Main | ナノ

016.再会(後)



 リュカの持つ魔道具は今、全部で4つある。一つは、魔力を流す事である種の結界を張るもの。先にリュカが空中で使用したものがソレだ。一定範囲内、2m以内の任意の場所に物理結界を張ることができる。
 もう一つは、今リュカが左手に持つ短剣。そして、あと2つだ。

「魔道具」

 笑みの消えた顔で、男ーーノーマは言った。先程の初撃で受けた傷口を押さえている。

「ええ、そういう事です」

 両手を前に構え、態勢を低く保ちながらリュカは次の手を考える。初撃こそ成功はしたが、この男に同じ手は通じないだろう。だが、チンタラ待っていては再度男のペースへ持って行かれる危険性もある。ならば次手も此方から、相手の裏をかくようなものでなければならない。ふぅと息を吐き出しながら息を整える。

 さあ行くか、リュカは本気の覚悟を決める。誰にも見せた事のない、誰もやった事のない、ぶっつけ本番の合わせ技。
その時リュカは、次なる魔道具を発動させた。

 その場の誰もが、一瞬リュカの姿を見失う。ノーマですらも。リュカはノーマの直ぐ目前、左手寄りに現れた。ノーマの腰程に低い態勢から、右の刃を逆袈裟に斬り上げる。ソレは、ノーマの咄嗟の爪により阻まれる。しかし、左手の上(ノーマが右利きらしい事はリュカも確認済みである)、多少なりとも怪我をした方の腕だ。幸運ながら、リュカにも弾く事ができた。リュカの利き手である右手で、思い切り振り上げ漸くである。それには苦々しい思いを抱えつつ、目を見開いたノーマの脇腹へ。リュカは左手の短刀を向け、ソレを発動する。

「ぐっ!」
「あの時のお返しです」

 動かずとも伸びる短刀は、ノーマの腹を貫通した。だが、直前で急所は外された。血は出るも、余りダメージになってはいないだろう。リュカは直ぐにノーマから距離をとると、その様子をうかがった。そのまま腹を押さえて、ノーマは俯く。

「ーーーーり、ーーーーだ」

 その場で何事かを、ノーマは小声で呟いた。リュカにすら聞こえない位、小さな声で。そして、次に彼が顔を上げた時、彼はブスッと不機嫌顔で、手に付いた自分の血を見ていた。

「もー、僕こういうの望んで無いしッ」

 そのまま、血の付いた手をベロッと舐めると、ノーマは言い放つ。

「ヤメヤメー!もう良いやッ、僕帰る」

 ポカン、とするリュカの前で、男はそう叫ぶとリュカに背を向ける。そのままスタスタと、怪我など無かったかのように歩き出すと、ある木の影まで来たところで。男はフッと姿を消してしまった。

 先程までの騒ぎが嘘だったかのように、シーンと場が静まり返る。風が木々を流す音だけがその場に響き、生き物が動く音すらその時消えていた。
 リュカはそのまましばらく構えていたが、何事もないと分かると何と、糸が切れたようにそのままその場で膝から崩れ落ちた。思った以上の反動で、リュカはゼエゼエと息を切らす。剣すら持てずに、その場に這いつくばった。

 それぞれの魔道具は、必要な魔力量が違う。だが、多くは発動までにそれなりの魔力を消費する。だから、一度に使う魔道具は、普通の魔術師で大抵一つだ。魔道具に使う魔力があるのなら、魔術に費やしたいと思うのが普通だから。

 だが、リュカは魔術師ではない。魔力はあるが、使用する事なんて滅多にない。普段は道具で一才を隠しているから尚更で、リュカは魔力を使うなんて殆どしてこなかった。
 だから、一度に3つもの魔道具を使うような魔力を使った事がない。こんなに疲労するなんて、とリュカは予想外の事態に面食らっていた。それに気付いた誰かが、駆け寄ってくる音が聞こえる。

「おい、オイッ!無事か?アレクセイの」
「リュカ!どうしたの!?」

 ゼエゼエと疲労困憊のリュカの様子に、周囲が騒がしくなる。そんな中。

「どけ」

 その声は、至極冷静に言った。

「馬鹿者、碌に魔力の扱い方も知らぬ者が無理をするなど……貴様は自殺願望でもあるのか」

 呆れたような声音ながらも、彼によってフワリと魔力を与えられる。じわじわと頭を通し、全身に渇望していたものが与えられる。それにホッとして、暫くの間、リュカはソレを大人しく享受していた。その呼吸が、元に戻る。

「魔力枯渇だ。ーーカズマ、お前も理解したか?無理をするな、と言うのはこう言う訳だ」
「は、はいっ!」
「魔力枯渇とはつまり、呼吸困難と同じようなもの。常に満たされているものが消えれば即ち、死を意味する。その分、魔術師は常にそれに気を、配らなければ、ならないのだっ!」
「!?」

 そう言うが早いか。リュカの頭を彼ーーエレーヌは拳で殴り付けたのだった。すっかり油断していたリュカは、突然の攻撃に、目を白黒させながら額を地に付けて悶えた。

「っくぅーー!」

 踏んだり蹴ったりである。折角ノーマを退けたのに、とリュカは涙目に思う。内心では、魔力枯渇とは少し違うのにとか、そんな程度の知識位は当然自分にもあるに決まっているだろう、などなど非難轟々である。だが、彼の供給が助かったのは確かに事実であるので、結局リュカは痛みも文句も呑み込んだのであった。
 いつかエレーヌ泣かす、とリュカはそう心に決めたとか決めていないとか。


 そんなこんなで事なきを得た面々は、結局リュカの蹲っていたそこで集う事になった。全員立ち上がっている中で、リュカは座らされている。その場で正座をしながら、腿の上には両手でリュカがやっと持ち上げられる程の岩を乗せられているのだ。勝手な事をして倒れかけた罰だと、じっとして居ろと、それは笑顔でアンリに命じられたのだった。倒れかけたというのに休憩もクソもない。その理不尽さに、リュカはまたしても、非難轟々だった。


「何だ、お前良い格好だな。え?リュカ=ベルジュよ」

 そんな様子のリュカへと掛けられた声に、思わず顔が引きつる。リュカが声の主に目を向ければそこには、数年前まで散々対峙したライカ帝国の小隊長が、堂々とした出で立ちで佇んでいて。リュカは必然的に見下ろされる形になった。

「俺ぁ、お前ぇに付けられた傷の事、忘れてねぇぜ?」

 ニヤリ、浅黒い肌の金髪の男が笑う姿が見えて、リュカは務めて引きつらないようにと困ったような笑みを浮かべた。彼は、願わくばリュカが二度と対峙したくなかった男の筆頭だ。パワータイプの槍使いで、ゲルベルト=オストホフという。アンリとの話にあった、件の小隊長だ。

「まぁ、それは置いておいて。第一騎馬隊小隊隊長、ゲルベルト=オストホフだ。嘗てのとはいえ、敵対していた俺等を助けてくれた事には礼を言う。全くの情報収集不足だった。だが次はこうはいかねぇ、あんなバケモノ、一突きにしてやるさ!」

 ゲルベルト=オストホフはふてぶてしい態度はそのままに、とってつけたような謝意を示す。戦う事だけを考えているような男だ、彼の頭には謙遜なんていう言葉そのものが入っていないのだろうと、リュカは常々思っていた。相変わらず、彼等は魔術が無ければ魔王一族には勝てない等と、露にも思っていない。彼等の、身体ひとつ、何者にも負けないという自信は一体何処から来るのであろうかと。


 彼等の住むライカ帝国は、軍事力を最も重視する大きな国である。人間の住まう国の中で、北の未開地ヴァジリエや西の魔の森ジェオードに最も近い。そもそもが、魔獣や巨大化した獣から領地を守る為に集い、軍を強化したのがこの国の始まりだと言われている。故に、この国に暮らす者は皆必ず武器を携えている。それこそ、子供であろうが女であろうが。生き残る為には己が強くなければならない事を皆理解しているのだ。

 彼等は魔術をほとんど使用しない。生まれ持つ魔力の有無によって力が決まるなど笑止千万、己の鍛練によって得る力こそ本物だとそう考えている。だから彼等は魔術を否定する。魔術による力は信用ならないと、己で得た訳では無い力など無価値だと、そう盲目的に信じているのだ。

 そういう彼等の精神は、アレクセイとはまた違う味を持ち、素晴らしい一面もあると、リュカ思う。だがどうしても、リュカには彼等の人でないものや外部の人間に向ける侮蔑のような敵対心が、好きになれなかった。寧ろ嫌悪さえしていた。一度内に入ってしまえば、彼等はとても温情なのだが、それ以外に対しては冷酷だ。それこそ、人を人とも思わない程に。

「そして見ろ、これが我らの精鋭達だ。左手からホラーツ、エアハルト、ローラント、オイゲン。他にあと2人いるんだが……あのバケモノに襲われた時に、川に呑まれてはぐれちまったヤツがいる。放っときゃあいいものを……隊長はそれを助けに行った」

 不敵に笑ったゲルベルトは、仲間を簡単に紹介しながら言った。この男達に何が起こったのか、リュカはそれで合点がいく。そして、この後の展開も、読めてしまった。はぐれた仲間を見つけるまで同行する。そんな嫌な想像が、頭を掠めた。

「ご紹介にあずかったホラーツ=ビショフだ。以前は第一騎兵突撃部隊に居た」

 ホラーツは戦斧を背にした青年で、肩まである金髪は少しだけゴワゴワとしていそうな印象を受ける。狐の、と言われそうな吊り目で、時折灰色のような瞳が見え隠れしている。ライカの軍人は名乗る時に必ず所属を言う。それが彼等にとっての誇りであるからだ。部隊の所属は即ちそのまま彼等の力に直結する。当に、彼等の軍は実力主義を地で行く。

「エアハルト=デルブリュック。武装親衛隊第一騎兵隊」

 その隣、エアハルトは薄茶色の長髪の青年で、背中程になる髪を後ろに結っており、彼等の中では少しばかり貧相な印象を受ける。しかし、背に背負うのは大弓。彼等唯一のと言っても良い飛び道具でもあり、そして普通の弓とは桁違いの殺傷力を持つ。扱うには相応の力と集中力が求められるのだが、そこはライカの軍人である。彼に最も適した武器がそれであったのであろう。
 言葉数少なく頭を下げたエアハルトは、綺麗な切れ長の目から覗く琥珀色が印象的だった。

「ローラント=エディンガー。第一騎馬隊所属。……えっと、リュカ=ベルジュ殿ーーお、お久しぶりです。先程はどうもありがとうございました」
「オイゲン=ガイスト、第一重装歩兵隊。……その、済まない。炎は装備が焼けるので長期戦は避けたかったから、正直助かった」

 そして終いに、先刻リュカ直に加勢した2人が遠慮がちに声をかけてきたのだった。仕置き中のリュカに、どう声を掛ければ良いのか、大分迷ったようだ。
 そのような気遣いをさせてしまった上にこの格好。リュカは襲い来る羞恥心と共に、彼等に無言で頭を下げるのだった。
 体格は良い方のオイゲンやローラントだが、彼の緩い笑みは人をホッとさせる。同じような背丈でも、威圧するようなオストホフと比べると雲泥の差である。

 そして、彼らとのやりとりで解るように、ローラントやオストホフとは、リュカは顔見知りだった。ほんのつい数年前まで、アレクセイ王国とライカ帝国は敵対関係にあったのだ。
 その際の戦時中、そして和平交渉時に縁あって、リュカは彼等とは多少なりとも関わりがあった。その際にも一騒動あったのだがーーリュカはその時の事を話すのをいつも拒否している。下らない上に面倒だっただけで、得るものなど何もなかったからだ。そしてだからこそ、リュカは知っていた。ライカ帝国軍には、それを誇る程の強者が揃っていると。一人一人の戦力もさることながら、特に隊長格はやはり別格であるのだ。

 アレクセイも負けてはいないのだが、平時武軍よりも魔術師団に力を注いでいるせいだろう、力の差は少なからず存在した。結局その時は、魔術師団の長老方が片手間に教育を押し付けてきた魔術師達によって、アレクセイの軍も盛り返す事はできたのだが。
 それ故にか、国王の魔術師団への傾倒がますます強まり、軍の内部ーーそれも上層部は特に危機感を募らせていく事になったのだ。リュカが参謀長の席に置かれたのも、何かそういう意図があっての事なのかもしれなかった。


 リュカが加勢したライカ軍の二人の男ーーローラントとオイゲンは剣士だった。リュカ達と同様の長剣を携え、しかし長剣が小さく見えるのは彼らがオストホフに匹敵するほどには大きいせいだろう。エアハルトやホラーツもリュカ達と比べれば大柄な方だったが、全員並ぶと小柄に見えるのはきっと、ゲルベルト、ローラント、オイゲンが総じて巨体なせいだと思われる。それこそ、ラウルよりも大きく見えるのは、人体を鍛え上げるのに事欠かないライカ帝国ならではの傾向だろうと、リュカには思えてならなかった。

 彼等とリュカ達が互いを紹介し終えた時だったろうか。リュカ達は面々の自己紹介に耳を傾けており、どのようなやりとりがあったのか、全く意識してはいなかったのだが。その時突然、ローラントがゲルベルトの方へ振り返り、彼に向かって吠えたのだった。

「おいゲルベルト!テメェ、あまり変な事をすれば唯じゃおかないからな」
「あ?俺はやりたいようにヤるだけだぜ?変な事なんてするわけーー」
「部隊の半数を失い、相手の偵察部隊に斬りかかった挙句怪我を負い、折角和平を結んだというのに公共の場で戦いを挑むなんて……一体どこのどなたがそんな伝説を創り上げたんだろうかね」
「………別にそんなん、些細なことーー」
「部隊長にまで上り詰めたにも関わらず10年もその地位に留め置かれている理由を、一度本当に真剣に考えた方がいい。お前の尻拭いをさせられる俺の身にもなってみろ!おかんだなんだのと言われ、この前だってお前のせいで小隊長の話が無くなったぞ!?ゲルベルトの隊にはローラントがいないと駄目だーー?ふざけるなブチ殺すぞテメェ!?」

 彼の心からの絶叫は、周囲一帯に響いたのだった。





list
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -