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041.一助


コソコソと囁かれる話し声を小耳に挟みながら、彼は不機嫌顔を隠しもせず、突然討伐隊に加わると表明した男をチラリと盗み見た。男は素知らぬ顔で何の感情も浮かべず国王の背後で静かに突っ立っている。そのように指示でもされたのか、それとも当人の希望なのか。ソレが誰かと会話を交わす様子等は見られなかった。

“導く者”とも言われる精霊族は、他の種族に関わる事が無い。知る者が関われば、運命が乱れかねないのだとか何とか。そんな者達の王だという男がいきなりしゃしゃり出てきて、一体何の魂胆か。突然首を突っ込まれ、アレをするなコレをしろと口を出されるものだから不愉快で堪らない。彼の自宅にソレが現れたのもそうだが、そんなモノが参加を命じられた討伐隊にぶら下がってくるとは。まるで監視されている気分だった。

そんな精霊族の王だという者に直々に忠告され、仕方無くも件の首飾りを再び身につけている彼は、ここ数ヶ月の内では最も不機嫌だった。内心では文句の嵐である。己はベルジュの名など無いのだからこんな石、身につけていても何のメリットも価値もない。ただ精霊族とやらを肥え太らせるだけ。その替わりの恩恵など無いに等しい。それなのに。

まるで、連中に従順な存在に再び成り下がってしまったかのようで気分が悪かった。彼がかつて身を置いていたその席には、今や見るだけでも気分の悪くなる男がちょこんと鎮座している。大した魔術も使えない、研鑽も研究もろくすっぽしない、魔力だけの男。そのくせ口ばかりは達者な宰相の腰巾着。魔術師に在るまじき存在を、彼は心の底から嫌悪している。其方の席だけは極力見ないようにしながら、有難いらしい王様の話を、彼はほとんど聞き流していた。

この討伐隊の意味を、聞かずとも彼は何となく察している。他国へのデモンストレーションだ。それ以外の意味などある訳がない。北の塔に閉じ込めたらしい、人智を超えた力を持つ者が、時折魔獣だの魔族だのという者を造り出してしまうという話は城内に限って言えば周知の秘密事項である。それを知っていれば、下手に派兵だのはしないはずなのだ。不幸にも、そのような魔獣に偶々遭遇してしまった兵士が何人も喰われている。故に、北の黒い森を避けるのは上層部の間では常識となりつつある。

そのような事実や、彼自身の知識等とも併せて判断すれば、今回の派遣は死んでも問題のない、しかし兵力としてみればタダで手放すには惜しい者達の寄せ集めである。
要は軍事的実験である。運悪く全滅しても、運良く成功したとしても、国には利益がある。国は、痛くも痒くも無い。
そのような派遣に参加させられると分かって、彼のやる気なぞゼロに等しかった。

だが悲しいかな、彼には参加する以外の選択肢は残されていない。件の大魔術師号の剥奪に絡め、彼には国家叛逆罪の嫌疑が掛けられている。それを、今回の派遣に利用されたのだ。今の彼には幾つかの拘束魔術が掛けられている。他国への逃亡を阻止するもの、そして彼の知る城内の機密を漏らさないようにするもの。それらどちらか一つでも破れば、彼の魔力は封じられる。この派遣において魔力を封じられ魔術が使えなくなればつまり、それは死にも直結する事になる。

だから、彼は不本意にも逃げる事が出来ない。ずっと、監視され拘束ているのだ。そのような気力だってさえ彼には無いと言うのに。一緒に派遣されてしまう彼等は不幸だ。

「ーー、ーーーー!ーーーー!?」

式典の間中、耳に入ってくる音も何も理解せず、彼はずっとずっとそのような事を考えていた。だから、例え名前を呼ばれても、酷く罵倒されても、彼は何も反応出来なかった。随分と人と話していなかった所為もあるかもしれない。彼の、虚無を体現したような様子に怖がって近付けない兵士達の所為もあるかもしれない。何度名前を呼ばれても、周囲が何事かと振り返ってみても、彼はピクリとも反応しなかった。

「ーー!?ーーーー、ーーーーー!」

叫び続ける宰相の声が涸れ始め、異常な事態に周囲がざわざわと俄かに騒ぎ始めた頃。彼にゆっくりと近づく姿があった。そこかしこから息を呑む音が聞こえる。あの命知らずが、と誰かが小さく囁いていた。

「おい」

ポン、と肩を叩きながら上げられた声は、小さいものだったにも関わらず、その場にはやけに大きく響いた。そしてその瞬間、男は明後日の方へと勢い良く吹っ飛んで行ったのだった。






* * *






「ね、ちょっと、大丈夫……?」

戻ってきた途端、地面に俯せにぶっ倒れてしまったリュカに、頭上から恐る恐るといった声が掛けられた。声の主は言わずもがな、ノーマであった。実際に意識も飛んでしまっていたようで、彼の呼び掛けでパチリと目を開ける事が出来た。

その一瞬の間にまたしても何か嫌なモノを見たような気分で、リュカは魔力の急激な減少のソレと相俟って酷く機嫌が悪かった。自然、眉間に皺が寄る。ゴロンと仰向けに転がると、恐る恐る覗き込んでくる彼の姿が目に写った。

「ねぇ……」
「アレ、教えてください」
「は?」
「影、使い方」
「ああ……それでワザワザ」
「一人増えただけでこんな魔力消費が増えるなんて……もう、絶対やりません、私専用です、疲れた」

起き上がりながら大きく溜息を吐き、疲れを隠しもせず両手で顔を覆う。今日はもう、何もする気が起きなかった。
そして更に、付け足すように言葉を加えた。

「あの隊に勝手に手出ししないで下さいよ」
「え、何で?」

寝耳に水、と言ったような声音で言葉を返され、リュカは顔を上げて睨み上げた。

「あれらの主力潰されたら困るんです。貴方の場合、真っ先に頭を潰しそうですから」
「……アレってさぁ、あの人の敵でしょ?討伐とか何とか言ってたし、何で生かしておかないといけないの?」

拗ねたような顔で告げたノーマの言葉に、リュカは少しだけ言葉に迷う。全てを話したところで、この男が手伝うとは限らない。寧ろ、邪魔をされる可能性だってある。だから最もらしい言葉で言い包める。いつものように。かつてのように。

「ええまぁ、それはそうなんですが……少し、考えがあるんです。あんなに三大国の武力が集まる事も早々無いので、活用出来ないかと思いまして」
「活用?」
「ええ。この、塔です」
「塔?」

言いながら、リュカは上を見上げた。頭上に聳え立つ石造りの塔。魔力のヴェールに包まれ、どんな攻撃にも耐え得る造りをしている。人族ではない者によって建てられた塔は、建てられて以来、どんな魔術攻撃も寄せ付けなかった。内の者を閉じ込め、出さない為の強固な箱。

「私にはこの塔にかかった術は壊せなかった。ーーでも、帝国の純粋な力による武力ならばどうかと。あの、破壊力ならば或いは」
「僕の三番目の子ですら無理だったんだからさぁ、唯の人間に出来ると思えないけど……」
「翼竜の身体は魔力を帯びています。ですから、塔に掛けられた術に阻まれてしまう。でも、魔力を使えない、生まれつき纏って居ない者達ならどうでしょう?どのような術にもーーいくら強固な術だとは言え、対処しきれない弱点は存在するはずです」

リュカはそう告げた。それは考えている内の一部であって、あまりあてにしてはいない。成功する可能性はあまりに低い。ただそれでも、僅かであっても可能性は捨てたくは無かった。一番ラクな道でもあったから。

「成る程ね……ってかあの連中ってさ、ホントに魔力使ってないの?」
「ええ。彼等には魔力の気配が感じられませんでしたから。アナタですら無意識に魔力を流用しているというのに……」
「……ある意味おっそろしい」
「ええ……本当に、色々と面倒な方々です」

座りながら片膝を立て、そこへ肘を乗せながら少々物想いに耽る。全員を利用している事に罪悪感はない。塔に住む者達も、アレクセイもライカもフィリオも、全部がそこへ至る為に必要な駒だ。駒は多いに越した事はない。コトが終わったとて自分が元へ戻る事は叶わないし、自分がどうなるかだってさえ分からない。
それが少しだけ寂しく、そして口惜しくもある。
けれど、ようやくここまで来てしまったのだ。チャンスは一度きり。好機は一度きり。逃す訳にはいかない。

その時ふと思い立って、リュカはノーマの腕を掴み取り言い放った。

「ちょっとアナタ、首輪でも付けましょうか」
「何それ……ってちょっとマジ辞めてそれホンット冗談じゃ無いって!」
「アナタ口で言っても聞かないでしょう?丁度試したかったものがーー」
「嫌に決まってんでしょーが!」
「私が指示を出せば電流が流れて……」
「ウガァーー!」

少しばかり悪ふざけを交え、余計な事を考えさせないように、考えないようにしながら、前へと進む。何が最良で何が正解かだなんて、そんな事はもうどうでも良い。悩むのはもう、飽きたから。





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