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038.笑って死んでゆく


『ーー条件を呑むのならば、此処から逃れるスベを与える』

その男に自分を重ねて同調して、自分を見失ってひとりでは決められなくなってしまった。だから、時間稼ぎに逃げ出した。どうせ逃げられやしないのに。







昨日から色々な事を思い出しながら、リュカはかつて充てがわれていたその部屋のベットに腰を下ろしながら物想いに耽っていた。石造りの薄暗い部屋の中、長年の不在にも関わらず綺麗に保たれている。何百年も経ったとは思えない程だ。ただ唯一、部屋の隅で黒ずんだ一角がある。事が起こったそこだけが、時間の経過を思わせる。


リュカは考えていた。昨日は、出会い頭の衝撃でみっともない姿を晒してしまったが、よくよく考えれば何も悩む必要はなかった。これまで幾度となく散々考えてきたのだから、今更悩む必要はない。彼は決めたからこそ戻ってきたのだから。

じっくりとこの先の計画について思案する。
今現在、リュカが思い描いていたものとは少しだけ違う形で進んでしまってはいたが、概ね順調である。想定外だったのは、クロードとノーマ、2人の動きだ。せめて、自分の力になった精霊王を元に戻してから戻ろうとしていた矢先。とんだ誤算だった。あの王は確実に、リュカにとって都合の良いように動く。それ以外にも個人的に色々と思う所があった訳で、例えこの先道が違ったとしても極力譲歩はするつもりではある。単純に敵に回したくはない、という理由もあったが。

とはいえ、起こってしまった事は仕方がない。現状と目的とを照らし合わせ、何と何が不足するかを仮定し其処へと至る為の道筋を修正し直す。それぞれ普通だった頃から変わらぬ己の得意分野である。今回は戻るのが早すぎた、というだけで大した修正も要らぬ程。彼等が死なぬ程度に首を突っ込みつつ、王とこの塔の元へ誘導する。隊外からの誘導が果たして上手くいくか、それだけが気がかりだったが、カズマが居るのであればそう難しい事でもあるまい。きっと彼ならば、リュカのやりたい方へ隊を動かしてくれる。途中までならば。

リュカは、次から次へと今後の事を考え続けた。少しでも考えを止めると、別のことを考えてしまいそうになる。
もし、自分が現状維持を望んだらどうなるのか。
もし、ベランジェがそれを望んでいないのだとしたら。
そんな、考えてもどうしようも無い事を考えてしまう。それが、どうしてだか恐ろしかった。

と、リュカがそんな事を考えていた時の事。

「何、考えてんの?」

すぐ耳元で、そんな声が聞こえてきた。
リュカは思わず身体を大きく揺らすと、睨み付けるように声のした方へぐるりと振り返った。

「以前も、突然現れるのはよしなさいと言いませんでしたっけ?」
「あれ?そうだっけ?僕昔の事は覚えてらんないしさぁ」

予想通りなノーマの返事にリュカは頬をヒクつかせる。以前からの接触の上、紆余曲折しつつ元サヤに無理やり戻させた犯人。恐らくは、クロードに行動を起こさせたのもコイツのせいかもしれない。そんな事をしでかしておきながらのこの太々しさ。相変わらずどうしようもない。

「アナタ、これ以上やらかしたら二度と口聞きませんからね」
「あっはははは、ナンノコトカナー」
「白々しい」
「……だってさぁ、あのままで何度か殺されかけたし、あんま構ってくんないし、つまんなーい」
「構うって……何寝ぼけた事を」
「だって僕ら、何だかんだで良いコンビだったでしょお」
「コンビ……?子守りの間違いでは?」
「…………」
「…………」

先日のような、時折沈黙を挟むやり取りの後。突然、今までとは打って変わって、真剣な声音のノーマの話が始まる。

「……正直な話、僕ら程生きられる人間って居ないでしょ。僕は吸血種で、アンタはその魔力の巨大さで。普通には生きられない。あの人も含めてさ」

少々驚きつつも、リュカはその話に黙って耳を傾けた。

「だから、つまんないのはホント、気が狂いそうになる位。僕ら吸血種なんて元々戦闘種族みたいなものだし、自分より弱い者に殺されるのって我慢ならないワケよ。だから僕ひとり残った。吸血種は全員家族だからさ、苦しんでたから全員、天国?ヴァルハラ?に送ってあげた訳よ。僕がこの手でね、片っ端から」
「な、んですかその話、初耳です。何故、今さらそんな話……」
「だって、アンタ終わらせる気でしょ。逃げたのに戻ってきちゃったって事は。だから、似た者同士、今話しとかないとかなぁって思ってさ。あの人にしか話した事のない僕のヒミツ。先輩の経験談だからね、ちゃーんと敬ってね」

時折混ざる軽口に多少顔がヒクつくも、リュカはノーマの話を、今度こそ口を挟む事なく、我慢しながら黙って聞いた。



ノーマの話によると、吸血種の絶滅は彼一人に因るものだという。人の形をしながら、人の血を喰らい生きる事しか出来ない者達。彼等は総じて何百年も生きる程長寿であり、戦闘を好み、認めた者以外に淘汰される事を好まない。故に寿命の割に何百年も生きる者は稀で、大抵が同族や人間族との戦闘によってニ、三百年程で命を落とす者が多い。人間族は数が多く、幾ら彼等とて軍を相手には敵わなかったから。そういった理由から、吸血種は緩やかに数を減らしていった。

だが、そう言った中、吸血種がただの人間に敗れる事に納得のいかない者達が居た。彼等は総じてプライドが高く、個々の戦闘力が劣る人間に負ける事を良しとせず、時折徒党を組んでは村々を襲って回った。勿論、人間族を自称する者達はそれを良しとはしない。吸血種退治にと特別に編成された軍隊は、吸血種を探し出しては虱潰しに殺して回った。各々、そのようにお互いに“退治”して回った彼等の関係が悪化したのは云うまでもない。そうやって数百余年、彼等は争い続けていた。
尚、その件の人間族の者達は今のライカ帝国の前身の国だったらしい、というがノーマの話だった。

そんな争いの火の手がノーマ(当時はノルマンと名乗っていたらしい)の元へ回ってきたのは、彼がとある村に留まって居る時だった。ノーマは人間に紛れながら、少し病気がちな少年として振る舞っていた。村人との関係は良好で、彼にとって家族と呼べるような大切な者が居たのだと云う。そのまま彼等が老いるまでの一時をそこで過ごし、家族が息絶えるまで傍に居よう、彼はこの時そう決めていた。

だが、それも長くは続かなかった。ある時、彼の本当の“家族”が現れ、彼にとっての人間の家族を殺された。彼は本気で嘆き悲しんだのだというが。その殺戮の現場を見られ、村人に吸血種の家族を惨殺されて。結果として、彼はひとりでその村を滅ぼしてしまった。結局のところ、どんなに大切だと思い込んでいても、人間との絆よりも同族を殺された哀しみの方が優ってしまったのだった。そしてここで、ノーマは同族の男によって自分が彼等吸血種の王族にあたる血筋だと云う事を知る。

そんな事情も手伝って、彼はその後同族を殺して回った。人間に滅ぼされる位ならば、彼等も同族に滅ぼされた方が安らかに逝けるだろうと。

そうやって最期のひとりを滅ぼし切った後。彼は強者を求めて、ライカを超えこの地にやって来たのだった。


「ーーんで、自分より強いヤツに殺して貰おうって思って歩いてたら……なんだか知らないけどこの塔に来た。てっぺんまで登ったら何だかめっちゃ強そうなヤツ居てさぁ。……でも、向こうは『会いに来たのか!』って凄く嬉しそうで。最初はえって思ったけど……結局なんやかんやで殺してくれなくて、アンタに会って今ココね。ホントこれ、訳わかんないよねぇ」

全部を話し切り、ノーマは笑顔をリュカに向けた。一方のリュカは、ノーマへ怪訝な表情を隠す事なく向ける。とてもとても、軽い調子で話されたとは思えない程の重苦しい内容で、リュカはしばし言葉を失ったのだ。

「ベランジェの話も大概だけどさぁ、僕のも中々でしょ?他にもまぁ、わんちゃんとの話もあるけど、これは今は関係ないからまた後でね。……あんまり悩み過ぎるとハゲるから程々にね」
「あ、アナタ、ノーマ……」
「んん?ーーってか、呼び方リュカの方になってる」
「……これ、私、何言えば良いんですかね」
「別に?特に、コメントは求めてないし。昔の話だし。僕さぁ、強いヤツを求めてここに来た訳なんだけど……僕を殺せそうなの3人も見つけちゃったのに誰も彼も僕を殺してくんなくてさぁ。いっそ、この後起こりそうなのに首突っ込んで置こうかと思ってね」

そう言って笑うノーマに、リュカはえもいわれぬ感情を抱く。

「長寿なのも考えものだよね。僕だってこんなに生きるつもりなかったのに。ーーきっと、あの人もそうだよ。僕ら、何だかんだ同じね」

そう言ったノーマの言葉を、きっとリュカは忘れられない。リュカの微かな迷いをきっと敏感に察知して、ノーマはこんな話でリュカを励ましたのだ。こんな、普段ふざけた態度をとる残虐な彼も、色々と感じている事や考えている事もあると。

まさかここで彼に励まされるとは、とリュカはもぞもぞとする胸の内をどうにかしたくて、大きく深呼吸をした。

「アナタに励まされるとは……いえ、まぁーー、ありがとう、ございます。一度やると決めたからにはやり通しますよ」

その言葉が妙に照れ臭くて、リュカは下を向いたまま言ったのだった。その瞬間、傍で空気が揺れる音がして、彼が声も無く笑った事にリュカは安堵するのだった。





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