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019.視線


リュカはその日以来、自分の感情を持て余していた。
表情こそ変わらないが、内心では荒れ狂っている。獲物だとばかりに群がってくる魔獣達を各個撃破する帝国の精鋭達を見ては、詰まらなさそうに剣の柄を撫でる。いっその事、失敗でもしてくれれば良いのに、と。

「この俺たちにかかりゃ、この森の化け物なんか目じゃねぇっての!アレクセイの助けなんかいらねぇ、っぜ!」
「全く、そうやってすぐテメェは調子に乗る……」

例えどんなに面白くなくとも、彼らの戦いをリュカ達はただただ眺める事しか出来ない。

「ローラント、エアハルトがやったようだ」
「了解。オイゲン、他はどうだ?」
「我々だけも十分」
「上々だな。頼んでいるのはこちら、露払い位はさせてもらう」

堂々宣言するローラントの表情は、輝かんばかりの笑顔であった。仲間たちの、あるいは自分自身の力の誇示が、余程嬉しいのであろう。今のリュカには、そんな彼らの些細な言動すら癪に障った。

帝国きっての魔王討伐隊は、彼等が最強を自負するだけあり魔獣などは相手にならない。普通の獣を狩るのとさして変わらないのだろう。リュカにはそれが無性に気に食わなかった。彼等が嫌い、という程でも無い。ただ、自分のテリトリーで他国の人間が我が物顔に活躍するのが嫌なのかもしれない。今迄はそんな事を考えた事もなくて、リュカは少しだけ不思議な気分だった。
そんな事をつらつら考えてしまっているリュカの傍ら、暇を持て余した2人の、穏やかな会話が行われている。

「なんだか、色々と凄いですよね……僕、他国の軍人って初めてで」
「うん……雰囲気が全然違うよね。ライカって、軍人の国なんだっけ?」

ぼんやりと呟いたジャンが、隣に立つカズマに向かって話しかけている。2人ともどこか気の抜けたような調子だ。色々試してみたいんだけどな、そんなカズマの呟きは、戦いの話題に夢中な彼等に届く事はない。

「ライカは、アレクセイとは違い武軍に全てをかけている。我々の軍隊とは少しばかり性質が違う」

帝国側の様子をうかがいに行ってきたアンリが、カズマとジャンの会話に加わった。同じく戻ってきたマティルドは、いつも通りアンリの背後に無言で控えている。そのマティルドですら、何か言いげな表情をしているのをアンリは気付いているだろうか。リュカは何ともなしにそんな事を思った。

「性質?」
「私達の軍は、作戦のほとんどが魔術師ありきで、防御を固める為に派兵される事が多かった」
「成る程……魔術師ありき」
「そうだ。それ故にーー」
「カズマ、大丈夫だったか?何体かすり抜けられてしまった」

説明の最中、足早に戻ってきたローラントによってアンリの話は図らずも遮られてしまった。カズマは少しばかり戸惑いながら、その声に応える。

「ローラント……俺は大丈夫だよ。ローラント達がほとんど倒しちゃうから、出る幕ないし」
「それは何より。そう言えば、君も戦うと聞いたんだがーー」

あの日以来、ローラントはカズマに明らかに馴れ馴れしくなった。所構わず、という訳では無いのだが、気付けば傍らに寄り添っているような。リュカはそれを見ると、妙に落ち着かなくなる。

別にカズマを取られるとかそんな子供染みた理由ではない、と、リュカは思いたかった。カズマもカズマで、今の状況を歓迎していないのは、リュカにすら判る程明らかだったから。時折、カズマよりチラチラと助けを請うような視線を感じるのが良い例だ。それに応えるように、リュカも何度か助け船を出そうとした事はある。だが、それは何時だって予期せぬーー否、厄介な邪魔者が乱入する事で失敗する。今だって、そうだ。

「ほぅら見たか!俺様の戦いぶり、何度でも言ってやる、今度こそお前には負けねぇぞ」

リュカはリュカで、相変わらずのゲルベルトに絡まれていたのだ。先日の毒吐き以来、余計にしつこくなった気がしている。頭2つ分か、それ以上上にある所から見下ろされ、肩を一方的に組まれそうになるのをかわすのがリュカの日常になりつつあった。日に日に近くなる対面距離に、リュカは辟易としている。かと言って、敵を善かれと退治してくれている彼等を無下にする事も出来ず(そう、アンリには強く強く再三にわたって言い含められている)。適当に相槌を打って、話半分にヘラヘラする。リュカの精神衛生上それが一番負荷が軽く、それでいて何も考えないで済む、というのが確立されつつある。

「そういやお前、参謀になったとか聞いたんだが……前線には出ねぇのか?」
「さぁ、どうでしょうね」
「アレかぁ?そちらさんの事情ってヤツか?お前は良いとこの出だって聞いたしよ」
「そうですね」

そうですね、そうですか、ばかりを繰り出すリュカの塩対応に、帝国側のエアハルトやらオイゲンやらホラーツやらが顔を引き攣らせて居たというのは、リュカの知らぬ話。

少し前までは、気付くとローラントがその間に割って入ってくれたのだが、とリュカは時たま彼を盗み見る。彼は相変わらず、カズマへ話しかけてはヘラヘラしている様子だ。それを目にする度リュカは想像する。これは、おかんとの渾名に嫌気が指し、ゲルベルト離れでも目指しているのだろうか、と。ローラントにすら毒でも吐いてしまいそうな心持ちを何とか抑え込む。そんな恩を仇で返しそうな気分をどうにかしたくて慌てて目を反らせば、途端に耳に入ってくるのはゲルベルトの口上。この口の減らない男の顎下に掌底でも叩き込めば少しは気が晴れるだろうか、そんな危ない思考が頭をよぎる程には、リュカは限界に近付いていた。そして、それを察する事ができる程、ゲルベルトも鋭くはない。

「何か事情でもあんのかよ。まぁ、俺も人の事は言えねぇけどよ。そもそも俺ァ、前線で身体張る方が合ってんだよ、命令なんてガラじゃねぇ。テメェの身はテメェで守れって話よ」

リュカが積極的に列の最後尾に来ているのは、不用意にラウルやカズマへ近付かせないための防波堤のようなつもりであったのだ。だからこそ自分がここまで絡まれるとは、夢にも思っていなかったのである。他所の国と行動を共にする機会なんてそもそも無い。列強と数えられる国々の事情は、陰謀渦巻きそれ程甘くないのである。

そんなこんな諸事情により、必死で毒吐きを抑えるのがこの所のリュカの日課となりつつあった。
その日もまた、ここ数日と同じように絡まれ始めていたリュカであったが。その日は一味違っていた。数日越しのリュカの願いは、ようやっと天に届いたのだ。

件のゲルベルトを押し退け、リュカの前に立ち塞る人間が現れた。背中に大弓を背負う男、エアハルトだ。オストホフと比べれば小柄にも見えるが、ラウル程には大きい。つまり、リュカにしてみれば十分デカイ。助かった、と思うのと同時にリュカは妙な苛立ちを覚えた。

「ゲルベルト、お前少しは自重しろ。全く、これはローラントの役目だろうに……何やってるんだか」
「ちょっ、テメェ何出しゃばってんだよ」
「保護者がいないからと言ってお前が好き放題やるのは見ていられない。他国に迷惑をかけるな。これはお前のお遊びではない、れっきとした討伐隊だと、私は何度も言っただろう」

そう強い口調で言い放つエアハルト。これまでにも、ローラントと代わる代わるゲルベルトの態度をたしなめる様子が見られた。武装親衛隊、つまりはライカ帝国の皇帝直属部隊の所属である。帝国軍の中でも、抜きん出た才能を持つ者が集められている、とリュカは記憶していた。

武装親衛隊の内部情報はそれこそ極秘で、国外へ任務に出る事も余りないと言われている。だが、皇帝直属とあって、その情報が何処まで正しいのか。周辺諸国の間ではかなり警戒されるような存在であった。そういった意味でも、エアハルトはリュカにはゲルベルトよりもよっぽどお近付きになっておきたい人物であるのだ。
そんなリュカの考えを知ってか知らずか。ゲルベルトは何時にも増して、彼に食ってかかっていく。

「遊んじゃいねぇよ、ただ楽しんでるだけだ。この状況で楽しまなきゃやってらんねぇじゃねぇか」
「前から言っているだろう、我々は国の代表として討伐隊に選ばれーー」
「御託はいいんだよ、形だけの部隊なんざ何の意味もねぇ。テメェ、監視役か何かかぁ?」
「お前っ……」
「第一、魔王一族とやらが現れる前と後で、俺らは何も変わっちゃいねぇんだよ。どっちがお遊びだっつうの」

ゲルベルトから唐突に繰り出された言葉に、エアハルトがたじろいだのはリュカにも分かった。帝国の討伐隊の派遣には、何らかの裏があるのか、リュカは直感した。それと同時に、随分とふざけた男だと思っていたゲルベルトへの認識を改める必要がある、と、リュカは人知れず感心してしまう。

だが同時に、リュカはこれを幸運に思う。他国の軍人を前に、これ程的確なヒントになるような情報を提供するなんて、と。これを機に、リュカはライカ帝国軍への認識を素早く改めた。エアハルト達を除き、討伐隊のメンバーに詳細を知らされていない様子だが恐らく、国に有益な何かを狙って派遣されたものだと考えられる。それこそ、他国への接触を図り、何かしらの軍事的機密情報でも狙っているかのような。

現に、エアハルトの先刻の動揺具合が良い証拠である。アレはゲルベルトの鋭い指摘に動揺したのではなく、他国相手に作戦を暴露するような言動に出たが故にあそこまで狼狽えたのではないか。それ位でなければ、わざわざ極秘の武装親衛隊員が紛れている理由に説明がつかない。

それに、エアハルトはリュカが参謀である事を最初から知っていた。リュカが彼等に参謀だと名乗っていないにも関わらず、である。あの時ーー、リュカへ声を掛けた時だって、エアハルトはリュカをずっとずっと観察していたのではなかろうかと。リュカは途端、頭を切り替える。武装親衛隊と名乗った者達全員を、リュカ達は出し抜く必要がある。つまり、はぐれたというその隊長達というのも、ワザとである可能性も高い。存外この考えナシのおかげで楽に対処出来るかもしれない。リュカは内心でほくそ笑む。


と、そんな策を巡らすリュカだったが、それも束の間。突然、周囲に変化が訪れた。
視られている。
その時感じた違和感に、リュカは動きをピタリと止める。同時に、言い合うエアハルトとゲルベルトへ、黙るようにジェスチャーを見せた。

時に同じく、ラウル、エレーヌ、ジャンもまた同様だった。カズマですら、その気配に周囲を見回す。リュカはそのまま、エアハルトとゲルベルトから少しだけ離れると、その場で姿勢を低く、剣の柄へと手をかけた。

「おい……」
「構えて下さい。ーーカズマ!」
「はい!」
「あ?なっ、何だ?」

リュカやラウルが剣の柄を手にかけながらピリリと警戒すれば、帝国側からは息を呑む声が聞こえる。しかし、彼等もまた軍属の人間。突然の事態にも冷静だった。
珍しいラウルの叫び声が、周囲へ木霊する。

「エレーヌ、ジャン!」
「分かっている!」
「ラウルさん、展開します!」

エレーヌもジャンも、それに対する返答はすぐだった。カズマもエレーヌもジャンも、魔術のストックを作り上げ、ラウルはしゃがむ程に体勢を低く保っている。頭上の音だけではなく、地面よりの振動をすら聞くような姿勢。警戒は万全かに思えた。

だが、次の瞬間、リュカ達は出し抜かれる事になる。

あっという間の出来事だった。

「な!?」

ピキリと、頭の中で何かが壊れる音がしたかと思うと。突然感覚という感覚が捉えられなくなる。身体中のバランスがおかしい、そう思った時には既に遅く。

「おいっどうした、一体なにがあった!?」
「カズマっ!」
「エレーヌ!ジャン、ラウルまで……」

リュカ達は一斉に感覚を失い、その場に崩れ落ちた。魔力を内包する者達が、悉く一斉に。

「オイッ、しっかり!」

傍に居た誰かに、うつ伏せに崩れた身体を抱き上げられるも、リュカは瞼を開ける事すら敵わなかった。リュカの全身の感覚という感覚が全て狂っている。吐き気すら催す程で、思うように力も入らなかった。

それでも、叫ぶ彼等の声は辛うじて聞こえてきて、リュカは飛びそうになる意識を必死で繋ぎとめる。そんな時の事だった。リュカの頭の中で、誰かの声が聞こえてきたのだ。

1人は甲高い少年の声、もう1人は嗄れたような低い男の声だった。

“兄ちゃん成功したよー、魔術師潰した!”
“流石は我が弟!よし、魔術師がいなきゃ怖くねぇ、俺が奴らをブッ殺してやる”
“うわーかっこ悪ーい、僕より弱いくせに。しかもあんたに弟って呼ばれるのは何か不快なんですけど”
“そうだろう、俺は世界一強い男!待ってろ、姐さんの仇をとってやる!そして、あ、姐さんと結ばれーー”
“聞いてないし……美形好きの姐さんにゴリマッチョって蔑まれてる時点で望み薄いと思うんだけど。ま、僕は手伝わないからがんばってよ。今ので疲れたからここで寝てるから、終わったら起こしてね”
“おうよ!”

その会話が終わるのと同時に、今度は大地が軋む音が聞こえてくる。そうして。

「掛かったなにんげん共!我が名はエーゴン、一族最っ強のこの俺様がまとめて相手だーー!」

彼等討伐隊は、ハンデを抱えた状態で新たなる敵と遭遇する事となったのだった。





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