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054.空中マリオネット



 そのまま口を閉ざしていた精霊王が再び口を開いたのは、しばらく後だった。

「全く、リュカには恐れ入る」

 一気に砕けた口調となった彼は、今度は非常に人間らしい仕草で頭に片手を回した。先程までのよそよそしい態度とは打って変わって、まるで元のカズマに戻ったかのようだった。

「貴方が何を考えていたのかは分かりかねますが、私が決めた事に口出しされる謂れはないのですけれど」
「……もう、未練は無いって?」
「元より残っておりません」
「少なからず、ベルジュの者として過ごせたから?」
「……貴方もしつこいですね。ベルジュとしての数十年があろうがなかろうが、もう関わるのは御免だという話です。勝手に自滅でも何でもすれば好い」
「手厳しいなぁ」
「貴方は本当......、随分と人間臭くなりましたね」
「おかげさまでね、育ての親のお陰かな?」
「…………」

 それからしばし、リュカは黙りこくった。カズマの言う育ての親というのが、誰だか分かっているから。
 だがすぐに気を取り直すと、リュカは何事も無かったかのように再び話を続けた。まるで何かを誤魔化すような、そんな強引さだった。

「それはそうと。塔は勿論、破壊して下さるのですよね?考え無しなあれらの手にあっても、己の身を滅ぼすだけです」
「まぁ、それは前向きにね。ーーただし、条件がある」

 カズマこと精霊王は、少しばかり語気を強めながらハッキリとそう言った。

「また、条件ですか?」
「あれを造るのはそう簡単ではなかったからね。世界を渡る前に言ったのはその一部だった」
「……それで、その条件とは?」
「あちら側から契約を破棄させて欲しい」

 カズマからその条件が提示された瞬間、リュカの顔は大きく歪んだ。余程嫌なのだろう、まるで睨み付けるかのようにカズマを見つめた。

「それを私が?」
「君がそれを望んだからだろう?なら納得させるのも君の役目だ」
「……拒否したら?」
「王国が滅ぶだけだよ」
「!」
「忠告を無視したのはあちら側だ。塔を破壊すれば、報いは当然受ける事になる。だから向こうから破棄させるのが、一番平和的」
「それはそれは……随分と、お優しい事で」

 そう言って、リュカは目をつぶると大きく息を吐き出した。
 王に恨みはあれど、流石に国が滅ぶなどと言われて仕舞えば無視も出来ない。王がどうであれ、その国の中で生きる人々は何も知らずに一日一日を懸命に生きている。中にはそうで無い人も居るのだろうが。一時でも国の従僕であったのは紛れも無い事実であって、国が無くなるのはリュカの本意では無い。
 最初から、リュカに選択肢など無かった。
 いつもの事だった。

「……良いでしょう。分かりました」
「それは何より」

 カズマはリュカを見つめながらにっこりと笑う。
 姿は元のカズマとはかけ離れてしまってはいるが、その面影は確かに残っていて。リュカは何とも言えない気分になる。精霊王からすればほんの数百年分とはいえ、自分が育てた者がこうも立派に人間らしく為ってくれたのは喜ばしい事ではあるのだが。言葉には出来ない何かが、腹の底に湧いているような気がする。
 そもそも、どうしてこう自分の周りには一癖も二癖もある者ばかりが集まってしまっているのかと。考えれば考えるほど、リュカはひとりっきりになりたくなるのだった。

 出そうになる感情を全て押し殺した所で、リュカは三度大きく息を吐いた。

『ルカ』

 そんな時だった。話がひと段落した事を察したのだろう、ベランジェがリュカに声をかけた。いつものように顔を向ければ、無表情ながら、何処か楽しそうな男の顔がリュカの目に飛び込んでくる。

『行く』

 そう言ったベランジェの言葉に、リュカは少しばかり目を丸くした。そのような要求を耳にしたのは、リュカも初めての事だった。
 だがそれも、今までのベランジェを思えば当然の事だろう。彼はようやく、自由に動けるようになったのだ。最早、ベランジェの姿を見て、黒い魔法使いだと思う者など居まい。上手く紛れれば、ちゃんとした普通の生活も送れるに違いない。誰かの助けは要る事になるのだろうが、此処にはリュカもノーマも居る。ノーマは諸手を挙げて協力するかは分からないが、少し手を貸す位はするだろうし、ましてやリュカなぞは言うまでもない。彼のようなお人好しが、ベランジェを助けないはずは無いのである。

「そ、うですか……ええ、それは、別に構いませんけど……面白くも何とも無いですよ?私は何をしてでも認めさせるつもりですし」

 多少困惑しながらも、リュカはベランジェの請いにすんなりと許可を出す。多少心配な事もあるが、断る理由もない。『何をしてでも』、という時には、ベランジェの存在は大いに役立つだろう。

「待って、それ僕もーー」
「アナタは駄目ですノルマン」

 慌てて言い出そうとしたノーマに、リュカはピシャリと言い放った。瞬間、愕然とした表情を浮かべたノーマは、諦めもせずにすかさず文句を言う。

「何で僕だけ!」
「アナタ連れてって何もしないで居られるはずがないでしょう」
「…………」
「呪いのかかった道具やら古代の品も多く安置されてます。下手に触られでもしたら世界が滅びます」
「そんなの我慢、で、きるし」
「信用ならない。黙りなさい」

 リュカがそうピシャリとそう言えば諦めたのか、それ以上に何かを言ってくる事は無かった。

「決まった?」

 それを見計らったのか、カズマがリュカへと問いかけた。

「ええ。……別に、私が誰と行こうが構いませんでしょう?」
「まぁ、ね。……そうじゃないのも居るだろうけど」
「?」
「いや、こっちの話。いつ、やるの?なるべく早い方が良いんだけども」

 そうカズマが問えば、リュカは少しだけ驚く。だが、すぐに気を取り直すと、端的に質問に答えた。

「まぁ、国に行くとすれば2、3日後でしょうかね。ーーとっとと終わらせます」
「……そう。なら、この後君らは何処行くの?もう、塔は入れないよ。塞ぐから」

 カズマが首を傾げながら聞けば、リュカは口を閉ざした。アテはなかったのだ。ただ、森でも何処でも適当に休めば良いと、そう思っていたのだ。だからその問いに対する答えなど用意していない。答えるつもりもない。
 リュカはそれっきり、その場で再び口を開く事はなかった。





* * *







 カズマ達はそれから、リュカ、ノーマ、ベランジェの三人とは別の場所で一晩を過ごす事となった。と言うのも、話が終わったと知るや、彼等は三人まとめて何処かへ移動してしまったからなのだが。それを問い詰める気も、何処へ行ったのかを詮索する気もカズマには無かった。ただその場で、黙ったまま後始末をし出す彼等人間達を眺める事だけ。
 彼等討伐隊員達は、倒れ伏した人々を見つけ出し、運び、介抱している。誰も彼も、ただ意識を失っているだけで酷い怪我を負った者も居なかった。ノーマと戦った者達も皆まとめてそのような状態で、それを意外に思う者も多かったようだ。森の開けたその場所で、焚火を二箇所ほど起こしながら彼等はあちらこちらへ忙しなく動いていた。

 カズマがぼんやりと何事かを考え、そんな様子を眺めていた時の事。

「カズマ」

 一人佇んでいたカズマに、話し掛ける声があった。

「ん、ラウル?」

 名前を呼びながらカズマが振り向けば、いつものラウルがそこに立って居た。

「リュカ達は何処へ」
「ああ、そっちか。……三人は他の連中の所へ行ったよ。知ったところで君達が数日で移動できる距離じゃない」
「他の、連中……」
「そう。ほら、話にあったクロード達のとこ。ラウル達も何度か戦ったでしょ?あれらは、あの三人程の力は無いから、どうしたって今のうちは必要だ」
「…………これからも、彼等は森で過ごすつもりだろうか」
「んー、それは、彼等に聞かないと分からないし、俺達が考える事じゃあない。踏み込み過ぎるのはお勧めしないよ」

 多少、彼には冷たく聞こえたかも知れない。それでも、カズマはそれを言わなければならなかった。少なからず関わってしまったとはいえ、これ以上、深く関与するならば止めなければならない。いよいよ落ち着こうとしている所で横槍を入れられて、その所為で望む結果を得られないのであれば本末転倒だ。それは何としてでも防がなければならない。積極的に関われないのは痛いのが。それでも、こうして釘を刺しておく意味は確かにある。

「そう、か」
「私からも良いか?」

 少しばかり声のトーンを落としながらラウルが返事を返すと。今度はまた別の声が話に入ってくる。

「うん、構わないよ、エレーヌ。答えられない事もあるけどね」
「では。私達を……何人かで良い、王国へ送っていただく事は可能だろうか」
「!」

 そんなような要求に、カズマは再び驚く事になった。表情には勿論出なかったのだが、内心では関心さえしている。先程釘を刺したばかりだというのに、それでも尚首を突っ込もうと彼は言った。何とも、諦めが悪い。

「何の為に?」
「……否応無しに我々も関わらされたのだ。結末を知る権利くらいはあるのでは?」
「成る程」
「どうせ知ったところで、我々には何も出来ない」
「それはまぁ、その通りなんだけども」

 そんなエレーヌの言葉に、カズマはうーんと軽く唸った後で。端的に答えを示す。それ程、悩んだ様子は無かった。

「いいよ。ーーただし、二人まで。それ以上は駄目。後で対価は貰うね」
「二人……いや、感謝する」
「うん」

 そうして、短いやりとりの後で。ラウルとエレーヌは、すんなりと彼等の焚き火を囲う輪の中へと戻って行った。きっと、その二人を誰にするのかを話し合う為なのだろう。

 そんな彼等が戻るのを見届けた後で。次の瞬間、その場からカズマは忽然と姿を消していたのだった。

「ーーん?どうした、ラウル」
「カズマが消えた」
「ああ……そうだな。森か、連中の様子でも見に行ったのだろう」
「そう、か……ジャン達はまだ意識が戻らないか」
「あの口振りだ。疑いのある者は念入りに仕込んでるのだろう」
「……成る程、リュカらしい」
「それで、これからの事はーー」

 そんな言葉を交わしながら、彼等は残された三人で、その日の残り僅かな時間を話し合いに費やしたのだった。





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