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034.禁術



「やっと捕まえた。……アナタ、イチイチしぶといですよねぇ」

電流迸る鞭にノーマが捕らわれたのは、数刻もしない内だった。少年を1人抱えながらものらりくらりと逃げ回る男に、彼は右手に件の鞭、左手で数々の搦め手の魔術を繰り出し追い詰めていった。二段構えの罠に嵌り、ノーマが魔術に絡め取られる頃には、突如現れた魔獣達も倒れ臥していた。残るはノーマと少年のみ。その2人もまた、たった一人の魔術師に追い詰められている。剣士だった、魔術は使えないと公言されていた男によって。彼の魔術が、彼等を追い詰めている。予想だにしなかった事態に、その場に居た多くが言葉を失った。

「あんたに言われたくないッ、って痛ッ!ほんっとめっちゃバチバチする……痛いんだけど、解いてくんない?」
「駄目です。その子への躾とでも思えば良いでしょう」
「躾って……ガキじゃあるまいし」
「2人共ガキですよ、十分」
「どっちが!力にモノ言わせて必要も無いのに追い回してさ、八つ当たりにも程がある!」
「その台詞、普段のアナタにそっくりそのままお返し致します」
「…………」
「…………」
「こんだけ生きてれば数十年の差なんて誤差の範囲内だから」
「歳の差ではなく考え方や普段の行動の方ですからね」

ニコリ、彼が挑発するように笑えば、ノーマは顔を顰めたのだった。そんな二人のやり取りは、随分と気安いものであった。敵同士だとは思えない程、まるで長年の友ーー或いは悪友ーーであるかのような軽口だ。その後も二人の言い合いは続き、ほぼノーマが言い負かされるような展開で時折無言になる。
そんな二人の軽口の合間、無言のその一瞬を狙って、話しかける声があった。

「お前は、一体何者だ。リュカ=ベルジュ」

静かな絞り出すような声に、彼は振り向いた。その目にノーマ達と同じ赤を宿しつつ、こんなものなんでもない、といった風に魔術を発動させたまま。莫大な量の魔力を惜しみ無く、隠す事無く晒している。この場の誰よりも、万全の状態であるエレーヌやカズマであったとしても、それよりも更に上をいく程魔力は膨大であった。アレクセイの誰もが敵わない。そう思わせる程に、彼は異常だった。右手の魔術は解除する事もなく、バチバチと音を立ててノーマ(ノルマン)に絡みつき拘束したままだった。

「何者ーー、ですか……実は、私もイマイチはっきりと分からなくてですね」
「はあっ!?」
「……その内全部思い出しますって。時間の問題です。今だってこうせねばならないというのは分かりますし。この戦闘狂を止めるのと、新入りに躾をーー」
「ちょっとその冗談マジ止めて!僕そんな中途半端な中でこんだけ痛めつけられてんの!?」
「……身から出たサビです。今までどれだけ私が迷惑を被ったと思ってるんです?それに今だってそこの坊やが余計な事をしなければ、アナタが言ったようにちゃんとしてからこうなる筈だったんですから。ーーそれでノルマン、アナタ私の名前覚えてますよね?」
「……『ルーク』、僕はそれしか覚えてない」

ノーマがそう告げると、彼はしばし考える素振りを見せる。そしてしばらくの後、思いついたかのように己の名前を呼んだ。
そして同時に、二人の人間がまた、その名を口にする事になった。

「ーールーカス……」
「「ルーカス=ライツ」」
「!」

彼は言われてハッと目を見開いた。たった今それを聞かされ、思い当たるものがある、といったそんな表情だ。
また、彼自身よりも先にその名前へと思い至った二人はといえば。
その一人、エレーヌは何とも言えない、困り果てたようない表情で彼を見ており、もう一人のカズマはもっと酷い。

「は、え?…………え?誰?」

まるで自分の口から出た名前だとは思えない、そんな表情をしていた。カズマはとても狼狽えていた。あの時のように。純精霊メデイアの名前を口に出した時のように。

「またか……カズマ、お前もアレと同じか」

不安がるカズマを宥めつつ、エレーヌは、その目に幾ばくかの寂しさを湛えながら言う。

「ルーカス=ライツは、1000年近く前の大魔術師の名だ。禁術のひとつ、《ケラウノス》を開発した張本人で……その咎によりその号を剥奪されたとも。ーーかつて、我々と同じように、発生したばかりの魔王の討伐隊へ加わったとも、言われている」

カズマへ向けてそんな説明を加えながら、エレーヌは真っ直ぐに彼を見ながら言った。それを彼は、表情を消してエレーヌを見返している。

「それがなぜ……」

そう言ったエレーヌの表情が、どこか悔しそうに、哀しそうに歪んでいる。
その当人はと言えば、そんなエレーヌを見ているようでいて見てはいなかった。彼は何処か遠い目をしている。何かを思い出すかのように、或いは物想いに耽るかのように。

次の瞬間、彼の手からはフッと魔術が消え去り、ノーマが解放される。顔だけをエレーヌに向けている彼は、それに気付いているのか気付いていないのか。魔術が消えた今も尚、ノーマへ向けていた腕が下ろされる事がなかった。
エレーヌと彼は見つめ合った格好のまま、動きを止める。周囲に沈黙が走る。


そんな沈黙を破って見せたのは、勝手知ったるノーマだった。ノーマは、未だぼうっとしている彼の肩を組んで引き寄せると、まるで見せ付けるかのように耳元へとその口を寄せる。その口許にはわざとらしい笑みが浮かんでいた。ボソボソと何事かを呟いたかと思うと、彼の目に再び光が宿る。

「やかましい」

すっかり意識が戻ってきた彼は、途端に眉間に皺を寄せるとノーマの胸元を肘で押し返した。そこには既に、先程まで抜け殻のようだった彼は居らず、迷惑そうな表情でノーマを睨め付けていた。彼は強めにノーマを引き剥がすと、再びエレーヌ達へと対峙した。今度は片手間でもなく、しっかりと身体を向けて向き合う形となった。

「その認識でかねがね間違いないかと。ただひとつ、言っておきますがーー、私は、人間族も精霊族も嫌いです。妙な考えは起こさぬように」

彼は言い放った。表情をピクリとも変えることなく、何でもない事のように言って見せた。そこには、エレーヌ達への配慮など何もない。彼がリュカ=ベルジュであってそうではない事を突き付けるかのように。

「時間です」

そしてその時、彼がそう口を開いたのと同時に。彼の足元にある地面から、手のような形をした影が無数に伸びてきた。クロードのそれと同じだ。だが、その数だけは比べ物にならない程、無数に飛び出してきたそれは、彼だけでなく傍に居たノーマとクロードの方にまで及び、何重にも巻き付いて彼等の身体を真っ黒に覆い尽くしていく。それが当然であるかのように、こんな気味の悪い手に捕まる事にも3人は躊躇する素振りを見せなかった。それを見た討伐隊のメンバー達は、一歩、また一歩と距離を取るようにジリジリと後退していく。
そんな様子の最中、彼は巻き付かれながら再び口を開いた。

「カズマ=カンザキ」
「!?な、んで苗字知ってーー!」
「ゲルベルトから石を受け取って、務めを果たしなさい。文句はヴィクトルへ直接どうぞ」
「え!は!?務め?ヴィクトルってだれーー」

驚きに叫び声を上げるカズマを尻目に、彼は続ける。

「エレーヌ=デュカス」
「な、んだ」
「城にある《ケラウノス》の魔術書はダミーです。書き換えられては敵いませんのでね。覚えて下さい、今」
「!」

言いつつ手の平を前にかざした彼は、魔法陣をその場で可視化する。人を23人覆い尽くしてしまうような大きな陣は、黄色の光で描かれていた。黒に良く映えるその光は、彼がすっかり影に呑み込まれてしまうまで維持された。

光が消えたその瞬間、それを維持する為に突き出された手だけが影に呑まれず最期までそこに残される事となった。まるで助けを求めるかのように宙に浮いたその手は、ゆっくりとそこに吸い込まれていった。
手の吸い込まれていった真っ黒く盛り上がった影の塊は、あっという間に地面へと吸い込まれると、唯の影と同化して瞬く間に見えなくなってしまった。

現実味の無い出来事と僅かばかりの言葉が残されて、討伐隊の隊員達は暫く呆然とする。
その衝撃は中々忘れられそうに無かった。





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