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051.全部壊れるその時まで



 ライカ帝国きっての攻撃力を誇るユリアン=ガイガーは、魔力も持たずして地形を歪める程の怪力だ。その巨体から繰り出される大剣による一撃は、魔獣を真っ二つに両断し、硬化した魔獣の皮膚すらをも砕く。
 そんな鍛え抜かれた男の力に加え、ライカ帝国より選び抜かれた戦士達の力までもが加われば、その威力は一体どれほどのものになろうか。魔術の根幹を握る精霊族ですら耐え切れぬ、必殺の一撃に成るのではないか。それらが一体どんな事を引き起こすのか、リュカには想像すらもつかなかった。

 目の前で、リュカはそれを目撃した。
 彼等から放たれた四の致命の一撃は、ほぼ同時に壁へと振り下ろされた。一つは、剣が折れ曲がってしまったものの、壁には微かながら傷が刻み込まれた。もう一つは剣ごと壁に突き刺さり、それが真っ二つに折れた。一つは戦斧ごと壁へとめり込んだまま動きが止まる。
 そして最後の一つは、見事、一直線に壁を深く抉るほどの傷跡を残して反対側へと抜けた。
 決して崩れない永久の塔が、傷を負った。どれ程この時を待ち望んだ事か。
 その一撃の直後、リュカはこれまでに上げた事の無いような声で、大きく大きく叫んだ。

「ノルマンーーッ!」
「「「!?」」」

 言い終わるが早いか、同時に腰の2本の短剣を素早く抜くと、誰かが何かをする前にリュカはその壁に目掛けて2本の刃を深々と突き刺したのだった。魔術を使用した瞬間移動のようなそれに、その場の誰もが不意を突かれた。
 何事かと後退して距離を取る面々の中、ノーマが戦闘も放り出して、その場に飛び込んでくる。

「この二本、押さえてなさい!」

 抵抗するように押し返される剣を、リュカは抜かせまいと押さえ付けている。その剣の意味を正しく理解したノーマは、驚きながらも即座にリュカから剣を受け取った。
 その隙にリュカは、その右手を壁の傷に捩じ込む。修復しようと蠢くソレを突き刺した二本の剣で阻みながら、この塔にかけられた術を解析しようというのだ。塔を破壊するにしても、魔術のような呪術のようなソレを知る必要がある。だからリュカは、この一瞬に賭ける。
 触れた途端に、ぞわりと背筋を悪寒が駆け巡るも、リュカは構う事なく続けた。千年近くもの間、黒い魔法使いを閉じ込め続けたその塔は、精霊族によって造られ、そして恐らく人によって悪用された。その結果がこの惨事だ。
 一人のみならず、多くの者達の人生を狂わせた。ベランジェにルーカス=ライツ、ノルマン、クロード達もその一部に過ぎない。一体どれ程の人が巻き込まれたかは判らない。沢山のベランジェ達が、望もうが望むまいが、ここに捕らわれ死んでいった。それを全部、今ここで終わらせるのだ。
 他人の為にでは無い。リュカ自身の為に。

「これかーー!」
「っ早く!コレまじッ、無茶苦茶抵抗してくるってぇーー!」
「分かってます!あと30秒、耐えなさいッ!」

 塔に掛けられた術の綻びから無理矢理に塔の全体を探って探ってそしてとうとう、リュカはソレを見付けた。
 どんな結界にも核となる起点は必ず存在する。そこを狙い撃ちにしてやれば、いかに強力なものだったとしても一溜りもないはずなのだ。
 この塔のその核が、どれ程の強度なのかはリュカにも判らない。それでも、全てを捨てて(捨てさせられて)ようやくここまで来れたのだから、進むしか道はないのである。

 汗だくになりながらほとんど無我夢中で、リュカは綻びに両手を突っ込んで。そうして、叫びながら、破壊の一手を塔の核ーーベランジェの部屋の壁に目掛けてブチかますのである。

「いい加減っ、朽ちて、無に還れえぇぇッーー!」

 丁寧さのかけらもない一撃だった。ありったけの魔力を込め、核の中心に叩き込むようなそんな雑なものだった。
 己に課せられてきた使命だか何だかに、訳もわからぬまま振り回されてきた可哀想な自分を慰めるかのように、この世の理不尽に、ふつふつと湧き上がってくる怒りや苛立ちを纏めて全部全部、吐き出す。
 リュカがそうやって、全身全霊をかけた一撃をくれたその直後。

 塔全体が、振動を伴い大きく揺れた。ゴオッと音を立てながら塔全体が小刻みに揺れる様は、まるで急所を刺されもがき苦しむ人のようだった。
 そして同時に、金属同士が数多擦れるような甲高い音が塔全体に木霊する。まるで塔の上げる断末魔のように、不快な音は大きく周囲に響き渡った。

 それはしばらくの間続く事になった。リュカはそのままの体制で塔の動向を監視したし、ノーマは不快な金属音にたえながら、ずっと二本の短剣を支え続けた。
 それ以外の人間達も神経を尖らせながら、信じられないような不穏さを醸し出す塔の様子を見守ったのだった。


 そうしてしばらくすると、突然、音が止む。塔の空気は依然そのままだったが、静まった事で少しだけ余裕が生まれる。討伐隊員達の中には、構えを多少崩しながら不安そうにあちこちを見回す姿が見られた。
 だが突然、リュカは弾かれたかのように壁から手を離した。それ以上、壁に手をつけて居られなかったのだ。塔にかけられた術が、リュカの魔力に反発した。それは先程に比べると随分と弱々しい抵抗だったが、確かにリュカを退けた。
 まだ動くか、と忌々しく思えども、リュカにそれ以上何かが出来るはずもなかった。最後の一撃に魔力の殆どを費やしてしまったのだ。思い出したかのように全身の倦怠感を覚え、それと同時に微かに震える。
 一度に多量の魔力を放出した代償でもあるのだろうが、原因はそれだけではなかった。
 未だ、悪寒が止まらないのだ。
 息は上がり、滝のように汗が吹き出していた。ゼイゼイと呼吸をしながら肩で息をするも、動悸は一向に収まらない。

 成功したのだろうか?そんなような視線をリュカに投げ掛けながら、ノーマがそっと二本の短剣から恐る恐る手を離した。短剣は深々と突き刺さったまま、其処から抜け落ちる事は無かった。

「これってーーーーもしかして、ヤれたんじゃない……?」

 ノーマが、期待したような顔でそんな事をリュカに向かって言う。
 だが、当のリュカはといえば。
 いっそ青褪めてすらいた。そんなリュカの異様な様子に気付いたノーマは、次にかけるべき言葉を失う。

「ーーーー違う」

 ただ一言、リュカはゆっくりと首を横に振りながら。そう言って、上をーーベランジェのあの部屋を、見上げた。つられてノーマが上を向くとその瞬間、ノーマは言葉を失った。
 その部屋から静かに、何十、何百という金属の鎖が、ゆっくりと蠢きながら吐き出される所だった。

「アレ、ってーー」
「な、んだ……あの鎖は」
「魔術の類いだが……一体、何だ?」

 それに気付いた者達から疑問の声が聞こえてくる。
 それらがひとりでに蠢き、部屋から次々と鎖が出てくる光景は、まるで生きた蛇が集まり蠢くような有り様で。気味が悪いの一言に尽きる。だがこれは、ただ気味が悪いというだけでは済まない。
 その様の意味する所を理解出来てしまうリュカは、その光景に言いようの無い恐怖を覚える。あの鎖を、リュカは知っているのだ。ベランジェに幾重にも巻き付いて離れない、見えないはずの縛り付ける鎖。それらが何故だか、ベランジェから離れて勝手に動いている。
 そんな凶悪な鎖がそうなっている理由なんて、そうそうあるものではない。

 上を警戒しながらも不思議そうに見上げる面々の中、リュカはひとり、見上げつつジリジリと後退した。魔力は残り少ない。一体どうするのが正解なのか、疲れ切った頭では、まともな答えが出て来るはずもなかった。それどころか、それを受け入れるのも好いとさえ考える心もある。
 もう、そんなのはうんざりなのだ。散々、ここまでやってこんな結果だなんて。きっとどんなになったとしても、精霊王が全部壊してくれると分かっているから。争う気力もない。争ったって、どうせ自分ばかり苦しいだけ。
 それだというのに。

「ーー逃げるよバカ!」
「ッ!」

 その時真っ先に動いたのはノーマだった。ただジリジリと後退るだけだったリュカの身体を肩に抱え上げると、およそ人には出せぬ速度で駆け出したのだ。
 あの短時間で、魔術師でもないのにあの蠢く鎖の意味を理解したのだろう。そのノーマの判断力に舌を巻くのと同時に、リュカは諦めの悪いこの男が心底面倒に思えた。昔と同じだ。とっくに自分は腹を括っているというのに、この男がーーこの少年ばかりが自分を掴んで離さない。

 ノーマのそんな行動を咎めるかのように。その無数の鎖もまた、不気味に動き出した。ジャラジャラと不快な音を立てながら高速で移動する。空中からノーマとリュカを目掛けて、その場に居る他の誰にも目をくれる事もなく、真っ先に向かってくる。

「塔から全員、外へ!」

 それと同じ時、そんな声が響き渡った。
 突然の事に、それが誰の声だったかはリュカには判断がつかなかった。鎖の音と、風を切る音も、ざわざわと蠢く周囲も何もかもが耳からすり抜けて行ってしまって、そしてリュカはまるで他人事のように考えた。

 ベランジェはどうなったのだろうか。自分の身にそれが襲い掛かろうとしているものに一切の関心を払う事も出来ず、ある意味腹の決まってしまったリュカは、ただぼんやりとそんな事を思った。





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