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031.火の鳥と風神



その時カズマは真っ先に動いた。
吹き飛ばされたリュカに代わり、レオデガルのフォローへと入った。地面を転がって行く彼に駆け寄り、背に庇いつつ簡易ながら結界を張る。ジャンやエレーヌに比べればお粗末なものだったが、無いよりはマシであるとの判断だ。

「大丈夫、ですか?」
「ぐう……うむ。ベルジュのは……?」
「……多分、無事」

彼がリュカを殺せない事は分かっている。例え内心では心配で堪らなくとも、さっさと駆け寄りたくとも、それをリュカが良しとしないのは理解できていた。だからカズマは自分の出来ることをする。それが最良だと、カズマは知っている。

「今度はお前かよ......」

心底嫌そうな声と共に、ノーマの拳がカズマの結界に早速叩き付けられた。カズマが思っていたよりも戻りが早い。ビキビキと結界にヒビが走る。それと同時に、先程までカズマがいた方角からは世にも恐ろしい咆哮が聞こえてくる。カズマの足が少しだけすくむ。だが、ここへまんまと飛び込んできたのはカズマの方なのだ。拳を握り締めながら、眼前の敵を睨み付ける。もう、守られるだけの自分では居られない。

効くかも分からない、しかしやるしか無いとカズマはしっかりと魔術をストックしていった。

「いっちょ前に魔術師ぶりやがってーーウィーフォーク!」

ノーマが吼えた。カズマには理解出来なかったが、きっとそれは蔑称の類いなのだろう。同時に叩き付けられた爪が、結界を粉々に砕く。しのごの言ってる暇もなく、カズマはノーマの目の前でそれを発動させた。

手の平から炎を迸らせたその一瞬、ノーマの目が見開かれた。ほんの少し身体を強張らせるような仕草も見せたが、次の瞬間には何事も無かったかのように身体を翻してみせた。地面に着地すると同時に、カズマの魔術から軽々と逃げ仰せて見せる。一体、あの反応は何だったのか。そうは思うも、今のカズマにその理由を考える余裕なんてない。次に一体どんな手を使えば目の前の男を黙らせる事ができるか。今のカズマは、それを考えるのに手一杯だ。

もっと何か。もっと何か、目の前の敵を殲滅するに相応しいそれがあったような気がする。自分はこんな所でくたばる程度のモノではない。あのようなものに遅れを取る己では無い。次、次、と魔術を繰り出し応戦するカズマの頭を、傲慢なばかりの思考が巡る。

「私を忘れてもらっては困る。我々とて一人でも出来る事はあるのだぞ」

カズマの背後から声が聞こえた。ハッとして其方を向けば、レオデガルが先刻のように右腕を横に振る所だった。まるで空を切るような仕草だ。

「ーーックソが!」

その途端の事。ノーマの動きが、止まった。カズマは目を見開く。

「我らが唯一、単体で人に及ぼす事のできる魔術よ。……だが長くは持たん、早よ仕留めい、魔術師よ」
「うん!」

少しばかり額に汗を浮かべ言ったレオデガルにカズマは頷いた。言われるがまま、即座に魔力を練り始める。使えるもの全部をまとめて全て。ここぞと言う時の為にとっておいた魔術を使うと決めた。エレーヌには使うなと言われたそれを。

きっとカズマは、それを使ったら倒れてしまうのだろう。だが、それを賭けるに足る絶好の好機だ。あの忌々しい小童を、ここで消してしまうのに。きっと悲しまれるし、怒られるに違いない。分かっている。だけれども。カズマではないカズマ自身がそう囁いている。

ーーどうしようもなく、アレは邪魔なのだ。

カズマの、とっておきの魔術が発動する。視界が歪んで見える程の熱量と共に、現れた炎が形を成してゆく。

「っ不死鳥ーー!」

レオデガルの口からはポツリと呟きが漏れ、しかしカズマは最早立っていられず膝を付く。炎が形取るのは、空を駆ける鳥だ。鳥を具現化していられるのは、カズマの今の魔力では保ってせいぜい1分だ。だが、当たれば勝ちだ。幾らあのノーマとて、当たれば只では済むまい。
当たれば、の話ではあるが。
未だノーマは魔法陣から抜け出せずに居る。藻掻いている。運はカズマに味方している。カズマは信じて疑わなかった。
業火に死の匂いを纏わせながら、それは動きのままならないノーマに向かって一直線に空を駆けて行った。
勝ったーー。カズマは歯を食いしばりながらも、笑みを浮かべた。


だがその時突然、ノーマと炎の鳥の前に立ち塞がるように巨大な黒い影が姿を現した。それは、人を丸呑みできる程に巨大な大口を開けながら、青白い炎を正に地獄の業火の如く、勢いよく吐き出したのだった。

「あ、れは……」

遠目にカズマにすらその熱量が伝わってくる程に、それは驚くべき威力だった。あっという間に、真っ赤な炎は青白い炎に包まれ焼かれ、呑み込まれてしまった。そうしてとうとう、カズマは力尽き地面に手を付いた。あと一歩だったのに、と口惜しげに歯を食いしばる。だが、チャンスはいつでもある。戻ってからでも良い。別に誰が消えようが何だろうがかまわない、今自分の傍にいる男でさえも。
消耗しきった身体でそこまで考えてから。カズマはその場でしばし目を閉じたのだった。突然魔力を大量に失った事による副作用の類いだろう。目眩がしていた。

「あの、獣は一体……」
「フィリオの高慢チキ野郎共が。初撃で殺されなかった事を幸運に思えよ。借りは返してもらう。アレは元々この子のモンだ。契約なんてもうとっくに切れてんだよ」
「ーーベルジュのが言っていたのはこう言う事だったか……」

目を閉じて息を整えているカズマのすぐ傍で、何事かのやり取りが行われている。其方に耳を傾けるも、荒事の気配は鳴りを潜めていた。それに多少安心はしつつ、カズマは警戒を怠らなかった。気配を辿る。

未だノーマはあの場から動く気配を見せず、カズマの魔術を掻き消した獣は音も立てずにその場から離れていった。レオデガルは相変わらずそこに居て、しかし彼の魔力すらも残りが少ない事はカズマにも分かった。

遠くで甲高い獣の鳴き声が聞こえた。獣が怯え、抵抗する時のようなソレだ。そこでカズマは理解した。カズマ達を助けてくれたあの、大きな白い獣はきっと捕まってしまった。
そして同時に、何かガラスのようなものが割れる音がした。カズマの隣で、レオデガルもまた膝を付く。

「ようやく魔法陣も消えた。後はアンタら始末するだけーー」

カズマはサッと目を開き、いざという時のためとリュカから渡された小刀を懐で握り締める。魔力切れの魔術師が2人、雁首揃えたところで何にもならない。きっとノーマ相手には赤子の手を捻るようなものだろう。まるで処刑を待つ罪人のようだ、とカズマは思ったのだった。

ただ、不思議とカズマに不安は無かった。この後すぐ、自分達の元へ助けが入る事を知っている。最早誰のものだかも分からない思考と予想が、カズマの頭を支配していた。

「すぐに来るよ」

ポツリとカズマが呟くと、レオデガルもノーマも、揃って怪訝な顔をした。

そして、それはカズマの予言通り、直ぐに起こった。

カズマとレオデガルの2人を囲うように、結界が出現した。魔術の展開が早すぎて、ノーマですら反応が遅れる。突如湧いて出た結界に彼ですら目を丸くするばかりで、次の行動に迷いがあった。彼女はそれを見逃さない。何の前触れも無く、三人の間を嵐の如き暴風が吹き荒れる。カズマ達2人は結界の中に居り影響を受ける事はなかったが、結界の外ではさしものノーマですら避ける事敵わず。空中に放り出されてしまっていた。流石の反射神経で木々の間へと直ぐに避難されてしまったようであるが、カズマとレオデガルは一先ず目の前の危機からは抜け出したのであった。
ジャンが叫ぶ。

「お怪我は!?」
「ジャン!大丈夫だよ、ありがとう」
「本当に、良かった。リュカさんもカズマも飛び出して行ってしまったので……まぁ確かに事実時間稼ぎは助かりましたけども。全く、お2人は似た者同士ですね!」
「ご、ごめんなさい……」
「本当ですよ!おふたり、行動も思考も、益々似てきてますっ!今度暫く、カズマとリュカさんには離れて過ごしていただきましょうねっ」

愚痴を零しながら怒れる彼女は、実に恐ろしかった。ノーマに地面を踏ませない気なのか、話している間すらも次から次に嵐やら竜巻やら鎌鼬やらを乱れ打ちしていった。
そんな、カズマが初めて見る彼女の猛攻に顔が引き攣ってしまって、彼は少しだけ正気を取り戻したのだった。

「ジャンが攻撃するとこ初めて見たけど、何と言うか……エグい」
「エグーー、それはどう言う意味なのだ?」
「過激というか、容赦ないというか……そんな感じの意味です」
「成る程。……それは同意する」
「とっとと、僕を休ませてぇえーーッ!」

そんな事を叫びつつも、攻撃に魔力を全振りするジャンの恐ろしい事恐ろしい事。生憎とこの場にはカズマとレオデガルしか居なかったのだが、他の誰がそれを目撃したとて、ジャンの豹変ぶりに目を剥くに違いない。

因みにこの猛攻、魔術師団内では、彼女の疲労が突き抜けてしまった際の名物となっている。一部では風神雷神だのと呼ばれていたそうだが、師団外の人間が知る由もない。最小限の魔力で魔術を操る事に人生の大半を費やしてきた彼女にとって、魔力切れは殆ど縁の無い話ではあるが。

そんなジャンが今、自身の魔力が半分以下になる程には、己の魔力を消費してしまっている。ジャンも恐らく、ある意味"ハイ"の状態になっているのだろう。治癒魔術や彼女レベルの結界は、普通の魔術よりも魔力を喰う。それ故に、緊急事態を除き彼女は攻撃にはほぼ加わらない。だが、加わらないだけであって、攻撃出来ない訳ではない。彼女の属性、"風"による魔術は、どんどん過激になっていったのだった。

「何だこの男ッ、結界の担当ってだけじゃないのかよ!チョー痛いッ」
「早くッ、帰れぇええぇーー!」

今更男だ女だのとジャンは気にしない。敵も味方も入り乱れ、甲高い絶叫が周囲に響いた。






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