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017.同行者



 ライカ帝国は、リュカ達の暮らすアレクセイ王国より西に位置する軍事国家である。帝国は、つい数年前までアレクセイ王国へ軍事行動を起こしていた。
 元より軍事国家であるライカ帝国は、時折アレクセイ王国やフィリオ公国に対し度々侵略を繰り返しては停戦調停を結ぶような国だ。
 ライカ帝国の侵略を御するのに、アレクセイ王国が数年を費やす事になったのは、リュカ達にとってもまだ記憶に新しい。その時の苦労を思い返すと、リュカはいつも遠い目をしてしまう。

 アレクセイ王国は帝国と、騎士団・魔術師団からなる連合国軍にて相対した。帝国の侵攻を食い止めるのは彼等とて容易な事では無かった。
 魔術師達が少し目を離した隙に結界は破られるし、先遣隊の兵士が何人も串刺しにされるという憂き目に合う。そして、騎士団内でもどうにか常駐の魔術師の協力を得たかと思えば、待遇が悪いだの陣地が汚いだのと別の部分で文句を言われ、魔術師団に問題児の更生を押し付けられたり云々と、特にリュカが奔走した。
 思い出せば思い出す程、自分ばかりが面倒事の解決を押し付けられたように思えて、リュカは未だに根に持っている。
ベルジュ家の者であるのならば、例え魔術師でなくともよっぽど魔術師団に話の通りが良い、という事らしいのだが。魔術師でもない自分が何故、と釈然としなかったが、確かに素直に動いて貰えたので何とも言えない気分になったのは心の内に留めていた。

 その戦は、結局は消耗しただけで何の意味もなかった、というのがアレクセイ王国内での見方である。ただの帝国の気紛れ、帝国がアレクセイの軍事力を確認したかった、という事もあるのだろう。そしてあわよくば、より平和で肥沃な土壌をと。そんな事のために、アレクセイは多くの被害を被ったのである。そういった事情もあり、彼等討伐隊のライカ帝国への印象ははあまり良くはない。


そういう事情を知ってから知らずか、先程までゲルベルトに対して怒鳴り散らしていたローラントが話を切り出してきた。

「アレクセイの隊長殿、折り入ってご相談があるのですが」

 ローラントは至極丁寧に、アンリへ告げる。リュカは内心では来たな、と面倒事の匂いにげんなりとする。

「我々ライカの隊は今、隊長と兵士一名を欠いているとお話し致しましたが、見ての通りこれだけ癖の強い人間が揃っております。この隊を纏められるような人間はこの中に居りません。我々のみでは心許なく……せめて、彼等と合流するまでの間行動を共にしては頂けないでしょうか」
「同行を、というお話しだろうか?」
「ええ、我々の身は我々で守ります、後ろについて行かせてもらうだけで構いませんので」
「……そうだな、少し、話をさせていただく。失礼」

 アンリはそう告げてから、リュカの元へやってきた。ここでようやく立ち上がる事を許されたリュカは、岩を転がし、痺れる脚を叱咤しながら立ち上がる。そのままアンリに連れられ、ローラント達から距離を取った。歩きながら小声で問いかけられ、リュカは一層渋い顔をする。

「……これは受けても良いものだろうか?リュカはどうだ?」
「この際、仕方が無いとは思いますが……あまり、手放しで賛成したい案件ではありませんね。カズマもラウル殿も居ますし」

 端から見れば極力軽い調子に見えるように取り繕いながら、リュカは真剣な声音で言う。

「そこだな。魔術に疎い彼等にーー、まぁ私も言えた義理ではないが、我々の行動に大人しくついて来れると思うか?」
「そこは、まぁ、……邪魔にはならない、と思いたいですけれど」
「ラウルは、大丈夫だろうか……」
「彼は、そんな事に左右されるような方ではないでしょう……ロベール殿も居りますし」
「それもそうか。なら、仕方ないだろう」

 リュカの言葉に深く頷きを返すと、アンリは軽く姿勢を正し、彼等の元へと歩いて行った。そんな、重責を負った隊長の後ろ姿を眺めながら、リュカはおくびにも出さずしかし今後の旅を憂うのだった。

 彼等は絶対、何かやらかすに決まっている。リュカは確信していた。

 と、そんな事を思っていたのはつい5分ほど前のことだったのだが。

「おい、お前聞いてんのか?」

 リュカは自身の考えを改めざるを得なくなる。やらかすのは自分の方になりそうだ、と。それもこれも、この、好き好んで自分の隣に立ちたがりベラベラと御託を並べる巨人族のせい。リュカは白目を剥きたくなるのを、必死で我慢している。

「そんでよ、お前さんはあんたん所の隊でヤツらに太刀打ちできるってホントに考えてんのかぁ?」
「…………」
「俺らみたいによ、ちゃんとーーーー」
「ゲルベルトいい加減にしろ!甚だ迷惑な上に、一般民が賊にでも絡まれてるような絵面だ」

 そんなリュカの理性の保つギリギリの所で、ローラントが助け舟をだして、ゲルベルトが一瞬大人しくなる、というのがここ最近のテンプレートになりつつある。

「っせぇな」
「調子に乗んなよ。前も言ったが、お前は前科持ちだ。三度リュカ殿に斬りかかってみろ、俺は包み隠さず隊長に報告するからな。他の隊員に対しても同じだぞ。
……何かしでかしてみろっ、速攻で貴様の腹に風穴を開けてやる」
「チッ」

 リュカ達の一行は、新たな同行者達を加え進み出していた。行方が分からなくなっている件の隊長と隊員を探すために川の本流を下って行く。
 本当であれば、彼等の隊長らを探す義理など勿論ないのだが、一刻も早く分離したいというリュカの希望の下、彼等はそのような行動を取っている。
 リュカは一刻も早く、彼等と別れたいのだ。さもなくばきっと、リュカの我慢が振り切れて、減らず口のゲルベルトの顎下に掌底でも叩き込んでしまいたい気分になってしまう。既になっているが、実行に移していないだけまだ良い方だろう。
 彼等の言うように谷底へ落ちたのであれば川沿いを探す方が効率は良い。崖の下を流れる大きな川は幅も広く流れも早く、この川に落ちたとなれば這い上がるのは容易ではない。リュカは隣で喋る男達に意識が行かぬよう、件の隊長達の行方を、無駄に必死に考えるのだった。

 探索魔術を利用しながら先導するジャンを先頭に、カズマとラウル、ロベール、マティルド、エレーヌ、アンリが続く。そしてリュカはと言えば、アレクセイ隊の最後尾を、ゲルベルト=オストホフに肩を組まれながら絡まれている。他の帝国メンバーは、リュカ達よりも後ろから着いてきていた。

 ローラントにキレられゲルベルトが多少大人しくなっていた時の事。ふと何かを思い出したかのように、ゲルベルトは更にリュカに顔を近付けながら、声のボリュームを下げて言った。
 流石のコイツも遠慮はするのか、だなんてリュカは内心でそんな失礼な事を思いながら。流石のリュカも、顔を近付けられては聞こえませんでした、と誤魔化す事もできない。渋々何ですか、と返すと、矢鱈と楽しそうな声音に思わず顔を顰めそうになる。

「なぁおい、この隊にも魔術師、いるんだろ?どんな鶏肋か見ておきてぇわ」
「ゲルベルト!」
「あん?ライカにゃいねぇんだ、興味くらい持ったっていいだろうが」
「興味云々じゃない、助けられておきながら喧嘩を売るような減らず口を辞めろと言ってるんだこの馬骨!今度また何か言ったらこの俺が口輪をはめてやる。まずはその腕を外せ」
「痛っ、このーー」
「リュカ殿すみません、ウチの馬鹿が粗相を……コレの話なんて全部聞かなくても良いですから、適当に相槌でも打っていただければそれで十分です」

 ようやく外れた肩の重みに安堵しながら、ローラントへは無理矢理笑顔を造る。成る程、オストホフの手綱を握っているのはローラントという訳かと合点が行く。同時に、ローラントの人事を決めたという人物に感謝する。確かに彼はおかんなのだな、とリュカはローラントに酷く同情した。

「で、魔術師は、どの方なんです?俺も少し気になっていて……」
「んだよ、てめぇだって気になってんじゃねぇかよ」
「黙れ!聞き方ってもんがあるだろうが」

 珍しい者には皆興味を持つらしい。他国から見れば、それこそアレクセイの魔術師軍団は隠された強力な戦力として認識される。だからこそ余計に誰しもが見たがる。
 しかし、興味本意とは言え、我が国の戦力事情をそうやすやすと教えて良いものか。彼等とは敵国同士ではないものの、微妙な関係が今も続いているのだ。

 リュカは、適当に誤魔化すような話をしながら、斜め前を歩くアンリを盗み見る。しっかりと聞いていたアンリは、リュカにだけ分かるように肯首し、GO のジェスチャーをする。それにリュカがやはり手のみで返し、渋々と彼等に魔術師の話を始める事にする。ここでアンリがNOの返事をすれば、リュカは秘密です、と誤魔化す事も出来たものを。リュカはこっそりと、アンリを少し恨んだ。

「くれぐれも、本人へ質問攻めなどしないようにお願いしますね。個々の事情もありますので……。先導している彼女と、金髪のーーーー」
「彼女……?」
「女性、ですか……?」
「そこは、今は関係のない事でしょうに」

 返された声音に、リュカは早々にしくじった、とばかりに彼等の反応に眉根を寄せた。男も女も強い事が叫ばれる帝国の事、男女差など気にしない国かと思っていた。だが、彼等の反応を見る限り、女性はやはり、他国では戦闘に参加するものでは無いらしい。

「女が居るのか!?」
「ゲルベルト」
「それは、あなた方が口出しする様な事ではありませんよ」

 リュカは早々に火消しを試みる。しかし、話を聞かぬゲルベルトの事、ローラントの静止も聞かず、彼の|減《・》|ら《・》|ず《・》|口《・》は止まらない。

「何だよほんと変な国だな、お前のとこは。女を外の戦いに駆り出すなんて、よっぽど男が頼りねぇのか?」
「ライカ帝国を基準に考えないで下さい。事情がありますので。彼女は“一流”の魔術師です」
「ハッ、“一流”が家の名前で決まる国が偉っそうに……」
「ゲルベルト!」

 時折嗜めるローラントに耳も貸さず、ゲルベルトは踏み抜いた。それはもう、リュカも自制が効かぬ程に、特大な地雷を。

「本気でそう思うのならば、貴方の目は節穴だ。自らの実力を過大評価するのも勝手だが、敵う相手とそうで無い相手位見極められないのであればそこまでの人間ーーと、いう、事ですよ」

 ニコリ、リュカが一切の手加減なく毒を吐き、取ってつけたように言葉尻を緩めれば。ゲルベルトもローラントもポカンとする。その一瞬が過ぎ去れば、瞬く間にゲルベルトの目はつり上がっていく。隣で、ローラントもまた、顔を盛大に引き攣らせていた。
 実の所、本当はもっとアレコレ吐いてしまいたかったリュカであったが、流石に自重した。監視の目もある。
 そして煽るだけ煽って、結局リュカは、その場から逃げ仰せてしまったのだった。あれ以上あの場に居ては、何を言ってしまうか分からないからだ。元々、ゲルベルトとリュカの相性は最悪なのだ。普段の任務ならば耐えられるものを、あの男の言い振りには耐えられる気がしない。
 結局リュカは後先も考えず、ツン、とそっぽを向いて逃亡した。例のあの魔道具を使って、一瞬でカズマの隣へ並ぶ。

「あれ?リュカ、帝国の人達と一緒に居るんじゃあ……」
「いえ、まぁ……あの、ちょっと頭を冷やしに……」
「へ……?」
「リュカ」

 アンリのその、優しく咎めるような声音に、リュカの動きが固まる。そろりとそちらを振り返れば、遠目に満面の笑みを浮かべたアンリの姿があった。リュカ自身、やらかした自覚はあったのだ。明らかに言いすぎだった。相手の挑発を流す所か、逆に煽って喜んでいるかのよう。
 ここ最近のストレスのせいだ、などとリュカはあれこれ言い訳を考えるものの、それが当然、アンリに通じるはずも無い。

「リュカ、此方へ来なさい」

 怒られる。リュカは覚悟して、渋々アンリの元へ向かったのだった。これだから団体行動は苦手なんだ。そう、リュカが内心ではそう思っていたなんて、絶対に秘密なのだった。

 その後の事。
 リュカは長々とアンリに説教され。ゲルベルトとローラントへは謝罪するように命令を下された。渋々、良い笑顔で謝罪してはきたのだが、やはりゲルベルトが目の前に居るとどうしても顔面に掌底を叩き込みたくなってしまう。謝罪ついでに色々と口が滑ってしまって、再びアンリには謝罪になっていない、などと怒られたというのはまた別の話だ。


「さっすが、其方の参謀は一味違う」

 そんな言葉をリュカが頂戴したのは、アンリからしこたま怒られたリュカが、不機嫌そうに頭を抱えたその時だった。
 そう言ったのは、一部始終を眺めていた帝国側の武装親衛隊、エアハルト=デルブリュックで。表面上は感心したように言ったように聞こえるのだが、褒めているのだか貶しているのだか分からない彼の言葉に、リュカはその時盛大に顔を引き攣らせたのだった。





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