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001.討伐隊


 南の大国、アレクセイ王国に暮らすリュカ=ベルジュは、剣士だった。
 それだというのに、昔から時折妙な夢を見た。古くから優秀な魔術師を輩出すると言われた一族が故のそれかと、一時期は思っていたが。今では、リュカにはそれは違うと断言できた。

『魔術師というのは古臭い考えを未だにぶら下げて、顔に厚化粧をして世の中を闊歩しているのですよ。できやしないのに勝手にーー族の顔色を窺って勝手に表情をつけて、実力もありはしないのに権威付けには熱心です。ーーだから、私は人族もーーーも嫌いなんです』

 別段、自分が話している訳ではないはずなのにも関わらず、段々と、まるで自分が話しているかのような錯覚に陥る。これは一体いつの話だったかと。

 魔術師にもなれない自分が好き好んで誰かに魔術師の話をする筈がなくて、それはすぐに夢だと気付く。ただ、そんな夢の話に少なからず共感してしまう自分がいて、夜中に飛び起きた事もあった。リュカが将来の職について考える頃には、余りに何度も同じ夢を見た所為で、時折夢と現実との区別を付けられなくなった。まるで自分が夢の中の人物になってしまったかのような錯覚を覚える事すらもあって。リュカは奇妙な焦りと共に逃げるように家を出た。

 その他にも、一族の家に居づらい理由とも相俟って、リュカの両親が家を離れるリュカを無理に引き止める事はなかった。彼の心の平穏の為ならばと。その頃、タイミング良く騎士団への勤務も決まった時で、勤務地に程近い寮の都合をつける事もできた。

 幸いにも、寮に入ってからというもの、リュカはそんな夢を一切見なくなった。月日が流れ、段々と職務に慣れるにつれ。リュカはそんな事、スッパリと忘れてしまったのだった。たかだか数年前の事だというのに。騎士団のブレインとして職務をこなすようになった彼らしからぬ忘れ方であった。まるで、考えることを拒否するかのように。


 そんなリュカ=ベルジュが、騎士団の中でも、新人と呼ぶには老成し、中堅と呼ぶには若過ぎるそんな時分。
 王国内部が衝撃を受ける程の知らせが齎される事となった。




 魔王が復活した。その知らせは、騎士団、魔術師団を始めとした各方々を駆け巡った。

 強力魔力を持つ魔王。その魔王には、血を分けた一族が居ると言われている。それらは唯の魔獣ではない。人のように振舞い、紛れ、そして魔王へと遣える。その辺を彷徨く魔獣とは格が違う。それらの人数は判らない、強さも能力も未知数、そして小賢しく狡猾。そのような者が何人も現れればどれ程の犠牲が出ようか。人々は、その恐怖と戦禍に疲弊するに違いない。

 アレクセイ王国では、そんな魔獣達をも凌駕するバケモノ達を総じて魔王一族、と呼んだ。畏怖と嫌悪を添えて。

 彼等魔王一族は数百年に一度現れると言われていた。
 魔王が現れる理由、そしてその度に一族が出現する理由。それは誰にも判らない。しかし、人々は考えた。これは神の試練なのだと。神に認められ、神の使徒たる人間の生命力が試されているのだと。選ばれた者にとっては、生きて戻ろうが、死んで朽ち果てようが、それは大変、名誉な事なのであった。人間は、生き残るため、家族を守るため、国のために命をかける精鋭討伐隊を選抜しそして、彼らに命を預けるのだった。


 かの剣士、リュカ=ベルジュもまた、そんな討伐隊の一員になった。例えこの任務で命を散らしたとしても、これは誇れること。この国一番の騎士率いる7人の精鋭部隊の中に、リュカが入ると聞いた時。彼は暗い喜びと共に、罪悪感を覚えたのだった。

 名だたる魔術師を輩出してきた名家ベルジュ家の出来損ない。魔術の扱えない、騎士団参謀である彼が、何の役に立つのだろうかと。それでも、彼には前に進むしか道はなかった。例え隊の中に溶け込めなくても、役立たずでもーー本当の選抜者に紛れたニセモノだとしても。

 捨て子だった彼を、こっそりと拾って育ててくれた両親への恩返しと、家の繁栄を願って。




 リュカには弟がいた。
 テオドール=ベルジュ。正真正銘、ベルジュ家の嫡子。彼は才能にも魔力量にも恵まれ、幼いながら魔術師としても順調に名を馳せつつあった。
稀代の魔術師として大魔術師号を与えられるのも、すぐだろう。リュカは幼い頃からずっと、それを確信していた。

 そう願うリュカの気持ちを知ってか知らずか、テオドールは"出来損ない"のリュカを心底嫌っていた。きっと魔術師を輩出する名門の恥だとまで、思っているに違いない、リュカはそう断じてしまっていた。幼い頃から一族皆に褒め称えられ、"出来損ない"のリュカと比べては天才だと賞賛され育ってきたテオドール。彼の夢見る将来への道筋には、恐らく、リュカの姿はない。


 リュカは決して不遇な人生を送ってきた訳ではない。リュカの育ての両親は優しかった。リュカを弟と同じように愛し、慈しみ、保護した。

 ただ、どんなに睦まじく4人で過ごしていても。どんなに清々しい土地へと旅に連れて行かれても。リュカの心の奥底は、常にざわざわと騒がしかった。幼い頃から感じていた隔り。それに、常に心を擦り減らしている。何かが違う。同じものとして扱われる事に、リュカは強い違和感を感じていた。

 リュカが騎士団への入団を決めたのは、少しでも一族からーー魔術師から離れる為、あるいは家に迷惑をかけたくないが為でもあった。周りは孝行者と褒めそやし、そして貶んだが、これで何も考えずに済むと思えば寂しさも紛れた。初日に案内された、側に人の気配の感じられない無機質な部屋。そこに彼は初めて、本当に安堵を覚えたのだった。


 そんなリュカの耳に魔王一族帰還の知らせが入ったのは、騎士団に入って7年、旅に出るおよそ一年前の事だった。魔王一族討伐のために選抜される人員を決めるのは、国王とその側近たちの役目。それは秘匿されるようなものではなく、逸早く噂を広め、覚悟を決めさせるのが恒例。

 討伐隊に関して、隠す気のないその情報を得るのはそう難しい事ではなかった。特に、騎士団に所属しているならば尚更。国王の近衛へと選出されるのは騎士団の中から、というのが恒例となっていたからだ。騎士団の耳は、至る所にある。

 リュカがその知らせを早くに耳にしたのも、それは必然な事だった。そして、リュカがそれに驚愕し、恐れ慄くのも。

 ベルジュ本家、唯一の嫡男である弟のテオドールが、その隊には選出されていたのだ。

 それはとても名誉な事であるがしかし、決まってみればそれは、ベルジュ一族の危機でもあった。リュカが国に残っても、意味はないのだ。ベルジュの一族は、一族の血筋が継がなければなければならない。それはベルジュに限らず、血脈を重視する魔術師の家系では、至極当然の事だった。

 もし、テオドールが魔王の元へ赴き万が一死にでもしたら。ベルジュ一族の血が途絶えてしまう。永い歴史と精霊族との深いつながりを持つベルジュ家が。
 テオドールは才能に恵まれている。しかし、まだまだ未熟。魔王討伐隊などに入ればどうなることか。リュカはどうしても、それだけは阻止せねばならなかった。例え自分自身が蔑まれようが、投獄されようが殺されようが、其れだけは避けなければならなかった。

 リュカは直ぐに動いた。
 国王への直訴を企てた。
 ベルジュ家の者とは言え、イチ騎士団員の話など録に聞いてはもらえず。しかしリュカも、諦めるなど微塵も考えては居なかった。当初より彼は、切札を使わずに切り抜けられるなんて楽観視はしていなかった。

 国王すら知り得なかったベルジュの秘密を開示する。其れを交換条件に、リュカは目的に相見えた。
 リュカの生い立ちという、ベルジュにとって扱い兼ねる案件を洗いざらい手土産に。両親に不利益の無いよう、条件に条件を重ね、リュカ自身の得意分野へ引き寄せるように国王を其れと判らぬよう納得させる。利益を天秤にかけさせる。

 ベルジュ家の血筋を途絶えさせる訳にはいかないと。
 そして、年若い魔術師を次世代の長に据えるべきと。

 結論は直ぐにでた。
 リュカが、国王の誤った認識を正すだけ。其れだけで、目的は果たされる。

 リュカ=ベルジュはこうして、弟の代わりに魔王一族討伐隊へ名を連ねる事となった。他の、正式に選ばれたメンバーに紛れて。





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