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040.失せ物捜し(後)


リュカはジイッと目の前のアマンダを見つめていた。彼のお願いに対する応えを待っていたのだ。

「何よ、それ……何で私に」

ポツリと呟くように声を発したアマンダに、リュカは目をパチクリと瞬かせた。妙にしおらしい態度に多少は面食らったのだ。だから少しだけ、リュカはお喋りに興じる事にする。

「ただ出くわしたから聞いたまでです」
「…………」
「いえ、まぁ、無理ならば、結構です。他の手段を探しますから。ーーそれはそうと貴女、生まれはどちらで?」

言いながら顔を見遣れば、そこには大層困惑した表情を浮かべる彼女の姿があった。リュカは、黙ってアマンダを見つめる。

「一体何のつもり……?」
「……単純な好奇心ですよ」

努めて優しげな声を心掛けるも、彼女はすっかり黙り込んでしまった。

彼が完全に事を為せば、此処に居る者達はどうなるのか。死に絶えるのかそれとも散り散りとなるのか。少しだけ考えてしまう。きっと彼も含め、ヒトの世で暮らせぬような者たちばかりであろうから。
だから単純に、リュカは少しだけ話をしたいと思っただけだった。

「私の場合はアレクセイですがね。ずっとずっと昔の話です。何分、その頃からずっと独りが永かったもので、他者の居る環境は落ち着かないものです。貴女は、如何だったんです?」

またしても、務めて人を優しい顔を作ってリュカは彼女を見る。だが残念ながら、途端に彼女の表情が強ばるのがリュカにも見て取れた。そしてリュカの顔も心なしか引き攣った。

恐らくは、『他者を見透かすよう』だとか、『胡散臭い』だとか、魑魅魍魎蔓延る王城での経験故にか、大昔から散々言われてきたその表情が、彼女にもそのような印象を与えてしまったのだろう。剣士であった時と同じような感覚で表情を造ったことを激しく後悔した。無表情の方がよっぽどマシだったのかもしれない。

勿論、彼には人の心を詠むような能力も無ければ魔術も無い。噂だけが一人歩きして散々に言われて、本当にそんな表情しか造れなくなってしまっただなんて。そんな悲劇、誰も知る筈がない。

彼女は、そんなリュカの問い掛けに応える事もなく、ただ挑むような眼差しで沈黙を守っているばかりだった。
リュカはそれを見て、それ以上のやり取りを諦める。その代わりに、彼女の反応を見ながら答え合わせをする。

「別に取って食いはしませんよ。ただ本当に、お喋りがしたかっただけなんです……貴女の口から聞かなくとも察しはつきますし。フィリオの西にある小国に、特異体質の者が生まれる村があると聞いたことがあります」
「ッ!」

リュカは今度こそ表情を繕うのを止め、いつもの無表情で彼女を真っ直ぐに見た。息を呑む僅かな表情の変化、身体の微かな震え、そんな些細な反応で判断を下す。

「その血肉そのものが毒のようであると。あのフィリオですから、魔族の村があるとでも吹聴したのでしょう。あっという間に村は滅びました。だが、その村人たちがまだ生き残って居る者が在るとすればーー?姿を変え名前を変え、点々と場所を変えながら生きていく事でしょう。真っ白い肌に、生まれながらウェーブの黒髪。聞き及んだーーいえ、私自身が過去にこの目で目にした人々と酷似しています」

ただ、自分の考えを整理するようなようすで淡々と言葉口に出していく彼に、アマンダは言葉も出ないようだった。

「今の世、全くそのような者が生まれなかった中、隔世遺伝で突如再度現れたとしたら……?ノーマから聞かされた話と照らし合わせても想像に難くはありません。ーー人族の許容範囲なぞ高が知れておりますので」

リュカが答え合わせをするかのように言葉を切ってから暫く。沈黙がその場を支配した。アマンダの表情は相変わらず強張っているし、その美しい形の口から何かの言葉が紡がれる事は無いように思われる。それ以外には、妖しい黒い森の木々が時折強く吹く風になびかれ音を立てるだけ。時折何処かから何かの鳴き声のようなものが響いてくる事があったが、不気味である事には違い無かった。

その沈黙の時間はそれ程長くは続かなかった。こんな短時間では、当然アマンダの警戒を解くには至らなかったようだ。いっそ怖がらせた気もする。リュカは、内心で少しばかり反省しながら、努めて穏やかな声を出した。

「失礼、別に困らせるつもりはなかったのですが……お喋りが過ぎたようですね。では、またいずれ」

思わず溢れた溜息をそのままに、さっさと言い放ってから踵を返す。リュカは既に次の行動を考えていて、さて、あの男は一体何処で何をしているのかと思考を巡らせていた。自分に先んじて彼等討伐隊の様子を見に行ったのではあるまいな、否まさか、と一瞬頭に過った考えを直ぐに打ち消していた。

最早、その場からしばらく動けずに居るアマンダの事など、頭からはすっかりと消し去ってしまっていた。



何処を探せば良いだろうと考えながら、リュカは塔の周囲をてくてくと歩いた。森の方へと向かっていくと、時折地面から岩が生えて居る箇所がある事に気がつく。リュカの手のひらサイズの小さなものから、塔の外周ほどはありそうな大岩まで様々だった。真新しいものはもちろん、苔生しているような古いものまであった。記憶を辿りながら、確かあの大男が大岩を次々と造り出しながら戦っていたな、というのを思い出す事に成功する。実際にリュカが戦った訳ではないので大分朧げなものではあったが、そういった者がいた事は確かだった。

結局、あの時はクロードにしてやられてしまったが、先日の森での一件でキツイお仕置きを御見舞いしておいたので今後彼が楯突く事はない、とリュカは思っている。魔術師ならば分かる練度の差という奴を、これでもかと叩き込んでおいたのだから。たったの一撃で、しかも何が何だかよく分からないままに何もかも終わらされてしまった彼は、そもそも再起出来るのだろうか。それが少しだけ気掛かりだった。どんな性格だったとしても、どんな者になってしまったとしても、彼が恩人の子供である事は疑いようの無い事実だったから。

そこまで考えた所で、リュカはハッとした。知らぬ内に、大岩の前でしばらく立ち尽くしていた事に気が付いたからだ。殆ど無意識の行動で、昔から消えない彼の癖だった。考え事をしてしまうと時折周りが見えなくなる。人が居ようが居まいが関係なく。声が耳に入らぬ程に考えに没頭してしまうのだ。ルーカスだった頃も、リュカである今も、その癖はずっとずっと残っている。

こんな所で立ち止まっている時間はない。リュカは早い所ノーマやらその他やらの協力を得、現状を把握したかった。


森の方をウロウロした後、特に収穫も無かったので塔の中を虱潰しに覗く事にする。他者の部屋を訪ねるなんてルーカスの時以来の事で、彼は少しばかり気後れしてしまう。それでも、背に腹は変えられないので、己を鼓舞しながら何も考えずに突っ込む事にする。

先ずは下の階から。最初の一番目二番目の部屋は、倉庫のようになっているらしく、武器やら衣類やらが雑多に詰め込まれて居た。何かの魔術が掛けられているらしく、それらは埃をかぶっているような事も、錆びたり草臥れたりしている事もなかった。そして、リュカが見る限りは骨董品と言っても差し支えないような武器類が、新品に近いような状態で積み上がっていた。きっと、アレクセイ王国やらライカ帝国やらの軍属の人間が見たら、珍品揃いの武器達に涎を垂らして欲しがるだろう。そんなような部屋だった。

流石のリュカも少しばかり心惹かれるモノもありはしたが、唯の武器よりも強力な己の『武器』を思い出しつつある今、手元に持つ刃はこの2本の短剣で十分なのだ。

元よりセンスの無い自分には宝の持ち腐れ、そう思う事で何とか部屋から興味を引き剥がし、その扉を閉める事に成功する。部屋の前で大きく溜息を吐くと、次の部屋からはスピードを上げて、次々と扉を開けていったのだった。

そして結論から言えば、各部屋には誰の姿も無かった。塔の住人達は、部屋から出払っており、誰1人として居なかった。もしかしたらリュカに警戒して何処かに隠れたのかも知れなかったが、リュカにそれを確認するスベは無かった。

さてそうなると、リュカにはこれ以上住人達を探す手立てが無い。塔付近も部屋にも森にも、見た限り、手伝ってくれそうに無いアマンダ以外は見当たらなかった。となれば、残る手段は。

リュカがなるべく避けたかった、最上階の【黒い魔法使い】に頼むしかない。
今のリュカを一応は信頼しているらしい彼ならば、快く送ってくれるだろう。しかも正確に、討伐隊の動きを把握しているだろう。それならば、ここで利用しない手はないのだが。

だがそれでも、彼はなるべくならば避けたかった。あの男は確かに優しい。優しく、そして寂しいが故、ちょっと普通では無さそうな見返りを求める事がある。まるで子供が母親に求めるような、或いは夫婦やら恋人やら求めるような、そんなようなもの。彼はそれが、どうしても苦手だった。他人が近くに居る事が苦手だから尚のこと。物だとか任務だとか、そういったものだったら、その方がどれだけ良かった事か。
しかし、背に腹はかえられぬ。リュカはグッと腹に力を込めながら、先日訪れたばかりの扉の戸をトントン、と叩くのだったーー。







「何て事……」

結果として、リュカはかの【黒い魔法使い】ことベランジェの力を借りて、とうとう失せ物(者)を発見する事に成功する。

場所はやはり森の中だった。しかも、ただノーマを発見できただけでは無い。ノーマを追っていたら、リュカが目的としていた件の討伐隊も発見できたのだ。一石二鳥である。

だが勿論、ノーマと討伐隊がセットで見つかるなんてそんな状況が、良い訳が無かった。リュカが一瞬危惧していた状況、それがそのまま現実に起きていたのであった。彼は、またしても一人でーー召喚獣もいれれば一人と三体であるがーー、20名近い部隊に突っ込んでいたのである。

予想通りと言えば良いか、予想外と言えば良いのか、リュカはしかし大層困惑した。ただ一つ分かるのは、ノーマが戦闘狂であり、自分よりも強い者を探す事に文字通り『命』を掛けている事。転送された森の中でしゃがみ込み、存分に頭を抱えてからどう止めるかを考えた。ノーマはひどく楽しそうに、ライカ帝国最強と呼ばれる男に戦いを挑んでいる。目がマジだ。周りが見えていない。しかし自分に向けられた攻撃だけは綺麗にかわしている。まさに、強い者と戦う為だけに生きているような男。

ああなってしまっては、本気で企みを潰してやる以外にはないのだろう。だから、リュカはとっとと決めた。もう知らん、とヤケクソだ。せっかく姿を隠しながら偵察しようと思っていたのに。どんな状況になってもアレを止めないと、何を仕出かすか分からない。本気でやり過ぎて殺しかねない。だからそれを回避するにら、不意打ちで物理的に突っ込んでやるしかない。

リュカは少しばかり苛立ちながら、もう使う事は無いだろうと思っていたはずの魔道具を1つ取り出し、魔力が外に漏れないように、慎重に込めていった。直前まで使用がバレにくい魔道具。上手く利用しなが、そして、タイミングを見計らい、己に魔力を微量に纏わせ気配すらも隠蔽し。
リュカは魔道具を発動させる。あっという間にノーマとの距離が縮まり。

「ぐえッ!?」
「?」

帝国最強の男目掛けて利き腕を振りかぶったその一瞬を狙って、リュカは拳をノーマの脇腹に食い込ませた。完璧なタイミングと気配の隠蔽だった。しかし、流石戦闘民族、本能なのか反射神経なのか、庇うようなノーマの手が少しだけ威力を殺した。流石としか言いようの無い反応に、舌打ちが漏れる。軽く吹っ飛んでいくも、綺麗に空中で体勢を立て直すと、驚いたような顔でリュカの方を見た。

しかし次の瞬間には、悪戯の見つかった子供のようなバツの悪い表情を浮かべる。あのノーマの鼻を明かしたようで少しだけスッキリする反面、そんな顔をするくらいなら最初からやるな、といった気分になる。

「え……リュカーー?」
「!?」
「んな……」

そこかしこから上がる息を呑むような声を無視して、リュカはノーマ目掛けて次々と結界を張る。が、すばしっこいノーマの事、次々にそれを避けられてしまう。念の為にと何が起こっても良いように、自分の周囲にも結界を張るのは忘れなかった。常時身体に纏わりつく、彼特製のソレ。例えノーマの攻撃があったとしても、ダメージは大幅に抑えられるはずだ。

「ちょ、ちょ、タンマタンマ!僕、今度はねーー」
「次から次へとアナタ、ほんっと余計な事しかしないですよね!ワザとですか!?天然ですか!?」
「や、だから話、聞いてって!」
「どうせ、最強って聞いてるから、ヤりたくなったとかっ、そんなようなモノでしょう?」
「ッーー、ちが、チガウヨ!」
「違わない!先日話したからとか、甘えた事言わないで下さいよ!」
「ぎゃ!」

そうやって適当な事をギャーギャーと言い合いながら、討伐隊からはさり気なく距離を取らせる。そうして、騒ぐ声が聞こえなくなる程に十分距離を取った所で。リュカは本気で魔術を畳み掛ける。結界どころではない。現時点で扱いが可能なありとあらゆる魔術を駆使し、ノーマを罠に嵌める。雷やら風やらで体勢を崩させ、雷のおまけの電流により身体の動きを制限し、最後はリュカ本人が直接鳩尾に拳を叩き込み、地面に叩き付けて更に動きを封じた。きっと今頃、召喚されていた3体の獣達も元の居場所へと戻された事だろう。リュカはホッとして大きく息を吐き出して、ゆっくりとした口調で語りかけた。
対するノーマはと言えば、痺れる上での痛みに呻いている。いっそ泣いている。

「ッうええ!」
「全く、アナタは相っ変わらず手間がかかる。教えて頂きたい事もあるので、邪魔の入らない内にさっさと帰りますよ」

言いつつ、リュカは返事も待たずに自分とノーマの周囲に二重の結界を張り。そして件の移動用魔術の、長々とした詠唱を始める。きっと、ノーマも初めて体験するであろうその秘密の魔術。2人を纏めて運ぶのは彼にとっても初めての事だったのだから、いつにも増して慎重にコトを運んだ。
ーーだがやはり、邪魔というのはそう言う時にこそ入るもので。

「リュカ!」
「カズマッ、気持ちは分かるが、勝手な行動は……!」

自分目掛けて突進して来る彼等を横目に、リュカは結界を二重にして正解だったと舌打ちをする。詠唱は、最後の一行に差し掛かった所だった。
ーーそう考えている隙にも、結界が一枚、カズマによって破られたーー

あと、一言で詠唱が終わる。発動まで、あと2秒。
ーーそしてもう一枚の結界が、バリンと割れる音が耳元で響き、割れたその隙間からカズマのその手が伸びて来るーー

ああ拙い捕まれる、そう思った瞬間に。
リュカはいつもの引っ張られる感覚を覚え、目の前の風景が次々と移り行くのを感じるのだった。安堵するのと同時に、少しだけ胸の痛みを覚える。彼にだってさえ、邪魔される訳にはいかないのだ。
リュカは後ろ髪引かれるそれを無理矢理奥深くに押し込めると、真っ直ぐに前を向く。



ーーそして、その場に残されたカズマは。

「どうして何もーー」

空を掴んだカズマの手は、ゆっくりと地面に落ちて土に汚される。土が入り込むのも構わずに、彼はその場で地面に爪を立てたのだったーー。





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