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028.悪戯の神様



「楽しそうだな」
「え……どう見ても言い争ってるようにしか見えないんですが、僕」

 ふふふ、と騒がしくも言い合いをしている件の2名を目に、笑いながらそう言ったアンリに、隣に座るジャンは冷静にツッコミを入れた。当に対岸の火事、とでも言いたげに二人は穏やかな会話をしている。
 ジャンが再びその当事者2人を見ても、彼等は真っ赤な顔で言い争っているようにしか見えない。彼の言う"仲が良い"というのは、まさか喧嘩で怒鳴り合うような仲の事を言うのか。ジャンはまさかと思いつつも、何を考えて居るのか時折分からなくなる落ち着いた横顔を見上げた。

「2人ともあんな顔、国ではしないだろう?ある意味で、ここでは縛りやしがらみから解放されてるんだろう」
「……それで、楽しそうだと」
「うん。2人とも表情豊かだ。魔術師の特徴のように見えるな。……騎士は特に仏頂面が多い」
「リュカさんは、その騎士団員の剣士ですけどね」
「どうかな」
「?」
「彼、魔力持っていると分かったんだろう?」
「……ええ」
「本当に、使えないのかな?今」
「!」
「彼の行動は私でも読めない。常軌を逸している行動も多い。私には魔術の事は良く分からないけれど、今も尚彼が魔術を使えないという確証は何処にもない筈だ。君ら魔術師は想像力が大切だと言っていたね?」
「ええ」
「なら、今の彼ならば、使えるのではないのかな」

 想像に過ぎないけれど、そう言ったアンリに、ジャンと、その場に居たアレクセイ王国側のメンバーはただ、黙ってそのやりとりや相変わらず騒がしい件の2人の言い合いを眺めるだけだった。


 結局、事態が収まる頃には周囲はすっかり夜の|帷《とばり》が降りてしまっていた。エレーヌもリュカも、元通りの位置にて先の騒ぎを陳謝する。

「先程は、大変、お見苦しい所を……」
「いやいや、もう分かったからいい。アンタらに関わった僕がバカだった。命がいくつあっても足らない」
「はい……?」
「もう懲りたってこと。安心してよ」

 大きなため息と共に出たカミルの言葉に、リュカはそれにすら疑いの目を向ける。男の厄介さを知るリュカからすれば当然の警戒ではあるのだが。カミルが何故だか大層疲れた様子だったために、それ以上の言及は避けてやった。

「それはそうと……僕らもそろそろ休まないとね。流石に2人での旅は骨が折れたよ。と、言う事で解散!」

 言いたい事だけ言ってから、パチンッと手を叩いたかと思うと、彼はゲルベルトを連れてとっとと集まりを切り上げ帝国メンバー達と共に就寝の準備を始めるのだった。
 全く勝手な人間だ、とリュカは大きく溜め息を吐き出すと、自分達もと休む準備を始めるのだった。その際、リュカとエレーヌがやけに従順で大人しかった事には皆が生暖かい目を向ける事になった。
 先刻のやり取りは余りにも大人気なかったなと、リュカが大人しく脳内反省会を繰り広げながら動き回っていると。リュカはカズマに話しかけられる。

「リュカって、エレーヌと属性同じなんだ?」

 そこではたと動きを止めて、リュカは応えに一瞬躊躇した。魔術が使えないままの自分が、れっきとした魔術師である彼と同じだと言う事が躊躇われたからだ。勿論、不要な事を言わない為の防衛でもあったのだが。ソレは最早、リュカの身体に染み付いてしまっている。
 ホンモノの魔術師に対する、劣等感が。

「まぁ、そう言う、属性なんていう見方をされる方が大多数ですが、好まれ方や相性と考える人も居ります。敢えて相性の良い魔術ばかり使用する方や、他も万遍なく修めていらっしゃる方、様々ですので一概に私と彼がーー」

 そのまま、リュカは目をパチクリさせるカズマを置いてけぼりに、魔術属性の考え方に対する説法を行う事となった。途中、たまたま傍を通りかかったジャンがリュカの長い話を止めるまで、其れは続いた。
 表情からは一切そうとは見えなかったのだが、リュカもカズマの反応を窺えない位には動揺していたのだろう。恐らくジャンが止めなければ、リュカのそれは皆が寝支度を整え終わるまで魔術講義は続いていたに違いない。

 結局、リュカはカズマの問いに答える事も出来ず、お、おおお……、というカズマの何とも言えない唸り声を聞く事となった。
 そんな気まずい雰囲気を残しつつ、寝に入る為リュカは横になり目を瞑りながら考える。属性とは何か。ベルジュは炎、カズマも精霊王も炎、デュカスは雷、レヴィは風等等。しかし、リュカはエレーヌと同じだと、本人にもカズマにも言われた。

 かつて、ベルジュの炎と違う、それでいて魔術すら使えぬと何度がっかりされた事か。勿論、リュカの両親はそのような事言う筈は無いが。ベルジュ家は規模こそ小さいもの、魔術師界隈のトップを牛耳ってきた家だ。それ故の難癖ややっかみも多かった。リュカの一人の時を狙って、子供の頃から色々と言われた。両親にその事がバレて、大丈夫だと、そのままで良いのだと慰めを受ける事もあった。
 その時の事を考えてしまうと、いつだってリュカは地面の底が抜けるような、迷子になった気分になるのだ。自分は役立たずだと、家に居るだけで迷惑なのだと、突き付けられたような気がして。だから、徹底的に避けていた。話題を、そして魔術師を。
 だからこそ今、リュカは、大魔術師であるエレーヌにーー魔術師の現在のトップに"同じ"だと肯定された事が、そんな些細な事が嬉しかった。だから人前で、あんな騒ぎを起こすような醜態を晒してしまったのだ。
 リュカは浮かれていた。今ではなぜ魔術が使えないのか、何となくではあるが理由た大体理解してもいるのに。それでも尚リュカは、どうしようも無くも嬉しかったのだ。いつに無く、気分が良かった。今日は気持ち良く寝られそうな気がする。と、リュカは眠りの底へと落ちていった。


 と、気分の良い眠りを迎えたはずであったリュカだったのだが。彼は翌日の朝には既、大層不機嫌になったのだった。

「昨日聞きそびれててよ……オメェ、魔術使えねぇんじゃなかったのか?」

 朝イチで、その一言から始まったゲルベルトの絡みが、リュカの機嫌を一気に引き下げた。

「ですから、先程から言っていますように魔術師というのは自身の魔力によって行使しているのではなくーー」

 そういった説明を何度か繰り返していたのだが、何故かゲルベルトは理解してくれない。そしてその癖、答え難い質問ばかりしてくるものだから、リュカは大層気を揉んだ。他国に魔術師の情報をどこまで伝えて良いものかと。騎士団に居た頃からずっと、その加減はリュカに一任されている。とは言え、何故リュカが説明せねばならぬのかと不服だった。
 何故魔術師ではないリュカに聞くのかと、リュカは一番最初にゲルベルトに聞いたのだ。返ってきた答えはと言えば、カミル=ハインツェに聞けば魔術師に聞けと言われ、エレーヌ=デュカスに聞けばリュカ=ベルジュに聞けと言われた、との事。つまりは体よく押し付けられた形である。
 一度、余りの理解の無さに、リュカはカミルに目で助けを求めた。テメェ、コイツどうにかしろ、と意味を込めた視線で。返ってきた応えはと言えば、嫌味な顔で口に手を当て、ぷぷぷザマァみろ、である。
 リュカは愕然とした。こんなにまで魔術師に興味を持ってくるなんて、今まではあり得なかった。きっと、昨日の今日でカミル=ハインツェが焚き付けたに違いないと。昨晩の仕返しかと。リュカは昨日のものと大して変わりはない程には殺意を覚えた。

 因みに、エレーヌ=デュカスに助けを求めた際には、にべなくしゃしゃりもなく無視された。お前がどうにかしろ、の意である。これまたリュカが殺意を覚えたのは言うまでもない。
 と、そんなこんなでリュカは朝から魔術講義ーーと言うよりも絡まれ続けていたのだ。
 そんな中で、ようやく天の助けが入ったのは、昼も過ぎる頃だった。

「おい、おい、ゲルベルト、リュカ殿もお前も疲れているだろう。疲れた所で頭に入る訳ない。休め、そして喋るな口を開くな黙れ」

 ここまでリュカとは殆ど話をした事のなかった、オイゲン=ガイストである。この時ほど、リュカは彼に感謝した事はなかった。影が薄いと思ってごめんなさいありがとう、と。多少酷い事を考えている自覚はあったが、背に腹は変えられない。
 そしてゲルベルトは、ようやく、彼によって肩を組まれ、帝国側の集まりの方へと連れて行かれたのだった。疲弊しきった頭で考えるのは、ゲルバルトその他関係者に対する罵詈雑言である。
 そして、その間の保護者であるべきローラントはと言えば。やはりカズマの傍に居て、ゲルベルトが皇族だったなんて意味が分からない、今後どうやって罵倒したら良いか分からない、などとカズマに慰めて貰っていたのだと言う。だがその事実は、終ぞリュカの耳に入る事は無かった。
 因みに向こうの方では、その件の首謀者であるカミルはつまらなそうに舌打ちを打っていた。その上で、エアハルトを引っ張り込みながら、

「ほら見てよエアハルト、アイツとゲルベルトの必死さ。プププ。昨日の夜さ、僕、ゲルベルトにリュカ=ベルジュが僕の作る国に来てくれるように頑張って説得してみてよ、ゲルベルトなら彼とナカヨシだから出来るかも知れないよ、ってお願いしたんだよね。絶対無理で失敗するって分かってるんだけど……そしたらさ、ほら、アレ見てよ。マジウケるんだけど」

 小声での会話の為、それは他の誰にも聞かれる事はない。
 そもそもこんな魔術講義やら人生相談やらになってしまっている原因が、総じてカミル=ハインツェひとりの仕業だと知ってしまったエアハルトはといえば。
 決して、誰にもこの事実を知られてはいけない、と一人で冷や汗を流した。カミルの"悪戯の神"という渾名は伊達ではない。リュカ=ベルジュと同じく、カミル=ハインツェもまた、決して敵に回してはいけない人物なのだと、エアハルトは身をもって学んだのだった。
閑話休題。


 そのようにしてリュカは、オイゲン=ガイストの介入のおかげで、ここで漸く精神的にも肉体的にも解放されたのだった。そしてその場で、リュカは大きく溜め息を吐いた。肩を組まれたりひたすらに上を向いていたりで疲れ切ってしまった首筋を、歩きながら解す。すると、ふと背後から声をかけられた。静かな、落ち着いた重低音だった。

「首筋の筋肉は全身に繋がっている」

 ぽつりと告げられた言葉にリュカは振り向いた。しかし、振り向いた先には顔が無かった。
 その時見えたのは、その人物の胸板である。ギョッとして、身体に沿うようにサッと上へと視線を持ち上げると、ゲルベルトよりも更に上の位置に、鋭い目付きの顔があった。
 リュカはそこで気付く。声を掛けてきたのは、昨日合流した件の隊長殿だったと。ユリアン=ガイガー、帝国最強ーー或いは世界最強の男だとも言われるその人だった。思わずぽかん、とするリュカに、男はリュカの隣に並び歩きながら続けた。

「首だけ解してもあまり意味がない。せめて、背中を解すと良い」

 背を触っても良いかと尋ねられ、リュカは回らない頭で少しだけ考えてから、首を縦に振った。ゲルベルトが始終肩を組んで来る所為でこんな事になっているのだ、ソレを解す為に帝国の人間を使っても構わないのではないか。リュカの頭の中では、素早くそんな応えが導き出されていた。お願いします、と。すると、ユリアンは言いながら、順番に指で示していった。

「後頭部から肩甲骨、腰の辺りまで背面を解す。先ずは後頭部から」

 一度、後頭部から腰までの筋を辿ってから、後頭部へと手が戻っていった。先ずは後頭部を、片手で鷲掴みにされて、少々力の入った加減で揉みほぐされていく。歩きながらである為に雑なソレではあったが、リュカは素直に気持ちが良いと思ったのだった。
 次は肩、肩甲骨にかけてである。これもまた、片手で中途半端な力加減ではあったが、ピンポイントで解される事で筋の緊張が徐々に緩んでいく。そして、最後は腰にかけてである。上から順に背骨付近を押していくが、後頭部の時ほど丁寧には出来ない。特に腰付近はオマケ程度にぐいと押して、その手は終わりを告げた。

「今の要領で、解すと良い」
「……ありがとうございます。案外凝っていたようで、普通に、気持ち良かったです」

 ユリアンの隣に並び、リュカが見上げながら比較的淡々と答えると、彼は満足気に大きく首肯したのだった。
 この時のリュカは、ゲルベルトの突撃で思考と感覚が鈍っていたのかもしれない。だからこそ、帝国の軍人に己の資本である筈の身体を触らせるなんて、そんな判断を普通ならばしない。
そして。

「おいおいおいおい、あれ、ええんか?絶対隊長にロックオンされとんぞ、カミルの次。他国だぞ?」
「私はもう知らない。……何も見ていないし聞いていないし言わない」
「何アレめっちゃウケるんだけど」

 リュカとユリアンのやり取りの一部始終を見ていた聞いていた面々は、これまたこそこそと言葉を交わすのだった。





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