Main | ナノ

053.安穏に剣呑



「それで?この状況は一体、どう言う事なのだ?説明してもらおう。精霊王殿、そしてリュカ=ベルジュ」

 一件落着、とばかりにヘトヘトになった身体を休めていたリュカ達に向かって、男ーーエレーヌ=デュカスは普段の調子で言った。その声音がどこか遠慮がちで、随分と難しい顔をしていた以外はいつもと同じだった。

 リュカはそれに、身体を横たえたまま目線だけをやる。エレーヌは表面上は取り繕っているようだったが、平静では無い事は確かだった。
 そうしてリュカは大きく息を吐くと、ゆっくりと話し出した。

「かなり、長い話にはなります。何処から話せば好いのか……」

 疲れの滲むリュカの声は、どこか淡々としていた。今や周囲は静まり返り、風が木々を揺らすざわざわとした音だけが響く。

「まずは、以前されていた『黒い魔法使い』の話ですがーーこれは事実です。ここにいるこのベランジェが、その『黒い魔法使い』そのものです」
「やはり……」
「それと……ベルジュ家の名前の由来はご存知で?」
「……いや」
「“ベルジュ”は、その当時最も力の強かった一族の魔術師の名前から付けられました。それが、ベランジェです。彼は我々ベルジュ家の者です」
「!!」

 その場に居た全員が、驚くように目を見開いたのだった。アレクセイ王国に住む者でなくとも、ベルジュ家の名前は有名だ。他国とは言え、その国を牛耳るその魔術師一族の名前は誰でも知っていた。
 そのような反応をさらりと流して、リュカの話は先へと進む。それでもベランジェは、ただ黙ったままリュカの姿をぼんやりと眺めるだけだった。

「そして、この塔は元々精霊王自らが世界の為にと造ったものだと、聞いています。世界がどうしようもない危機に見舞われた時、最期の手段として、魔術師の多いかの国の王に預けられたと。……恐らくは、人族と精霊族との間に何かしらの契約が結ばれたのでしょう。それはーーある意味で悪用された」
「……その魔力が強すぎたが故に、塔に閉じ込めた、と」
「ええ。その辺りは物語の通りです。そして、ベランジェを封じてから百年程たった頃、森に異変が始まり、それと同時期ですかね……このノルマンが南の方から流れてきました。最期の吸血種として。ーーこの辺りはまぁ、本人にでも後で聞いてください」

 ノーマの名前が出た途端、彼は不服そうに眉根を寄せてサッとリュカの方を見た。抗議の意味合いだったのだろうが、無論、リュカは無視を決め込み先を続ける。

「ここからは私の推測にはなってしまいますがーー、当時ですら抱える力も負の感情も強かったこの二人が揃ってしまった事で、この地は一気に今のような地に変貌し、妙なモノを生み出すようになってしまったのでしょう。そして、広がり続ける魔力の残骸は、同じような人間を捕えるようになってしまった」
「同じような、人間とはーー?」

 時折質問を投げかけるのは、エレーヌだった。この場でそういった魔力による事象に明るいのは唯一、彼だけだ。

「帰る所の無い者ーーあるいは、同族も、でしょうかね?あのクロードという少年は、本来“リュカ=ベルジュ”の名を貰う筈の人間でしたし」
「ーーッな!?一体、それはどう言う……」

 口を挟むエレーヌばかりではない。息を呑むような音が各人から漏れた。

「私はルーカス=ライツです。ベルジュの名こそ貰えませんでしたが、随分と昔ーー何百年も前に生まれています。記録もあります。では、そんな私が一体どこで、リュカ=ベルジュになったのだと疑問に思いません?」
「!」
「私は赤子の頃に拾われたのだそうですよ。当時同じ頃、何者かによって攫われた当主の子息として。何処から来たかも分からない赤子は、何故だか黒髪で、居なくなった赤子に匹敵する魔力を有していた。だからすり替わっている事に誰も気付けなかった」
「待て……赤子の頃にベルジュ家に拾われたと言ったが……ルーカス=ライツだと言うのなら、一体何故、赤子だったのだ……」
「それは……まぁ、カズマと同じだと、考えて頂ければ分かりやすいかと」
「!」
「要は、世界を渡ったのですよ。精霊王に連れられて、カズマの居た世界へ」
「なんだとーー!?」
「その辺はさっぱり分かりませんが……精霊王ですからもう何でもありなんでしょう」

 そう言ったリュカは、さも面倒くさそうにほとんど投げやりに言った。精霊王の力を知るが故、最早説明するのも面倒なのだ。驚かれるのは、目に見えているから。

「その際、私は一度、『あちら』で生を終えたようで。異物として吐き出されてこちらへ戻り、そのようになったのかと。推測でしか話せませんけれど」
「では、カズマは……」
「元々最初から、彼は精霊王だったのですよ。王は『あちら』へ渡る際、力を置いて行く必要があると仰っていましたので。その力の全てを置いて、『あちら』へ行った為にあのような姿に。私も王も、数十年差でこちらの世界へ戻ってきというだけの話です」

 初めて聞かされる事の真相に、最早誰も言葉も出なかった。それでも構わず、リュカは続ける。早く、抱え続けたモノを吐き出して、自由になりたかった。

「ーーでは、先を続けます。そうして私は、こちらで赤子として拾われ、本当のリュカ=ベルジュの身代わりとしてベルジュ家当主の家で育てられたのです。そして、連れ去られたクロードは、森の住人に拾われここで過ごす事になったと。彼や私は少し特殊ですが……その他の人々ーーアマンダ、エーゴン、ジョフロワといった方々は皆、自ら進んでベランジェに与し契約を交わし、森に捕らわれる事になりました」
「……ちょっとそれ、昔のペット混じってる」
「…………ペット」

 その時、間髪入れずにノーマがそれを指摘すると、リュカはあれ、と言った顔で考えるように話を止めた。
 先程例示した人々の中に、関係のない人物が入っていたのだ。話に夢中だったのかそれとも疲れのせいか、リュカは全く気付かなかったのだ。
 それを指摘したノーマはと言えば、考える素振りを見せたリュカを眺めながら、その顔にはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 彼等の知るジョフロワは、ノーマとリュカが出会って間もない頃に森に居た獣人の事だった。ラウルと同じような狼の獣人で、しかし彼はまだ少年だった。親から捨てられたのか、それとも死別したのか、ひとり森を歩いている所を当時のルーカス=ライツに拾われたのである。
 何をもって保護なぞしたのか、当時の記憶はリュカにはない。けれど確かに、子供のように、あるいはペットのように彼を扱っていたのは薄ら記憶にあるので、ノーマの言いように文句を言う事もできなかったのである。

 そもそも名前を読んでしまったのは、ほとんど無意識だったのだ。きっと、癒やしでも欲しかったのかもしれない。リュカは余程、疲れているらしかった。

「ジョフロワーー?川で言ってた名前か」

 そこに何故だかラウルも突っ込んできて、リュカは咄嗟に話を押し進めようとする。リュカがジョフロワをどのように扱っていたか、それをバラされでもしたら敵わないと。

「っちょ、そこは全く重要で無いので不要な知識はーー」
「アンタああいうの好きなんだっけか」
「ノルマン!」

 すかさずノーマが更に言及すれば、リュカの叱り飛ばすような声が響いた。相変わらずニヤニヤとしているその表情からは、止めようという気は全く感じられなかった。

「だって、アンタ良く森でジョフロアとっ捕まえてはモフってーー」
「お前、これ以上何か言うのなら吊るしますよ」
「…………」

 流石に我慢ならなくなったリュカが、今まで誰も聞いたことが無さそうな地を這うような声で言えば、それっきりノーマは口を閉ざしたのだった。
 再びシィンと静まり返ったその後も、リュカは全くそれには触れずに話を続けた。恥ずかしさを誤魔化すような強引さだったが、それきり、誰かに妨害されるような事は二度と無かった。

「ーーゴホン、……つまり、彼等は皆ベランジェとそれぞれ契約を交わし、生きる為の力を得ました。それが、彼等の言う能力なのでしょう。魔力が及ぼす魔術の別の形として、その力は与えられました。ただ、その代わりに、彼等はこの黒い森から出られなくはなりましたが」

 リュカとクロードは何かしらの特殊な能力を得る事はなかった。ベランジェとは血縁が近い所為か、それとも魔力が多い所為かは分からないが。不要である事は確かだった。
 その一方、元々力の無い者達はそれぞれ、人や植物の操作、身体強化や地との融合などの能力を得た。それらは彼等の魔力の有無とは別に、森にこびりついた力を利用した新たな力だった。

「ですが、私と、恐らくクロードもですが、私達は彼等とは別クチです。ベランジェと同じ、騙されて連れて来られたに過ぎません」
「!」
「我々は等しく、一族の中でも特に魔力が強いですから。それはまぁ、邪魔だったのでしょうね。実際、私も大魔術師号はとある宰相殿に剥奪されましたし」
「クロードも、って……なんで」

 そう、衝撃を受けたかのように問うたのは、ノーマだった。

「魔力が私とほぼ同等なのです。ならば確実に、一族の当主になれる。それを邪魔だと感じる者も、居るでしょうね。実際の所は不明ですが」
「…………」
「現当主の次男になっているテオドールも、危うく同じ目に遭う所でしたし」
「それは、一体どのように……」
「元々この討伐隊だのというのに駆り出されたのは、テオドールの方です。それを私が阻止しました」

 次から次へと繰り出される真実に、着いて行けなくなった者はどれ程居るだろうか。それでもリュカは、構わずに話し続ける。ここまできてしまったのならば、早く解放されてしまいたかった。

「魔王が復活した、討伐隊を出す、なんてものがそもそも造り話です。……ベルジュではない人間が、ベランジェに敵う筈もないですし、ベランジェには人を殺すつもりもない。そして、隊には必ずベルジュの者が入る。そうやって、ベランジェと引き合わせ戦わせ、どちらかが死ねば儲け物、死なぬとも、塔へ鎖で繋ぎ置いてきて仕舞えば、後は森からも出られなくなる。ーー以前の私の時、その役目は副隊長でしたが……今回は一体、誰だったのでしょうね?」
「それ、ってーー、つまり……」
「あの鎖は魔力を失わせますから、役目を負ったのは魔力を持つ者ではないはずです。私の予想では、今は眠って貰っているどちらかでしょうね。ーーまぁ今回は、私が介入しましたので最初から失敗していたのでしょうけれども」

 それには、彼等王国の者達は特に、堪えたようだった。まさか、自分達の中にそのような計画に与する者があろうとは、と。だがそのような彼等の感情に寄り添ってやれる程、リュカに余裕は無かった。

「つまりはそう言う事なんですよ。こんな討伐隊など茶番です。だからこそ、私はそんな連中に二度と利用されないよう、この塔の破壊を試みた訳ですが……まぁ、人間如きには無理だったようです」

 そこでようやく、一通り話し切ったリュカはホッと一息をつく。まだ、話さなければならない事はあったのだが、終わりは見えた。早く、ひとりになりたかった。

「精霊王殿。約束通りにベランジェを逃がせましたけれど、破壊は出来そうですか?」
「言わずもがな。ただーーそれには人族側との契約破棄を伴う」
「……つまり、あなた方に不利益のないようにしろとおっしゃるので?」
「そうだ。この塔には問題もあるが、請われて、そしてこの世の為に造ったモノでもある。ーー我々としては、魔力の供給を止められたのでは困る」

 成る程、精霊王らしい物事の進め方であるとリュカは思う。先に道筋を提示しておきながら、途中で選択を突き付け選ばせるのだ。そしてリュカは、まるで訓練されたかのように平然と答えてみせる。

「それは、最早私ひとりでも賄えるのでは?」
「……それはつまり、精霊族と共に過ごすと?」
「今更あの国に私が戻りたいとお思いで?」

 精霊王の投げ掛けに、リュカは淡々と言葉を返す。互いに表情がほとんど無い所為か、疑問を疑問で返す、とても冷たい応酬のように聞こえる。
 誰も、彼等のやりとりに口を挟む事が出来なかった。だが。

「折角、家名を得られたのに?」

 それを告げられた瞬間、変化の無かったリュカの顔が歪む。その眉間に、少しばかり皺が寄った。

「............アレは貴方がお仕組みに?」
「あれらは精霊族信仰の強い一族だ。ひとこと言付けておけば事足りる。稀に、そうではない者も紛れているようだが」

 そこでリュカは一旦言葉を切った。まさか、そこまで仕組まれているとは、さしものリュカも思ってもいなかったのだ。
 リュカが彼等に拾われたのも、ベルジュ家の一員となれたのも、単なる偶然だと思い込んでいたのだ。
 そして、真実を知ると同時に、リュカの腹の底から湧き上がってくるのは。

「何だか段々、腹が立ってきました」
「は」

 苛立ちだった。思い通りにならない当て付けのような、そんな類いの幼稚なもの。それが分かってはいるものの、リュカは苛々としていたのだ。どうしてこんなにも、自分の行く先々でこの男が待ち構えているのか。自分の人生のひとつひとつを全部、誘導されているようで大層気に食わない。
 リュカが何に苛立っているのかを分かっているのか分かっていないのか、そんな精霊王の変化の見られない表情すらも、リュカの苛立ちを助長させる原因にしかならない。
 だからここでひとつ、リュカは面と向かって文句を言ってやるのである。

「その話し方をまず、やめて下さい。段々と気持ち悪くなってきましたよ、カズマ」

 驚くようにリュカを見返したその反応に、リュカはようやくしてやったりと内心で笑うのだった。





list
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -