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055.THE SHOW(前)



 その日も、アレクセイ王国の王城はいつも通りだった。
 侍女達や近衛騎士、王の側近や執事達が行き交う様は、どこか忙しなく感じられる。彼等は誰も彼も立派な出立ちで、踏ん反り返りながら堂々と闊歩している。中には、何かやましい事でもあるのかそれとも心配事でも抱えているのか、俯きとぼとぼと歩く者の姿も見られ。だが、そんな者はごく少数で、多くの人々が行き交う中彼等は互いに無関心を装う。
 時折、何か噂話でもするかのように、開かれた部屋の隅よりコソコソと話し声が聞こえる。それが一体どんな内容だかは、傍まで寄らなければ聞き取れ無いだろう。だが誰も、それを咎める事はしない。そのような内内の話し合いは、この王城にあっては各所で頻繁に行われているのだから。

 その内の一つで、その時変化は起こった。誰も居ない、とある部屋の一室。人影が突然、姿を現したのだ。現れたその三体の人影は、それぞれモスグリーンのフードローブを身に纏っている。それらは、周囲を警戒するかの様に周囲を見回していた。2mはあろうかという長身の者が二人と、それらの肩程の背丈の者が一人。
 彼等のその姿を見た者があれば、きっと不審に思うだろう。この城内において、そのようなみすぼらしい格好をする者など皆無であるのだから。しかし、蝋燭の光すら灯らない部屋の中は薄暗く、彼等の顔を見る事はおろか姿すら認識するのは難しい。
 その影からはやがて、押し殺したような声が聞こえてくる。その部屋の外の廊下からは人の気配はするも、忙しなく動き回っているせいか、敢えて無視を決め込んでいるのか、不審な三人組の姿を確認しようとする者は現れなかった。

「ここ、はーー?」
「王城の控え室のひとつだろう」
「本当に来れたのか……あっという間だった」
「私も、まさかこのような事が出来るとは思ってもおらなんだーー」
「……あそこに辿り着くまでにあれ程苦労したと言うのに」
「言うなラウル……虚しくなるではないか」
「二人とも、静かに。移動しよう。行く前に認識を阻害する魔術をかける。魔力の強い人間にはすぐ見破られてしまうから、すぐに行くよ」
「……何でもありという事だな」

 術をかけられながら、男ーーエレーヌは溜息と共に呟いたのだった。つい先日、誰かが言っていたその言葉の意味をしみじみ噛み締めるかのように。

「もうすぐはじまるよ。早く行こう」

 一通り術をかけ終えた後で。そう言った彼、カズマに連れられて、彼等は目的地へと急ぐ。
 先にかけられた術のお陰か、そのような不審な三人組の様子に誰も気を払う事なく、彼等はすんなりと先へ進む事が出来た。

 たどり着いたそこは大広間だった。豪華絢爛、とはいかずとも、精巧な彫刻や技巧を凝らした調度品が随所にさり気無く配置され、広間を訪れる者達を楽しませる工夫が成されている。
 十分な広さを有したこの広間は、この城に仕える者達が全員集まったとしても余裕のある造りとなっているようだ。会合やパーティー等と様々な用途で使用される其処には、急な来訪にも対応出来るように、いつも誰かしらが控えている。

 そして、彼等三人が辿り着いた丁度その時に。事は起こった。
 まるで先程の彼等のように。それらは何の前触れもなく、魔術の気配を纏いながら、姿を現した。
 その場からまるで生えてきたかのように。二人の男が、そこには立っていた。

「なっ!い、一体何が……!」

 それを目撃してしまった男は、予想だにしていなかった出来事に対応が遅れる。男も、王城に住まう者として魔術に対する理解はあったのだが、そのような魔術があるなどとは見た事も聞いた事もなかった。
 呆然と立ち尽くしてしまったその男に、現れた者達が言った。

「国王陛下をお呼び下さい」

 静かに淡々としたその口調からは、その者が王に謁見する事に慣れているように男には感じられた。しかし、それを決める権限は男には無い。緊張した面持ちで、男は問うた。

「……お名前を、お伺いしても?」

 目の前のその者は、紅い眼を冷たく瞬かせながら言った。

「ルーカス=ライツが戻ったとお伝え下さい。精霊王との契約に関して話があると」

 それを聞いた男は耳を疑った。何せ、告げられた名前は何百年も前の魔術師の名前だったからだ。眼の色は違えども、確かに、その金髪の男の姿は伝え聞いた話と確かに合致しているし、殆ど素人である彼にも分かる程に目の前の男から魔力が感じられた。
 だが。その名前は何百年も前の男のものだ。生きているはずなどないと、男は断じてしまった。

「ルーカス=ライツ……?貴様、ふざけているのか?きちんと名前を答えろ。でなければ、陛下にーー」
「問答は結構。お前に決定権など無いはずでしょう。会わせない、と言うのであればーー」

 途端、ルーカス=ライツと名乗った男は、右手の手のひらを横の壁を目掛けて差し向ける。すると突然、城中が揺れた。ギシギシと、城の全体を覆うようにして張られた結界の軋む音が響く。

「私がお前達に差し出したモノを全て返していただきましょうか。この城、ひいては国中に張った結界を開発したのは誰だとお思いで?」
「ヒィイッ!」
「聞いた事をそのまま伝えなさい。ーーさもなくば、城中の護りは全て消えると思いなさい」

 そのような事を言っている間も、ルーカス=ライツは全く表情を変える事もなく言い放った。憤怒も悔恨も侮蔑も何の感情も読み取れない。
 男は大層肝を潰して、慌てて扉の方へと駆けて行った。それを見届けた彼はひとつ、不服そうに大きな溜息を吐いたのだった。ゆっくりとその右手を下ろせば、軋む結界の音はピタリと止んだ。

「こっわ」

 その直後、広間に響いた声に、彼はーーリュカは勢い良く振り向く。すっかり色を変えたゴールデンブロンドが、その勢いに合わせて軽く振り乱された。
 リュカがその声の主を見つけると、その目が見る見る見開かれていく。それと同時に、些か口許が引き攣ったように見えた。

「カズマ……」

 思わず、といった風に漏れた名前を耳にして、呼ばれた本人はといえば。静かに、とでも言うように口許に人差し指を当てた。その途端、リュカの表情がやはり微妙に変化するのだが、それに気付けた者は一体何人居ただろうか。きっと心中では、彼に対する小言だか何だかが駆け巡っているに違いない。

 それからリュカは、カズマに示された様に再び口を開く事はなく、先程逃げるように出て行った男の向かった方へと身体を向き直すのだった。



「ルーカス=ライツだと名乗ったのは、そなたか?」

 国王が現れたのは、それから半刻後の事だった。王は、普段のような出立ちながら、多少の焦りを滲ませる顔付きで姿を現した。確かに王たる風格を持つ壮年の男はしかし、それ以上に狼狽えるような様子も訝しむ様子も面に出す事もなく、リュカの前に立った。ゾロゾロと引き連れた護衛数名と、側近の男が、王の傍には控えている。
 それを見ても、最早取り繕う気も無いらしいリュカは、碌な挨拶もせずに端的に切り出す。

「ええ。マクシミリアン陛下。精霊王ヴィクトルとの契約についてお話に参りました」
「ッそなたは精霊王の名前を、存じていると……!では、まことに……そなたがあのーー」
「ええ。そこの者には申し伝えたはずですが」
「……いやな、荒唐無稽であったが故に我とて耳を疑う話……奥で、話そうではないか」

 珍しい国王の動揺に誘われるように、背後に控えた配下達もまた俄かに落ち着きが無くなる。そんな様子を目の端に捉えつつ、その手を広げて奥へと繋がる扉へ誘おうとする国王を、リュカはじっと見ていた。

「こんな所でする内容の話でもあるまーー」
「此処で結構」

 更に言葉を述べようとする国王を遮り、リュカは強めの口調で述べた。途端、背後に控えた近衛兵らしき騎士達が俄かに殺気立つ。
 挨拶もまともに無い上に、国家の主人たる男の言葉を遮り、あまつさえ良心からであろう提案を拒絶するなど無礼もいいところだ。そのような態度で主人を蔑ろにされて怒らない者などいない。
 だが、国王は、それを分かっていながら、右手を軽く上げる事で彼等へ堪えるよう合図を送る。途端に不満そうな気配が漂うのだが、国王はしっかりとこの状況を理解しているのだった。

 国王は魔術師の国、アレクセイ王国が元首。彼もまた、優秀な魔術師である。国の統治に係る仕事の中、長年の魔術研究報告にも目を通すし、魔力の及ぼす影響を、この国王はきちんと理解している。
 それが故に、国王はこの状況を正確に理解していた。数百年前の大魔術師が、その魔力すらそのままに今尚存在しているという、その意味を。
 最早この国に、数百年も存在し続けたその魔術師に敵う者など居るはずがないのだ。魔力は、その生命が生きれば生きるほどに増大するのだから。
 多少の誤解はあるにせよ、そのような国王の考えは予々、的を射ていた。

「何故だ、此処ではちと、貴殿を迎えるには不粋ではないかと思うたのだが……」
「謁見の間は幾重にも魔術が掛かりすぎておりますので遠慮させていただきます」
「!なんと……」
「存じていらっしゃるでしょうが……私はあなた方を信用してはおりません。万が一があった場合、あそこに居ては城の全てを破壊しかねませんので」
「万が一などーー」
「無いなどとは言わせません」
「貴様っ、先程から国王陛下に対し、何だその態度は!」

 その遣り取りに、遂に耐え切れ無かった者がひとり、リュカへと食ってかかる。

「ギデオン!」
「っ、しかし陛下!この者、何の先触れもなしに現れ、散々こちらの好意を無碍にし、おまけに先の言い種ーーいくら何でも度が過ぎております!」
「下がれ!」
「陛下がされませんのであれば、私めがこの者に思い知らせて差し上げます!」
「おい、止せとーー!」

 国王が止めるのも聞かず、頭に血が上った近衛兵の一人が暴走する。流石に剣を抜くような真似はしなかったが、掴み掛かるようにずいと前に進み出る。その様に眉を顰める者は在れど、止めようと動く者は居なかった。それを泰然とした態度でリュカは迎える。
 ギデオンと呼ばれた近衛兵が、リュカことルーカス=ライツに掴み掛かろうと腕を伸ばした時。その手は阻まれる事になった。

「!これは」

 空中のとある位置で、手が何かにぶつかるのだ。
 言うまでもなく、それは物理結界の類いだった。発動する気配は愚か、その結界面すら見えない。近衛兵ギデオンは、驚きを以ってリュカを見下ろす。そしてリュカは、それを見返すように自分の目を合わせた。途端にたじろぐ様子が目に映る。

「無礼な振舞いは承知しておりますが……この程度の兵士を傍に置かねばならぬ程人材に窮しているとお見受け致します。王の思惑にも気付けず相手の技量すらも見抜けぬ素人、その役目から下ろすのが妥当では?」
「っ貴、様ーー!」
「ギデオン=ソニエール」
「!?」
「ご実家の方は順調ですか?復権は、果たせそうですか?」
「ッ」

 そのような事を言われた当のギデオンは勿論の事、ルーカス=ライツがリュカである事を知る者達を除き、国王等はまるで示し合わせたかのように息を呑んだ。
 突然現れたアンノウンが、内情に詳しい者でなければ知らない筈の己の事情を何故か知っている。そんな、最初から首根っこを掴まれている恐怖を、彼等は皆覚えているはずだ。

「このようなザマでは、いつか取り返しのつかない事態になりそうですがね。貴方が一度でも仕出かせばそれこそ家名なぞ残せないでしょう。思慮深くなられる事です。肝に銘じなさい」
「な、な……、なぜ」
「それをあなた方に言うとお思いで?ーーお前に用はない。失せなさい」

 そう冷たく言い放って、リュカはそれっきり、かの兵士に視線を向ける事は無かった。
 そして、それを言われたギデオンはと言えば、それっきり、その場から動く事が出来なかった。今や視線すら向けられていないというのに、まるで蛇に睨まれたカエルよろしく、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「では、端的に申し上げましょう。隠す必要もない。マクシミリアン国王陛下、あの契約を破棄なさい」
「!」
「あの塔は破壊します。あなた方のような者達には、あれは害悪でしかない。あのような茶番に付き合わされるのはもううんざりです」
「それは……否しかしーー」
「あなたの事情などは聞いていない。私は命じているのです。ーー国を、貴方の代で滅ぼしたいので?」
「!?ッそ、それは一体どういう……」
「おや、あなた方自覚は無かったのですか?契約条件を先に破ったのはそちらだと、ヴィクトル王は仰っておりましたけれど」
「いやっ、……だが、アレは確かに条件に合致すると判断したとーー」
「ヴィクトル王の判断をお疑いなさるので?」
「それは、其方の王の言い分に過ぎぬ!我らは確かに危機を感じたのだ。だから封じた!実際、被害も出たと聞いておる」
「成る程。ーーーーだそうですよ、ベランジェ。あなた、国の者に何か手出しをされたのですか?」
「!?」

 リュカがそう言って背後を振り返るや否や、国王等は傍目から分かる程大きく身体を震わせた。余程驚いたのだろう。忽ち、彼等の、とりわけ国王の顔面はみるみる蒼白になっていく。

『手出し?……私には何をもってそう言うのかは分からないが、頼まれごとは何度かこなした。人を、殺めよと命じられればそうした。人を籠絡せよと命じられればそうした。私には他に何も出来ない……理由は何であれ、ひとりは寂びしい』

 と、ここでベランジェは言葉を切る。リュカ達以外で、これ程多く語るのは何百年ぶりだろう。声は既に失ってしまってはいたが、ベランジェは確かに今、自由だった。
 あまりにもな内容の告白なのにも関わらず、彼は少しだけ嬉しそうだ。人々を前に言葉を聞いてもらうのが、余程嬉しかったのかもしれない。

「と、彼は申しておりますけれど。マクシミリアン陛下」

 ベランジェの告白にそう、リュカは付け加えた。
 そして、先程とは比べようの無い程に。その声は怒りに満ちているかのよう。

「して、これは一体如何様にーー?」

 いつだったか。彼が聞き分けの無い吸血種の男に対してそうしたように。その場の者全てが縮み上がるような地を這う声音で、男は冷たく言い放った。





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