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043.予感



 リュカはその時、余りの驚きに飛び起きた。
 夢という訳でもない。幻聴という訳でもない。ただ、リュカには分かってしまったのだ。
 彼はとうとう、そこを見つけてしまったのだと。

 ドキドキと強く胸を打つ自分の鼓動が、やけに煩く聞こえる。

『どうしたーー?』

 上半身を起こして俯くリュカに、間髪入れず隣から声が掛かった。聞き慣れた頭に響くその声には、心配する色が含まれている。

「いえ……何だか変な夢を見た気がして。起こしてしまいましたか?」
『いや。寝てはいなかった』

 隣で横になっていたベランジェを見て、リュカはそう告げた。何でもない風を表面上装いはしたが、内心では酷く動揺ている。ベランジェには、それを見破られているかもしれない。リュカはそれに気付かないフリをして、昔々に染み付いてしまった仮面をピッタリと貼り付ける。今更遅いとは分かっていたが。

「少し、気分が悪いので……風に当たってきます」

 言いながら、リュカは誤魔化すようにさっさとベッドを抜け出た。今のリュカには、残されるベランジェを気にする余裕はなかった。

 適当なローブを手に取ると、服も着ずにさっさと部屋から出て行く。ベランジェの部屋を出てすぐ、手にしたフードローブを身につけるとリュカは塔の外階段へと向かう。そこからいつもの風の魔術で屋根へと登ると、誰もいないのを確認してその場に座り込んだ。夜の柔らかな風が、リュカの頬を撫でる。


 カズマへあの因縁の首飾りを渡したのは、そして精霊王を呼び起こすように仕向けたのは、他でもないリュカだ。それだというのに、いざあの王が復活すると判ると、こんなにも動揺している自分が居る。それが何故なのか、リュカには解りそうで解らなかった。

 以前の自分は、かの伝説の精霊王と共に旅をして、そしていつしかその迷いの無さに好感を抱くようになった。そしてその時は、それだけでは済まなかったのだ。
 あれだけ絶望していた自分を労い、励まし助け、そして確かに導いてくれた精霊王に対して、彼が好意を抱くまでそう時間は掛からなかった。例え彼への手助けが、精霊王としての目的の為だけだったとしても。そして、その精霊王にとっては、人間の好意という感情それ自体が理解の及ばぬものだとしても。
 確かに、かつての彼は精霊王を好いていたのだ。

 そんな当時の苦い思い出の相手が、間も無く戻ってくる。それが分かって嬉しく思う反面、リュカはどうしようもなく恐ろしくなるのだ。
 ベランジェと精霊王、どちらの肩を持つのか、既に心は決まっている。そうだとは言え、それを突き付ける事は酷く勇気の要る事で。リュカはまたしても迷いそうになる。相手は自分の事など何とも思っていないはずなのに。八方美人を気取っている。それを、リュカは以前も今も、嫌悪している。

「本当、己の心すらままなりませんね……」

 ほんの少しだけ、『人とは理解し難きもの』だと称した精霊王ーーヴィクトルの言葉の意味が理解できてしまって、とてつもなくやるせ無い気分にさせられる。こんなに年月を生きたクセに、己の心すら分からない。それがみっともないように感じられてしまって、リュカは気付かぬ内に、一人落ち込むのだった。
 そんな時、突然頭上から声が聞こえてきた。

「何が?」

 驚くよりも、声を聞いてその正体が分かった途端にリュカは大きく大きく溜息を吐いたのだった。そこには、確実に怒気までもが含まれていた。

「アナタ、ほんっといつもいつもデリカシーありませんね。生まれた時から切り落とされてきたんですか?それとも何度も頭殴られている内に知性と一緒に落っことしてきたんですかね?」

 振り向きざま盛大に毒を吐くリュカに、声をかけた彼は顔を引き攣らせた。

「ちょ、っと、……出会い頭に何でそんな酷い毒舌……ちょっと励まそうかと思って来ただけじゃん?」
「今は不要だと言ってるんです。察してくれません?ノーマ、アナタいい加減そのストーカー気質直せ?」
「……ブチギレ?」
「そうかもしれませんね?一人で考え事をしたいと思っていたのに、邪魔が入れば不機嫌にもなりますよねぇ、そりゃ」

 いつもにも増して攻撃的なリュカに、ノーマは気不味そうに頬をかく。リュカの顔面からだけでは、怒りの感情などさっぱりと読み取れないのだが、声音や言葉遣いからは明らかな怒気を含んでいる。それも、ノーマ程付き合いが長く無ければ、普通は気付かないのだろう。
 第一、リュカがここまで相手を口で攻撃するなど滅多にないのだから。

「や、だって……アンタ何かあると、大体一人で高い所登るからさ」
「だから何でそんな事知ってるんですか……」
「だって……僕そういう気配、普通の人よりも敏感だし、ベランジェの力と相まって嫌でも分かっちゃうんだよ。それに、そんなのが自分の真上に来てごらんよ、絶対眠れないから」

 少しだけ拗ねたような顔で言うものだから、リュカはぐ、と言葉に詰まる。確かに、真夜中だというのに少し不躾だったかもしれない。リュカは少しだけ怒りを収める。ただ、呆れのようなやるせ無いような気持ちは残ったままだった。

「全くほんと……私もアナタも、どうしようも無い。変な事言ったら落としますからね」
「はいはい」

 リュカの隣に素早く腰掛けたノーマを見ながら、リュカは少しだけ口をへの字に曲げる。
 この男の前だとどうしてか、リュカは文句を抑える事が出来なかった。

「それで?結局、今回は何見たの?」

 胡座をかいて首を傾げるノーマに聞かれて、リュカは一瞬迷う。昔からそうではあったが、ノーマはあの精霊王を良く思っていない。何度も精霊王を執拗に攻撃した事もあったし、ノーマが目の前で王に暴言を吐く姿も目撃している。それに、そんなだからこそきっと、精霊王を復活させる前にリュカをこちら側へ連れ戻したに違いないとも分かっている。それが何となく自分理解出来てしまっているからこそ、リュカは正直に話をする事を躊躇ってしまう。ノーマはそうしないと分かっているのだが、しかしリュカは疑ってしまう。
 けれど、精霊王の事は時期、もう直ぐにでも知れる事。リュカはそう自分に言い訳しながら、正直に告げた。少しの恐れを必死で押し隠して。

「精霊王が、身体と力を置いて行った洞窟。アレを、恐らくカズマが見つけました」
「はっ!?」
「私達はあの洞窟には入ることは出来ません。結界はベランジェに与する者を阻みます」
「……あの、クソ野郎が復活すんの?」
「いくらアナタでも、邪魔は出来ませんよ」

 淡々と告げたリュカに、ノーマは一気に不機嫌になった。なぜこんなにも嫌うのか。リュカにもその根本的な理由は分からない。だが、察せない訳ではない。何もかも、ベランジェが閉じ込められてこんな事になっているのは、全てあの精霊王が関わった所為なのだから。それを考えれば仕方の無い反応なのかもしれないと、リュカは見当違いにもそう思う。

「そんじゃあ、何でそんな凹んでんの?アンタ元々復活させようとしてたんでしょ?」
「……凹んでるように見えます?」
「まぁ……少し?」
「別に、凹んでる訳では……会いたくないとは思ってますけど」

 ノーマの質問に、リュカは恐る恐る応える。本心は、ほんの少しだけ違う所にあったのだが、これ以上に相応しい言葉もない。リュカは、精霊王に会いたくないのだ。会わずして何もかもが上手くいけば良いとさえ、思っていた。会わずして物事が解決して、そして永遠に会う事が無ければ良い。そんな事すら、リュカは思うのだ。

「会いたくない?ーーアンタが?」
「ええ、まぁ……」
「だってアンタ、精霊王ーー」
「それはもう、いいんですよ。そうではなくて……この先道が|違《たが》うとなると少し、色々と面倒だと思いまして」
「ふうん?……ちょっと前から聞こうと思ってたんだけどーーアンタはあの塔をブッ壊して解放されるのが目的ってことで良い?」
「大体はそうですね」
「ふうん……じゃあ、精霊王は?何でアイツ、またしゃしゃり出てくんの?アイツの目的ってもう失敗してるよね?ベランジェ生きてるし」
「それは……私にも良く解りません。私を此処に連れて来たり逃がしたり、……一体何がしたいのか」

 それは、リュカの心からの言葉だった。リュカは王から、ベランジェを倒すよう要求されていた。だからこそ精霊王はその手を多分に貸してきたし、彼に良い方へ進むよう導きもした。そして今、リュカは再びその壇上へと上がる事になった。
 しかし恐らく、ここまでやった所で今後もその精霊王の目的は果たせないままだ。それを分かっていながら、王はリュカを一度、ここから逃したのだ。一体何をしたかったのか。リュカにはさっぱり理解出来なかった。
 精霊族は、人族の理解の及ばぬ者達。いっそノーマのような吸血種の方が、よっぽど理解が出来る。彼は吸血種だとは言え、人族には違いないのだから。

「それなぁ。ーーって、それはそうと。さっきからずーっと気になってたんだけど……」
「……何です?」

 突然話を変えたノーマは、珍しく口籠もった。何でも不躾に口に出してくるノーマにしてはその様子が奇妙で、リュカはそれを怪訝に問う。

「アンタそのローブの下さぁ……何でマッパなの!何にも着てないの!普通さ、どんなに急いでてもローブ着る前に服着るでしょ!?」

 突然騒ぎ出したノーマに、リュカはちょっとだけ驚いてしまう。てっきり真剣な内容かと思っていたものだから、ポカンと口が開く。ノーマが少しだけ慌てているのが、とても奇妙に映った。

「え、だって……誰も居ないんですから、別に良いじゃないですか」
「僕が居るッ!」
「だから、アナタも来るなんて想定外だったんですってば。それに、男が裸でも此処じゃ大した問題にはならないんじゃ……」
「なるってーの!アマンダ居るんだから。それに……アンタ今ーー」
「?」
「ーーベランジェ臭い。べっとりくっ付いてる」

 そう言われて、リュカは今までの悩みなど吹っ飛んでしまったかのようにパチクリと目を瞬く。まさかこの男が、そんな事を気にするような人だったとは、と。

「ああ……そりゃあ、さっきまで一緒でしたので。勝手に突撃して行ったアナタを探すのに、ベランジェに色々貸しを作ってしまったんですよ」
「ぐ」
「別にね、一晩一緒に寝る位何でもないんですけど……そりゃあ数百年ぶりですからこうもなりますって。ーー真面目な話、ベランジェはもう色々とおかしくなってます」
「……うん」
「アナタ、ちゃんとベランジェに会ってます?」
「…………」
「変わって行くのを目の前で指を咥えて待っているのと、変わったのを突然突き付けられるのと、どちらがマシなんでしょうね」

 黙りこくるノーマに構う事なく、リュカは続けた。会いに行っていない事を咎めるつもりもない。自分だって同じだから。咎を負えと言うのならば、リュカもノーマも同じ事。更にリュカは付け足すように続けた。

「これは私の考えに過ぎませんが……彼は精霊族に近いモノになっているのではないかと」
「!」
「ですが、彼は精霊族ではありませんから……所詮は偽者です。人族が精霊族に紛うーーこれで、何かが起こらないとも限りません。神の怒りでも買いそうですよ」
「神って、……アンタがそんなの信じるタマかっての」
「ええそりゃ、信じてませんけどね」
「だろうね。アンタはどっちかっていうと神に喧嘩売る方でしょ」
「……アナタの私に対するイメージって何でそう、物騒なんですかね」
「だってそりゃぁ、会って早々に子供にだってエグい魔術ブッ放すような人間じゃんか」
「…………」
「僕然り、クロード然り」

 時折冗談を交えながら互いに腹を割って話す。いつからだったか、ずっと以前から彼等はそうだった。殺し合うような敵だったはずなのに。気付いたら、こんな関係になっていたのだ。キッカケはあったのかもしれない。けれど、彼等はいつの間にか、そうだった。

『アナタのようなクソガキに構っている暇など無いのですよ。死にたくなければ退きなさい?』
『うっさい!アンタなんかーー、僕が必ず手籠にしてみせる!』
『……手籠ってーーそれ、アナタ意味分かって言ってます?』

 望む結果ではなかったかもしれない。けれど、彼等は確かに繋がっているのだった。





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