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049.祈り



 地面に倒れ伏し動けない己に近付く足音を彼は聞いた。
 先の戦闘で身体中が軋んでいるし、攻撃の際に混ぜられていた雷撃によって全身に痺れが走っている。うつ伏せに伏せたまま、己の力だけでは到底動けそうにはなかった。それでも、足音は確実に自分へと近付いてきていた。


「ちょっと……、ねえ、大丈夫?」

 その声は彼の直ぐそばで聞こえ、そのままその身体を揺すった。

「おう……大丈夫じゃねぇわ」

 声に出してそう伝えれば、その男は深い溜息を吐いた。口では色々と言ってくるものの、仲間意識位は持っているようで。彼はーーゲルベルトは多少、この男の認識を改めたのだった。

「全く……まさかアンタがああもあっさりヤられるとはね。しかも素手で。何アレ」
「おう……あれ、強化とかなんかしてんだろ?衝撃がまるでちげぇわ。しかも一撃一撃に電流走ってやがった。毎度食らってたらたまったモンじゃねぇ……動けねぇ」
「アンタが弱音吐くとか……ってかホンット、マジで魔術使えてんじゃんかよ」

 男ーーカミルはそう言うと、未だ暴れ回っている件の男に視線を向けた。その様子を、ゲルベルトはこっそりと盗み見るように伺う。
 ゲルベルトには、複雑な思考をするこの男の心の内なんて全く理解出来ない。けれどもただ少しだけ、彼は寂しそうに見えたのだ。それならば、ゲルベルトにも多少は理解が出来る。この男も人の子なのだなぁなんて、そんな事を思う。それぞれ分野は違えども、あの剣士と切磋琢磨してきたと思っている自分達だからこそ分かる感覚だ。あの手この手で勝ちを取りに行き、どうにか負かしてやりたい、どうにかしてあの男に一泡吹かせてやりたい、ただそれだけで再戦を望み、こんな所までやって来てしまった。同じ穴の狢だ。

 それなのに。そんな好敵手が、突然跡形も無く消えてしまった。そんなような感覚を、ゲルベルト達は覚えている。置いて行かれたような、裏切られたような、そんな侘しさ。身勝手にも、二人はそのような感覚で居るのだ。
 ゲルベルト程戦い向きとだはとても言えないカミルは、あの戦いの中には当然入れないだろう。それを思うと、ゲルベルトは少しだけ彼に同情する。

「精霊王とやらは言ってたけども」

 ジィっと戦いを眺めながら、カミルは言った。

「終わる時にこそ僕らが必要になる、って、どう言う事なんだろうね」

 その言葉はゲルベルトも気にはなっていた。しかし、それが何を意味するかなんて、ゲルベルトには到底想像もつかない。だからこそ、とっととその終わりとやらを引き寄せて、あの男をどうにかしたいなどとゲルベルトは思ったのだ。終わりを引き寄せるなんて事、出来るかも分からないけれど。それでも、この嫌な場所からあの男を引き剥がしたい、と思ったのは確かだった。

「知らね」

 ゲルベルトはカミルからも戦いからも目を逸らしながら、いつものようにそう応えたのだった。



* * *




 リュカは相手の魔術をいなし、時折自ら仕掛けながら、アレクセイ王国側の人数を少しずつ減らしていった。
 減らす、というのはつまり、相手を戦闘不能にするという事で。既に離脱させられているジャンに加え、マティルドとアンリ隊長が既に部屋の隅に寝かされている。

「ぐ」

 だがやはりと言うべきか、リュカが一番に離脱させたかったエレーヌは、中々にしぶとかった。昔のルーカス=ライツがそうであったように、エレーヌ=デュカスもまた、大魔術師であるのだ。
 ジャン=レヴィが大魔術師でないのには理由がある。ジャンに出来る事があれば、出来ない事もまたそれなりに存在する。その点、エレーヌ=デュカスは魔術に関してなら、何でも人並み以上に熟すのだ。

「ああもう、通らない」

 リュカの魔術をもってすら、彼に攻撃を通すのに大層苦労している。何せ結界も分厚ければ、攻撃すらも致命的なものが多い。だからリュカは決して、彼の攻撃だけは流さなければならない。物理ならば弾けるものは、魔術ならば通ってしまう結界は多い。物理も魔術も、両方を弾き返せるような結界などこの世には存在しない。故にリュカは、細心の注意を払わねばならなかった。下手を打つと、殺してしまいかねないから。
 ジャンに対して行ったような騙し討ちは最早、エレーヌには効くまい。何せリュカは、それを一度見せてしまっている。だから使えない。下手に近付くと、リュカの方が捕まってしまいそうだった。

「!」

 その時リュカは突然、その場から跳び退いた。ほんの一瞬の差で、その場に雷が落ちたのをリュカは見た。そして、跳び退いた先で地に足を着けるとすぐ、リュカは塔の内周をぐるりと回るように走り出した。その際、少しだけ皮膚がビリビリとするのを感じていた。
 さしものリュカとて、雷属性の攻撃は避けられる自信がないのだ。だから発動前のそれを感じ取って、どうにか事前に回避するしか方法が無い。結界など張っていたら到底間に合わない。常時結界を張るにしても、エレーヌ以外の者に物理攻撃で押し込められたら、対魔の結界などは直ぐに壊れてしまうし、おまけに魔力効率も悪い。
 だからこそ、避けながらその場に応じて対処するのが一番良いのだ。今のリュカならばそれが可能だから、とも言えるが。

「チッーーちょこまかと、逃げるな!」

 ここで逃げ回らないでどうする、なんてリュカが内心でそんな事を思っていると。
 今度は、ラウルがその行く手を阻もうと並走してきたのだった。リュカは内心で再び舌打ちを打つ。

 ラウルは、半分とは言え獣人族の血を引く。つまり、元々の身体能力は人間のそれを上回るという話で。平気な顔をして、身体強化をしたリュカに易々と追い付いてくるのだ。
 そしてここで忘れてはいけないのが、彼が実は、リュカと同じ身体強化術が使えるという点だ。本人には全く自覚が無いのだが、いざという時のあの瞬発力は、明らかに魔力を用いたソレであるのだ。リュカはそこに、注意しなければならない。
 その上でラウルは、リュカが沈めてはいけないと思っている内の一人であるのだ。魔力を使用しない物理の一撃。ラウルのそれも、リュカは狙っていた。だからこちらも、下手に攻撃が出来ない。

「どいつもこいつも」

 もしかしたら、そんなリュカの呟きひとつひとつを、ラウルは聞いているのかもしれない。けれども、リュカにはそこまで考える余裕があまり無かった。思った以上にエレーヌが粘っている事で、リュカの計画は既に狂い始めている。
 どいつもこいつもしぶとくて、決してリュカを逃がそうとしない。ヌるすぎて優し過ぎて、嫌になる。

「掛かった!」

 ラウルから繰り出される拳ーー或いは掌を、リュカがひらりとかわしたその時だった。エレーヌから歓喜の声が上がった。

「!」

 その途端、リュカの行手に結界が現れ、リュカはソレに激突してしまう。避ける為にスピードは緩めていたから、大したダメージではない。しかし、その結界は勿論、リュカへダメージを与える為のソレでは無いのだ。リュカの動きを止める為のモノだった。
 それを見計ったかのように、たちまち立ち止まったリュカをぐるりと囲った半円の結界が築かれる。半円であるのは恐らく、地面の中まで結界面が続いている所為だろう。リュカ達の使う影の性質、そして結界面についてを良く理解した罠だ。

 これにはさしものリュカも感心した。エレーヌがまさか、結界をこのように使うなんて思っても居なかったのだ。きっとリュカのあの、物理結界の使い方を、そして影の使い方を見たからなのだろう。旅の中で、戦いの中で、圧倒的強者を前に彼等は今尚成長しているのだ。

「リュカ、追いかけっこは終わりだ」

 閉じ込められたリュカを前に、ラウルが言う。

「お前が何を為そうとしているか、全て話してもらう」

 そんな事を言ってのけるラウルに、リュカは何も答えない。ただその代わりに、リュカは右手の掌を頭上へと向けた。人差し指などでは無い。掌を広げて高く、上に突き出したのだ。あとは、魔力を込めて、いつもの通りだった。

「ケラウノス」
「「!?」」

 頭上高くへ放たれた白い稲光は、轟音と共に一瞬で結界を突き破った。ガラガラと崩れる結界からたちまちに抜け出したリュカはそして唐突に、高く高く上へと跳んだ。

「んな!」
「上階へーー」

 その行動に不意を突かれた二人は、攻撃すらも出来ず、3階程の高さの階段へ着地したリュカを見上げる事しか出来なかった。


 リュカが突然飛び上がったのは、その魔術を屋根目掛けて撃ったその影響を見る為だった。威力は多少落としてはいるが、己の知る最も強力な魔術である事に違いはない。必要に駆られてそうしたのであって、決して無駄撃ちではない。

 だから、少しでも影響が現れればとそんな願望を抱きながら、半ば祈るように、リュカは上を見上げたのだった。





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