた、という結末であったのである。つまりは、その会談は始終リュカの思う壺であったのだ。
 その一方で、散々殺すと脅された挙句に盟約を突き付けられたマクシミリアンからすれば、リュカと延々話さなければならないその状況は、溜まったものではなかったのだ。本気で害されるのではないかと始終怯えながらも、しかし回らない頭を必死でフル回転させて国が存続する事だけを一生懸命に考え言われるがままに条件を呑まざるを得なかったのだ。その必死な様は大層哀れで、一部始終と裏事情を知る、カズマ、エレーヌ、ラウルからは強い同情を誘ったという。

 そうしてようやく事が成ったと判るや否や、マクシミリアン国王とその一行は、そそくさとその大広間から逃げる様に去って行ったのだった。一刻も早くこの男達から離れたい、離れてしまえば安全だ、なんて彼等の気持ちが透けて見えるようで、同情の上に更なる哀れみが向けられたというのは、彼等の知らぬ所だった。
 気付かぬうちに人払いがされていたらしいその大広間には、彼等以外の他者の姿は無く、国王が去ってからもしばらくはシン、と静まり返っていたのだった。

 そして、今回思いがけ無い姿を見せたリュカはと言えば、彼等の去った方をぼんやりと見つめたまま、何故だかその場に立ち尽くしている。その真意は誰にも分からなかったが、その場で気を抜いた、という表現が一番しっくりとくるだろうか。彼はしばらく、身じろぎすらもせずに、まるで魂でも抜けてしまったかのように、その場に立っていた。





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