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07.向き不向き



 二人は空が白み始めた頃、目的の森林地帯へと辿り着いたのだった。それからは先日のように朝を待ち、頃合いを見計らって防護壁の内側にある街の中へと足を踏み入れる。適当に出入りの多い宿をとり、店を物色し、日没を待ち酒場で情報収集を行う。前回の街とやる事はそう大した変化はなかった。

 手に入った情報の中で気になるものと言えば、隣町の【A】ハンターパーティが依頼中、道中見張りも立てず眠りこけ、盗賊に身ぐるみ剥がされたという珍事が起こった位だろうか。それを聞いたミライアが、ハッ、と小馬鹿にしたような顔で冷笑し、ジョシュアはサッと顔を青くした、というのはまた別の話である。

「命が助かっただけありがたいと思え、と言いたいな」
と、ミライアは宿屋の一室で椅子に腰掛け、酒を片手にのたまっていた。その正面、ジョシュアはベッドに腰掛け居心地悪そうにミライアの話を聞く。意外にも、こうして2人がきちんと向かい合い話をするのは初めてだったりする。

 出会って最初の頃、ジョシュアも日光もある程度なら我慢できたため、昼間から街を巡ることも出来た。更に、ミライアに黙ってくっ付いていくだけだったので、それほど話をする機会は無かった。それが、ここに来て初めて、ジョシュアはミライアの旅の目的を聞くことになった。

「ジョッシュ、お前は私のような吸血鬼はどれ程存在していると思う?」
「え。まぁ、人間だった時は、絶滅したのではないかと、聞いたことがあるし……事実、ミライアに会うまではそうだと思っていた」
「まぁ、それは私達の情報操作のお陰もある。そう思って当然だ。ーーだが、事実は違う。我らはどこにでも居る。夜になればそこら中に。鼻も目も耳も退化している人間が、我らと自分らを区別出来るわけなかろう」
「ああ、まあ、そうだよな」
「だから、情報屋、ギルド、裏の街ーーそんな、表に出にくい所に我々は山程紛れている」

 時折酒をあおりながら、しかしその顔付きにはいつものような冗談めかした笑みはない。真剣な目でジィとジョシュアを見つめる。

「だが時々、居るのだ。人間を良く思っていない輩が。ーーそういうのは定期的に現れる。選民主義、とやらだ。人間の中にも居るだろう。そんな奴が我々の中にも現れる、するとどうなる?我々吸血鬼の場合、それは人間との闘争に走る。ほとんどそれは、虐殺だ」
「…………」
「そしてそれはその内に、無駄な殺しに快感を得るようになる。何人も、丸飲みし過ぎる。すると、もうそいつはダメになる。多くの血をーー魂を取り込みすぎる。すると、多数の人格に惑い支配され、自分を見失ってしまう。我を忘れ、目的もなく闘争のみを求める。もう、そうなったらお終いだ。其奴に自我も価値もない。そういった者は、我々が駆除する。そしてそれがーー私に与えられた使命だ」
「そう、だったのか……じゃあ今探しているのって、」
「ああ。最近、人が消えるという噂が流れているもんでな、事実確認を兼ねて見つけ出してとっ捕まえる」
「成る程」
「お前も、そういった事に対する理解は少しずつでもしておけ。その内道が違うこともあるだろう」
「!」
「何だ、なぜ驚く?」
「や、だって、従僕とか言うからずっとあんたの下で働くものかと……」
「んな面倒な事はせん。必要な時に呼び出すくらいだろう」
「ひ、必要な時?ーー俺を?」
「ああ。お前は臆病だが、その分察知能力に優れてるだろう?それは使える。今は大した事無いだろうが、ことそれに関してはすぐ私を超える。我々にはそういうのに優れた奴は居ないのだ、殆どの場合必要ないからな。だが、私のように探し物をしている者にとっては使える力だ」
「そ、うか…………?」
「そうだ。ーーお前、もう少し自信を持って生きろ。仮にも私の下僕にしたんだから中途半端は許さん。そうオロオロされては下の者に示しがつかん」
「いや、まあ、善処する、が」
「…………その言い方が既に全く信憑性に欠ける」
「仕方ないだろ、元々だ」
「お前……、そういうの気を付けろよ、特定の者には苛々させる要素しかない」
「それは、もう嫌と言うほど理解してる」
「だろうな」
「…………」

 話の中で、ミライアは完全に説教モードに入ってしまった。絡み酒と言われても不思議ではない程にしつこく迫る。

「ともあれ、お前は戦闘を覚えろ。私に従うんだ、嫌と言うほど本番が来る」
「え"」
「当たり前だ。今話したばかりだろう?他の吸血鬼相手に負けるようならほっぽり出すからな」
「!?」
「理解出来たのなら今晩からだ。夜中まであと、2時間くらいか。シゴいてやるから覚悟しろ。逃げるなよ?」

 その時のジョシュアの顔は、絶望に溢れていた。結果として、初日から件の森で一晩中戦わされたジョシュアは、翌日の夜に見兼ねたミライアに布団から引っ張り出されるまで一切動けなかった、というのはまた別の話。

「せめて2日に一度でも血を口にすれば良いものを……そうせんから治りも遅くなるんだ馬鹿者。ほれ、休んでる時間はないぞ。今にも襲われる可能性もあるのだ、動きを身体に叩き込んでやる」
「ぐぅ…………体中が痛い」
「鍛え方も足りん。吸血鬼の血にあぐらをかくなよ馬鹿者」

 そんなスパルタ方式により、ジョシュアは強制的に鍛錬されていく。人間のそれとは比べ物にならない程、無茶なやり方によって。
 実の所、ジョシュアにこそ伝えては居なかったが、ミライアの能力は一般的な吸血鬼のそれにに勝る。その、吸血鬼の中でも極上の部類に入る彼女に、ジョシュアは文字通り死ぬ程追い回されたのだ。幾度も目視できない速さの攻撃を本気で叩き込まれる。その恐怖は計り知れない。

「ほら、これを食らったら死ぬぞ?また、昨日のように死にたくなければ全て避け切って見せろ」

 鍛錬、と言いつつ平気で武器を突き立ててくるのだから容赦がない。この、人間には決して出来ない鍛錬で、ジョシュアは何度も刺されては回復を繰り返し、驚くべきスピードで筋力・魔力共に引き上げられていったのだった。それから半月程、地獄の鍛錬は毎日のように続いた。

「よし、体術とナイフの扱い方はまぁ良いだろう。最最小限だがな!次は魔力だ」
「ぐぇえ……」

 ようやく、ミライアが許せる程度になった所で。今度は、魔術の鍛錬だった。

「魔術に関して言えば私は専門外だが、初歩的なものでも威力さえあればそれなりになる。ほれ、やってみろ」
「待ってくれ……俺は魔術はほとんどダメで、初歩的なのでもほとんど発動しないんだが……」
「使い方が分かっとらんのだよ。索敵用のソレは無意識に使えてるんだから足りないという事はなかろう。ほれ、術式を理解しイメージしてみろ。要はイマジネーションだ。魔力を集めてそれを発火させてみろ」
「こ、こう、かーー?」

 魔術鍛錬は、体術のそれとは打って変わり始終穏やかなものだった。元々知力を活かすような術で、感覚的なものさえ身につけてしまえば多少はどうにかなる、というせいもある。要はコツの掴み方である。それを、ジョシュアとの繋がりの強いミライアが感覚的に伝える事で、魔術を捉え易くなる。

「なんだと……俺が、一通出来るようになった」
「後は自分で練習しろ。毎日、少量を手のひらの中で行うだけで良い。派手過ぎると目立つということもあるが……そのやり方ならば細かいコントロール力を鍛える事にもなる。体術も含めてサボるなよ、死なぬ為に」
「分かった」

 よろしい、とここ数日でよっぽど素直で従順になったジョシュアの頭をミライアはぐしゃぐしゃと撫でる。最初は勿論大の大人が撫でられるなんて、と嫌がっていたものの、余りにもしつこい上に拒否した時が恐ろしく諦めた。
 これも要は慣れである。良いように飼い慣らされているな、とジョシュアは時々落ち込む事になるのだが、人に見られる事もないので、段々とどうでも良くなっていくのだった。
 こうして、ミライアは恐ろしく言う事を聞く、優秀な狗を育て上げていったのだった。

「まぁ、最低限は良いだろう。ほんっと最低限だがな!この街で情報を集めるぞ。お前の事も今後は使っていくから覚悟しろよ」
「分かった」

 ミライアが太鼓判を押したその翌日、太陽の日差しが傾き黄昏色が現れ出した頃、2人は街の屋根にいた。

「この街の噂を聞いて回れ。人攫いやモンスター、魔族の類の話だ。だからと言って話しかける必要もなければ、近付く必要もない。魔力操作でそれぞれの五感を強化すれはそう難しいものでもない」
「成る程……」
「ギルド付近が本当は良いんだが……先日の事もある。あまり近付くなよ。私ですら気配に気付かれる事もある」

 注意点を頭に叩き込み、ジョシュアはミライアと別々に行動し、屋根の上から情報を攫っていく。地獄の鍛錬の成果か、一度に拾える情報量が格段に増え、部屋の中まで盗聴出来るようになっていた。その事には感謝しつつも、二度とやりたくは無いとジョシュアは心の底から思う。酒場、武器屋、ついでに客に情報を売っている最中の情報屋等、様々な話が聞こえてきた。
 この日は日が暮れ、人々の姿が見られなくまで続けられた。聞き取った情報を精査していくと、使えるものは僅かばかりで。ジョシュアは不作だなぁと、文句を垂れながらその場を後にするのだった。

「どうだ?何か目ぼしいものはあったか?」
「いやーー他所でも聞けるようなものばかりだ。【S級】ハンターの新星、行方不明者多数で理由分からず、後は伝説の魔族の噂とーー俺も以前から聞いているようなものばかり。少なくとも、行方不明事件はこの街では確認されていない。もっと中央寄りで事件は集中していると」
「ふむ、先日の街と代わり映えせんな……ここも中央部には程近いはずなんだが」
「この街の人間にとっての中央の方がどれ程の基準なのか、ってのが問題だ。地方により、後は平民、農民、商人、貴族と驚く程感覚は違う。俺が聞いたのは話し方から多分、平民か商人。平民なら中央に行った事もないはず。伝え聞いた話を噂にしている可能性が高い。商人も、平民と同じか、あるいは商隊の経験があるかどうかで違う。信憑性は低い。それと、ギルドだが街の規模の割にギルドも比較的小さいし集まるハンター達の等級も高くなさそうだ。これ以上大した情報は得られないと思う。他の大きな街でやった方が効率いい」

 と、そこでジョシュアが話を切りミライアを見遣ると、彼女は少し驚いたようにジョシュアを黙って見つめていた。それに少しばかりギョッとして口を閉じる。すると、ミライアはすかさず問うた。

「お前、こういう思考は得意か?」
「え、まぁ……斥候をやる事も多かったから」
「成る程。……ならば、私の情報を渡す、代わりに次の目的地を決めてみろ」
「えっ、俺が、か?」
「そうだ。良い加減空振りばかりで飽いた。暇すぎてハンターの隊列にでも突っ込んでいきたい気分なのだ。お前が決めろ」
「そうか。ハンターに突っ込むのは頼むから辞めてくれ……それなら、次はーー」

 と、そんな調子で決めた目的地は、中央の中でも比較的大きい街になった。商人の出入りも多いく活気のある街だ。流通量は他所に負けてしまうためパッとはしないが、それでも人が多ければモンスターも集まり、ハンターの仕事も豊富で、つまり各所で様々な情報交換が行われる。とは言え、現れるモンスターは取り立てて凶悪なのが出る訳でもなく、護衛依頼を目的とした並のハンターが集まりやすい。そこを、ジョシュアは狙った。ハンター達の情報こそ、ミライアが欲するそれだろうと。

 そこからやはり2日ほどで、二人は移動した。今度こそ、特に何かがあるでもなく、襲われる事もなく。

「ここなら、規模は大きいが変にヤバい奴はいないだろ」
「よく知ってたな。なぜ最初に言わん」
「俺に街の選択権なかったろ……まぁ、ハンターだった頃行こうと思ってた中の一つだ。依頼量は多いけど、困難なのは少ない所」
「成る程。では、雲により日差しが隠されている今のうちに紛れよう。しっかり、顔も気配も隠せよ」
「言われなくとも」

 サッと、2人は空気に溶け込むように気配を断ち切り、そのまま人の流れに紛れた。先導は、珍しくジョシュアだった。彼の進言で、目立たず、しかし良い感じの手軽な宿を見つけ、街での拠点を決めてしまう。後は、先日と同じだ。日が暮れるのを宿で待ち、時が来れば二手に別れ情報を収集していくのだ。


「何だか呑気な街よの。モンスターも現れるというのに」

 街へ来てより1週間程たった頃、2人の姿は件の宿屋にあった。こうして2人が顔を合わせるのは、実は数日ぶりである。ミライアが先の鍛錬の後、ジョシュアの単独行動を許すようになったのも要因であるが、双方、情報の集め方が違うせいもある。部屋の中央、イスに座りながら2人は話し出す。

「まぁ、規模も人口も中途半端だから、【C】ランク【B】ランクで片付くようなのしか出ないんだろう」
「そういうものか。ーーで、今回はどうであった?目ぼしいものは?」
「いやまあ、驚く程集まった。好き勝手やってるんだな、アンタの探してる奴ってのは。男女合わせて20名、この半年でいなくなってる。どれも戦えるような人間じゃない。遺体は見つかっていないそうだが、もう生きていないと見た方がいい。彼らが拐われた場所は様々だが、拐われた場所を結ぶとーーほぼ中央にくる都市がある」
「その都市の名は?」
「王都レンツォ」
「お前もそう結論付けたか……あそこはなぁ、私でも余り出向きたくないんだがな」
「えっ」
「トラップの山、おまけに一流ハンターだの軍幹部、騎士、魔術師だのが集まっている。そう、易々と事は運べん。少しでも下手を打とうものならば即刻追われる。そういう所だ」
「どうして、そんな所にこんな……」
「王都内部で下手ができんから周囲より餌を集めてるんだろうよ。まったく厄介な奴よ。ここまで派手に動いてるものだから、ソレを追っているのが我々だけでないというのも問題だ。アレは人間にも追われているのだろう?退治もできぬ癖に、暴れおって……それでいて、下手に私が姿を見せでもすれば退治対象と同じモノ扱い。全くもって、ハンターとは面倒くさい」
「ああー……そうか、そうだな、確かに」
「まぁ、行かねば解決できんならそうするだけよ。そうそう、この王都の失踪騒ぎに駆り出されているハンターパーティが恐らく2組だそうだ。公表はされていないがどちらも手練れだという。今回、【S】ランクは必ず出張ってくるだろうな。
それと、王都では夜になると記憶が飛ぶ者が出るそうだ。稀にという話じゃない。頻繁に。今日は一番街、次の日は六番街、その次は十番街、という具合に」
「それは、つまり」
「まぁ確実に高位の魔族が何かしら居るという事だ。しかし、不可解だな……殺しはするが自制が効くーーと、言う事はだ」
「何かを誘い出している」
「だろう。そうとしか考えられん。ーー私をか、それともハンターか」
「……両方かもな」
「ならば、事件のあった街でも攻めていくか、一番近いのはーー」

 そんな話し合いの上で、2人は目的の街へと足を運ぶ。少しばかり以前とは違う様子で、二人は嬉々として事件に首を突っ込んでいくのだ。





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