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002.隊の行く末



 旅路は順調だった。
 南に位置する人間の領土から、北の最果てにあるヴァジリエまで、おおよそ数ヶ月。道は、精霊族の住むオリエントの王に許しを請い東へと進むか、魔獣の拠り所となっている西へ進み戦い抜くかの二択。無論、討伐隊が選ぶのは交流のある精霊族の地ーーオリエントを通る道だ。長い旅路の中、出来得る限り消耗を減らす意図もある。

 精霊族とは、内に膨大な力を宿し、時には空気中を漂う魔力すら自由自在に操る者たちの総称だ。遥か昔、人へ魔術の技術を伝えたとも言われている。中には人間族と交わり、人として暮らす者も有ると言う。
 精霊族はヒトガタをしている一族だけでなく、空気中を漂う見えざる者も居る。其れを人々は純精霊と呼んだ。元は同じであるが、ヒトガタの精霊族とを区別する為、人間が付けた名前である。
 透明な2対の羽を持つ純精霊は、人間には見え辛い。人間の中でも、それを見る者は少数。人の扱う魔術の根幹を為すのが純精霊である為、魔術が扱えるかどうかは、純精霊の気紛れに決まる。魔力が純精霊に好まれるかどうかに因る。それが、この世に魔術師とそうでない者が居る理由だった。

 そして、彼等にはもう一つの顔が有る。
「預言者」
 人々は、彼等をそう呼ぶ。神の御使いだとも。
 当の精霊族にとっては、勝手に付けられた名前等取るに足らない。彼等にとって、ことわりこそ全てであった。


 故に、精霊族は決して、人間の味方ではないのだ。

『そのような乞いを請けるわけにはいかぬ』

 それが、討伐隊を目の前にした長の答えだった。

 精霊族には国という概念がない。人間という線引きも純精霊という線引きも、果ては魔物という線引きすら無い。ただ、この世に生を受けた生物、と認識する。
 ただ一つ存在するものとすれば、優れた知性と能力を授かった、精霊族を率いるべき個体は特別に区別される。それは王とも、長とも呼ばれる。
 現在、精霊族には、王と長と認識される個体が2体存在する。王は行方が分からず、代わりに長が役目を果たしている。仮初の長だ。だがそれでも、精霊族は新たな王を探す事はしない。何故ならば、王は未だ尚、存在しているからだ。
 今も昔も、精霊王とはただ一人を指す。

「なぜです。我々は義務を果たしに、脅威を退けにやって参ったというのに――……」
『無論、それは存じている。しかし、我々には詮無きこと……王不在のこの地、我には判断致しかねる――』
「詮無き……」

 長の回答を受け、アンリ=フィガロ隊長の顔には強い困惑が浮かぶ。当然ながら、討伐隊員達の顔に動揺が浮かぶ。精霊王がいなくとも、協力は得られるものとばかり考えていた。

 いにしえの言い伝えによると、数百年前の戦いで精霊は人間側につき、精霊族の地を協力の証として提供した。
 其れを受け入れた精霊王は一行へ同行し、共に魔王一族へ立ち向かった。そして、魔王一族討伐後は精霊の長に言葉を残し、どこかへ封印されたとされている。
 しかし、当の精霊族は行方の判らぬ王を探しはしなかった。存在はしている、其れだけで十分なのだと、人には理解しかねる思考でもって現在に至る。そして精霊王の言葉は、代々の長に受け継がれ、その意味が真に伝わる日を待っている。


「話が違うのではないか」

 精霊族の長との話が頓挫し、仕方なく隊長のアンリが少しの間話す時間をと取り付けたこの場には、武装した精霊族達が数人控えている。ただ、心底どうでも良さそうな、明らかに興味のない彼等の眼には何も写っていない。

 その状況に嫌気が差したのだろうか、"灰"の従者と揶揄されるマティルド=ギベールは、不機嫌そうな顔を隠しもせず佇むだけの精霊達を遠目に睨みつける。肩口まで伸ばされた濃灰色の髪は右目の眼帯を覆う程で、彼の激情的な性質を上手く覆い隠している。先程から、腰に挿した剣に左手が掛かりっぱなしで、右手は剣を直ぐ抜ける位置に置いている。常に無表情で陰鬱そう、と評される見た目からは想像もつかない。

 マティルドの主人であり隊長でもあるアンリは、それを片手で制し宥める。だが、マティルドの荒い気性は、こういう時はマイナスに動く。主人の言う事こそ良く聞く従順さだが、一度側を離れればどうなることか。例え主従を解除されたとて、マティルドは動くだろう。彼はそう言う性格であった。しかし、此処は人間族の住む土地ではない。下手を打てば命すら危うい。君子危うきに近寄らず。アンリはそこの所をよよくよく理解していた。
 周囲がハラハラと主従のやり取りを見守っていた時。肩口を撫でるような不審な動きをするリュカ=ベルジュへと、声がかかった。

「こういう時こそベルジュの人間が一役買うべきなのでは?」

 彼がハッとして、後ろを振り向くように首を捻り声の方を見やる。そこには、大魔術師にのみ許される濃紺のローブを身に纏う、金の長髪の男が目に入った。長い金髪は緩く後ろで括られており、濃紺のローブには、豪華ではないが繊細な刺繍が施されている。ローブは上質な布地でかつ魔術による追加効果が付与されている代物だった。普通の魔術師には手の出せない高級品。しかし国内に二人と居ない大魔術師を拝命された男に相応しい装備である。
 そんな男が、リュカをジイっと見ている。己の不審な動作を見られてはいまいか、多少緊張しながら、リュカは誤魔化すように顔に笑顔を貼り付ける。

「何を言うのです、エレーヌ=デュカス殿。ベルジュ家の者と言えども、イチ騎士団員の私にそのような力などございませんよ」

 男の透き通るような一対の淡い青が、冷たくリュカを射ぬいている。リュカは、この目が苦手だった。何かを思い出しそうで、そして全てを見透かされていそうで。
 魔術の根幹、純精霊が見えるなどと知られては一体どんな陰口を叩かれるか分かったものではない。決して、誰にも知られてはいけないと。
 リュカは動揺を覆い隠しながら、真っ直ぐとエレーヌを見つめ返した。

 エレーヌ=デュカスはアレクセイ王国一とも評される魔術師で、国王からもそれを認められた唯一の大魔術師だ。リュカの弟であるテオドールも、目標としている人物である。一方で彼は、リュカへの当たりが強い。
 幸いにも、騎士団と魔術師団との交流は其れ程多くはなく、リュカとエレーヌが鉢合わせる事は少なかった。しかし、会えば嫌味を言われ、何かとベルジュの話を持ち出される。ベルジュから出来得る限り離れたいリュカにしてみれば、天敵であり、そして、最も嫉ましい相手であった。
『自分が彼のようであったならば』
 リュカは幾度と無く、いつもいつもそんな考えを抱くのだ。

「ふんっ、役立たずが……」

 エレーヌは鼻で笑い軽口を叩く。そしてリュカは、笑顔を崩さずニコリと冷笑する。それは最早、二人の恒例の挨拶となっていた。見ている周囲は一悶着を恐れハラハラするのだが、引く事こそなかれ、そのような面倒事にまでになる事は稀だ。リュカも含め二人共負けず嫌いだが、彼等はオトナなのだ。

「……あの、ええっとぉー、こういう時に、そういうの辞めません?それより、これからどうしましょう?」

 そんな刺々しい雰囲気を払うように、"濃緑"の癒術師と呼ばれるジャン=レヴィが言った。濃い緑色のショートヘアに、髪と同系色の優しい眼をした彼女は、女性ながら男性と違わぬ出立ちをしている。しかし、彼女のその癒しと守護の力は並ぶ者が居ないと評されている。彼女を尊敬する人間は多い。これは奇妙な事だが、彼女は元々男として育てられており、所作や動作は男勝りなことが多い。そう言った事情や男性のような出で立ちから、彼女の性別を知らず慕ういる人間も多い。

 そんな柔らかいジャンの言葉に、リュカは短く、失礼、と笑みを引っ込めた。一方のエレーヌは、無言でサッと視線を外すと、無表情で精霊族を眺めるのだった。ホッと息を撫で下ろす周囲には目も暮れず、リュカは其れと気付かれないように、エレーヌを横目に見遣るのだった。

 リュカには彼の事がよく分からなかった。エレーヌ程の大魔術師が、一体どのような考えを持って魔術師どころか正統なベルジュですらない(他者は知らないが)リュカに、一体どんな思惑を持つのか。想像もつかなかった。
 サッと気持ちを切り替えるように、苛立つ従者のマティルドと、隊長のアンリのやり取りに目を移した。
 そんな時、透き通るような声がその場に響いた。

「アンリ隊長、俺は別に西を通っても構わんぞ」

 リュカとエレーヌが大人しくなってしばらく。岩場に腰掛けていたラウル=ミュレが、狼のような大きな犬耳をピンとそば立てながら静かに口を開いた。





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