Main | ナノ

005.巡る世界



 一頻り驚きを共有した所で、リュカや少年を含めた5人は、野営地へと戻って来ていた。少年はラウルに背負われたのだが、気の毒な事に、普通の一般的な人間族がか弱い事を知らないラウルが、頻繁に飛んだり跳ねたりするものだから、ひっきりなしに悲鳴が上がった。その後、悲鳴に驚いた双剣のロベールにこってり叱られたと言うが、怖いひとが離れた次の瞬間にはケロっとしていた。恐らくまた、やるだろうと言うのがリュカの見立てである。

 そして一同は、眠る事なく再び円卓状に腰を下ろした。アンリを中心に、彼の右手側にマティルド、リュカ、ロベール、ラウルが並び、左手側にはカズマーーかの少年の名前らしいーー、ジャン、エレーヌ、そしてその隣がロベールとなるよう並んでいた。

「んなっ、そんな馬鹿な話がーー」
「でっ、でも、確かにこんなお綺麗な格好してる人が、あんな森に護衛も付けず一人で居たのは、不自然ですよね」
「むぐ……」

 野営地で腰を落ち着け留守を任されていた魔術師の二人が口々に言う。エレーヌは口でこそ、疑うようにそう言ったが、本心ではないのだろう。ジャンの指摘に、早々と口を噤んだのがその証拠である。

「だがこれは、偶然と言うには出来過ぎておらんか?」

 そう指摘するのはロベールだった。右手の人差し指を立てながら、注目されるように誘導する。

「彼の伝承に寄れば、異世界よりの訪問者は、強力な魔術を使えたとか。其れが今、我々の眼前に現れたのであればーー」

 ここで言葉を切り、ロベールは人差し指を少年ーーカズマの方へ向ける。突然指差され、驚きに目を見開くカズマに、全員の視線が集まる中。ロベールは勢いよく立ち上がって言い放つ。

「運命の申し子!勝利の女神アテナよ!我々をどうぞお導き下さい」
「んんっ!?」

 ポカンと口を開け呆気に取られる隊員達。其れを良い事に、ロベールは驚く程素早い動きでカズマの目の前で跪くと、その手を取って口付けを、落とそうとした。

「良い子は黙る」
「ぐえ」

 が、珍しく空気を読んだラウルが、その首根っこを掴んで元の位置へと引き摺って行ったのだった。恋多き彼の噂を耳にした事のある騎士団組はそれに苦笑し、慣れない魔術師組は危ない者を見る目でロベールを見ていた。
「噂に違わぬ」
 小声でボソリと、マティルドが呟いたのをリュカは聞き逃さなかった。

 話が逸れてしまったとは言え、確かにロベールの言う通りであるというのがリュカの見立てだった。
 討伐隊の組織された当にこのタイミングで現れたというのは、偶然と言うには余りにも出来すぎている。彼は、最悪の結末を回避するための重要な切り札なのではないのか。ロベールの鋭い指摘に気付かされたのは、きっとリュカだけではないはず。そんな事を考えながら、リュカはカズマをジイと見詰めた。


 異世界よりの訪問者に関して、詳しい事は伝わっていない。しかし、一説によると、それはとても美しい人間だったと言われる。その人間はある時突然現れ人々に勝利をもたらし、ある日どこかへ消えてしまったという。
 大きな謎に包まれている人物だ。関連した詳細な何かが残っていれば別なのだが、記載された文章は残されていない。と言うのも、彼に纏わる詳細な文書は不思議と消失してしまうという。国に残るのは、異世界よりの訪問者という言葉の意味を記す僅かな歴史書と、口伝で伝えられる伝承のみが頼りだ。
 其の伝承に値する人物が今、彼等の目の前に存在しているのだ。リュカだけではない、隊員の誰もが落ち着かなかった。

「……あの、俺、これからどうなるんです?」

 か細い声で、様子を窺うように、カズマは口を開いた。全員の視線が、カズマの方へと集まる。

「我々の国へ戻り保護してもらおうかと考えている。ここからならそれほど離れてはいないからな。これから、この隊は危険な任地へ赴く事になっている。死ぬかもしれない。ーーだから、君まで付いて来る必要はない」
「っ」

 笑顔で言い切ったアンリは、少年の考えを見透かしたかのように、有無を言わさぬ声音でそう言った。お前は不要だ。だから国へ行け。優しい言い方ながら言外に、命令しているのである。それを理解したのか、カズマは口を開けたり閉めたりするばかりで、二の句を告げられなかった。
 カズマに何かを言われるよりも早く、アンリはお開きだと両の手を叩き場を解散させてしまった。隊員の面々は、内心でどう思っているのか悟らせない表情で黙々と寝床の準備に取り掛かっている。実際はどう思っているのだろうか。リュカは各々を伺いながら、始終無言で準備を済ませた。途中、アンリから請われ、カズマの手伝いをする事もあったが、特に何かを聞かれるような事はなかった。

 リュカ達はあくまで討伐隊なのだ。か弱い少年を同行させるには、余りにも危険すぎる。例え、勝利を導くと言われる者が目の前に現れ、同行させたくとも、リュカ達にそれを強制する権利はない。最悪、死なせてしまうケースだって考えられる。そんな事は考えずとも予測できる。
 そのような思考を胸に、リュカ達は代わる代わる見張りを立てながら、その日は休息を取ったのだった。



* * *



 翌朝、早々にカズマを国へ届けるため、エレーヌとラウルが別動で野営地を出発した。行きはラウルがカズマを背負い、一日かけて。そして戻りはラウルがエレーヌを背に半日で野営地で戻る。なんて事はない、簡単な任務であった。
 しかしその日、一日も経たずにラウル、カズマ、エレーヌは野営地へと戻ってきていた。何だ、どうしたのだと問う面々に、エレーヌとラウルは顰め面で事情を説明する。
 聞けば、アレクセイ王国へ抜ける手前、ライカ帝国沿いに張られた結界内に、カズマが入れないのだと言う。色々と試したそうだが、ラウルもエレーヌも単体では入れ、しかしカズマだけが弾かれる。カズマと共に結界を越えようとしても弾かれる。
 他国の結界を勝手に破る訳にもいかず、しかし遠回りするにも山脈を越え川を越えと、ひと月近くも時間を掛けてはいられない。手詰まりで、野営地に3人とも戻ってきた次第だと言う。これには、アンリも言葉が出なかった様子。

「全く、確かに彼は伝承の通り、未知なる強力な力を内包しているらしい」

 とんだ無駄骨折りに、ブスッとした表情になりながらエレーヌは呟く。結界の効果分析などお手の物な大魔術師は、帝国に張られた其れが、人間族に当て嵌まらない力を持つ者を除外するものだと言った。詰まる所、カズマの力は人間離れしていると言う事。討伐隊の面々は、顔を見合わせた。なる程、これこそが運命なのかと。

「弱ったな……本当に大丈夫なんだろうか。別動で二手に別れるというのも、悪手に思えてならないし、戦い慣れていない者を死地に連れ回すというのも……」

 隊の命を預かる隊長の弱音だ。騎士団組は、それぞれ目を見合わせると、次々に進言する。こういう時は、押し通した者勝ちである。

「人間離れした力を内包しているというのであれば、危険の少ない森の入り口である程度の戦い方を教え、実力の程を数日確かめる、と言うのは如何でしょう」

 これはリュカの言。

「む……」
「道理。力を内包していると言うのであれば魔術師の素質を持つ可能性が高い。エレーヌ殿より師事を受ければ、逸早く高ランク魔術師の域へ到達するのも可能性として十分かと」

 マティルドも、リュカの発言に補足を加え、現実味を持たせる。

「此処にはそれぞれの分野の専門家が揃っているのだ、死なぬ方法を教えるなぞ造作もない事よ」
「逃げられなければ、抱えて連れ出せば良い」

 ダメ押しのように、ロベールとカズマを肩車するラウルがサポートに加われば、最早反対なんて出来るはずもない。アンリは、半ば折れるように、カズマの討伐隊への同行を許したのだった。

「良かった……君達が強いっていうのは何となく分かるから、一緒に居られるのは嬉しい」

 と、結論を聞かされたカズマは、満面の笑みでそれを喜んだのだった。この後に待ち受ける、お勉強会の辛さを想像すらできずに。
 それを予見して、リュカ達は少しだけ心配そうに、突然見知らぬ土地へと放り出されてしまったカズマという少年を見た。帰る方法も分からず一人きり。彼の先を案じずにはいられなかった。


「ちょ、ちょっと待って下さい。もう一度、ゆっくり!」
「……では、ゆっくりもう一度。この世界は、4つの巨大な大陸からなります。人が住む南大陸のコネス、聖霊族の住む東大陸オリエント、魔獣や猛獣の住む西大陸ジェオード、そして、魔王一族が居を構える未開の北大陸ヴァジリエ。大きな大陸は、内海をぐるりと囲む円のような陸続きとなっており、コネス(南部)とオリエント(東部)、ジェオード(西部)は互いに行き来ができます。しかし、ヴァジリエだけはコネスとの境界線を持っておらず、ヴァジリエ(北部)へと渡るには、オリエント(東部)かジェオード(西部)のどちらかに入る必要があります。私達は今、ジェオードへの入り口付近に向かっている所なのです」
「う、うんっ、何とか理解した、かも。取り敢えず南から西を抜けて北へ向かうんだよね!?」
「…………まぁ良いでしょう、大体そんな感じです。
では、コネス(南部)について詳細に。大陸の中でも作物の育ちが良いエリアがいくつも点在し、生活できる環境を求めた人間族が集まり暮らしているエリアです。その中でも東側に位置するのが、私達の故郷であるアレクセイ王国。シャル王の治める長閑で豊かな国ですよ。精霊族の暮らすオリエントが近い事もありまして、オリエントとの交流が盛んなコネス一の魔術国家です。
他にも、フィリオ公国やライカ帝国がコネス三大国家として有名でして、召喚獣使いのフィリオ、軍事主義のライカといった特色を持っています。まぁ他にも細かな小国もあるのですが、その辺は割愛します。人間族に関してはこのくらい知っておけば良いでしょう」
「んーー、んん?うん、……多分分かった」

 分野を分け、交代でカズマへこの土地の知識と技術を授けるべくお勉強会を開催する事となった。まずは一般常識的な知識をリュカが受け持つ。

 魔術とは、各々の持つ魔力だけでなく、知る事で威力を増大できる恐るべき力である。そのため、カズマにはまず、この世界の成立ちを知ってもらう事になったのだ。詰め込むだけでは理解した事にはならない為、きちんと順を追って話す事となるのだが。全く知らない事を初めから知る、というのは、誰にとっても重労働なのである。

「はい、では昼までの学習は此処までです、お疲れ様です。お腹が空いているでしょうから、腹ごしらえを済ませてから残りを片付けてしまいましょう。今日一日で世界の概要と術の全てを説明しますよ」
「あい……」
「終われば翌日から早速実践ですから、気は抜かないように」
「あい……」

 ぐでっと座りながら肘を立て俯くカズマは、見るからに消耗している。それも当然だろうな、とリュカは内心で苦笑する。普通ならば3年はかけて学ぶ内容だ。それを掻い摘んで、とは言え一日でどうにかしようとしている事がそもそも無理がある。可哀想だとは思えど、才能を見込まれ丁重に扱われる彼が少し羨ましくある。と、リュカはカズマを横目に、出された魚に齧り付きながら思うのだ。だから、リュカなりに世話を焼いてしまう。

「ほら、食べなさい。食後はもっと術の核心に迫る内容なんですから。気を、抜かないで下さいね」
「うぐぅ」

 目の前に置かれた魚を無理矢理カズマの口に突っ込みながら、リュカは澄ました顔で言った。
 そんなリュカの、ある意味漢らしい不躾な行動に驚く者が二人。並んで遠目から彼等のやり取りを眺めていた。

「リュカさん……あんな顔して意外とやる事エグいんですね。ベルジュって言えば、貴族界隈でも名の通る名家ですよね。なのにあんな……まぁ、流石騎士団の参謀長ですね、思い切りが良い。僕、彼は敵に回したくないと思いましたよ。ね、エレーヌさん?」
「……ノーコメント。私の事は良いから、さっさと食べなさい」
「はぁーい」

 旅の前の何気ないひと時を、彼等は思い思いに過ごすのであった。





list
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -