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015.再会(前)



 いつだったか、少年に言われた気がする。
『吸血種ってね、皆ーんな邪悪なんだってさ。人の命を食べて生きてるから。昔の僕みたいに、それが嫌いだってのもいたんだけどねぇ……だから僕はね、皆をーー』
 その言葉の先は覚えていない。けれど、このような少年ですら、力を持っているというだけで何故こうも損な役回りを押し付けられるのか。神様に問い質して、喝でも入れてやりたい衝動に駆られたような気がした。





* * *





 結局リュカは、あのノーマという男に散々ベタベタと付き纏われた挙句、数少ない解毒剤をやってからようやく開放されるに至った。
 リュカ自身が貧血で頭が回らないのを良い事に、仲間共々に散々弄ばれたような気がする。本当は解毒剤なんて不要なのでは、というリュカの問いもまた、ノーマには上手くはぐらかされた。
 本当に必要だったのかもしれないし、必要ではなかったのかも知れない。リュカには、その判断がつかなかった。
『ま、た、ね?』
 そう笑って去って行ったノーマの顔に、リュカは不安を抱く。敵だと言うのに一体どういうつもりなのか。本当に遊んでいるだけなのか、それとも全く別の目的でもあるのか。不確かな事実は不安を煽るだけと分かってはいても、リュカは考えずにはいられなかった。
 ただ一つ確実なのは、あの小憎たらしい男は絶対再び仕掛けてくるという事だけ。真剣に自分達を殺す気はなくて、けれど男のお遊びで誰かが死んだとて、男は全く意に解す事なく、新たなお遊びに興じるだけなのだろうと。
 不安なんだか安堵なんだか、よく分からない感情を持て余しながら、リュカはその男をじっとりと睨み付ける。男が不気味に蠢く影の中に消える間際、リュカを意味ありげに穴の開く程凝視してきた男の視線が、何故だかとても恐ろしくて、リュカは数秒程で目を逸らした。次に目を向けた時には、男の姿は忽然と消えていて、リュカは安堵と共に幾ばくかの焦燥に駆られる。早く向かわねばと。この不安の根を、とっとと断ち切りたいと。





 そのような一悶着があった後も、リュカ達討伐隊は更に奥へと進んでいく。広大な森の中、迷わずに真っ直ぐ進む事すら困難で、時折来た道を引き返す事もあった。何せ、魔の森ヌワル=ブワとはよく言ったもので、方位磁針も信用ならない。自らの勘と、空に輝く太陽と星のみが頼り。

 時折姿を現す大型の魔獣に襲われれば、その日の歩みはそこで止まる。
 大型魔獣とは言え、その種類はいくつかあったが、中でも図体ばかりデカく、分厚い皮膚に覆われた種類等は最悪だった。
 剣の通りも魔術の効きも悪く、兎にも角にも急所へ攻撃が当たらない。動きが多少鈍いのは幸運だったが、鼻が効き、一度狙った相手には文字通り死ぬまで襲い掛かってくる。非常に厄介な類いの魔獣だ。

「全く、この種のヤツは時間ばかり食われるな……」

 何度目かになる、例の魔獣の襲撃を受けた所で、アンリは溜息混じりにそう言った。傍で敵の出方をうかがっていたリュカにも、その声はハッキリと聞こえた。

「これで肉でも獲れれば良いんだがな……」

 爬虫類のような身体をしているソレに、食べられる部位なぞは一切ない。使えるものがあるとすれば、攻撃に使用される硬い爪や皮膚を武器や防具として加工する価値がある位だろうか。だが勿論、こんな森の中でそのような職人が居るはずもなく、それらのし死体はただ炎で焼くだけだ。後に残るのは灰だけ。その魔獣は、まさに骨折り損、と言う相応しい厄介な敵であった。

 だがこう何度も同じ種に襲われればコツ位は掴めるもので。最近は小一時間の戦闘のみで済むようになったのは、リュカ達にとっては有難い事であった。
 但しこの間、軽量級のロベールやリュカには果たせる役割が少ないのがリュカにとっては不服な事だった。だが背に腹はかえられぬ。戦えぬ事に文句なぞ言える訳もなく、日がな一日、すばしっこい獣型の小型魔獣を、ロベールと二人で狩りながら鬱憤を晴らすのであった。

「ふむ、我々はさながら食糧調達係とな」

 ロベールのそんな呟きに、リュカは言い得て妙、と微笑うしか無かった。そのようにリュカは、地味にストレスを抱え込んでいった。事が起こるのは、丁度そんな時だった。

 突然、先頭を歩くラウルが警戒するように立ち止まった。

「ラウル?」

 アンリが声をかけると、ラウルは耳をピクリと揺らしながら森の西の方に目を凝らし始めた。その顔が険しい。

「2キロ程先、複数、人の声がする。ーー襲われているやも」
「!」

 彼の言葉に、全員が顔を見合わせた。複数の人の声とはつまり。こんな奥地へと足を進められる人というのは限られてくる。

 一般人はまずここまで辿り着けるはずがなく、もし来る事ができたとすれば必然的にそれなりの実力を持った人間。そして、そんな隊を出すだけの余力があり、そうする必要のある者達。そう考えると、答えはひとつだ。

「他国の討伐隊か?」

 アンリが考え込むように言葉を漏らす。リュカ達も、考えている事は同じであった。本当にそうであるなら心強い事では有るが、不安も拭いきれない。
 他国との外交は難しい事もあるし、戦闘の相性というのもある。だが、確かに実力者の人数が多いに越した事はないのであって。結論は直ぐにでた。

「……同行するかどうかは置いておいて、情報交換くらいにはなる、か。ーー行くか」

 独り言のような小声で呟き、全員を振り返る。同意をとるように目配せをした後で、アンリは早速走り出した。それについていくように、全員が走り出す。心無しかリュカの足は特に重かった。

「何か、皆あんまり気乗りしない?」

 そのような場の雰囲気を察してだろう、リュカのすぐ後ろを走っていたカズマが小声でそう問うてきて、リュカは苦笑する。

「隣国というのは、付き合いが面倒でしてね……まぁ、すぐに分かりますよ」

 あの国ではありませんようにあの国ではありませんようにあの国ではありませんように。リュカは呪文の様に内心で唱えながらわざと速度を落とし、最後尾を走った。


 近付けば近付くほど聞こえてくるのは、けたたましい怒鳴り声と何かの破壊音だった。彼等の状況は、リュカが考えていたよりもずっと、何十倍も何百倍も悪かった。一度、巨石の陰に隠れ、戦況をうかがう。
 あの国の隊が、あの男と戦闘をしている。リュカは迷わず進言した。

「アンリ隊長」
「何だ?」
「このまま無視して先を急ぎましょう、民が討伐を待っています」

 この状況下での、冗談ともとれぬリュカの真剣な冗談に、約半数が目を丸くした。アンリはそれに苦笑する。

「一番、彼らに顔を覚えられてるのは、リュカだったな」
「…………」
「一度聞いてみたかったんだが。向こうの、あの小隊長がな、お前の名ばかり出すんだが……何かしたのか?」

 問われたリュカは、しばらくの沈黙の後で無表情で言ってのける。

「以前、戦闘時に背後から斬りかかられましたので、思わず短剣でこう、腹をグサリと捻って……」
「それは気の毒だが……、君が真っ先に行けば、彼等も我々だと直ぐに気付く筈だ。誤射もないだろう。ーー頼んだ」

 良い笑顔で、アンリはリュカへと命令を下す。リュカはその視線を無表情で受け止めながら、10mほど先で行われている戦闘を見やった。炎を吐く見覚えのある魔獣と見覚えのある黒髪の男に襲われ、苦戦を強いられている、やはり見覚えのある男含む人間達が5人程。リュカが聞いていたよりも2人、少なかった。

 リュカは思う。魔王一族とライカ帝国の精鋭達との戦いだなんて、進んで巻き込まれに行くようなものではないと。全くもって行きたくない。しかし、命令もある、仲間の目もある。そして、ライカ帝国の彼等に冗談でも死んで欲しいと考えている訳でもない。気も重く、仕方なくリュカは腰の剣に手をかけるのだった。

 そんなリュカの覚悟を見て、アンリは早速指示を出す。

「カズマーーは、もう少し待機してくれ、エレーヌ、マティ、リュカの援護に回ってくれるか」
「承知」
「ハッ」

 アンリの言葉に無言で頷いた後、リュカ達は足音を消し、例の魔獣へと背後から近付いていった。エレーヌは多少離れた岩陰に待機し、マティルドと共にリュカは炎を吐く魔獣を左右から狙う。

 2人で、足音を消し背後から忍び寄る。魔獣が2人の人間を相手にしている事を好いことに、ギリギリまで近寄る。タイミングを見計らい、2人は挟み撃つように、ほぼ同時に剣を振り上げた。だが流石は獣、剣がかする直前に後方へ逃げられてしまった。

「早いですね」
「前回はエレーヌ=デュカスが相手だったか」
「あの炎は厄介ですが……早く、召喚者本体を叩かなければいけません。アレは少なくとも、同時に四体以上の魔獣を召喚できるようです。召喚師としても別格ですよ……」
「チッ、面倒な」

 体勢をたて直しながら、すぐさま襲ってきた炎を避ける。マティルドと話をしながら後方に着地すれば、背後から困惑したような声が飛んできた。

「!?」
「アンタらは確か……」

 金の短髪男と、ウェーブがかった赤髪の男が交互に言った。どちらも長身で筋肉隆々、長剣を片手に完全に武装していた。彼らの他、3人の男達が例の黒髪の男を相手にしている様子だった。

「加勢します」
「こいつは引き受けたをお前達は召喚者本人の方を叩け。でなければ、これがもう三体は出てくるぞ」

 リュカとマティルドは早口で言った。魔獣はグルグルと喉を鳴らし威嚇しながら此方の出方をうかがっている。リュカ達の背後の男達は、剣を構え直して言おうと口を開いた。

「それは、黒髪のひょろ長ーー」
「遊んでたらたっくさん釣れたし、ラッキーッ!」
「「「「!?」」」」

 赤髪の男が言うが早いか、その男はリュカ達のすぐ背後に突如として現れた。襲ってくる男の爪に、リュカは辛うじて反応し、脚でその腕を蹴り上げようとする。

「リュカ=ベルジュ!」

 だが、そこで力及ばず。そのまま勢いよく小隊から弾き出されてしまった。足蹴による妨害により爪の直撃こそ免れたものの、リュカの目の前にはまだ男が居る。攻撃の勢いのまま、リュカに攻撃を届かせんと未だ爪は突き付けられたままだ。

 男の顔には、やはり相変わらずの嫌な笑みが浮かんでいた。何だその余裕の表情は、とリュカは当然のように苛立ちを覚える。なれば一矢報いたり、とリュカは不安定なままに自由な左手でいつもの短刀を取り出すと、逆手のまま男の腕目掛け突き刺すーー否、刺そうとした。

 だが、男も伊達ではない。慌てて引っ込めると、リュカの蹴り出した脚を掴み、ぐるりとその場で一回転、そのままリュカを空中へ放り出したのだった。空中では受け身も取れまい、そんな男の考えが透けて見えるようだった。

 だがそこで、リュカは焦らなかった。リュカには、今迄ずっと秘密にしてきたとっておきがあるのだ。

 この世には魔道具が存在する。先日リュカが魔獣の捕獲に使用したものがそれである。一般的に、騎士団に入る様な人間には魔力がない。だから、魔道具は一部を除き魔術師の為の道具だとされてきた。魔力を込めないと使えないからだ。だから、剣を持つ人間に魔道具使用の警戒はしないし、魔術師にはどんな魔道具を持っているかの警戒の目が行く。そんな常識を、リュカは逆手に取れる。

 リュカには魔力がある。
 これは、リュカがひた隠しにしてきた事であるし、魔道具を公衆の面前で使用するような下手を打たなかったからこそ誰も知らなかったーー騙されてきた事である。だがそれも最早無用の心配だ。とっくにリュカの秘密はバレてしまっているし、ここは森の奥で人の目も少ない。だからもう、コソコソする必要も無い。だからリュカは、とっておきを使う事に決めた。
 ある意味、リュカの鬱憤ばらしだ。

 リュカは、空中に降り立ち態勢を整える。あの男との戦闘に、リュカの剣は不利だ。男は明らかに格上で、しかもそのスピードは倍近く違う。間合いを詰められるとどうしても弱い。だから、今この時だけは、リュカは長剣を捨てる。

 ポカンと口を開けながら呆ける男達ーーその中にはリュカの仲間も居るがーーを目下に収めながら、リュカは長剣を収め、両手に短剣を構えた。一方を逆手に持つやり方は、さながらロベールの様。彼程上手くは扱えないだろうが、この際背に腹はかえられぬ。
 柄を握りしめてから腹を括ると、リュカはその場から飛び降りた。脚から落ちるも、それは途中まで。空中のある一点に来た時、リュカはソレに足をかける。ソレをそのまま軸に、ギリギリまで身体を前に倒す。そうしてここだと思った所で、リュカはググッと一気に前方へと身体を蹴り出したのだった。
 これにはさしもの男も反応が遅れ、突き出されたリュカの逆手の短剣が男の肩を掠った。寸前、男が目を見開き必死の表情で躱す様子を目にして、リュカはこれまでに溜まったストレスを、ほんの少しだけ発散するに至ったのだった。

「成る程、案外短剣でもいけるものですね」

 正直なところ、リュカにこれっぽっちも無かったのだが、男を振り返り上機嫌に言ってのけたリュカは小首を傾げた。短剣を|玩(もてあそ)ぶように、その場でぐるりと回転させながら取って投げてを繰り返すのだった。





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