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027.カミナリサマ



 妙な雰囲気に包まれた今回の集まりで、リュカは少しだけあの場で掘り下げた事を後悔していた。この小賢しい男が仕組んだのか、それとも単なる偶然の成り行きだったのか。

「まぁ良くある話だよね。皇帝は小賢しい位徹底的に隠してる。だからオストホフの姓を名乗ってるし、僕以外知ってる人はあんまり居ない。ゲルベルトに、公務で事実を伝えたの僕だし」

 カミルは軽い調子でソレを話しているし、突然事実を暴露されたゲルベルト当人は、戸惑いを隠す事もなく、実に嫌そうな顔をしている。

「ンだよ、皇族っても俺ァ何の権限もねぇからな。バカだしよぉ……ローラントにも言われてたろ、隊長に10年も留め置かれてるっつって」

 そして何よりも驚くべきなのが、ゲルベルトが大変大人しいという事だ。毒でも飲まされるか、或いは痛めつけられて声が出ないなんて時くらいにしか、あのゲルベルトの減らず口は塞げないと割と本気で思っている。
 そんなリュカにとって、カミル=ハインツェが居るだけ、或いは彼等の隊長殿のお陰でゲルベルトを大人しくさせられる、というのならば礼でも言わねば、なんて考えてしまう程には衝撃だった。リュカの脳内は、混乱を極めていた。

 だがその事実が実は、その他の帝国隊員達にすらもダメージを与えていたなんて事、きっとカミルは笑ってウケる、などと言い出すに決まっている。
 リュカはそんな彼等を、憐れみを交えて見やった。まさか、同士討ちされるなんて思ってもいなかったろうに。カミル=ハインツェなんて悪魔を仲間に持つ彼等が、心底可哀想。
 目を見開いて固まったり、顔を青くしたり、口を無駄に開け閉めするなど反応は様々だったが、彼等は皆、等しくカミルの被害者なのである。
 勿論、アレクセイ王国側も負けていなかった。聞いた途端、口を抑えたり両手で顔や耳を覆うなど、ストレス反応が顕著に見られた。しかし帝国の彼等程のダメージは無かった筈だ。何故なら、アレクセイ王国の民はライカ帝国へ行く事なんて滅多にないのだから。そういう意味では、仲間に同士討ちされた彼等は本当に、哀れであった。
 その情報が全く有り難く無かったというのは、敵味方関係なく、この場に居る全員の総意であろう。

「国外だし、誰も聞いてないし。それに、ここに居る全員の腕位あればそう易々とは暗殺とかもされないっしょ」

 ケラケラと笑って見せたカミルに、リュカは隠す事なく嫌悪の表情を浮かべた。

「貴方……一体何処まで考えてこんな所でぶちまけててくれるんですか。他国ですよ?アレクセイ王国を巻き込まないでくれません?」
「え?んー、まぁリスクもあるし思い付いたのはほんと偶然なんだけどね。機を逃すのも、勿体ないかなぁと」
「機ーー?」

 リュカが更に眉間の皺を濃くして言えば。返ってきたのは、カミルの憎たらしい程の嫌な笑みだった。

「ライカ帝国の内部抗争が苛烈なのは知ってるでしょ?国外にーーしかも三大国家の一つに逃げ道作っとくのも手かなと」
「巻き込まないでください」
「そっちには魔術あるし、下手に暗殺なんてされないでしょ」
「だからと言って関係者を増やさないでください!」
「僕皇族だし、君らもライカ帝国の秘密知っちゃった、って事で亡命時の特別待遇よろしく!」
「……ッ!」

 殴りたい、ボッコボコにしたい。なんて、リュカは珍しくも握り拳を作りながら心の底からそんな事を思っていたのだった。

 兄弟が多く、しかしこれまでに何人もこの世を去っているという彼等ライカ帝国皇族の境遇にはリュカも同情はする。だが、それは彼等が創り上げてきた国の成れの果てでもあるのだ。彼等は自らの活動それ自体で、弱肉強食国家の成立ちを支えてしまっているのである。
 誰かがそれを変えようとしなければ、この状況は延々と続く。国内の不満を外へ向ける為にあちこちに戦争を仕掛ける事も、こうやって各自が勝手に暗躍して回る事も、互いに不毛な殺し合いをする事も、全ては起こるべくして起こっている。

 リュカは、昔から変わらぬ彼等の傲慢さを嫌悪しつつ、怒りを抑え込むように自身に冷静になれと言い聞かせるのだった。ここで怒りに任せて下手な手を打てば、どんな事になるか分からない。アレクセイ王国が、こんな国の諍いに巻き込まれる謂れは無いのだ。

「とまぁ、冗談はさて置き」
「こんな事実をどこにさて置けと?」
「いいよいいよ、遠慮しないで!」

 だが既に、完全にカミルのペースに乗せられてしまっており、主導権を握るには今ひとつ武器が足りない。表情は取り繕いながらもしかし、リュカは悔しげに奥歯を噛んでいた。

「そこはね、ちゃんと僕もお土産を用意するから!何てったって、この僕は武装親衛隊だよ?皇族の裏の裏まで知り尽くしてる」

 そう言い放つと、彼は顎を上げ、相手を見下すかのような仕草で見下ろした。ガラリと雰囲気を変えたカミル=ハインツェは、その場でまるで自分が王であるかのような口振りで、言った。

「僕もさ、僕に楯突く者(ばか)が居る地にずっと居るつもりはない。誰も彼も従えて、僕は僕だけの場所「くに)を創るつもりなんだ。どんな手段さえも厭わないよ、僕も黙って殺される位なら、別の道を作って逆に噛み殺してやる事にしたんだ」

 リュカを真っ直ぐに見下ろす、冷え冷えとした深緑の眼は、冷たい輝きを放つ。怒りに傾いたその感情は瞬く間に消え失せ、リュカの背筋をヒヤリとしたモノが駆け抜けるようだった。まるでそれは、国旗にも描かれている獅子にでも睨まれているかのよう。

 ライカ帝国の国旗に掲げられた翼をもった双頭の獅子は、かつてその地を力で支配した男のエンブレムであったと言う。魔術すら使わず魔獣さえ従えさせたと伝えられる傑物。
 現皇帝と同様に、少々苛烈であったと伝えられる男は自らの力のみで国を創った。それに倣うかのようなカミルに、リュカは当初から感じていた恐れを自覚する。
 彼が第一皇子でさえあったなら、ライカ帝国は彼によって更に強大な力を得ただろう、と。リュカの中ではそんな確信があった。しかし幸運な事に、話を聞く限りではそんな可能性は限りなくゼロのようだが。

「だから、君らの手を取るといつ選択肢もありだと思ってる。魔術師が不要だなんて、時代遅れも甚だしい話だ。ーー連中も馬鹿の集まりでさぁ、上手に煽てて今の内に弱味さえ握っとけば、いつでも転がせる」

 その瞬間、ゲルベルトがサッと目を逸らしたのをリュカは見逃さなかった。
 そしてここで一旦言葉を切ったカミルは、少しだけ姿勢を正してから不意に、カミルはリュカにきちんと向き直って、そして言った。

「だから、これは相談なんだけど……リュカ=ベルジュ、アンタには僕を手伝って欲しい」
「……はい?」

 一瞬、何を言われているのか分からず、リュカは呆ける事になる。突然の話の飛躍に、追い付けていないのだ。それをみたカミルは、リュカが何かを言う暇も与えず、言葉を続ける。

「だから、国を創るの。だってアンタ、居づらいんじゃないの」
「…………」
「古い家柄だ、どうしたってアンタは長子だしどうしたってお家に戻る事になる。そういう事情は良く分かってるし、ーー僕だって、色々と耳にしてるよ」

 何かを推し量るように、そして絡め取るように、カミル=ハインツェは一転、優しい笑みを浮かべながらリュカを見ていた。長子でありお家を継ぐというソレを、否定する隙さえ与えられない。リュカは、ただその眼差しを見返す事しか出来なかった。

「僕とアンタはそう言うところも似ている。そんなクソみたいな国や家、僕みたいに捨ててしまえ。誰にも理解されないならば、こっちから捨ててやるんだよ。ね?僕はアンタを買って言ってるんだ」

 アレクセイ王国の者達も、ライカ帝国の者達も、そしてカズマでさえ、黙って事態を見守っている。
 言葉を噛み砕いて考えを纏めて、リュカは彼の言った言葉の意味をようやく理解する事ができた。この男は、言葉の意味そのまま、リュカを引き抜こうとしている。家を、国を、捨てさせようとしている。

 だがしかし、考えるまでもなく、リュカの答えは決まっている。No、なのだ。

「お断りします。それは、私には出来ません」
「…………は?え、だってアンタはーー」
「私を説得するなんて、無駄ですよ。私にはそんな気は更々ありませんから」
「今まで散々コケにされて置いて何、イイコチャンしてんのさ。たかだか数百年魔術の力でのし上がったからって良い気になってる一族でしょ?」
「カミル、ハインツェ」

 リュカの返事が、カミルは余程気に入らなかったらしい。ワザとらしくリュカの神経を逆撫でしようとキツイ言葉を投げかける。思い通りにならない事が、そんなに気に食わないのだろうか。リュカは子供を宥めるような声音で、カミルへ忠告する。震えそうになる声を、必死で抑え付けた。

「どうせ名前に引っ張られてるだけさ。それにーー僕がアンタの本性、言い当ててやろうか?」
「……何、」
「アンタは“カミナリ”だ。お国柄、“炎”の気質が重用されてるようだけど、アンタはそんな生っちょろいモンじゃないよね。ただの一撃で、一切合切を焼き尽くす」
「!」
「死を告げる“神鳴り”だ。ーーアンタのその気性で、一族諸共消し飛ばしてしまえば良い。そしたら気分も晴ーー」

 そこまで言ったカミルが突然、押し黙った。その付近に漂う重苦しい空気に気付いたからだろう。雰囲気がというそんな曖昧なものではない。確かにそこにある圧を、感じていた。

「カミル=ハインツェ。口を慎みなさい」

 リュカの口からは、驚く程冷たい声が出た。多分、恐らく、今のリュカは経験した事のない程の怒りを覚えている。家族を侮辱された。国をーーその成り立ちを否定されたのだ。自分の命よりも大切にしてきたものをことごとく。それは、リュカにとって、かつて無い程の怒りの感情だった。
 恐らくそれは、騎士団に居た頃には抑えられたであろう、度の過ぎた怒りだった。

 リュカは殆ど我を忘れていた。その身を取り繕えないほど、魔力を抑える事を怠る程に。怒りを覚えると、表情が消し飛ぶのがリュカなのだが。しかし、その無表情の目の奥には、轟々と燃える怒りの業火が燃え広がっている。
 その表情と内面の乖離に、周囲は寒気を覚えるのだ。完全に頭に血が昇っている状態のリュカは、表情とは裏腹に、冷静には程遠かった。

「お戯れが過ぎるのでは?」
「ッ!」

 リュカの周囲で、バチバチと空気が爆ぜる音がする。魔力のない彼にすらそれと判る程、魔力で溢れてしまっていた。
 だが、彼にとって幸運だったのは、この異変の原因に逸早く気付く者が居た事だ。

「鎮めろ馬鹿者!周囲一体を消し炭にする気か!」
「ッ!」

 エレーヌ=デュカスの鶴の一声で、リュカはハッと我に返った。そして、自分で無意識に舞い散らかしてしまった魔力を、右手を横に一閃する事で消し飛ばす。
 バチンッという、大きな音が響いたかと思えば、周囲を漂っていた息苦しい空気は霧散していた。するとその瞬間、見るからにリュカはやってしまったといった表情で、一人目を泳がせていたのだった。

 これがどういった事態なのか、確実に理解できている者はこの場にはリュカを含めたったの3名しか存在しない。誰も彼もが目を白黒させる中で。その、状況をよくよく理解出来ている者の筆頭、エレーヌ=デュカスは勢いよく立ち上がると、無遠慮にズンズンとリュカに向かって突進していった。

 その勢いに嫌な予感を覚えたリュカもまた、素早く立ち上がるとエレーヌに背を向けないよう警戒しながら、ジリジリとその場から後退した。エレーヌの右手に握られた、その堅い握り拳から、片時も目を逸らす事なく。

「お前、おい、逃げるな未熟者ッ」
「貴方、デュカス殿一体何する気ですか、その手ッ!前も思いましたが大の大人に対してグーはないでしょう!」
「煩いッ、説教に決まっているだろう!魔力暴走など引き起こすような未熟者が魔力を利用しようなどとーー!」
「ぐッ、未遂です!起こしてません!」
「ベルジュだからてっきり“炎”かと思っていたが……何故同じなのだ!」
「そんなの知りません!生まれながらの属性なんて選べる訳がないでしょう!?」
「この見掛け倒しめが!」
「いっ、今の暴言は聞き捨てならないです!ッなんて事言うんですか!」
「煩い、歳下らしく目上の者を敬え!」
「歳!?今更何子供みたいな事仰るんです!そもそも2、3年しか離れていませんよ!」
「ーーーー!ーー!?」
「ッーーーーーー!」

 ギャーギャーと珍しくも子供のように騒ぎ出してしまった2人に、周囲はポカンとするばかりだった。
 真剣な、アレほどピリピリしていた空気があっという間に霧散していて、空気が瞬く間に軽くなった事には一同ホッと胸を撫で下ろしたのは良いのだが。リュカとエレーヌのやり取りには驚くばかり。アレクセイ王国の魔術師団と騎士団で、各々冷静沈着で有名だった2人が。そんな噂など無かったかのように見る影もない。


 そして、そんなリュカの心からの激怒を真正面から受けてしまったカミルはといえば。言い合いを続ける2人を横目で見つつ、どっと噴き出してくる嫌な汗と、大きく騒ぎ立てる動悸を収めるのに大層苦労していたのだった。
 本当にここで殺されるかと思った、と。とんだ藪蛇、おっかないカミナリ様の怒りを買ってしまったような気分だったと。

 なのに。
 死への恐怖すらカミルへと植え付けた張本人はと言えば、今やふざけているのかと問いたくなる程、コロッとその表情を変えている。自分達への興味はそれっぱかしのものだったのかと不満にも思うが、あれ以上あの話を蒸し返してこないさっぱりとした対応には清々しいものはある。
 暗殺者のように、後々まで追いかけ回されて殺されそうになる、といった恐れは無い。だがどちらにせよ、ライカ帝国ーーというよりも、カミル=ハインツェ自身の存在が軽んじられているようで、気分はあまり良くはなかった。

 だが死にたくないのは事実なので、カミルは彼へよっぽど言ってやりたかった罵詈雑言を、胸の内にだけ留めておいた。彼が厄介すぎて、こちら側へ引き入れられないのであれば、敵にだけは成らぬよう立ち回るしかないと結論付けて。カミルは、全く思った通りにいかない現実を怨みつつ、帝国内であれば負け知らずの悪知恵を働かせて、今後の計画を練り直しにかかるのだった。

『アレクセイのカミナリサマ達は思った以上に苛烈だった』と、後に彼は語る。





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