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029.助っ人



 その後の道中、リュカはゲルベルトに絡まれつつも比較的穏やかな気分を維持していた。リュカの魔術講義の最中、ある程度煮詰まってくると、何故だか件の隊長殿が間に割って入るようになったからだ。彼らの掲げる弱肉強食を地でいくゲルベルトの事、自分の敵わない相手には自然と下手に出るようなのだ。
 この時、リュカは学んだ。ゲルベルトから逃れるには、ユリアン、若しくはカミルをだしに使えば良いと(カミルはそう簡単に巻き込まれてはくれなかったが)。

「ゲルベルト」
「っ、ユリアン隊長……?」
「少し、休め」
「……ッス」

 初めてその光景を見た時には、リュカは余りの驚きに言葉を失った。そんな殊勝な心がけが出来るのであれば、いつも誰に対しても是非そうしてくれ、と。そんな台詞が口から飛び出そうになるのを、リュカは理性の力で何とか押し留めた。
 勿論、先日のようにカミルと並んだ時のゲルベルトの態度にはまあまあ驚いてはいたのだが。それとも違う、相手をちゃんと立てるオトナな態度をどうすればあの男に取らせることができるのか。リュカは延々考えた。
 ユリアン=ガイガーはともかく、カミル=ハインツェは一体どうやってゲルベルトのアレを制御しているのだろうかと。そこは是が非でも、早々に知っておきたかった。
 一度ゲルベルトを本気で戦闘不能にまでぶちのめしてやるのが良いのか、それとも何かゲルベルトの弱みとなる情報を得てバラされたくなければ要求に従うように調教すれば良いのかと本気で考えた程だ。

 結局、考えても彼等を観察しても、制御の仕方を良く理解出来なかったリュカは、ローラントが役に立たないからと向こうの隊長がその役割を買って出たのだと思い込む事にした。

 しかし、それから間もなく、リュカはその考え方に酷い違和感を感じるようになっていくことになる。
最初にリュカがそれに気付いたのは、戦闘中のフォローからだった。魔獣との戦いの最中、あわやリュカの背後へ大型魔獣の爪が伸びようとしていた時の事。
 突如として傍に現れたユリアンによってリュカは肩に抱えられ難を逃れた、と言う事があった。但し、リュカにその攻撃はちゃんと見えており、例えフォローが入らなかったとて危なげなく十分躱せるようなものだった、という事はリュカの名誉の為に言及しておく。その時こそ、不服である事は表面上おくびにも出さず謝意を示しはしたのだが。内心では文句たらたらである。

 その後も毎度、食事の最中、魔獣との戦いの最中、そしてただただ歩き続ける道中、ゲルベルトが寄ってきている訳でもないのに、ユリアンからのフォローがしつこい程に入ってくる。特にリュカとカズマが一緒だとその傾向は顕著で、ローラントの行手を遮りつつ突如として目の前に現れるものだから、カズマもリュカも、揃って何度驚いたか分からない。
 とうとうある時、カズマはこっそりとリュカに耳打ちをした。

「ね、ねぇリュカ。あの人、何か知らないけど俺達のことだけすっごい構ってこない……?カミルに対してもそうっちゃそうだけど」
「…………」
「今度カミルに聞いてみよ」

 そう決めたカズマの行動は早かった。リュカとカズマ、そしてカミルが近くに居る時、そしてユリアンが他の事に気を取られている時、カズマはタイミングを見計らって問い掛けた。

「ん?何でユリアンが構うかって?」
「うん……君はその、慣れてるようだから」
「あー……うん、あのオッサンね。僕が言うの何だけどーーカワイイもの好きらしいから」

 その言葉に、カズマとリュカはほぼ同時に絶句した。

「子供に構おうとすると泣き叫ばれて逃げられるから、時々……代わりにされる」

 項垂れ、両手で顔を覆いながら言うカミルに、カズマとリュカは顔を見合わせた。互いに何とも言えない、微妙な表情である。悲哀と憐憫の混じり合ったシンパシー。

「僕ら泣き叫ばないし逃げないし……ちっさいし」
「ああ……うん……」
「アレで押しが強いから逃げらんないってのもあるけど……あんなんでも面倒見は良いし使えるからさぁ、もう止めるのもめんどくさくって放って置いてる」
「なる、ほど……」

 その時ばかりは、カミルの饒舌も鳴りを潜め、焚き火を囲む3人の間を得もいわれぬ沈黙が走ったのだった。
因みに、ジャンへの態度が普通な事に対しては、
「女性だから遠慮してるんじゃない?」
との事らしい。気の使い方が益々おかしいのでは、なんて台詞は各々胸に仕舞われたらしかった。


 そんな奇妙なやり取りを挟みつつも、リュカ達一向は強力な助っ人を加えて森の中をずんずんと突き進む。
 変わらず、先頭集団にはジャンを中心にロベールやラウルが続き、エレーヌ、カズマ、アンリ、ロベール、そしてアレクセイ王国とライカ帝国との間にはやはりリュカを挟む。
 その後ろに、今はカミルやホラーツ、エアハルトが続き、最後尾には追いやられたローラントとゲルベルト、そして帝国最強のユリアンが続いた。

 大所帯になればそれなりに進行速度に変化が出そうなものだが、元来体力に難のある魔術師が少ない上、最後尾を体力馬鹿が陣取っている事もあり、集団の移動速度は当初と何ら変わりない。いっそ最後尾から突き上げられ、速度は心なしか早まった程である。
 だがしかし、スムーズに先を進ませてくれないのが、この森が魔の森たる所以である。


「何この魔獣の数ッ、あり得ないんだけどっ!」

 苛立たしげに叫ぶカミルの声が、リュカの耳にも入ってくる。カミルの主要武器はボーガンだ。矢の残りを気にせねばならない為、扱い難い部分もある。しかし、それだけで終わらないのがカミル=ハインツェである。
 片手にダガーを携え、矢の驚くべき命中精度で大きな敵を確実に屠っていく様は、彼の外見からは想像もつかない。しかし、彼が武装親衛隊員である以上武人としての実力は正しく本物である。そう言う意味では、リュカも彼の事を微塵も心配などしていなかった。

 ましてやリュカ達もまた同様に襲われているのだから、カミルを手助けする余裕などない。彼等は、森のある一画で、大型魔獣の大群に襲われていたのだ。
 四方を無数の獣型の魔獣に取り囲まれている。猪型のもの、熊型のもの、大型の猫科の動物のような形をした獣等々、数えるのが億劫になる程の魔獣達が居た。唯の獣ではない上、ユリアン=ガイガーの背丈さえ超える大きな獣は、様々な部位が強化されており、一体撃破するだけでも一苦労である。

「カズマ、極力隊列から離れないで下さい!」
「はいッ!」

 特に、体格で劣るリュカや、魔術師としては半人前であるカズマにとっては苦行であった。こういう時、リュカは特に己の小柄な体格をやたらと恨めしく思う。ゲルベルトやラウル、ユリアン達のように、一対一で渡り合えればどんなに楽かと。
 小さいなりに、相手の死角に入り込みやすいといった利点は勿論あるのだが、どうしたってデメリットばかりが目につく。リュカはそんな事を考えながら、獣の腹の下へ滑り込みつつ素早く急所や足回りを潰して回ったのだった。
 リュカが手足を潰し、動きが止まり仕留めやすくなった所でカズマが焼き払う。カズマの使う魔術はある程度の範囲に渡り火力が大きいものばかりを使うので、狙い所さえ間違わなければ、一撃で一気に数を減らす事ができた。エレーヌ程の威力や命中精度は無く立て続けに何発も打てない、というデメリットはあれど、確かな成果である。2人はそうやって、互いを上手くカバーしながら着実に数を減らしていったのだった。

「うーわ何あのコンビ……えっぐぅ

 あれだけ斬りつけ走り回ったにも関わらず、リュカの身体には返り血など殆ど付着しておらず。そして、カズマが遠方から魔獣を一撃で屠ってゆくという2人の戦いのスタイル。それを目にしたカミル=ハインツェは、思わずポツリと溢したのだった。
そしてその一方で。

「何あれ何あれ何あれ……怖ッ、ってかスプラッタホラーじゃん。……絶対ああ言う殺人鬼居るって」

 相変わらずの豪快な戦い方により、悉く血濡れになるゲルベルトやユリアンその他の姿を見て、カズマはひとりごちていた。
 そのような各自の戦い方で、彼等はかれこれ小一時間程戦い続けている。大量の魔獣達もその数を段々と減らし、大きさも小ぶりの獣が増えつつある。しかし、それでも数が居るだけあって、今やアレクセイ王国もライカ帝国も関係なく、一箇所に固まりつつ互いを庇いながら最小限の動きで倒すようにシフトしていった。

「カズマ、休みなさい」
「っ……でも」
「魔力は直ぐには回復しません。ここぞと言う時にお願いします。私達はまだ動けますから」
「……はい」

 元々軍人でも魔術師でもなかったカズマの疲労は、魔術師3人の中でも群を抜いている。しかもその疲れを隠したまま魔術を放とうとする彼に、リュカは目敏くそれを許さなかった。カズマに魔力を供給しつつ、彼を諌める。
 本来、これはエレーヌの役割ではあるが、今の状況においてそこまで手が回っていなかった。彼は今、ジャンと代わる代わる、魔獣を休憩所に近寄らせない立ち回りに心血を注いでいる。失敗の許されない、神経を使う役割だ。彼等の休憩中、他者を気遣う余裕はなかった。
 カズマはリュカの言葉に納得はしつつも、懇願するように言葉を掛けたのだった。

「せめてリュカも、ちゃんと休んで」
「……カズマ、私は貴方のお陰でいつもよりかなり楽をしています。この位はまだ大丈夫ですよ、何日も戦い続ける訳ではないでしょうし。私も軍属ですから。休みなさい」

 出来る限り優しい声音で言いながら、リュカはカズマの頭にぽんと手をのせたのだった。カズマは、素直にリュカの言葉に従った。
 そしてそれとほぼ同じ時。
「ちょっ、ユリアンッ、最中にそんな所で急に動き止めんな!そっち見てんな邪魔ァ!」
 カミルのそんな叫び声が響いたというのは余談である。

 それからさらに一時間程が経過した頃。
 事態は突然思わぬ方向へ向かう事になった。それに真っ先に気付いたのは、例の如くラウルだった。

「何だ……?」

 軽い休息を取る為、ロベールと入れ替わりに腰掛けた筈のラウルが、突然警戒を露わにその場で立ち上がったのだ。彼は、魔獣達との戦さ場の先、森の奥を目を細めて凝視している。その狼の耳も、どんな小さな物音すら聞き漏らすまいとピンと立ち上がっていた。
 ラウルのその危機察知能力の高さを知るアレクセイの隊員達は、休憩中かどうかに関わらず一斉にラウルを見、武器を構えた。

 それから間も無くして、事はすぐに起こった。ラウルがその目を丸くするのとほぼ同時に、しなやかな動きのその生物はリュカ達の前に飛び込んできた。
 その一瞬の内に、リュカはその生物の神々しさに目を奪われた。まるで、リュカ達と魔獣達との間に割って入るかのように、こちらに背を向けて立ち塞がるそれ。
 真っ白な狐のような出立ちのそれは、馬程の大きさがあった。全体的に白く、しかしその四足と尾の先端の毛は金色がかった色味をしていた。その目もまた金色で、縦に伸びた黒目が鋭く魔獣を射抜いているのがリュカには見えた。その瞳には確かに知性が感じ取れて、リュカは漠然と理解する。この生き物は、魔獣と相対する存在であり、人のような思考力をも持つと。
 魔獣達とリュカ達の間に入り、今や動きを止めてしまった魔獣達を一心不乱に睨み付けていた。その状態のまま、しばらくの間膠着状態が続いた。何体もひしめき合う黒黒とした魔獣達と、それに対する真っ白な狐。両者は睨み合い、互いに威嚇し合う。その均衡が崩れたのはすぐだった。
 白い獣が、吼える。





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