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010.残滓



 その日の夜遅く、リュカは魘されるような熱に魘され目を覚ました。昼間はジャンの監視の目もあった為、逃げる事も出来ずに言われるがまま、安静に過ごす事になったのだった。

 そして今、リュカは自分の身体を苛む熱が些か異常である事を感じとっていた。あのような怪我でここまでの発熱を引き起こすものなのか。回らない頭では到底、答えを導き出せそうにはなかった。
 昼間の間に戻ったはずの体力が、根刮ぎ奪われていく程だ。身体は火照り過ぎて、再度眠りに落ちる事すらもできない。
 リュカは寄り添っていたラウルから離れ、這い蹲って冷たい地面に額を擦りつけた。夜の帳が下りた世界では、地面すらも闇を吸い取ったかのようにひんやりとしている。だがそれでも、身体を苛むじわじわと湧き出るような熱を解消するには全く不十分であった。
 朦朧とした意識の中、リュカは着たままであったローブを脱ぎ捨てる。それでも足りず、下着代わりの薄い上下の服を残して全部を脱ぎ去ってしまう。まともに働かない頭を動かしながら、熱の原因を考えてみる。
 きっとこれは怪我が原因で出るような普通の熱ではないはずで、しかし思い当たるものは何も無くて。リュカはどうする事もできずに地べたに這いつくばる事しかできなかった。
 そんな時だ。リュカの頭上から突然、声がした。

「とうとう出たか」

 いつの間にか目を覚ましていたのか、ラウルがそう言ったようだった。そうして狼の身体を起こして、彼はその場で伸びをする。それと同時、彼の遠くの気配までをも感じる事の出来る大きな耳が、ピクピクと周囲の音を拾っているようだった。
 そして付け足すように、ラウルは静かな声で言った。

「皆寝ている。周囲には危険な気配もないようだから……取り敢えず、水を飲むといい。乗れ、川岸まで連れて行こう」

 その提案は、今のリュカにとって酷くありがたいものだった。首肯してから、リュカはゆっくりとした動作でラウルに近寄る。脚には上手く力が入らず立つ事もままならない。そのまま四つん這いで距離を縮め、ラウルがリュカの服を咥えて手伝いながら、何とかその背に乗る事に成功する。
 リュカの体調を気遣うようにゆっくりと進み、そこから程近い川辺でリュカを下ろす。ずるりと落ちるように背から滑り降りたリュカは、這い蹲りながら水を求めた。
 もはや脚までも水に浸かりながら片手で水を掬い口につける。今のリュカには、自身の身体を支えるのに精一杯で、両手で水を掬うだけの余裕はない。片手でほんの少しずつ口に含み、喉を潤す。時折火照る顔に水をかけてはみるものの、焼け石に水程度にしかならない。自由にならない自分の身体と熱に、だんだんと苛立ちを抑えきれなくなっていく。

「リュカ」

 それを見兼ねたのだろう、ヒト型へと変化していたラウルが、両手で水を掬いリュカへと差し出してきた。既にリュカは、自制できない程に熱に侵され、差し出された水へ喜んで口をつけたのだった。

 そうやってしばらく、リュカはラウルの手から水を幾度も飲み続けた。だがいくら飲んでも、身体の熱が引く事は無い。とうとう腹が水で一杯になると、今度は両手を川の中へと突っ込む。両手が澄んだ川の水でひんやりと冷やされ、気分も幾らか和らぐ。それにホッとしながら、リュカは大きく深く、息を吐き出したのだった。

 だが次の瞬間、突然冷たい手がリュカの後ろ首に当てられ、ピクリと肩を震わせた。水にしばらくの間冷やされた手は、火照る身体には丁度良く、リュカの口からは快感を伴った熱い息が漏れた。
 その時ふと、過敏になったリュカの感覚にも優しい、落ち着いた静かな声が降って来る。

「熱の原因は、篭ってしまった異物の魔力だそうだ」

 月光に照らされながら話すその姿は、彼の元々の美しさと相俟って、まるで月の化身のよう。ふやけた頭でそのような印象を抱きながらも、リュカは耳を傾ける。そのような状態にあっても、ラウルの聴き心地の良い低めの声音が、リュカの耳にもすんなりと入ってきたのだった。

「治す方法はひとつ、篭った異物を外に出すしかない」
「?」

 今リュカは、その熱を持て余しながら両手を水につけラウルを見上げている。そのままの体勢で、リュカが話の先を促す様に小首を傾げれば、ラウルはピクリと僅かに反応した。

「……大丈夫だ」

 何をするのだろうか。リュカが碌に働きもしない頭ではぼんやりとラウルを眺めていると。
 ラウルは素早くリュカににじり寄ってきたかと思えば。
 何と突然、彼はリュカの下着の中に手を入れてきたのだった。
 驚く間もなく、件の魔力によって高められていたリュカのものが、ラウルの手によって握られる。
 そして、驚きの余り身体を硬直させたリュカは更に、背後から伸びてきたラウルの手によって、顔を胸元へ押し付けられる事になった。そのせいで抵抗らしい抵抗も出来ず、距離を取ろうと動かした腕はしかし力敵わず。ラウルの胸板を引っ掻くだけにとどまった。微かに残る理性が、羞恥による悲鳴をあげる。

「ーーっ、ふ、ーー!」

 騎士団に入ってからと言うもの、リュカは他者との交流を悉く避けていた。何処へ行くにも一人で行ったし、他者に触られるのすら抵抗があった。故に、そういった恋愛的な事なんて発展しようがない。紳士的な態度や危険にも突っ込んで行くその勇ましさに、そういった憧れを抱かれはするも、そもそもが好意に対して鈍チンなリュカが気付くはずもなく。流された、と泣く泣く恋心を散らせる乙女が居たとか居なかったとか。また鉄仮面の被害者が、と噂はされるものの、それを知らぬは当人ばかり。

 そんな訳で、つまりリュカは他者に急所を握られるなんて経験はない。ましてや男になんて。
 性急でなく、ゆっくりと絞り出すような動きにリュカは背筋をゾクゾクと震わせる。自分で自慰をする事は勿論あるものの、それとは全く別物だった。
 自分の思い通りにならない動き、意図しない形での刺激、リュカには強すぎるくらいだった。そうして突然、その動きが性急なものに変わり、耐性なんてないリュカは呆気なく、震えながら果てた。くたり、と身体から力が抜けるも、身体の熱が収まる気配はまだ無かった。後ろ首に添えられたままだったラウルの左手が、くすぐる様にリュカの顎を微かに撫でた。

「吸血種の魔力は普通の魔力とは違うそうだ。その姿自体、生まれ持った"魅了"という能力の力の源でもある。だが、それ以上に厄介なのが、奴らが血を求めた時、相手の抵抗を弱める所。他の生物の体内に入ると、熱を持たせて徐々に身体の自由を奪いーー、ここまで言えばわかるな?吸血種は、血肉共に相手を喰らうという」

 リュカは、しばらく余韻に浸り息を整えていた。その間にラウルによる説明が行われるも、今のリュカにそれが理解できたかどうか、当人にすらわからなかった。ただ唯一、リュカの頭の中には吸血種はクソ、という罵倒が確かに刻まれた。

 だが次の瞬間、油断していたところで突然再開された刺激に、リュカはまたしても震えた。抗議の意味を込めて、ドンドン、と右腕でラウルを叩くものの、手による愛撫も頭を押さえる力も全く緩む事はなかった。それどころか、先程よりも敏感に、そして性急になった動きに翻弄され、先刻よりも早い段階でリュカはあっという間に果てた。

 最早リュカには、抵抗出来るだけの余力は残されていなかった。突然与えられた快楽の余韻に、ゼェゼェと荒い息を整えるだけ。リュカがそうやって目を閉じていると、今度は押し付けられていた頭を後ろへ引かれた。視界が僅かに明るくなった事に気付き目を開けると、目の前にはラウルの顔がどんどん近付いて来るところだった。
 もういいや、どうとでもなれ、だなんてヤケクソのようにリュカは思う。ラウルに顔をーー正確には鼻を首元へ押し付けられると、リュカはくすぐったさに身を捩るばかりだった。匂いを嗅がれていると気付いたのはそれから直ぐで、何をしたいんだか、と思考を放棄したリュカはほとんどされるがままだった。

 だがそこで、何かがおかしいとリュカが気付いたのは、ラウルの息が段々と上がっている事に気付けたからだった。先程から、傷口に鼻を付けていたはずだったラウルは、今やリュカの耳の後ろ付近で鼻を鳴らしている。流石にくすぐったさを感じたリュカは、顔を背けて肩を上げる事でそれ以上の侵攻を防ぐ。
 熱がかなり引いた事でまともな思考が戻りつつはあったが、身体を動かす事はまだまだ億劫で。おまけに後ろ首を掴まれたままでは逃げるのも難しいだろう、とリュカはされるがままだった。そうやって、完全に油断していたリュカは気付けない。ラウルの目が、正に獲物を見つけたとばかりにギラギラしていた事に。








 ラウルは、すっかり当てられてしまっていた。リュカを苛むという、その魔力に。ラウル自身も気を付けてはいたのだ。獣人族の血を少しでも引くが故か、魔力の匂いを嗅ぎ分ける事ができる。という事は、魔力の匂いが嗅ぎ分けられる変わりに、匂いによる魔力の影響を受け易い、という事でもある。
 だからこそ、リュカの中に篭ってしまった件の魔力の解放に2回を費やしたし、下手に嗅がないようにも注意していたのだ。だがそれでも、ラウルが思ったより、特別な魔力には威力があったのだった。
 自分の弱点を知りながら嬉々としてこの仕事を引き受けたラウルもラウルなのだが。いっそ自分から当てられにいった、と言っても差し支えない程には、ラウルは色事を好んでいた。
 男も女も来るもの拒まず去るもの追わず。典型的なダメ人間のようだが、きちんとした線引きはしているが故、ラウルの悪評が立つ事はない。だが、一度スイッチが入ってしまえば、ラウルは構わず突き進むのだ。そもそもの話、ラウルには我慢する気なんて微塵もなかったが。

 すっかり油断してラウルに身体を預けているリュカに、ラウルは口付けたのだった。

「っ!!」

 驚いているリュカの口の中を、好きなように舐る。人間のイイところを熟知しているラウルは、ピンポイントでそこを突く。上顎の窪みや喉奥の方は特に震えは大きくなった。
 首根っこを掴まれているリュカがそれから逃げられる筈もなく、やはりビクビクしながらラウルの服を引っ掻く事しか出来ていない。ラウルは好き勝手し放題だった。随時ちゃんと、周囲に誰もいない事を確認する事だけは忘れなかったが。

 リュカの反応を見ながら、ラウルは考えていた。思っていた以上に、リュカの身体は小さく感じられたのだ。平均よりも小柄な騎士、だけれども真っ先に突っ込んで行くような無謀なニンゲン。いつも胸を張って、崩れぬ凛々しい態度が彼を少しだけ大きく見せていたのだろう。だが、どんなに強がっても、ラウルにとって彼は弱々しいちっぽけなただの人間だった。

 ベルジュ家の話はラウルも聞いていた。魔術師一族にいながら魔術の使えない異端。人間である事には変わらないだろうに。生まれからして違うラウルとリュカは似ても似つかないが、ラウルにはリュカの気持ちは痛い程によく分かった。異端とは、総じて嫌われるものなのだろう。だから、自分と同じ道を選んだのではないだろうかと。


 ラウルは殊更にゆっくりとねぶる。その間、リュカのものに手は触れなかった。あまり激しくしてしまえば、体力を相当奪われている今のリュカには一溜まりもないはず。
 知り尽くした人間の性感帯の、至る所を指でそっと撫でる。触る度のピクリとする反応が楽しくて仕方なかった。
 その間に、ラウルは自分のものを取り出す。自分で思うよりも、愚息は期待して大きく張り詰めてしまったが、勿論ラウルには最後まで至る気などない。浮ついた話を聞かない彼は、確実にそちらの気はないだろうから。

 十分に満足したラウルは、リュカの口を解放する。口が離れた途端、その口で大きく息を吸い込んだリュカの息は荒い。だらしなく開いた口からは、濡れた舌がちろちろと見え隠れして、その目は涙を滲ませながらもキツく閉じられていた。唇は2人分の唾液に濡れてらてらと光り、酷く扇情的だ。普段は騎士団の中でもキチッとしているリュカのそういうだらしの無い姿に、ラウルは言いようの無い興奮を覚える。これをやったのが自分で、しかも多分ハジメテの人間だと思えば興奮も一入(ひとしお)だった。
 本当にやってしまうのか。うん、そうだやってしまおう、とラウルの迷いは一瞬の内に消え去った。ロベールに後で変態!と説教されようとも、それでもまぁいいか、なんて変に腹を括っているラウルは超が付くほどの楽観主義だった。

 素早くリュカを寝かせて服を奪い取って、抵抗される前にその両足を閉じて膝を胸の位置まで持ち上げる。股の間の隙間は、良い具合にあいている。ラウルはそこに自分のものを突っ込んで、お互いに気持ち良くなってしまおうという魂胆だ。好い様に企むラウルは、それはそれは上機嫌な顔つきで、リュカの顔を至近距離に覗き込んだのだった。
 何をされているのかすら分かっていなさそうなリュカは、ラウルの影が顔にかかった事でようやく目を開く。そっと開けられた涙を多く含んだ目には、ラウルの顔が写っていた。眉間には少しばかり皺が寄っていて、何をするんだといった非難の色が見え隠れする。だが、今からやってしまう事が楽しみで仕方ないラウルには、そのような視線など痛くも痒くもないのだ。むしろ興奮を煽る材料にしかならなかった。
 ラウルは、リュカの目をじっと見つめつつ、見せ付けるように自分の勃ちあがったらものを太腿の隙間にゆっくりと差し込んでいった。

 当然、リュカはそんな経験なぞしたことはないだろう。最初こそ大きく見開いていた目が、繋がりが深くなるにつれ段々と細まり、徐々に快楽に染まっていく様を見て、ラウルは言いようの無い悦びを覚えた。
 奥まで差し込んで、再び抜く。それを何回か繰り返せば、反応は顕著になった。ラウルはを舌舐めずりをしながら抜き差しを繰り返す。早急にではなく、ゆっくりとじわじわと追い詰めるように動かせば、耐え切れないといったふうに熱い吐息が漏れ出る。その度に見える濡れた舌がてらてらと光り、ラウルを一層煽るのだ。
 だがその内にリュカは耐え切れなくなったのか、目を瞑りラウルから目を逸らすようにすっかり横を向いてしまった。ただ、時折震える様子から快楽を感じている事は確かであって、顔を背けてしまった以外はラウルの思う通りであった。
 しかし、ラウルは満足していなかった。目を逸らされている事が、どうしてだか不服でならなかったのだ。その理由の本当のところは、本人にも分からなかったが。

 そのような不満を解消すべく、ラウルは早速行動に移る。片手で太腿を押さえ身体をリュカに出来る限り密着させ、空いたもう片方の手でリュカの顔を正面に向かせる。無理矢理正面に顔を向かされて、まんまと薄ら開いた目を見て。ラウルは再び、リュカに口付けたのだった。先程のように、リュカは簡単に舌の侵入を許す。またか、とでも言いたそうなリュカの目はしかし、確かに快感に濡れていた。
 口付けをしながらの行為は案外難しくて、ラウルに余裕が無くなるにつれ当たり場所がズレてしまう。もどかしいが、逆にそれがヨかった。
 まるで本当に挿入しているような感覚に陥り、頭がそれしか考えられなくなっていく。密着している所為で、リュカが快感に悶える様子は手に取る様に分かった。時折好いところに当たるとぶるりと震え、口付けの合間に嬌声のような吐息が漏れる。それが更に興奮を煽り、ラウル自身もピクリと震えて更に一層追い上げられていく。最早、目の前のひとをどうイかせるか、それしか考えられなかった。
 
 そうして、ラウルの興奮が最高潮に達した所で。ラウルはリュカのと自分のものを纏めて手に掴む。突然の強烈な刺激にリュカも、そしてラウル自身も堪らず、全身をビクビクと震わせ、2人はほとんど同時に果てたのだった。
 絶頂は長かった。リュカなどは最初の2回とは比べ物にならないようなそれに背を反り、はくはくと震える唇から涎すらも溢しながら、自制出来ないほどの快楽に文字通り溺れていた。きっと声さえ出ていれば、朦朧とした彼の絶頂の叫びが聞こえたに違いない。ラウルはリュカの絶頂する様子を視姦し、それを少しだけ残念に思いながら長い長い余韻に酔いしれた。
 だがしかし。余りに刺激的なお楽しみの時間を過ごしてしまった事で、ラウルはすっかり忘れていた。リュカの体力は今、極端に落ちているだろう事。
 そして気が付いた時には、リュカは更に何度か体を震わせたかと思うと。糸が切れるように、パッタリと気を失ってしまったのだった。
 ハッとラウルが気付いた時には既に遅し。

「りゅ、リュカ……?」

 流石に焦ったラウルがパチパチとリュカの頬を軽くたたいて呼びかけるが、起きる気配が全くなかった。少しやりすぎてしまったのだろうか、などとラウルは若干の罪悪感を覚える。
 それからのラウルの行動は早かった。自身のやらかした事の証拠隠滅、とばかりに、急いで濡れたタオルで身体を清め、服ーーほとんど下着だがーーを着せて整える。
 すっかり綺麗になったリュカの身体を横抱きに、ラウルはその場で立ち上がる。きっと明日には忘れているだろう、そんな楽観的願望を胸にして、ラウルはよいしょと立ち上がったのだった。そして、そのまま何事も無かったかのようにラウルはリュカを連れてこっそりと、休憩場所へと戻っていく。
 このような出来事によってしばらく、ラウルの機嫌も身体の調子も信じられない位良くなった、というのはここだけの話だった。





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