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030.フィリオ公国



白い獣は、甲高い咆哮を上げると魔獣目掛けて駆け抜け、其れらの群れを片っ端から蹴散らして行った。口から時折炎を吐き出しながら、猛スピードで動き回る。余りの猛攻に、リュカ達一行はそれを見ている事しか出来なかった。

何故突然、あのようなモノが現れたか。リュカには一つだけ思い当たる節があった。アレクセイ王国、ライカ帝国と並ぶもう一つの大国。唯一、人間以外の国とは面していない、特殊な術を使う者達の国。彼の国もまた、二つの大国の動向を注意深く監視している。

リュカは、白い獣の戦いに釘付けとなっている面々を差し置き、それの現れた方角をひとりーー否、同じ事を考えたらしいカミルと共に、ジイッと見つめたのだった。

4人の男達が森から現れたのは、それから間も無くの事だった。彼等は皆一様に白に金の刺繍を施したローブを目深に被り、4体の白い獣に跨っていた。最初に現れた狐程大きくはなかった。白狼(或いは山犬)のようなそれが2体と、白虎のようなそれが2体。今尚戦いを挑んでいるあの狐は、どうやら彼等にとって特別のようだ。リュカの頭の中では、彼等が突然現れた理由へと素早く移っていった。自然、リュカの顔がやや険しくなる。余計な事を、と。

「情報を受け来てみれば三大国家の兵共がこの体たらく……。貴様らが協力などと、妙な謀略は辞め即刻国へ帰るが良い。我が国に害でも及ぶならば、この場で即刻悪鬼共の餌としてくれよう」

先頭の白い虎に跨る男が、偉そうな口調でフードを外しながらリュカ達を見下ろし言った。銀の透き通るような髪を肩口で切り揃え、同様の銀の目にはある種侮蔑の色を浮かべている。

そして、その男の背後では他の3人が何事かのスペルを唱えている。アレクセイの魔術よりも長い祝詞と、それに呼応するように彼等の眼前に浮かび上がる白い魔法陣。
それを見た剣士達が一斉に警戒し剣を構えるが、リュカは素早く片腕を上げ首を横に振る事で其れを制した。カミルもまた、リュカの隣で同様の対応をしてみせていた。

カミルやリュカ、そして魔術師達は知っている。あれらは、彼等の国ーーフィリオ公国の神聖魔術だ。闇に潜む連中の、最も嫌う魔術の類い。

「話し合いの邪魔になる闇の者達には、とっとと消えて貰おう」

偉そうな男が手を横に大きく一振りすると、3人の術師たちはスペルをピタリと終え、両手を掲げながら魔法陣を宙へと押し出した。それら3対のサークルはクルクルと回りながら空中で重なり合い、魔獣達の真上へと到達する。すると間も無く。重なり合った魔法陣はその回転を止め、巨大化したかと思うと。それは眩い光を放ちながら一瞬で魔獣達を呑み込んでいった。

しばらくして、それらの光が魔法陣と共に消え去ったかと思うと。その場には焼け焦げたような跡が残り、魔獣達は塵と化し消えてしまっていたのだった。

周囲にようやく、静寂が訪れる。
あっという間に着いてしまった決着に唖然とする面々の中。リュカは新たな面倒事の予感に気分を引き締めつつ、件の銀髪の男を見上げたのだった。



「それで?この事態に何か申し開きはあるのか?」

随分と人を見下したような態度で、獣に乗りながら問い掛けてきた男に、リュカとカミルが対峙する。彼等は少なからず面識があった。

「この度は助力頂き大変感謝致します。ーーただ、以前も言いましたが、そのような物言いばかりでは禍根を遺しましょう。もう少々穏やかに話しましょう。我々にあなた方を陥れようなどという気はありませんので」
「そうだぞこのホワイトチェリー野郎」
「カ ミ ル 殿」
「チッ」
「む……努力はしよう。それで?」

そのような出だしで始まった彼等の状況説明は、その場ですぐにとり行われた。通常、魔獣との戦闘後はすぐにその場から離れるのがセオリーであるが、今は神聖魔術を扱う彼等が居る。禍々しい気配の浄化や隠蔽は、フィリオ公国にとってはお手の物だった。銀髪の男ーーレオデガル=バイヤールは獣の背から降りて手短かに命じると、他の3名がそれを実行した。

神聖魔術は一見便利そうにも見えるが、特殊な魔力を持ち、かつその保有量が一定の条件を満たし、そして複数人での実行が不可欠な魔術である。おまけに、高い効果が現れるのは魔獣やそれに類する者達のみ。神聖魔術は制約が多く、それ程使い勝手は良くはないのだ。そして、彼等フィリオ公国にとっての攻撃手段は、専ら契約獣の力による代理で行われる。己では戦えない。故に、個々の戦闘力自体はアレクセイ王国の魔術師に見劣りする。そういう事情からか、それとも彼等の神による教えなのか、彼等は徹底的に他国不干渉を貫いていた。唯一神によって指名された教皇が、公国の総てを取り仕切るのだと言う。


リュカ達はまず、アレクセイ王国とライカ帝国それぞれが魔王一族の討伐隊を編成し、それらが森で出会った後に互いに協力関係を結ぶ事になった経緯を手短かに話して聞かせた。
そして、それに倣うようにフィリオ公国側もまた、国境を超えてこちらまで来た経緯を開示する事となった。

「猊下の命に決まっておろう。貴殿らが共同で何やら謀の気があると」
「それは否定はしませんが、ただし相手はあなた方ではありませんからね。神に誓って」
「成る程。あの大群を見ればそれも得心が行く」
「それで、レオデガル殿はこの後どうなさるおつもりで?」

リュカは少しばかり、周囲を気にしながら問い掛けた。そもそもが場所を顧みずに手早く話を始めたのも、リュカが何処か落ち着かない、何かも分からない妙な焦燥感を覚えているからだ。一刻も早く話の決着を着けてレオデガル達をこの場から去らせないといけない。何故だか、リュカはそんな気がしていた。

「いや何、貴殿らの動向を暫く監視したら戻るつもりだ」
「まぁ貴方には頼もしい召喚獣がいらっしゃるようですので去ろうと思えばすぐにそうできる訳ですかね」
「まぁそのようなものだ。我々には空間を扱う特別な召喚獣が居る。彼の手に掛かればこんな距離何でもない。一瞬で着く」

途端に舌打ちを打ったカミルの傍らで、リュカは人知れず息を呑んだ。世界的にも珍しい、空間の狭間を駆け抜けるの話。リュカは軽い耳鳴りを覚える。遠い遠いデジャヴ。現実と、幻聴が重なって聞こえるようだった。

『ーーこの子、綺麗でしょ。まだ染まってない。僕の居た国でね、珍しいからって色々あって。親子離ればなれーー』

「何、貴殿らの監視も2〜3日で十分ーー」

『ーー連中に約束、破られてーー』

「これは他国の者には誰にも見せた事のない美しい神の遣いだ。見られた事を光栄に思うと良いーー」

『この子もいつか、染まってしまうんだろうかーー』

リュカは素早く口を開いた。息が荒い。頭を染め上げる焦燥と緊張に、目の前が真っ赤になるようだった。

「レオデガル殿」
「ん?なんだベルジュの」
「ーー貴方がたは今、直ぐに、公国へお戻りになった方が宜しいかと」

何かに思い当たったリュカは、バクバクと鳴る心臓の上を、ローブの上から押さえ付けながら淡々と言った。

思えば最初から、魔獣が襲い掛かってきたその時から、状況は狂っていたのだ。
魔獣は群れない。
この世の常識だった。だから、アレクセイ王国は少人数でも森の中で対処できると踏んだ。そしてそれは、今日この日までは、真実だった。
その前提が崩れたとなれば、何らかの因果が疑える。
この旅の目的か。はたまた別の何かか。

「……貴殿、我の話を聞いていなかったのか」
「そーだよ、リュカ=ベルジュ、こいつらでもさっきのみたいなのだったら使えるんだから、精々こき使ってーー」
「このまま此処に居たら恐らく、貴方がた、帰れなくなりますよ」

リュカは言いながら、半歩下がり剣を抜いた。その顔付きは既に、戦闘時のそれと相違ない。
だが、目の前で剣を抜かれたレオデガルもカミルも、その奇行に目を丸くする。
だが、リュカの危惧したそれは、リュカが話し終えるよりも先に、起こってしまった。

「命惜しくば早急に帰ーー」

リュカが剣を構えるが早いか。カミルとリュカの間を縫うように飛び出してきた長い鋭い爪が、目にも止まらぬスピードでレオデガル目掛けて襲いかかった。

「ッーー!」
「チッ!」
「っ!?」

リュカがそれを辛うじて受け止めるも、ヤツの勢いは殺せない。背後のレオデガルと共に、リュカは弾き飛ばされてしまった。ヤツのその舌打ちが、リュカの耳にも届いた。初撃を受けられた事を奇跡だと思いつつも、吹き飛ばされてしまった事を背後のレオデガルに内心で謝罪する。

そのまま2人は、森の中を数メートル程転がって行った。リュカは一回転しながらも前のめりに着地。直ぐに上体を起こし、ヤツの出方を窺おうとした。だが、リュカはヤツのーーノーマの姿を見失ってしまっていた。素早く視線を巡らせるも、ノーマの姿を捉える事はできない。そして、目的の彼を視認する隙も無く。視線がブレたかと思えば、リュカはその場から横っ面を蹴り飛ばされてしまったのだった。

衝撃に頭が揺れ、一瞬意識が飛ぶ。だが、背中が大木に激突する衝撃と、それに伴い詰まった息に意識が直ぐに戻った。頭に喰らったそれに比べれば幾分かマシだ。そのまま地面に落ち、そしてそこで、リュカは手から剣が零れ落ちてしまった事をようやく自覚する。目眩に眩む視界を無理矢理動かし剣を探す。早く戻って、レオデガルの補助に誰かをと。リュカがそう、うつ伏せにもがいていると。
背中から、右肩を貫かれた。

「うぐッーー!」
「邪魔、しないでよ。そこで大人しくしといて」

そのまま剣ごと地面に縫い止められ、リュカは起き上がる事が出来なくなる。しっかりと半分程まで地面に突き立てられてしまった剣は、自力で抜く事はほぼ不可能かと思われた。痛みに悶える意識の片隅で、ノーマの気配が音もなく離れて行くのを感じる。

隊からひとり離れ、おまけにノーマ程の戦闘狂が相手では他の誰かからの助けも当分望めまい。凶暴な召喚獣を次から次へと出されたら、あの人数が居たとて五分五分であろう。召喚獣に狙われるならまだしも、その親であるノーマ個人に本気で狙われたら。それこそ命はない。アレは、そういう種類の人間だ。

そしてあの、フィリオ公国の人間達に対する殺気。他の人間に向ける反応とは明らかに異なっていた。願わくば誰も犠牲にならない事を。いとも簡単にあしらわれてしまった悔しさに歯噛みしながらも、リュカは必死に考えた。最初に頭に喰らってしまった足蹴が大分効いている。疲労も溜まっている。今更、自分には出来る事が無いかもしれない。

それでも希望は捨てなかった。あの男は、リュカを遠ざけた。つまりは彼にとっては、リュカに彼処に居られるとまずい理由があるに違いないのだ。ならばと、リュカはもがく。右肩を貫通した剣は深々と地面に刺さっている。ちょっとやそっとの力では抜けそうに無い。かと言って無理に抜け出せば、己は戦力にならぬ程にダメージを負うだろう。ならばどうすれば良い。どうすれば抜け出せるか。

リュカは気を抜けば意識を持っていかれそうなるのを痛みで必死に誤魔化しながら、懐に潜ませた短剣を手に取った。






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