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048.覚悟




「来たよ」

 そう、始まりの合図を告げたのはクロードだった。
 彼はここに居る者達の中でも特段影に対する適性が高く、何処に誰が居るのかを把握出来てしまう。と、言う事はつまり、彼ほど見張りに適した者は他に居ないという話である。ノーマを通して使われた彼は、確かにその役目を果たした。

「ねぇ……これ、本当にやんの?」

 クロードの報告を聞いてすぐ、そんな泣き言をもらすのはリュカと共に塔の最上階に立ったノーマだ。先日のお願いとやらを渋々引き受けてしまったがため、彼はリュカの企みに利用されているのである。

「当たり前でしょう。アナタにしか頼めない、って言ったじゃないですか」
「…………」

 そんな甘い言葉に惑わされ、首を縦に振ったが為にノーマは中々に大変な役目を背負わされている。だがそれは、確かにノーマにしか出来ないのだ。たったの一人で15人を超える武力集団に突っ込める彼だからこそ。

「これを死なずにやって退けるのは、貴方以外に考えられないんですから」
「そりゃあさ……アンタ以外では僕かベランジェ位にしか出来ないだろうけども」
「じゃあいいじゃないですか。今日は私も同じく突っ込むんですから、いつもより楽でしょう?」

 塔の階下を見下ろし、いけしゃあしゃあと言ってのけるリュカにノーマは何とも言えない表情になる。ノーマが気にしているのは、そんな事ではないのだ。この世で最強だろうと言い切れる彼等二人ならば、確かにどんな戦闘においても負ける事はないだろう。
 しかし、リュカが言っているのはそんな単純な話ではないのだ。だから、普通の殺し合いの方がよっぽどノーマは楽だと思っているし、もし彼に万が一があったらと思うと、どうしても文句の一つや二つ言いたくなってしまうのだ。そんな事をノーマが考えているだなんて、リュカは思いもしないだろうが。


 ゆっくりと、塔の入り口の扉が開かれる。
 最早、後戻りなどできない。塔の内部は最早無人、各々の部屋に住む彼等はとっくに避難しているし、リュカは彼等には関わらせるつもりもない。今からこの塔ではきっと、かつてない程の激しい戦いが繰り広げられるだろうから。この塔に、一体何が起こるかも予測もつかないのだから。

「では、行きますよ。くれぐれも忘れないでくださいよ」
「へいへい……」

 そう言い放つと同時に、二人はそこから飛び降りる。地上階へ降り立つ間際、二人の落下スピードはリュカの魔術によって殺されて。フワリと音も無く、彼等の目の前へと立つことになった。彼等がノーマと共に立ったリュカの顔を認識したその瞬間、息を呑む音がしたのはきっとリュカの気のせいでは無いだろう。
 敵の本拠地にて彼等の目の前に立ち塞がる姿があれば、それ即ち敵対を意味する。それが解らぬ彼等ではない。途端、剣に槍に武器に手を掛けた軍人達をリュカは誇りに思う。

「アナタが本気になるくらいなら私に回しなさい。それはそれで面倒です」
「言うねぇ……アンタも魔力切れになんないように気をつけなよ」
「そんな事ある訳ないじゃないですか。三日三晩戦って平気だったんですから」
「そりゃそうだ」

 そんな会話が、始まりの合図だった。
 真っ先に動いたのは、いつもの如くノーマだ。彼はライカ帝国軍の集団に嬉々として突っ込むと、二、三人を纏めて殴り飛ばしたのだ。瞬間、ヒクリとリュカの顔が引き攣ったのはここだけの話。
 リュカは何とか小言を呑み込むと、続くように己も動き出した。素早く魔術を引き出して、嵐のような暴風を彼等に浴びせる。きっと、対応を判断し兼ねていたアレクセイ王国やフィリオ公国側も動かざるを得ない。それを見越して、リュカは全員を纏めて攻撃したのだ。出来るだけ余計な事をしないように、彼等の注意を己に向けさせる。絶対に倒れない壁となって立ちはだかるのだ。
 心が痛まない事はない。ただそれだって、彼等アレクセイの者達にとっても必要だとそう思っているからこそ、リュカは行動出来るのだ。

 リュカの魔術は二人の魔術師達によってたちまち無力化される。何しろ、魔道士とまで称される達人がいるのだ。彼女が居る限り、リュカの魔術であっても中々に届き難い。彼女の介入を受けても届くよう、数多の魔術を乱れ撃ちする手もあるが、リュカは彼女ひとりの為にそこまで手を掛けるなんて考えてもいない。魔術師はもう一人居るのだから。

「一体どう言うつもりなどとは最早聞かん……そういう意味にとっても良い、という事かーー?」

 もう一人、大魔術師は至極冷静に、立ち塞がるリュカへ問うてきた。他の隊員達も同じような様子で、取り乱す様子も悲しむ様子も見られない。これは精霊王の仕業か。王の反応を見ながら、リュカは端的に応えた。

「どうぞ、それはお好きなように」

 言うや否や、リュカは床に両手を着く。すると、たちまちにそこから地面が隆起し、陥没し、室内とは思えない程に地形が変わる。

「おいっ、気を付けろ!」
「なるべく隆起した場所へ!」
「マジでか!僕も居るんだけど!」

 あちこちで悲鳴と警告の声が上がる。だがリュカは構わずに、ここまでだと言うところまで続けるつもりでいた。しかし、それは途中で邪魔が入る事になった。地に魔力を流すリュカへ、突っ込む人間が居たのだ。

「っだらぁ!」

 突き出される大槍を、リュカは危なげも無く躱す。しかし、その両手は地から離れてしまい、魔術は中断される事になった。

「テメェ、イイ度胸してんじゃねえか!」

 こんな時でも嬉しそうな顔を崩さず突っ込んで来たのは、ゲルベルトだった。ライカ帝国連中はノーマに任せた筈だったが、やはり荷が重かったか、だなんてリュカは思う。そうだったとしても、リュカは容赦などしないが。

「ノルマン!」
「うるっさぁーい!アンタがあんな派手なんブッ放すからでしょうが!」

 リュカが叫ぶと、間髪入れずに言葉が返ってくる。それすらもいなしてこそお前だろうが、なんていう文句は言わないでおいた。言う暇も無かったのだ。何しろ、リュカの真ん前で、ゲルベルトが次の攻撃に取り掛かろうとしていたのだから。
 リュカはその気配を察すると、大振りにならざるを得ない槍男の懐へと足を進めた。

 かつては、他国同士競り合っていた二人だったが、今や二人には、埋められぬ程の戦力差が存在する。一対一程度では、決着など直ぐに着いてしまうのだ。魔力による身体能力の強化なぞ、今のリュカにとっては朝飯前である。

「!」

 素早くその懐へと踏み込んだリュカは、その顎下へ掌底をお見舞いする。威力はもちろん強化しているからして、頭を酷く揺らされた男はきっと、立つのすら儘ならない筈である。きっと、無様に倒れなかったのは、男の意地というやつなのだろう。リュカには全く関係のない、無駄な努力であったが。
 そうしてふらつく男の胸元をリュカは掴み上げると、大して苦労もせず、そのまま向こうの石壁へと思い切り放り投げたのだった。この時、風や雷の魔術を併用して叩き付ける威力を上げておくのを忘れない。

「がっーー!」

 叩き付けられたその衝撃で、身体だか石壁だかが軋む音を大勢が耳にした。そのままドサリと地に落ちた男は、とてもとても直ぐに動ける状態ではなかった。そして仕上げとばかりに、リュカは足元へ転がってきた男の大槍を引っ掴むと、それをゲルベルトの方を目掛けて投擲した。
 ガキィンッと耳障りな音と共に壁に叩き付けられた槍はそこに刺さる事もなく、何とその衝撃で穂先がぐにゃりとひしゃげてしまったのだ。そのままカランカランと音を立てつつ、それはゲルベルトの身体の直ぐそばに落ちた。最早武器としての役目も果たせまい。

「まずは一人」

 その呟きは冷たい響きをもってその場に響いた。何せ、戦闘状態にあったあのノーマまでもが、その動きを止めて様子を伺っていたのだから。周囲は奇妙な程静まり返っている。誰もが目を疑ったのだ。アレは何者だろうかと。

 言う事を素直に聞いてくれそうにない者は、リュカにとっては不要だ。下手に動かれて死なれる位ならば、とっととその牙を折り、戦闘不能にしてしまうのが手っ取り早い。
 かつての大魔術師は容赦がなかった。そこに人族への恨みがあるかないかは、本人にも分からなかったが。目的の為には最早、リュカは遠慮する気など一ミリも無かったのだ。
 例えそれが、かつての仲間相手だったとしても。

「おおー、怖い怖い」
「ノルマン?無駄口叩いてないでやりなさいよ?」

 茶々を入れるノーマに対しても相変わらずで、ピシャリとそれを注意すると、リュカはそのまま次の行動に移る。

 自分の魔術を尽く防いでくれる彼女は、今のリュカにとってはとてつもなく邪魔な存在だった。敵う敵わないの話ではなく、リュカの計画を崩す可能性としての話だ。ここの大一番、出来る限りのリスクは減らしておきたかった。
 だからこそ、あの大規模なニ撃目でケリを付けられなかったのは中々に痛かった。お陰で場を掻き回す事も、あの混乱に乗じて彼女から護衛を引き離す事も最早無理な話。だからこそ、不本意ながら絡め手を使わざるを得ない。

 リュカは迷いもせずにその場で両手を合わせると、ボソリと一言、言霊を発す。するとたちまちに、合わせた両手から発生する水蒸気によって、その体が、その場が、そのフロア中が、霧に包まれる事となった。当然ながら周囲はリュカの姿を見失なう。

「おい!下手に動くな、離れるなよ!」
「っ、結界を張ります!」
「ジャン、余り乱発するな!この状況だ、範囲が広すぎる!」
「でもーー、」
「余り声を出すのもいけない。こちら側の位置がバレるだけだ」

 彼方此方で声が上がるものの、そんな程度で、多少移動をした程度でリュカが彼等の位置を見誤るはずもない。音も無く気配もなく、影となり彼女へと忍び寄る。影に紛れただの一度、リュカは触れるだけで良いのだ。彼女は魔術師であるから。
 リュカの莫大な魔力すらも覆い隠してくれる影は、実はとてもリュカと相性が良いものだった。音も無く、気配もなく、地に潜りその時を見計らう。霧の晴れるリミットは、5分程。リュカにとっては十分過ぎる時間だった。
 そのチャンスは、すぐにやってきた。誰も見ていない時。誰もが彼女から目を離したその瞬間、足下から手を伸ばすのだ。

「っーー!?」

 彼女は悲鳴もあげる事もなく、軽々とリュカによって真っ暗闇へと誘われた。突然の事に目を大きく見開いた彼女の口を、リュカはその手で塞ぐ。最早、リュカは自分の表情を作ることさえ叶わなかったが、リュカはとりわけ優しい声音で、その耳元で囁いた。

「おやすみなさい」

 途端、彼女は抗いはしながらも、ゆっくりゆっくりと意識を手放していった。それは唯の、魔術による催眠術だ。ただ、ノーマ直伝の強力な、という枕詞がつく代物で。それはリュカであってさえ、本気で掛けられたら逃れる術のないようなものであるのだ。掛けられたが最後、1日は目覚める事の無い、非常にパフォーマンスに優れたもの。
 不意打ちである点、少しばかり卑怯な気もするのだが、こうでもしなければ止まってくれないだろうから。殺すよりはマシであろうと、リュカなりの気遣いである。

 そうして、意識の失った彼女を塔の外へと運び、同時に魔道具を発動させて置いておく。そうすれば、眠りについた彼女は何の被害も受ける事なく、戦いから離脱できるのだ。リュカからすれば願っても無い。残念ながら二度も同じ手を使わせて貰えるとは思わないが、実行するだけの価値はあったのだ。

 その後で、リュカは彼女の姿を探す彼等の目の前へ平然と、当然のように姿を現すのである。霧が晴れれば、皆その事態を察するであろう。

「二人目」

 隆起して出来た岩場に足をかけながら、決して崩れぬ頂としてそこに聳え立つ。そうして、そんな男に見詰められる重圧を、その場の誰もが噛み締めるのだ。





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