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050.影に潜むもの



 リュカは務めて冷静を装おうとした。

「チッ、疲れ知らずか」
「まだ魔力切れにはならんか……一体どれ程ーー」

 アレクセイ王国とフィリオ公国の彼等を相手に、リュカは次々と攻撃を加えていった。そんな戦闘の中でリュカは一つ確信を得た。この塔にはやはり、魔術は効かない。魔術が通らないのではなく、魔術が無効化されているのである。リュカの知る限り最も威力のある魔術で歯が立たなかった。そもそも、ベランジェの魔術ですら叶わないのだから、他のどんな魔術も風穴を開ける事は不可能であろう。そんな事は、最初から分かっていたのだが。

 リュカの当初からの目的通り、魔術すらも使えぬ彼等軍人達の力を利用する以外に方法はない。
 だがそれでも、リュカの中で燻る不安は消えない。
 先の攻撃で力任せに武器を壁に叩き付けた際。駄目になったのは武器の方であった。石造りの塔の継ぎ目に目掛けて、力の限り放った筈であったのに、刺さりもしなかったのだ。あの時だけは純粋に、ただの肉体強化のみを行った攻撃だったというのに。塔は傷一つ付かず、未だその機能を維持し続けている。

 如何に取り繕おうとも、リュカの中で一度生まれた不安の芽が無くなる事はない。それどころか、足元からじわじわと湧き上がってくるばかりで一向に収まる気配が見えなかった。最初から全てが無駄な足掻きであると、そう突き付けられているようで。リュカは恐ろしくなる。自分のみならず、仲間達の身をも危険に晒しながら、たかが己の理想のために突き進んでいるのだと。
 まるで心臓を何者かに掴まれているかのような、そんな息苦しさを感じていた。それをどうにかしたくて冷静になろうとするも、リュカの中から焦燥は消えない。

「ノルマン!替わりなさいっ」
「は!?今……ってか俺にそっち相手させる気!?まだ魔術師居んでしょーが!」

 リュカはノーマに向かって声を上げた。ライカ帝国最強の男へ仕掛けながら外野の攻撃をいなす彼に、リュカはどうしても我慢ならなくなったのである。もっとどうにかできないか、そればかりがリュカの頭を駆け巡っている。
 戦いの最中、しかもお互いの距離もそれなりにあると言うのに、その声は不思議とノーマの耳にもハッキリと届いていた。

「アナタちゃんと理解してます!?」
「してるしてる!だってさ、ほんと多勢に無勢よコレ!?」

 そのような泣き言を漏らす男の声に、リュカは即座に切り出す。ノーマへ課した縛りを一つ、解いてやるのだ。それが如何に危険かを理解してはいても、背に腹はかえられなかった。多勢に無勢というのは確かにその通りであったから。

「……召喚獣、使いなさい」
「え、いいの?」
「邪魔なのは、という意味です」
「やっほーい、2号チャンカッモーン!」

 途端に上がった明るい声にリュカはひとつ溜息を吐く。それでこそノーマであると分かってはいても、この戦いを楽しんでいる事は明らかで。リュカは少しだけ彼が羨ましくなるのである。自分ばかりこんなにも考えさせられて、そんな横で男は楽しそうにそれを眺めている。何と呑気な事かと、リュカは時々無性に文句でも言いたくなるのであるが。
 だがそんなノーマに、いつだってリュカの気が紛れて肩の力が抜けるのは事実であって。だからリュカは何も言わない。

 何も言わずに、リュカとノーマはスイッチする。

 ノーマが相手をしていた最強の男達に向かって、今度はリュカが躍り出た。視界の隅では、真っ黒な獣が焔を吐きながら魔術師に襲い掛かっている様子が見てとれる。そちらから視線を引き剥がしながら、リュカは目の前の大男達を狙い撃ちする。魔術を防ぐ手は彼等には無い。
 現状で唯一それのできるアレクセイ王国の魔術師は、つい先程から獣に襲われ交戦の真っ最中である。助けもない。途端に顔を顰める彼等に、リュカは難無く風の魔術を当てにいった。

 流石のリュカとて、無防備な彼等相手に魔術を連発するような事はしない。幸いにも、彼等の中でも遠距離攻撃のできる大弓使いは既に、ノーマによって沈められていたので大した苦労はない。不要な外野を蹴散らしながら、リュカは真っ向から、本命であるライカ帝国最強の男に挑むのである。
 弱らせてはいけない。目的はこの男の力であって、それをどうにか誘導するのだ。それが、リュカの望む結末への一歩なのだから。

 始まりはリュカの方からであった。
 大剣を片手にする男へ、剣士であったその時のように近接する。それを何度か大剣でいなされながらも、リュカはタイミングを見計らった。
 大剣相手にはさしものリュカも大立ち回りを強いられるものの、リュカは魔術師だ。多少の距離などモノともしない。男ーーユリアンが、リュカの接近を払い除けるように逆袈裟を繰り出した所で。リュカはまず動いた。
 ありったけの威力を込めながら、暴風を呼び出し男を吹き飛ばすのである。

「は……?」

 リュカは思わず声を漏らした。
 これ以上にない位、規模を抑え目にしつつも威力を最大限に上げた筈であったのに。リュカの目算では、壁に勢い良く叩き付けられる筈だったユリアンは、ただ、壁際に向かって吹き飛ばされただけだった。叩き付けられるどころか、トン、と壁に押し付けられた程度に見える。
 別にリュカが魔術に失敗をした訳では無い。ユリアンが、暴風に負けない程に重かったのである。それを理解した途端、リュカの顔が傍目からも分かる位引き攣ったのは言うまでもなかった。

 そこからは少し、苦しかった。リュカの魔術は基本的に威力が高い。保有する魔力量が多い事に起因するのだろうが、威力を弱めるというのは、威力を強めるよりも格段に難しいのである。
 余り出力を強めてしまえば殺しかねない。かと言って、弱めれば効かずに魔力を無駄に消費するばかりで。リュカは手を出しあぐねていた。ユリアンの戦う様子を観察しながら、その力量を推し量る。どの程度まで耐え得るのか。あの、魔物を屠った時の力を出させるにはどうしたら良いのか。

 と、その時ふと、リュカは思い付く。今のユリアンの戦いぶりから察するに、彼はまだまだ本気では無い。リュカが相手だからか、それとも此方に本気で命を殺りにきてはいない事を察しているのか。魔術相手の時ほど、攻撃に力が入っていない。
 そうだ、ならばこちらから魔獣をけしかけてやれば好いと。リュカは地面に手を付く。

「おい!アレが来るッ、備えろ!!」
「えっ、ちょ、ホント!?またやんの!?」

 途端、そんな声が周囲に木霊し、リュカ以外の全員が動きを止めて構える。しかし当然、リュカがしたいのは先程の地割れでは無い。代わりのモノをけしかけるだけだ。

「な、何だアレは……」

 リュカの知る魔物の中に、シャドーウルフというモノが居る。闇に紛れて狩りを行う魔狼。聞いた話では、影の中に潜む力もあるのだとか。リュカが実際に遭遇した事は無かったが、フィリオ公国の近くには、それらのような不思議な生物が数多く暮らしていると聞いていた。
 それを、リュカは自分の使う影に魔力を流し形を与える事で影の魔獣を作り出そうというのである。ベランジェの魔力が魔獣を創り出してしまったように、リュカの魔力が何かを生み出す事ができるのも当然のように思えた。
 正確には生物ではない。ただ、生物のように動く影を、リュカが操るのである。今も昔も、人生のほとんどを魔術研究に費やしてきたリュカにとって、それは何ら不思議の無い、当然の発想であった。

 むくむくと地面から生えてきた五つ程の影は、蠢きながらもゆっくりとその形を得た。犬、或いは狼であろう。人の体格と同じ程に大きな形をしている。影の元々の性質をそのまま保持しており、実体がある。影を潰しても、術者が形を与える限り、何度でも復活できる。
 アレクセイの魔術のあり方とは随分異なるが、れっきとした魔術には違い無いだろう。

「おい、気を付けろ。この感じ、多分実体がある……」

 離脱せずに残っているローラントから警戒したような声が上がる。それに倣うように、同じく残されたホラーツ、オイゲン、そしてユリアンが構える。
 魔術も使えぬ癖に随分と分かった風な口をきく。そんな事を思いながら、リュカはすぐに動き出した。

 五体がそれぞれバラバラに動き出す。ローラント、ホラーツ、オイゲン達にはそれぞれ一体ずつを。ユリアンには二体を。地に手をつけながらリュカはそれらを操作し、彼等を皆、壁際へと追いやっていった。

「なっ……コイツら、倒しても湧き出てきやがる」
「向こうからの攻撃は通るのに、こっちからは効かないって事かーー?」

 こんな時、エレーヌやジャンであればすぐに仕掛けを見破り、リュカに攻撃を仕掛けてくるのだろう。しかし、彼等にはそういった知識が無い。だから易々と引っ掛かってくれる。

 そうしてリュカは、いよいよその時を迎えるのだ。
 彼等4人を誘き寄せ、壁際に集めて三方向から叩く。逃げ場はない。その一瞬を逃さずに、今までで一番の魔力を込めて。彼等の全力を誘い出す。
 黒い大きな狼が、唸り声を発しながら五頭がかりて飛びかかる。

「しっつけぇっての!」
「う、らああああ!」

 彼等四人が、武器を手に一斉に振り被った。





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