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046.森の中

 あの洞窟を抜け出した後で、リュカは呆然と森の中に座り込んでいた。

 まさか、精霊王に直接連れ出されてしまうとは思っても居なかったのだ。カズマも時々、リュカの思いもよらない行動を取る事があったのだけれど、それでも今回は、リュカの度肝を抜いた。

 そして、色々と考えないようにしていた事を、いとも簡単に引き摺り出してしまったのだ。悲しくなるから、認めたく無いから、奥底に厳重にしまって置いたものを。大切だと、認識したく無いから。

 別にリュカだって、彼等を利用するだなんて考えたく無い。けれどもどうしたって、罪悪感が抜けない。結局のところ、こんな風に彼等が討伐隊だなんて危険な任務に着かされたのだって、元はと言えばリュカ達が目的を達成出来なかった所為なのだ。それどころか、ルーカス=ライツ等は最早其方に取り込まれてしまったのだから目も当てられない。
 まあ、そこに至るのに、ルーカスの心情やらヴィクトルの失敗やら、魔王ベランジェの同情すべき生い立ちなんかも絡んでくる訳なのだが。それら全てを鑑みたとして、何てザマだろう。稀代の天才と言われた魔術師が何と無様な事か。
 こうして思い返してみても、リュカ何とも情け無い気分になってしまうのだ。こうして図らずも1000年以上も生きる事になって、それに伴って益々魔力が増大していくのは良かったのか悪かったのか。リュカは存外、落ち着いた気分でもって色々な事を振り返った。

 そこからどれくらいそうしていただろう。気付けば、森の木々の隙間から見える空には夜空が輝いていて、少なくとも半日は経っている事をリュカは知る事になる。
 ああ、あそこへ帰らなければ。そうは思うも、今はそんな気分にはなれなかった。

 仕方なく木々を集め、簡易な焚き火を一人作り上げる。魔術の使える今、あれだけ苦労する野営の準備も当然のように瞬時に出来る。それどころか、リュカはこの時大変な事に気付いてしまう。
 その魔術一つ一つで、純精霊の力を借りて居ないという事に、気付いてしまった。それに驚愕するのと同時に、まさかこの自分さえもが、人から外れたものへと成り果てているのかと思うと、言葉も出なかった。精霊族と似たようなソレに、ベランジェの事を言えないような存在へと、リュカまでもが。
 それが少しだけ残念である反面、ベランジェと同じだと思うと、そう悪い気分でも無い。結局自分は、ベランジェに心底毒されている。自分と同じ、いやさそれ以上に不憫なベランジェを、リュカはどうしたって見捨てられないのだ。それが憐憫からくるのか同情からくるのか、正直なところリュカにも分からない。ただそれでも、一度関わってしまったが最後、隣に居たいと確かにそう思ってしまったのだ。



* * *




 寂しい寂しい塔の中、そこでは三日三晩、壮絶な戦いが繰り広げられている。魔王と呼ばれた男の力はもう絶大なもので、魔術師が会得した封印術とやらも全く何の意味もなかった。否、少しだけ動きを封じるという点に於いては、確かに役に立ったろう。
 しかし、それはほんの少しの間だけの話。頼みを託されたルーカス=ライツは、背筋に悪寒が走るのを必死で誤魔化しながら、最前線に居た。他の魔術師達よりも余裕のあるこの自分がと、倒れた仲間を連れ出す男達を横目に必死で魔王たる男の攻撃をいなしていた。

「フローレンス!」

 とうとう、同じく残った魔術師が力尽きた。意識の無いその身体は、がくりとその場に崩れ落ち、二度と起き上がる事はない。ルーカスに付き合い、限界まで魔術を捻り出してしまったツケを払わされたのだ。それを少しばかり残念に思いながらも、彼は耐えたのだ。
 そして、その時は来てしまった。

「ルーカス、助かった」
「いえ……皆、無事ですか」
「おうーーすまねぇな。……だが、これも命令なんでな」
「え」

 副隊長はそう言うと、ルーカスの張った結界に、何かを投げ入れる。魔道具だ。咄嗟にそう思ったルーカスは、ただ呆然と立ち尽くす。

「まさか、お前の正体が同じ穴の狢だとはな……せいぜい奴とヨロシク死んでくれ」

 そう言って姿を消した男は、何故だか、死んだ筈のフローレンスの身体を抱えて行っていた。その時ルーカスは、頭が真っ白になった。まさか。最初からーー。
 魔術を維持するだけの気力も、目の前で膨れ上がっていく爆弾をどうにかしようとする気持ちもなく。それが張り裂ける音を、ルーカスは魔王と共に目の前で、聞いたのだった。





 爆音と爆風が止み、耳鳴りすら治まっても尚、ルーカスは床にへたり込んでいた。何故自分が生きているのか分からない。目の前であの魔道具は、確かに暴発したはずなのに。
 ルーカスは敵前で、未だ余力を残していながら、戦う気力を失っていた。たちまちそこに控えていたらしい手下がひとりがどこからか躍り出て来て、すぐさまルーカスの両腕に鎖をかけた。それはどうやら魔力やらを封じるように出来ているらしくて、ルーカスはたちまちに抵抗する力を失った。最早ルーカスにはそんな気力すらも無かったが。

 それからそのまま、ルーカスは鎖をかけられ鎖に繋がれてて、しばらく放置される事になった。それがどうしてなのか、考える事すらも放棄して、真っ白になった頭でルーカスは思い出す。あの、旅は一体何だったのかと。全員、自分を騙していたのかと。

 そこでふと、ルーカスは目の前に立つ人の気配に気付く。その膨大な魔力ですぐに分かった。これは、かの魔王だ。とうとう、その男の手に掛かって自分は死ぬのか。ルーカスは漠然と思った。これ程の力を持つ男の手に掛かるのならば、それはそれで悪い気はしない。その噂は兎も角、確かに実力はホンモノだから。

 だが、待てども待てども覚悟したものは襲って来ない。一体、何のつもりだろうか。ルーカスは呆けたような顔のまま、様子を伺うように首を持ち上げた。
 そこには想像した通り、かの噂に聞く真っ黒な魔王が立っていた。先程まで、仲間を逃す為に自分が必死に押し留めていた相手。その男が、長い長い沈黙を破り、口を開く。

「お前も、そうか」

 男が発したのは、たったそれだけだった。だがそれだけで、ルーカスにはその時突然閃く何かがあった。

「同じだ」

『ーー同じ穴の狢だーーーー」

 目の前の男と、先程の副隊長の言葉が重なって聞こえる。その瞬間、みるみる内に彼の目が見開かれ、息を呑む音が響く。

 どうしてこんな所に塔があるのか。
 どうしてこの塔は激しい戦いにもビクともせず壊れないのか。
 どうしてこんな所に魔力を封じる鎖等があるのか。
 どうしてこの男が魔王と呼ばれているのか。
 どうして隊に精霊王が居たのか。
 この魔王は、前にベランジェと呼ばれていた。

 それらのピースと、己の城で得た知識をと繋ぎ合わせて、ルーカスは気付いてしまった。

「お前も、同じベランジェだなーー」

 ベランジェは、ベルジュの一族の中で最も力の強かった男の名前だった。ベルジュの名前の由来にもなっていると。

「会いに来てくれて、嬉しいーー」

 ルーカスはその時、これまでに無い程己の生い立ちを呪った。散々、ベルジュから排除しておいて。その姓すら名乗らせずに置いて。こんなところで、最期はベルジュとして贄に差し出されたのか。

 その時の衝撃は、しばらくーー永遠に忘れられそうになかった。


 それからの事は、ルーカスも余り覚えてはいない。気が付けば、鎖をつけられたまま部屋に通されて、ベランジェの元に行かされたり、話に付き合わされたり、それ以上の事もあって。中途半端なまま、国に帰されたり牢に入れられたり抜け出したり何だりして。それらを思い出そうとするも、どうしてもうまくいかない。
 途中、討伐隊に居る時に戦ったあの吸血種の少年にちょっかいをかけられたり、精霊王が何度か釘を刺しに来たりと、色々あった筈なのだが。ルーカスは気付けば既に行動を起こしていて、しかしはっきりとした記憶が無い。
 夢遊病のようなものかもしれない。記憶がないのに、それをやったのは自分だと分かる。ルーカスはもう、自分でもどこかおかしいんじゃ無いかと、そんな事を思ったりしていた。

 だから、精霊王に手を差し伸べられた時。
 その手を迷いながらも取ってしまったのは、きっと必然だったのだろう。余りにも色々ありすぎて、疲弊した心が休息を欲したのだ。だから、ルーカスが去ってしまった後でベランジェがどうなるのか、想像すらも出来ずに。ルーカスは自分の事で手一杯だったのだ。

「ちゃんと、戻ってきてよ」

 ただ、そう言って見送る少年の顔だけは、確かに今でも覚えている。





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