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022.賢者



 手掛かりのない探索というのは思った以上に困難で骨の折れるものである。カズマは進み出して早々、根を上げそうになった。
 頼りになるのは己の記憶と感覚のみ。エレーヌやジャンも多少の手助けは出来たものの、カズマ程彼女の気配をハッキリと感じられた訳ではなかった。

 あの時、純精霊に真っ先に遭遇したのはリュカであるのだ。しかもその上、一瞬で彼女に憑かれた事もあるし、おまけに彼女は魔王一族の襲撃時にリュカを結界から逃したのだと言うから驚きである。
 そんな当人は大事を強制的に取らせて夢の中。いっその事、エレーヌに頼み込んで起こして貰いたい程でもある。そんな事をすれば地獄を見る事は確実であるからして、最後の手段ではあるのだが。

 そんな訳で、カズマの祠探しは中々進展が無いままだった。手掛かりさえ見つからぬまま、既に捜索二日目も終わろうとしていた。

「疲れた……」

 フウと溜息を吐きつつ座り込めば、口から思わず声が漏れる。誰かに咎められる事は無かったが、確かに弱音ではある。

 夜の帳が下りる頃、カズマ達は森の一角で休息を取る。今日も今日とて代わる代わる見張りを立てつつ、腹に食糧を詰め込む。当初より大所帯となった事で、彼等の食事の時間は多少活気が有るように見えた。
 焚き火をそれぞれの国毎に囲み談笑する。大声で騒ぐ事こそ無けれど、静かな声を時々弾ませながら言葉を交わす事で、不気味な森の雰囲気を多少なりともマシなものに見せている。それもひとえに、帝国の彼らがーーというよりはゲルベルトが相変わらす騒がしい所為である。

「バッカ言ってんじゃねぇよ、こんなもんでどうにかなると思ってんのかぁ?ああ?」

 まるで酔ってんじゃないかとカズマが思う程、彼は煩かった。声の大きさ云々ではない。さすがに彼も敵地であることは理解しているのか声はさほど大きくはない。それ以上に、動作一つ一つが喧しいのである。オーバーであると言い換えても良い。

「ソコはよぉ、ほれ、シルビアみてぇにーー」

 騒がしい様を眺めつつ、カズマは高校生であった頃の事を思い出していた。こんな風に、気の合う連中とツルんで喋って騒いでいた頃、それは確かに楽しかった事は覚えていた。
 あの頃と今の自分が同じように楽しめるか、といえば否ではあるが。その頃は、その時の自分が本当に自分自身だと信じて疑わなかったから。カズマはその頃の自分と、帝国の彼等にそれを重ねてしまう。別に彼等が子供っぽいなどと言っているのではない。それはある種、感傷のような感情であった。あれはかつての自分であった。気付いてしまった今では、その頃に戻れそうにはないのだと。

 そこまで考えた所で、カズマはブルブルと頭を振ってそんな考えを振り払う。この、心を刺激してくる妙な感情をとっとと忘れ、元の思考に戻ろうと再び思考を元へと戻した。

 カズマが彼女と接触したのはあの時のほんの一瞬で、一方的に告げられただけで消えてしまった。目が合ったその時、確かに彼女の眼は悲しみで溢れていた。自分はそんな彼女を、確かに強く助けたいと思った。だのに、自分は彼女を見つけるどころか名前すらも知らない。それどころか、此処でもリュカに頼らなければならないのか、なんて考えると自分の未熟さ故に無性に腹が立った。

 自分はもっと出来る存在だと信じて疑わず、そして現状ではそれが出来ない事に無性にイライラする。ここのところ感じる違和感に、何だか自分が変だとカズマは自分自身を落ち着けるため目を閉じ深呼吸をした。この苛立ちは不快だった。そこまで考えた所で、カズマは再び脱線した思考を元に戻す。

 ここで大事なのは彼女の事である。
 1000年以上は生きたとされている純精霊の彼女の事。名前こそ解らないが、自分と同じ炎を身に宿す最上位霊。かつてあの祠よりの加護を受け、王の命によりこの地を守護していた、4人の賢者の内の1人。
 最も過酷となった土地に縛り付けられ、それでも尚見捨てる事も出来ず力を削がれ続けてきた可哀想なひと。メディア1人ならば、このような大地から抜け出すのも逃げ出すのも容易かったものを。それを彼女は良しとしなかった。小さな子供達の為に彼女は己の身を犠牲にして残りーー
 と、ここまで考えた所で、カズマはとんでも無い事に気が付いた。

「ーーは?メデイア?……誰?」

 カズマは突然頭に浮かんできた名前に自問した。

「何、どうしたんです、突然」
「ねぇジャン、メデイアって名前、知ってる?」

 隣に座っていたジャンがそんな様子にびっくりしたのか、カズマに声をかけたが、カズマはそしてジャンに問う。
 突然返された質問に、ジャンは唖然と口を開いた。

「いえ……あ、そういえばそう言う神話があった気がーー」
『呼ばれた?』

 ジャンがうんうんと唸ってから思い当たるものを話し出した頃。突然、2人の背後から声が響いてきた。
 驚きバッと振り返ってみれば、そこにはひとが、居た。彼女はうつ伏せに寝転がるようにして、空にふわふわと漂っていたのだ。その二対の羽根が生えた女(ひと)ーーつまりは件の純精霊が、そこには浮かんで居た。

「は?」
「え?」

 口をポカンと開けながら、しばし2人は固まる。今迄必死こいて探していた女(ひと)が、それらしき名を呼んだだけで突然目の前に現れたのだ。呆気にとられるのも無理はない。
 逸早く困惑から立ち直ったカズマは、気を取り直すように彼女に問うた。

「君、メデイア?」
『そう、私メデイア。むかしむかし、おおさまに貰ったなまえ』

 カズマが口にした名前こそが、探していた純精霊だった。名前を呼ばれれば来てくれたのか。
 その事に気付いたカズマは、少しだけ後悔した。もっともっと早く、思い出せていたらと。
 そしてカズマは質問を続ける。その時にはエレーヌもその様子に気付いたようだったが、割って入るような事はしなかった。エレーヌはただジッとカズマと彼女のやり取りを見つめているだけだった。

「王様?君達の王様?」
『そう、私たちのおおさま。もうすぐ帰ってくるの。みんな助かる』
「みんな助かるって、どう言う事?今危険な事になってるの?」
『……みんな消えちゃう。あとすこしなのに。だから、助けてほしい』
「消える?」
『力が足りないの。生きる力』
「どんな力?」
『魔力。あなた達、たくさん魔力ある。そのひとも、とてもとてもたくさんわけてくれた。だから、あと少し』

 彼女は、リュカを指差しながら言った。ふとカズマは、リュカの魔力について少しだけ違和感を持つ。彼女はカズマとジャンの魔力を『たくさん』と言った。その一方、リュカから貰った魔力は『とてもとてもたくさん』と、そう言った。
 魔力の気配は、今のリュカからはほとんど感じられない。エレーヌはあの時、魔力の隠し方は如何様にもあるとカズマに教えてくれたが、果たしてリュカの魔力は一体どれ程のものなのか。それについて考えると、少しだけゾクリと背にくるものがあった。それを振り払うように、カズマは続けて口を開いた。

「リュカが……うん、分かった。魔力をあげるよ。その代わり、リュカーーそこに寝てる人ね、そのひとに掛けられてるモノについて教えて」
『そのひとのこと?……たくさん話すと、わたし消えちゃう。だから少しだけなら、おれい』

 彼女の言葉に、カズマは一瞬だけ口籠る。他人には分からない程度だったかもしれないが、誰かしらーーエレーヌ辺りには気付いたかもしれない。
 1000年も生きた純精霊が『消えちゃう』と言ったその意味を考えて、動揺してしまった。まるで期待していたその手段が消えてしまったかのような気分になって、カズマは落胆しそうになる。
 しかし、それを面に出す事はなかった。気を取り直すように、カズマは質問を投げ掛けていく。もしかしたら、という可能性は捨てたくなかった。

「魔力で、良いんだよね……どうやってあげたら良い?」
『うん。あのひとみたいに、入らせて』
「どうすれば良い?」
『うけいれて、わたし。あついかもしれないけど』
「そっか……リュカも言ってたな。分かった、俺で良いよね?」
「待て」

 そこで初めて、エレーヌが口を出す。それに反応して、騎士達もまた、意識をカズマ達へ向ける事になった。けれど、彼等にはメディアは、見えない。不思議そうな顔をしながら、何かに向かって語りかけている彼等を、見た。

「危険は無いのか」

 エレーヌは言いながら、少しだけ険しい表情で彼女を見た。

『きけん?……あつくなるのと疲れるのと。大丈夫、全部はいらない。いっぱいもらったから大丈夫』
「エレーヌ、大丈夫だよ。リュカにも、害はなかったんだし……」
「……分かった、不調を感じたならばすぐ言うように」
「うん」
『いい?大丈夫?』
「うん、メデイア、俺の方は良いよ」
『ありがと』

 始終無表情であった彼女の表情が僅かに笑みを象ると、その次の瞬間、彼女はカズマの中へと吸い込まれていった。入られたその時から、カズマは胸元から全身に熱が回っていくのを感じる。少しだけじんわりと熱くなる程度で、カズマにダメージを与えるようなモノではない。そしてそれに、徐々に体力ーーというよりは魔力をじわりじわりと吸われる感覚がカズマにも分かった。
 それと同時に、カズマの中で彼女の声が響く。

『あなたはやっぱりそうなのね。とてもおちつくの』

 頭の中で、微かに聞こえた彼女の声は、ともすれば眠りに入ってしまいそうな程微かなものだった。カズマはその言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えるも、その時は何も言わなかった。
 それからしばらく、カズマはジッと彼女の次の行動を待っていたのだが。その声を最後に、彼女からの声がさっぱりと聞こえなくなってしまった。それでも否まさか、とカズマは辛抱強く待ち続ける。
 いよいよこれはおかしいぞとカズマが気付いたのは、夜も更けて寝る準備が整い始めた頃だった。

「あれ……メデイア?……おーい、メデイアー」
「カズマ?どうしたんです?」
「メデイアの声が聞こえなくって……まさか眠ってるんじゃないかと思って声かけてみたんだけど、反応がない」
「……ホントに眠ってたりして」
「まっさかぁー……純精霊って眠るの?」

 そんな会話を続けるも、その日は終ぞ彼女からの反応は無かった。何度か名前を繰り返し呼んでみるも、メデイア達が見えていない者からすれば、今のカズマは一人ブツブツ喋っている危ない人である。何十回か名前を繰り返し呼び続け、とうとう羞恥に耐え切れなくなったカズマは。誘われるがまま、皆と共に横になったのだった。


 翌朝ーー夜が明け始める頃になってようやく、『ぐっすりーお腹いっぱいー』などと言いながらメデイアが元気良く飛び出してきたのを、カズマは何とも渋い表情で迎えたのだった。

『お礼する、眠らせてるそのひとのこと』

 太陽が登り始め、周囲が明るくなってきた頃。メデイアはゆっくりと話し始めた。エレーヌとジャンも、いつの間にかカズマの左右に並ぶように腰掛け、メデイアの話に聞き入っていった。

『あの黒いやつは、逃げられないようにするためなの』

 彼女の出だしの一言から、3人は息を呑む。

『害ではないけど自由はうばうもの。でも、もう一つ掛かってるのがあるの。その、黒いやつの縛りをかくすの。だから、いまはまだ、そのひと追いかけられない。でも、ホントの魔力は使っちゃだめ』
「隠すって、誰から?本当の魔力って?」
『……2つはひみつ。すぐにわかる』
「すぐにわかるって……」
『だってーー、ううん、これはないしょ』
「ええー……」
『祠、きて。きっとわかるからーー』
「あっ、ちょっと、待って!」

 彼女は、一方的に告げた後。カズマの叫びも虚しくその場からフッと姿を消してしまった。後に残ったのは、増えた謎とリュカに害が無いというその事実だけ。

「純精霊は気まぐれだし、応えてくれただけでも御の字です」
「うーん、まぁメデイアの言葉を信じるなら、今の所害は無いようだし。リュカ起こす?」
「引っかかる所ばかりだが、純精霊がウソをつくとは思えん。そうするしかあるまい、これ以上足止めされる訳にもいかん」

 3人はこそこそと会話を交わした後で。朝日が登り切る前、彼等はしれっとリュカにかけていた催眠を解くのであった。

「リュカ」
「お、はようございます……」
「起きたーー!」

 催眠が切れるや否や、ゆっくりと目を開けたリュカの目前では、魔術師3人が揃ってお出迎え。それに困惑するリュカが咄嗟に挨拶をすれば。
 途端にカズマは、わざとらしくも大声で叫んだのだった。リュカに怒られない為にも、カズマの小さな謀は完璧なのだった。





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