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023.尋ね人



 次にリュカが目を覚ました時、リュカの周囲には何故だか隊員達が全員ーーそれこそ帝国の5人も含めてーーが集合しており、リュカは大層居心地の悪い思いをしたのだった。
 3日も目を覚さなかった、とリュカに経緯を説明したカズマの安堵したような顔に、リュカは驚くと同時に、何処か納得のいかない思いを抱えた。
 そもそもあの時、リュカを昏倒させたのは、そっちでニコニコと笑みを浮かべているジャンであって、決して、断じてリュカの所為ではない。無理をしたような記憶はあったが、それでも、このような注目を集める程の出来事だとは思いたくも無かった。弱い自分なんて見せたくない、と思うリュカは男の子なのである。

 ずっと寝かされていた所為か思うように身体が動かない上に、起き抜けに次々と頭をぐしゃぐしゃに撫でられて、リュカは少々不機嫌になる。表面上、おくびにも出さないが。
 『起きないからどうしようかと思った。良かったー』だなんて口々に言ってくるアレクセイの隊員達が妙に白々しくて、リュカは何かの策略を感じずには居られなかった。
 また、それとは別に、起きて早々帝国側の隊員達に絡まれ、その喧しさにリュカの目が据わりそうになったのはご愛嬌である。

「んだよオメェ、普通に起きてんじゃねぇか、心配させやがって!」
「俺も如何なる事かと思ったが、良かったな、カズマ」
「ひとまず問題は解決したという事だな。これで心置き無く隊長達を探せる」
「ま、あの隊長の事だ、どえりゃーおっそろしい顔で魔物狩っとるだけやし、ちょっとやそっと遅くなっても心配いらんやろ」
「カミルも何だかんだで勇ましいもんな。……癒やしとしては上々だが」

 ゲルベルトやローラントに加え、エアハルト、ホラーツ、オイゲンまでもが近くまで寄って口々に何やら話している。ただでさえ声がデカイのだからせめて自分から離れた所でコソコソ喋ってくれれば良いのに、とリュカは内心で思った。

 その後、妙に重い身体に多少無理矢理ながら朝の食事を詰め込んでから、リュカは隊を先に進めるよう進言する。無理はするなよ、だなんてアンリにはいつもの注意を受け、ラウルの傍を歩けと命令されつつ大人しく従う。そんな心配されるような事でもないのに、とリュカは思っていたのだが。

 結果は、アンリの危惧した通りである。
 深い森の中を進む行程は寝たきり3日後の病み上がりのリュカにとっては厳しい苦行となった。アップダウンを繰り返したが故、早々に脚に異常が出始める。木の根等の高低差のある場所を降りる度、脚ががたつく。
 つい先日まで、この様な獣道などリュカにとってどうってことはなかったはずであるのに。リュカは歯を食い縛りながら、負けじと震える脚に力を込める。だが、そうやって無理に力が入れば入る程、体力は余分に奪われるものだ。そうしてとうとう。

「っ!」

 段差を飛び降りる時、リュカは脚を滑らしてしまう。体勢を崩すリュカの身体を、間髪入れず抱きとめたのは、隣を歩いていたラウルであった。アンリの狙い通りである。

「限界だな」

 人よりも鋭い五感により、予めリュカの不調を感じ取っていたラウルはしかし、体力ギリギリまでリュカを好きにさせた。素直に助かろうとしないリュカの性格を考慮しての作戦である。少しでも余裕がある内に提案すれば、良い笑顔で断られるに違いないから。獲物をギリギリまで疲れさせ、後が無くなってから追い込むようなそれは、まるで狩りのようなものであった。
 結局、リュカは大人しくラウルの小脇に抱えられてしばらくの間道を行く事になった。人に飼われている動物のようだとは思いつつ、せめて肩に担いでくれないか、なんて羞恥に悶えるリュカには指摘する気力がない。結局、腕が疲れたらしいラウルが肩に担ぎ直すまでの小一時間、リュカはペットよろしく運ばれたのだった。
 肩に担がれてから休憩に入るまでラウルに担がれ続けたリュカへは、後ろを歩く帝国の彼等からの視線が痛い程突き刺さった。
 それに加えて、休憩でラウルの肩から下りたら下りたで、ゲルベルトには心配なのか揶揄いにきたのか分からないような声を掛けられて。その日はリュカにとって最悪の一日となった。
 夜になってまでラウル甲斐甲斐しく世話を焼かれ、虚ろな表情で食事をとるリュカに。カズマやらジャンやらは励ましの言葉をかけたのだった。

「次はもっと上手くやります」

 呟くリュカの表情は真剣だった。何をどう上手くやるというのか、そんな疑問はジャンもカズマもその場は呑み込んだのだった。



 次の日、リュカは見事に復活してみせた。相変わらず隣にはラウルが控えていて、リュカを時折観察するような気配も感じられたが、リュカがラウルの手を借りる事はなかった。
 それもこれも、リュカの日頃の研究の賜物であった。先日の吸血種ノーマの一件で使用された毒物も含め、それはリュカお手製の薬によるものだったのだ。
 魔術師ではないリュカ達騎士団の団員達は、常に回復薬を含め複数の薬を所持している。魔術師でもない限り、治療の際には薬に頼らざるを得ず、時に魔術師の手が回らない時も無きにしも非ず。それが故、騎士達にも薬の知識は必要なのだ。
 だからリュカは薬を学んだ。元々魔術に関する学びも欠かさず行っていた事もあり、学び始めたが最後、リュカは突き抜けていってしまったのである。そして果ては、もっとより効果の高いモノを、効率の良いモノをと、自分で作ってしまったのだ。
 生傷の絶えない騎士団勤務で、実験体には事欠かず。時折同僚に犠牲を出しつつ、結果、リュカは確立してしまったのだ。回復薬を始めとした、特製の薬の製造法を。故に、身体強化のドーピングなぞ朝飯前なのである。例え、それが後にある種の副作用をもたらすとしても。

「あれっ、リュカもう寝てる」
「まぁ、寝ていただけとは言ってもさすがに一日二日で完全回復するはずないですよねぇ……疲れたんでしょう」
「リュカの事だから、なーんこっそりかやらかしてそうで怖いけど……まさか、ね?」

 そのまさかである。
 翌日、珍しく誰よりも遅くに目を覚ましたリュカに、アンリだとかラウルだとかカズマだとかの痛い程の視線が突き刺さる。それに冷や汗を垂らしつつ、綺麗に無視を決め込んだリュカは、素知らぬ顔で薬をあおるのであった。


 そんなリュカの意地を突き通した所で。川沿いを下った道中、彼等はようやく目的の人物達の痕跡を得るに至った。ジャンに誘導されるまま進むと、川から少し距離を置いた所に自然に出来たような小さな洞があった。その洞の目の前には、何かが激しく暴れたような痕跡が残されていたのだった。
 岩肌が掘り返されたような真新しいクレーターが、至る所にできている。一番大きなクレーターはそれこそ広範囲に渡っていて、地割れが発生する程、強い衝撃を受けているらしかった。余程強い力がかかったのだろう。はて、一体どう戦えばこんな跡が残るのだろうか、とリュカ達は無言で顔を見合わせた。

「何が戦ったらこうなるんだ……」

 その場の惨状を見て、アンリが顔を引き攣らせながらそう声を漏らした。魔獣のせいだけではなさそうな荒れ方だ。そしてその傍らでは、帝国側の隊員達が口々に解説する。

「隊長だな……」
「これまたぐちゃぐちゃにしくさって……」

 流石のローラントとゲルベルトですら声に元気が無い。これ程の暴れたような痕跡は、彼等ですら無理であろうから。

「一人で戦ったのか……」
「相変わらず派手にヤる……」
「よくこれでバテねぇよ……きっとこの後、カミル背負って一人歩くんだろ?」

エアハルトもオイゲンもホラーツも、皆一様にひどく遠い目をしている。成る程、かの隊長殿は余程豪快な人間らしいと王国の隊員達は絶句する。魔術師が、特大魔術で大暴れしたようなそんな痕跡に想像が膨らむ。

「……そんなに凄い方なのかい?」
「まぁ、一人で三人担いで山路を駆け上がれる位には」
「大剣でよく2〜3人吹き飛ばしてんな」
「魔獣と素手でやり合ったってのはいつやったっけ?」
「ここ最近は、私と同じ親衛隊員の人間を背負いながら戦っている」
「可愛いものが好きかもしれない」

 思わず、といった風に呟いたアンリに返ってきた言葉はどれも想像を絶する。最後の情報はいらないと誰もが思ったが、リュカ含め、王国側の隊員達は皆声を失った。そして同時に、騎士団所属のメンバーは、とある人物の名を頭に思い浮かべるのだ。噂に聞く、ライカ帝国最強の男の話を。

「まさか……君らの言う隊長とは、ユリアン=ガイガーだったりは?」
「よく、その名を御存知ですね。ええ確かに、我が討伐隊隊長の命を仰せつかったのは彼です」

 アンリが恐る恐る口にすれば、それはあっさりとローラントによって肯定される。

「えっ何々、有名な人?」
「……カズマ、彼の名は我々アレクセイ王国の部隊ならば誰もが知る名だ。それこそ、バケモノのようなタフな男だそうだぞ」

 カズマが不思議そうに、丁度隣に居たロベールに問いかければ、端的に応えが返される。彼の簡単な説明を小耳に挟みながら、リュカも今までに伝え聞いた噂を反復してみる。噂に聞く人間の化け物とは、一体どんな人物なのか。リュカはほんの少しだけ興味が湧いた。

「この暴れ方ならまだまだ元気やろ、全然心配いらんがな」

 帝国の彼らと旅をする間、隊長の安否を心配する言動が一切無かったのはこの為だろう。ホラーツの呟きにそう合点しながら、かの隊長がどんな人物なのか想像を巡らせる。

「ビビるがね、ぜってゃービビるがね!覚悟しとけぇ」

 面白がってそういうホラーツに、リュカ達は一同ゴクリと生唾を呑み込んだのだった。





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