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026.三神



 そんな邂逅の中。隊長だというユリアン=ガイガーの怪物並みの暴れっぷりに、アレクセイ王国の面々はほとんど圧倒される事となった。当然、おくびにも出さないが、内心ではビビリ倒している。
 理由は明確だ。何故そんなに、とツッコミを入れたくなる程魔獣のソレで血濡れになって、大剣を片手に軽々持つ彼はラウルが小柄に見える程の大男だ。大人の男一人を背負った所でビクともしないのだといい、果てはよく何人も模擬戦で吹き飛ばすというから驚きである。

 浅黒い肌に顎髭を生やし、少しだけ長い金髪を後ろで結い上げている。同じく金色をした目は三白眼。目付きの悪さは、通り掛かっただけで子供が泣き喚く程折り紙付だという。不憫だとは思えど大人でもビビる、だなんてと誰かのツッコミが入ったとか入っていないとか。

 そして、そんなユリアン=ガイガーの背中から現れた男、カミル=ハインツェはといえば。ユリアンと同じく金髪の髪をしていたが、与える印象は当に正反対である。クセの強いウェーブがかった短髪で、前髪からは深い緑の眼が覗く。正しく美青年ーー或いは美少年と思わしき姿には、誰もが騙される。カミル=ハインツェという戦士の、激しさを見誤る。

 その時も、しからば二国間で然らば交流を、と多少話が進んできた所での事だった。ソレはとうとう、その姿を現した。
 リュカに握手を求めながら、カミル=ハインツェは満面の笑みで言い放った。

「手品師(マジシャン)にもなれなかった役に立たない凶暴なわんこちゃんがこんな所でどうしたのかなぁ?主人にも捨てられて寂しく野良生活?」
「ふふふ、貴方こそサーカスから左遷でもされて魔獣相手にショーでもされているのですか、お猿さん?犬も喰わないですよ」

 犬猿、という言葉が嫌でも頭に浮かぶ。周囲を、瞬く間にブリザードが吹き荒れた。

 あっちの方ではアンリが顔を顰めて手で覆っているだとか、傍に居たゲルベルトが目ん玉カッ開いて固まっているだとか、そういう様子を一切省みる事なく、リュカとその人ーーカミル=ハインツェはギリギリと握手(攻撃)を交わしていた。カズマにしても、あんぐりと開いた口が塞がらないでいる。あの、紳士然としたリュカが。先に仕掛けてきたのは相手だとしても、出会い頭に喧嘩を吹っかけているのだ。慣れない者達は余計に度肝を抜かれる。

「冗談はさて置き。貴方はハインツェファミリーの人間でしたか」

 互いを握り潰し合った手を解きながら、リュカはその場で関心したような声を上げる。あれが出会い頭の冗談の内でしかも本名知らなかったのか、なんていう衝撃が周囲を駆け巡るも、それを言葉にするような人間(ばか)は居ない。
 互いに手元に戻った手をそっと擦っている事から、リュカもカミルも、握り締められたその手は両者ダメージを受けているらしかったが。双方共、表情には一切現す事はなかった。

「ま、バレちゃってるんなら仕方ないんだけど」
「流石、皇族なら武装親衛隊に居るのも頷けます全く気付きませんでしたよ」

 その言葉で、途端に嫌そうな顔でリュカを見やったカミルだったが、一方のリュカは全く表情を変えない。

「お前、ほんとそういうとこ……」
「そういうのもオシゴトの内ですから」

 うふふふふ、あはははは、何かを話す度に周囲の温度が体感温度で1℃ずつ下がっていくので、口を挟める者は其処には居なかった。そして極め付けは。
 リュカの牽制が、相手の息の根を止める。

「それで?敵を騙すには味方からと言うでしょう?……隊から離れて、何か収穫でもありましたか?私達がそれだったりします?」

 ニコニコ、リュカがそう笑いながら言って見せれば、彼の表情がピシリと固まる。お前らの企みはお見通しである。言外にそう言ってみせれば、男はス、と笑みを消した。ついでに言えばエアハルトも、あっちの方で顔を引き攣らせている。

「お前、ほんっと嫌い!」
「それはそれは、両思いですね、幸いにも私もなんです」

 叫んだカミルの声は、周囲によくよく響いたのだった。


 結局、彼等は合流を祝してライカ帝国、アレクセイ王国、入り乱れつつ共に焚き火を囲む事となった。最早戦々恐々、といった風の帝国武装親衛隊員達の集まりに、リュカは極々自然を装いながら紛れている。
 その他、帝国側の一般の隊員達と、相手を射殺しそうな眼力ながら無表情を貫き通す隊長殿は、アレクセイ側の輪に大人しく混じっている。どちらの会話に入れども、居心地はとても悪そうであった。

「だから僕言ったんだエアハルト!コイツ居たら全部台無しなんだって!」
「っ、それは私の所為ではない、ゲルベルトがあの時下手な事を言わなければ……」
「ああ!?」
「……そこで、自らの失策を他者の動きに擦り付けるのは関心しませんよ。その動きすら踏まえての謀でしょうに」

 未熟者のする事ですよ、まぁ私が言えた義理ではありませんが。リュカが何でもない事のように言ってみせれば、エアハルトは眉間に皺を刻みながら押し黙った。別段リュカはゲルベルトを庇った訳ではなかったが、自然そのような形になってしまって。それを気分が悪いだの身体を掻きむしりたいだのと、内心ではブーイングの嵐であるのは本人のみぞ知る。

 しかし、そのような些事よりも、実は先ほどから自分に隠れてコソコソと話す仲間達の話の方が、リュカには気になって仕方ないでいる。他者には解らない程に、その米神がひくつく。

「何アレ、こっわ」
「同族嫌悪か?」
「アレがリュカ=ベルジュの騎士団での役割でもあるからな。アレ位腹に逸物を抱えでもしなければ務まらん」
「……マティルドは随分慣れてるね」
「アレと任務でかち合う事が多かった」
「マティルドって他人に興味なさそうだしね」
「まさかっ、それって図られてるんじゃないんですか……!」
「…………」
「あり得る」
「良かったな、マティ。お前好かれているようだ」
「それならばあんな追い詰められ方はされないと思うがっ」
「愛情の裏返し?」
「お前、やめろラウル!気味の悪い事を言うなッ」
「憎しみは愛情と紙一重だと聞いた」
「…………」
「其れを言えばエレーヌもか」
「ーーッ!ーーーーッ!!」
「声も出ない程嬉しいのか」
「その減らず口聞けぬようにしてやる」
「エレーヌがラウルの天然にキレた」
「あー、あー、、気を付けて下さいラウルさん、エレーヌさんなら本気でヤリかねませんからねぇ」

 そんな騒ぎを起こしている彼等の周りには、当然帝国側の隊員達も勢揃いしていて。リュカの悪名がどんどんと広がっていく。何をやっているんだ、とリュカが澄ました顔をしつつも手元の酒をプルプルと震わせていると。再びリュカの方でも会話が始まり、リュカは意識をそちらに引き戻された。

「ーーそれはそうと、先程の問いの答えだけど」

 やけに真剣な眼差しを受け、リュカはガラリと纏う雰囲気を変えた。ここは、交渉の場である。

「僕らは皇帝閣下の命で来ている。他国の情報を収集するのはまぁ、言い含められているんだけど、それはついでにという話。僕らも、あわよくば連中を消せないかと探りを入れていたんだ」

 でも、とそこでカミルは言葉を切った。

「あの影の連中、とんでもない。僕らだけじゃ消すどころか食らい付くのが精一杯だよ。我々のように魔術がないならば、千や万の軍を引き連れるしかない。だが、我々の国にもそれ程余裕がある訳でもない。『状況により他国と協力して撃ち倒すのもやむ無し』、との命もある。
ーーだから、僕はアンタらとの共闘もやぶさかではないと思ってる」

 見上げるようにリュカを窺い見るカミルに、リュカは頷くように言葉を返す。

「それは、心強い。我々も物理方面には弱い。アンリ隊長殿に許可をいただく必要はありますが、此方としてもそれは助かるお申し出です」

 その答えに、カミルが少しばかり表情を緩める。そして、リュカはその続きの言葉を待った。彼等とて無条件で協力する理由(わけ)もあるまい、と。これは最早政治なのだ。リュカは腹に力を入れ、気合いを入れる。いつしか、嫌々同行させられた帝国との停戦協定の時を思い出すようだった。

「条件がある」
「条件、ですか」
「君らへ力を貸すんだ、タダでとはいかない。我らも最高戦力の国家機密を晒す事になるんだ、下手をすれば損失になる」
「……良いでしょう、聞きます。互いがフェアであるならば」
「ならば問います、あなた方の切り札を、我々の元に晒しなさい。我々帝国も同様、【三神】を陽の元へ示しましょう」

 掌を見せながら漢くさく、そして皇帝の代理であるかのように告げた彼に。リュカもまたその判断を仰ぐべく、素早く視線を向けた。
 彼等の【三神】とはつまり、帝国内で実力を認められた、謂わば最高戦力者達の事。その出動には、皇帝閣下の許しがいる。それを賭ける程、彼等の腹は決まっているという訳だ。ならば此方も、それに匹敵する情報提供が望ましい。
 リュカの探したその人は、請われずともリュカを既に見返していた。

「アンリ隊長殿」
「ああ」
「如何致しましょう」
「諾、許可する」
「承知。ならばお一人ずつ」

 カミルと、そしてリュカはその場でゆっくりと立ち上がると。二人は腹を探るかのように、互いの目をジッと見つめ合ったのだった。先陣を切ったのはリュカだ。

「アレクセイ王国【剣聖】、ロベール=ジョクス」

 それを皮切りに、カミルもまた静かにゆっくりと告げていった。

「ライカ帝国【一ノ神】、ユリアン=ガイガー」

 その場を、奇妙な緊張感が支配した。

「アレクセイ王国【魔道士】、ジャン=レヴィ」

 互いに目を逸らす事なく、落ち着いた調子で順に告げる。

「ライカ帝国【二ノ神】、エアハルト=デルブリュック」

 それはまるで、神聖な儀式であるかのように。

「アレクセイ王国【大魔術師】エレーヌ=デュカス」

 静寂と、炎の音だけが、其れを耳にしている。
だが。その静寂も、間も無く終わる。

「ライカ帝国【三ノ神】……ゲルベルトーー=ハインツェ」

 カミルの告げた最後の一人。それが、この場の雰囲気を見事にぶち壊す事になる。

「は?」
「ああん?」
「ん?」

 リュカ、ゲルベルト、カミルが順に声を上げる。

「ハインツェって……まさか」
「あれ?もしかして、これは知らなかった?コイツ、こんなんでも僕と同じ皇族だから。私生児だけど」

 因みにこれ、国内ではタブーだからバラしたら首飛ぶんだよね、なんて笑うカミルに、んぐうぅ、とリュカの口から堪え切れなかった悲鳴が漏れたのだった。図らずも、ライカ帝国はリュカ=ベルジュに念願の一矢を報いたのだった。





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