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013.毒牙



『万死に値するーー!』
 そのように指を差されて罵倒され、呆気に取られてしまったリュカはしかし、何とか女に応えようと努力する。何かしら情報を得られればという目論見もあって。これ以上女に怒鳴り付けられれば会話にならない、とリュカは酷く丁寧に、女の機嫌を伺いながら尋ねた。

「あの時私達を襲ってきた男がそうなのでしたらーー」
「ノーマ様とお呼び!」
「そ、そのノーマというーー」
「ノーマ様!」
「………ノーマ様とやらが、あの襲撃者の名前だというのでしたら、わーー」
「ほぅら見なさい!やっぱりアンタじゃないの」

 リュカが発言をする度に女は一々声を被せ、最後まで言わせてもらえない。そこに女の執念が感じられて、リュカは怒るよりもいっそ感心すらしてしまった。彼女はどうしても、リュカを貶めたいらしいのだ。
 きっと、この女はリュカと会話する気などは更々無いのだ。気付いたリュカは言葉を発しながら、手に握った剣をしっかりと握り直した。

「……我々が素直に襲わーーーー」
「だまらっしゃい!貴様らのような下等生物ごときに、私達の崇高な考えが理解できるはずがないでしょう?」

 そう言って盛大に笑い声をあげる女はたった一人、たった一人でこの人数の討伐隊に立ち向かってきているのだ。自信満々に、仲間の仇討ちとばかりに。そんな女の強気に呑まれるかのように、リュカは圧倒されていた。
 このような高圧的な女性に相対するのは、リュカにとって初めての経験だった。どう対処したら良いものかと、リュカは攻めあぐねていたのだ。女の能力も力量もわからず、下手に動けない。
 ただひとつ解っているのは、この人数を一人で相手にできる程、女は戦闘のスキルを持っているという事だけだった。握った剣の柄に、更に力がこもる。

「貴女は、魔王一族の一人ですね?」
「その呼び方は余り好きでは無いのだけれど……まあ、そのようなものよ。私達、本当に選び抜かれた超人なんだから!……そうね、見る目のあるアンタをちょっとは見直してあげるわ。綺麗に殺してあげる。とっとと私の蛇に刺されて死になさい!」


 そう女が言うが早いか、地面を這っていた蛇のような蔦が、一斉に攻撃を始めた。その数数十本。真っ直ぐに伸びてくるソレらは、まるで投擲された槍のように猛スピードでリュカを狙う。
 間一髪、リュカは咄嗟に転がる事で避ける。リュカを捉え損ねた槍の如き蔦は、次々と地面に突き刺さっていった。
 当然、女の攻撃はそれだけでは終わるはずが無い。女自身もまた、自らの爪を刃のように尖らせ、転がったリュカ目掛けて襲いかかってきたのだった。そちらは剣の平でいなしつつ、女の横っ面を蹴り上げようとした。
 しかし女は、リュカの蹴りを軽々と避けて見せ、あまつさえその場で跳び上がり、空中で一回転してリュカから距離をとってみせたのだった。
 リュカの方もまた、蹴り上げるその勢いを利用して何事も無かったかのように立ち上がって構えて見せた。体術は互角、むしろ俊敏さでいえばリュカの方が劣るだろう。たったの一合でそのような所まで見えてしまって、リュカは内心で焦りを覚えた。ただ、それを表情にはおくびにも出さないだけで。
 そして女はニヤリと笑いながら、再び口を開いた。その時女は、まるで蛇の如き捕食者の目をしていて、リュカの背筋にヒヤリとしたものが伝うのを感じた。

「どうやって殺してやりましょう、やっぱり串刺しかしら?鮮血が噴水のように飛び散る様は美しいわよ、きっと!それに、ノーマ様も喜んでくださる、人間の血が丸々手に入るんですもの!飲み放題ですわぁ」

 そう言って一人悦に浸った様子を見せた後で。女は再び動き出す。そのような女の感情に感化されたかのように、蛇の如きつ蔦は一層激しく蠢いていた。
 次々に突き刺さってくる蔦を辛うじて避けつつ、リュカは女の追撃を受け流していった。リュカの予想通り手数が多い。リュカは舌打ちしたくなる衝動を何とか抑え、丁寧にひとつひとつ対処していく。
 だがどうやったって、リュカの腕は二本、剣は一本しか無いのだ。手元にあった短剣は既に投げ尽くしてしまった。手数の違いはそのまま戦況にも影響するのだから、リュカがその一本の剣で対処しきれなくなるのは直ぐだった。
 身体のあちらこちらを、鋭い蔦の刃が掠める。まるで蛇のようなそれらは、意志を持った生き物のようにリュカを追い詰めて行った。時間稼ぎも楽ではない。
 だがひとつ、リュカには気になる事があった。いつからだったか、女が攻撃の手を緩めている気がするのだ。当初はあれだけ急所を一直線に狙いに来ていたと言うのに、今や女はリュカを弄ぶように手足ばかりを狙って来る。手足を引き千切り、相手の身動きが取れなくなったところでじわじわとなぶり殺しにしようとでも言うのか。
 一体、何の意図があってそのような回りくどい事をしているのか分からず、嫌な予感にリュカの顔が強張る。
 何故か、既に手遅れな気がしてならなかった。

「随分と高尚なご趣味で」
「あらぁ、ありがとう。でもじわじわと炙っていくのも楽しそうねぇ、苦痛に呻く声を聴くのも良いわ」

 クスクスと、女は嘲笑しながらリュカの肌を裂いていく。蔦も爪も、女の思うままに動く。弾く、守るを繰り返し、時折フェイントを掛けるも、対処されるようになるまでは直ぐだった。柔軟な蔦はくねくねと避け、最早剣で斬らせてもくれない。

「あらん、アンタ息が上がってるじゃないの、このままいけば串刺しコースかしらね?」
「大きなお世話ですよ!」

 機嫌良く高笑いをキメる女に、リュカは咄嗟に懐の暗器を手に取り女の顔面目掛けて思い切り投げ飛ばした。しかし、女もかの一族の者で、驚きはしたものの、いとも簡単にそれを弾いて見せた。続けて2本ほど投げ付けてやれば、女は鬱陶しそうに顔を歪めて言った。

「もうそれ、いい加減やめてくれないかしら?煩くてかなわないわ」
「っーー!?」

 その瞬間、動き回っていたはずのリュカの片脚が、何かに取られた。チラリと目をやれば案の定、蔦が何十にも巻き付いている。きっと、リュカが触れるのを待ち構えていたに違いない。己の不覚に思わず舌打ちが漏れた。きっと剣で千切れども間に合わない。
 そして、それとほぼ同時、己の首を狙った女の爪を剣で辛うじて受け止め、女とリュカは肉薄する。己の目と鼻の先で、唇を舐めながら女が妖艶な笑みを浮かべていた。

「アンタ、憎らしい程勘が鋭い……その首の傷と同じくらい、憎らしくて仕方ないわ」

 言いながら女は、包帯に覆われたリュカの首元を舐めるようにジロリと見やった。その傷で殺されかけたのだからこちらからすれば好い迷惑なのだが、きっとこの女には何を言っても無駄だろう。
 あの吸血種の男と同じ、真っ赤な眼で女はリュカを見ていた。その瞳の奥で何を考えているのか。理解しようと覗き込むも、リュカにはただ、仄暗い光がそこに灯っているように見えただけだった。

「憎らしいったらありゃしない!」
「っ!」

 先に動いたのは女の方だった。
 リュカに受け止められている手とは別の方の腕を振り上げると、女は再びリュカの首を狙う。ソレを、今度はギリギリのところで避けてかわすも、剣から気の逸れてしまったリュカは手許を疎かにしてしまう。
 しまった、と内心では思えども後の祭り。その一瞬、女の反撃にとうとう耐えられなくなったリュカは、剣を吹き飛ばされてしまう。すると途端、タイミングを見計らったように、リュカの身体はあっという間に蔦に覆われてしまった。ずるずると首元にまで這い出す蔦が、リュカの呼吸を徐々に圧迫していく。

「うふふ、やぁっと捕まえた!」
「っ」

 女が嬉しそうな声を上げる反面、リュカは詰まる息に苦しそうな声を漏らした。締め付けはより一層強まり、全身が圧迫されていく。

「っ、うーー」
「苦しいかしら?解放されたい?」

 そこで何を思ったのか、女は爪を仕舞うと今度はゆっくりとした動作で顔を近付ける。先程ラウルにそうしたように、女はリュカの顎下に片手で掴みかかるとその顔をぐいと持ちあげた。
 殺そうとしたり捕まえたりと、一体この女は何を考えているのか。リュカは混乱すると同時に、己の作戦の成功を悟る。女の背後で、覚えのある魔術の気配が感じ取れた。

「決めたわ!貴方はこのままーー」
《ブリッツ》
「!?」

 声が響くのと同時に、女を目掛け、多数の拳大の炎が次々と突進してきた。さしもの女も、すぐ様リュカを手放すと反射的にその場から退いたのだった。
 女目掛けて放たれた炎の嵐はしかし、リュカに掠る事すらなかった。この魔術攻撃の主は、リュカがその姿を見るまでもなく分かる。あの男に、違いなかった。

「全く、お前まで捕まってどうするのだ、リュカ=ベルジュ!」

 大魔術師のエレーヌ=デュカス。
 このような大技をたった一言で呼び出せるのは、この男しかいない。リュカが2回に分け、気付かれないように投げつけた短剣は、何とか上手く利用されたらしかった。
 エレーヌだけではない。捕まっていた隊員達も、少しずつ、女の蔦から逃れて来ていた。どうやら、彼女から切り離された蔦には彼女の支配が及ばないらしい。それを見てようやく、リュカはホッと胸を撫で下ろしたのだった。これできっと、女の襲撃も失敗に終わるだろうと。
 そしてリュカは、そのような内心を覆い隠すようにエレーヌへ言葉を投げ掛けた。

「せっかく先に捕まっってしまったあなた方を解放したというのに、ひどい言われようですね」
「……ラウルはどこだ?」
「少し離れた所の木陰です。気を失われたので」
「なるほど」

 バサリとエレーヌが腕を振れば、あっという間に蔦から力が抜けていく。巻き付いて離れなかった蔦をぶちぶちと剥ぎ取りながら、リュカは素直に感心した。エレーヌは先程の一瞬で、女の魔力の供給路を絶ったのだ。さすが、大魔術師は違う、と。

 だがそのようなエレーヌとリュカのやり取りもここまでだった。炎から逃れた女が、殆ど無傷で2人の目の前に立ったのだ。途端、リュカもエレーヌも気を引き締めるように構えをとった。

「いやぁん!せっかく捕まえたのに!」
「喧しいぞ、女」
「アマンダよ」
「そうか……女、お前の目的は何だ」
「あら酷いわ。貴方も綺麗だから、せっかく名前を教えてあげたのに」
「さっさと言わんか小娘が」
「いやーん小娘だって!嬉しいわ、私まだまだイケるのかしらっ」
「…………」

 女はさすがである。先程のようにヒステリックに叫ぶでもなく、しかし全く真剣味の感じられない、ふざけているかのようなやり取りでエレーヌを挑発する。
 エレーヌの傍に控え、女の様子をジッと観察していたリュカには、女との会話に段々とエレーヌがイライラとしていくのが分かった。だが同時にリュカは考えた。

 敵の仲間が解放されつつあるというのに、やはり変わらぬこの女の余裕は一体、何なのだろうかと。リュカはその場で、順々に戦闘の様子を思い出していった。
 そこから予想するに、女はリュカが傷を負い出したその時から態度を急変させた。女の攻撃に何かの仕掛けがあると見てきっと間違いない。一体、それが何なのか。
 先の襲撃で、召喚師としての力、吸血種としての力をまざまざとあの男に見せつけられたリュカは、警戒していた。

 何か、傷を負わせる事が女の能力のトリガーとなるのか。リュカは眉間に皺を寄せつつ、ジッと女を見つめる。先の吸血種との戦闘で痛い目を見ているリュカには、彼女の態度がどうしても引っ掛かってならなかった。追い詰められているはずなのに、それを全く意に解さない態度。とっておきの何かが、この女にはきっとあるのだろう。

 あの時点で既に、自分は負けていたのだろうか。リュカはそれとなく、エレーヌと距離を取った。何かが自分にあった時、エレーヌを巻き込む訳にはいかない。そんなリュカの様子を、女は意外そうに、しかし楽しそうに見詰めていた。

「言えというのにーー!」
「あら、そうカリカリしてはいけないわよ、せっかくの美貌が台無しですわ!」

のらりくらり、そういった会話に慣れていないのか、エレーヌの目が据わっていく。その一方、リュカは女から一時も目を逸らさなかった。

「ま、そこな剣士も腹も決まっているようだし……おひとつだけ教えて差し上げるわ」
「?」
「私達には、それぞれ特殊な能力が授けられるのよ。私は、見ての通りこの可愛い【蛇】達!とても美しいでしょう?」
「…………」
「でも、1人につき1つとは、限らなくてよ。そもそも私達、元が強い者だけが能力を与えられるのよ。だから私は今、能力を3つ持っているの」

 ベロリ、女は目の前で右手の人差し指を、見せ付けるように舐める。その光景が嫌に生々しくて、リュカは眉間の皺を濃くしながら、その時を待った。

「ひとつは【蛇】、ひとつは【操作】、そしてもうひとつはーー、【毒】よ坊っちゃん達。アンターーリュカとか言ったわね。それにしても、バラす前に良く気付いた事」
「!」

 そんな女の指摘に、そこでエレーヌは漸く気付いたようだ。リュカがこんな状況の中、剣も持たず、エレーヌから距離をとっている事を。そしてその当人が、只ひたすら女を睨み付けている事に。

「そんなに聡いならちょっと勿体ない気もするけどーーま、仕方ないわよね!わたくしの【毒】はこの世のどんな解毒剤も魔術も効かない」
「このっーー!」
「この人間達を全員殺すのはアンタよ?そしてじきに、アンタは私の【毒】に侵され死ぬの。ジ、エンド、終わりよ」

 地獄行き、親指を突き立てくるりと真下に向ける。物騒なハンドサインをした女がそれを言うが早いか。リュカは全身を真っ黒い何かに奪われたような感覚に陥いる。それと同時に、プッツリと意識が途切れたのだった。





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