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狐の嫁入り


義父ができた。


彼は、前の父親よりも優しくて、より俺達に理解がある。一族同士の確執と陰謀にまみれたあの家にはもう俺も母もうんざりしていた。

旧家だという一族は、知る人ぞ知る曰く付きの名家。昔からその勢いは衰えを知らず、対抗しようとすると、不思議と対抗馬に不幸が訪れる。財界にも政界にも深い繋がりを持ち、昔から恐れられてきた。触らぬ神に祟りなし、誰もが一族を腫れ物のように扱い、決して敵対してはいけないと、古くから言い続けられてきた。

こんな一族には勿論秘密が多い。例えば、俺や母のような人種。代々受け継がれ、薄れることのないこの血筋と力。それがこの一族の核となり、毎度毎度の権力闘争を引き起こすのだ。そして、俺の生みの父親は、俺と母を盾に、若くしてそれに挑んで殺された。否、自爆したと言ってもよいだろう。禁忌を犯した上にミスを犯し、父は一族に疎まれながら死んでいった。


生みの親である父の事は余り好きではなかった。強い力を求め母を選び出したようなそれは、ほとんど政略結婚のようなものだった。散々利用された挙げ句、俺達に恥を押し付け先に逝ったあの男。好きなはずがない。毎夜部屋の隅で啜り泣く母を見てきた。

俺自身、幼い頃から学校にも行けず家の事ばかりを教えられた。大人ばかりを相手にしているせいか、俺は子供がどんなものか知らずに育ったと思う。同年代の人間と、会話したことすらない。母が頼み込むのも聞かず学校へも行けないような状況で、どうして父を好きになれようか。愚問だ。


こういう状況の中にあって、家を飛び出すように離れた母は、一族ではない優しい男の家に嫁いだ。一族からは絶縁状を突きつけられたが、もう何でもよかった。
だが、その結婚にさえどうしても不安を拭えなかった俺は、義父に聞いた。

『狐の嫁入りって知ってる?』

義父は驚いたように一度目を見開くと、心配はいらないよと一言そうもらして、俺の頭を優しくなでてくれた。

――あの家は元々呪われてる。いっそ潰れてしまえばいい

触れられた彼の手からはいってきたソレに、俺は理解した。この人も俺達と同じなんだ、って。

そんな俺の後ろで狐面がクスクスと笑い声をもらした。

《わてら手伝ってもええよ……なんやおもろいもん抱えとんなぁ》
《おもろそうやんなぁ、お人のいがみ合いなん、いつの時も変わらんなぁ》
《せやけど、ほんまにお家潰してええんやろかねぇ……ご先祖さんにごっつ怨まれるんやろなぁ》


クスクス、クスクス、
聞き慣れたはずの複数の笑い声が、この時ばかりは不気味で仕方がなかった。








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